第26話 「技士」
それは、正に一瞬の出来事だった。
僕の耳元で空気を斬るような音が聴こえ、そして背中を指で撫でられた感触が走ったのは。
「あ、あれ・・・?」
その何かが走り抜けた感触を確認する為に背に手を回すと、
ヌルっとした感触が僕の背と手に伝わった・・・。
「こ、これ・・・」
僕は自分の背中から流れ出る赤く熱い血を見た。
その赤々と流れる「僕」の血液と、「僕の腕」から流れ出る青い血液とが混ざり合い、
奇妙なグラデーションを奏でながら床に滴り落ちていく。
それを見て、僕は思わず綺麗だと思いつつ、
夏の日に焼かれて焦げたコンクリートの床へと倒れこんだのだった。
「ハハハ、まだまだ子供じゃのぁ〜」
そんな薄気味悪く笑う御婆さんの声を聴きつつ、僕は薄れ行く意識の中で見たのだった!
あの殴り倒した筈の男が、剣に付いた血を振り落としている光景を・・・。
その光景は、正に自分の作った料理の後片付けをしているコックのようでもあった。
『な、何故・・・』
痛い筈の背中の傷が気にならない程に、僕はある疑問が浮かび上がった。
それは、確かに殴りつけた感触があったのにあの男には傷一つついていなかったのか・・・と。
だが、その疑問はすぐに解けた。
細身の剣に付いた僕の血を振り落としているその男の足元に、
さっき僕が殴り飛ばした扉と同じ物だったと思われる扉があり、
そしてそのすぐ近くに中央部分がベッコリへこんだ同じ方の扉が落ちてたのだった・・・。
それを見た瞬間、僕はサイレントマスクの本当の「力」が分かったのだった。
彼の持つ「悪魔の力」は、「手にした物をコピーし、いくらでも再生出来る能力」だという事を・・・。
『ま、まずい・・・』
そう、今度こそ僕は「駄目」だと思った・・・。
背中に走る、今まで虐めででも受けなかった強烈なの痛み。
そして、その傷から流れ出る出血による遠ざかりつつある意識。
そして、僕を冷たい世界へと連れ去ろうと歩み寄る、
漆黒の鎧を着た男の姿を形作る冷たい影の為であった・・・。
だが、僕はついていたのだろうか・・・。
運命の輪を回す悪魔がまた僕に助け船を差し出したのであった。
「げ、元気・・・」
そう悲しそうに呟いたのは元気くんのお母さんで、
その声の先には、二本足で力強く立つ元気くんの姿が見えたのだった・・・。
「あにーをこれ以上傷つけたらダメーーー!!!」
初めて自分の二本の足で立つ元気くんの姿を、僕と元気くんのお母さんは驚きの表情で見た。
これが「彼の足」で立ったのなら、僕達は喜ばなければいけないだろう。
しかし、皮肉にも今まで見られなかった元気くんの勇姿を見せているのは、
僕が受け止める事を阻んだ「悪魔の力」によってなのだった。
さすがは運命の輪で遊ぶ悪魔の成せる業(わざ)じゃないかと、僕は内心笑ってしまっていた。
だがしかし、笑っている場合ではなかった。
何せ、彼は僕を助けようと立ち上がってくれてしまったから・・・。
「あにーを虐めるなぁーー!!」
サイレントマスクには、もしかしたらその元気くんの声が聴こえなかったかも知れない。
それ程早い彼の突っ込みによって一瞬にして男の懐に飛び込み、
あの御婆さんから貰った長爪の付いた赤いブーツで天高く蹴り上げられていたからだ!!
だが、彼の攻撃はまだ終わっていなかった。
元気くんはその蹴り上げた足の勢いで空中で回転し、
今度は着地と同時に地面を蹴って空中に舞う。
「!!」
勿論男は元気くんの攻撃を避けきれなかった!!
背中に受けた強打によって更に舞い上がったサイレントマスクを後に、
元気くんは優雅に片足で着地した。
こ、これ程の元気くんの運動能力もさながら、
こんなにも上手に「悪魔の力」を使う彼の天性の技には、驚いてしまった。
もしかしたら、彼は「天才」なのかも知れない・・・。
だが、彼の攻撃を受けた筈の男も、優雅とは言えないが上手に着地を決める。
どうやらあまりダメージを受けていない様子だった。
そして男はまた「悪魔の力」を使って新たな剣を作り出す。
これを昔の錬金術師が見たら、驚いて腰を抜かしたと思う。
無から物質を作りあげるなんて・・・。
でも、そう関心もしていられなかった。
なんせ僕は背中に受ける激痛の為に動けないのだから。
だけど、痛みがあるという事はまだ大丈夫だと、何かのテレビで見た事がある。
「痛みを受けるという事は、まだ神経が生きている証拠で、
神経が生きているという事は、すぐには「死」には繋がらず、
結果、まだ助かる見込みはあるのだ」と、くたびれた感じの医師が熱弁していた。
それを鵜呑みにすれば、僕はまだ大丈夫なのだろう。
でも、そのお陰で元気くんが危険を顧みずに戦っている。
やはり、僕はダメな男なんだな・・・。
そんな僕の思いとは裏腹に、
元気くんとサイレントマスクの激しい攻防は更に熱を帯びてきていた!!
