第27話 「殺害」
「っく!!」
薄黄色い羽が赤く染まり、全身に沢山の傷を作りながらも何とか立ち上がった元気くんは、
僕達に「悪魔の力」与えたあの御婆さんの前へと立ちはだかった。
それは、自分に与えられた「悪魔の力」に対してお礼をする為ではなく、
この僕に大怪我を負わせた御婆さんの仲間、
サイレントマスクを差し向けた事への怒りを表す為であった。
だが、そんな態度の元気くんに対して御婆さんはこう言った。
「それはお前さんを助けようとした結果なのじゃぞ?」・・・と。
僕も元気くんもその御婆さんの言葉の意味が分からなかった。
「さっきも言ったじゃないか。 「あの子はお前さんに与えたその力を奪いに来た」・・・と」
だが、黒いローブに身を包む御婆さんは、
そのローブに負けない程の漆黒の目で元気くんを見ながら言い返した。
「そんなの嘘に決まってるじゃん!!」
そう。 そんな事ある訳ない。
それは今までの僕の行動を見ていた元気くんは分かっていた。
しかし、御婆さんの話は続き、更に僕達を混乱させる話を始めた。
「でもな、お前さんの母親は嘘をついておるのじゃよ?」
「え?」
「お前さんの母親は、病気で死んだと言われているだろうが、
本当はあの母親が殺したのだからのぉ〜」
その言葉は、この熱い場所に冷たい空気を含んで響き渡った。
そんな事嘘に決まってる!!と、僕は心の中で叫んだ。
だって僕は元気くんのお母さんからこう聞いているのだから・・・。
・・・元気くんの本当のお母さん、志保さんは、
元々から病弱で何度か病院に入退院を繰り返してたそうで、
元気くんが産まれる前から今のお母さん、綾子さんは志保さんの事を知っていたという。
だがその関係はお互いに顔を知っている程度で、話もした事はない日々を過ごしていた。
そんな関係に変化を起こす要因となった出来事が、志保さんの妊娠だった。
その事を知った綾子さんは、看護婦として、そして同じ女性としてとても喜び、
いつの間にかに仲の良い関係になっていったそうだ。
だがしかし、日々成長していく志保さんのお腹を見て自分の事の様に喜んでいた綾子さんは、
皮肉な事に、職業柄知ってはいけない、知りたくもない話を聞いてしまったのだ。
「志保さんが元気くんを産むことは、自分の命を失うことに繋がりかねない」・・・と。
その事を知った綾子さんは、自分の事のように悩んだそうだ。
だが、意外にもその事実を知った当の本人は、一寸の迷いも無くこう断言した。
「私、もうこの子の名前決めてるの」・・・と。