「やぁーーー!!!」
「・・・」
さすがに武器の無い事を考えてか、空中から攻める元気くんに対し、
サイレントマスクは二刀流で上手に彼の持つ、長く鋭い爪を難なく交わしていく。
だが、そんなに上手に戦う元気くんだったが、
激しい男の攻撃の前に徐々に細かい傷を受け始めていた。
これが戦闘経験と元々の体力の差だろう。
しかし、元気くんも負けてはいなく、隙をついては男の体を攻め立てる。
でも悲しい事に、元気くんの攻撃は男が着ている漆黒の胸当てに、
無常にも全て受け止められていたのであった。
そう。
あの漆黒に染まる鎧と仮面のせいで、
元気くんの(この僕や元気くんのお母さんが見ても)華麗な舞は、
全て流されてしまっていたのだった。
「痛!!」
遂に男の持つ剣が、元気くんの自由の象徴を捕らえて断ち切った!!
バランスを崩して舞い落ちる元気くん。
だが、着地だけはしっかりとしているところに、僕は関心してしまった。
しかし、そんな呑気に関心なんかしていられないのだった!!
あんなに力強く広げていた薄黄色い彼の翼が、痛々しく赤く染まり始めていたからだ!!
「うぅ・・・」
痛みを堪える様にうずくまる元気くんではあったが、目はまだ死んでいなかった。
そんな元気くんに、まるで悪戯をした子供に叱咤をする物腰で近寄る男。
だが、その手に持つ赤々に染まる剣で子供を叱る事は、あまりに酷い事であった。
な、何とか元気くんを救う術はないのか?!
僕は動けない体の代わりに、頭で戦いを始めていた。
そんな時だった。
ふと、ある事を思い出したのは・・・。
『あの鎧・・・。 あの鎧ならもしかして・・・』
「・・・」
「・・・」
両者とも黙りつつ相手の行動を観察している。
だが、最初に動いたのは元気くんの方だった。
「やあ!!」
彼の渾身の一撃は確かに早く鋭かった。
しかし、今度は先程と違って男には前構えがあった為、
いくら早い速度で攻め込んだ元気くんの攻撃でも意味はなく、
抜群のタイミングで優雅に交わしつつ、無防備な彼の背中へと無常の反撃を返したのだった。
「っうぐ!!」
自分の出したスピードに鋭い男の技の威力を上手に載せられ、
元気くんは激しく床に叩きつけられた!!
「ハハハ!! せっかく手に入れた力を無駄に使いおって」
今まで元気くんとサイレントマスクの攻防を遠目で眺めていた御婆さんだったが、
「敵」である僕と元気くんより優勢に立ったせいで、高笑いを始めていた。
「元気!!」
そんな御婆さんの笑い声に押された様に、
今まで僕と同じ様に動けないでいた元気くんのお母さんが、涙を流しつつ彼の元に駆け寄った。
「元気!! 元気!!」
只々泣き叫ぶお母さんの姿に、元気くん以下ここに居る僕達は黙ってしまった。
しかし、無常にも男は動いたのだった。
「・・・させない」
そう、胸に元気くんを抱きしめ呟く彼のお母さん。
「もう、元気に痛い目を受けさせない!!」
そう叫ぶように言い放つお母さんの姿に、一瞬サイレントマスクは歩みを止めた。
「あなたになんかにこれ以上元気に痛い目を受けさせないわ!!」
この瞬間、覇気の上では確かに元気くんのお母さんの方が勝っていた。
その証拠に、男は未だ足を止めていたのだから。
「何やっておる!! 早く殺しちまいな!!」
そう後押しする御婆さんの声を受け、サイレントマスクの足は重く動き始めたのだった。
そして、とうとう元気くんとお母さんの前で立ち止まった男は、
その今までの戦いで極めたであろう華麗な技を披露しようとしていた!!
「元気!!」
「・・・!!」
そして、今にも男の剣が振り下ろされようとした瞬間だった!!
「やあぁーー!!!」
僕は残った僅かな力を振り絞って立ち上がり、男の背後から飛び掛ったのだ!!
「行け!! 「ベルセルク」よ!!
この男の着る鎧の「重力」を重くしろ!!!」
飛び掛った「僕の腕」が男の鎧に掛かった瞬間、鈍い光を放つ!!
そして、開放された「悪魔の力」が、サイレントマスクの着る鎧に圧し掛かったのだ!!
「!!!」
本来、今の僕の力では恐らく倒れなかったであろう弱々しい圧し掛かり方ではあったが、
「ベルセルク」の技によって男の体は激しく地面に叩きつけられたのだった!!
「・・・」
「・・・」
「・・・」
あまりに激しく叩きつけられた男とその上に乗る僕の光景を、三通りの表情が見つめていた。
一人は物凄く驚いた表情で。
一人は泣きっ面で。
最後の一人は僕と同じに憂いの表情で。
「あに!!」
「ははは・・・」
細かい砂粒を頭に乗せ、僕は成功した自分の作戦に笑ってしまった。
そう。
この作戦は、鉄男くんとの戦いで目覚めた「悪魔の力」を使ったのだ!
あの時、僕は落ちてくる天井に向かって「悪魔の力」を使ったのだ。
「天井の重力を支配しろ」・・・と。
そして今回、僕はサイレントマスクの着る鎧の「重力」を重くしたのだ!!
これによって、サイレントマスクは身動き一つ出来ない状態に陥ったのだった!!
「うっし!!」
「や、やったね!!」
冷や汗を流しつつ、僕は自分の事のように喜ぶ元気くんに向かってガッツポーズをした。
だが、情けないが僕はそのままサイレントマスクの上に倒れこんでしまったのだった。
「あに!! 大丈夫?!」
「はは、だ、大丈夫・・・」
そう、僕は力無くも何とか笑って返事を返した。
でも、これは仕方ない事だった。
だって、本当は動けない程の重傷なんだもん。
そんな感じだったけど一安心した僕だったが、
でも元気くんはまだ何かを遣り残したように立ち上がったのだった。
「げ、元気くん?」
そんな元気くんの様子を横目で見つつ声を掛ける。
だが、元気くんは軽く合図をしただけで、僕達の横を通り抜けた。
「おばあさん!!」
「・・・」
どうやらサイレントマスクを倒した僕の代わりに、
今度は元気くん自身が僕の代わりにあの御婆さんに立ち向かおうとしていたらしかった。
「げ、元気くん・・・」
だが、僕の声は元気くんには届いてはいなく、
彼はそのまま猫背で静かに見つめ合う御婆さんの目の前まで歩んだ。
「中々じゃの」
「ふん!!」
そんな一言で返事を返す元気くん。
だが、この対面こそ僕が阻止しなければいけなかった事に、この後酷く悩むのだった・・・。
「お疲れさん」
「よくもあにーを虐めたね?!」
「おやおや、わたしゃあの子何か虐めてないぞよ?」
「でも、あにーを虐めるように進めたのはおばあさんじゃない!!」
「なる程」
妙に関心して苦笑する御婆さん。
「でもな、それはお前さんを助けようとした結果なのじゃぞ?」
「え?」
僕も元気くんもその御婆さんの言葉の意味が分からなかった。
「さっきも言ったじゃないか。 「あの子はお前さんに与えたその力を奪いに来た」・・・と」
「そんなの嘘に決まってるじゃん!!」
そう。 そんな事ある訳ない。
それは今までの僕の行動を見ていた元気くんは分かっていた。
しかし、御婆さんの話は続く・・・。
「でもな、お前さんの母親は嘘をついておるのじゃよ?」
「え?」
「お前さんの母親は、病気で死んだと言われているだろうが、
本当はあの母親が殺したのだからのぉ〜」
その言葉は、この熱い場所に冷たい空気を含んで響き渡った。
「え?」
そう、元気くんは返事を返す事しか出来なかった。
「そんな嘘つきの母親と組んでお前さんを安心させ、
その背後から今もお前さんを襲おうとしているとしたら・・・?」
ハッと、元気くんは振り返った。
だが、勿論僕や元気くんのお母さんはさっきと同じ体勢でいる。
しかし、よほど御婆さんの言葉にショックを受けたのか、
口を開けて僕達を見続けていた。
「そ、そんな事、嘘に決まっているじゃん!!」
そう、僕は声を上げるしかなかった。
「そ、そうだよね? そうに決まってるよね?!」
元気くんも僕につられて声を上げる。
だが・・・。
「・・・本当・・・よ」
そう、ボソッと聴こえたのは、元気くんのお母さんからであった・・・。
To Be Continued・・・
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神の左手 悪魔の右手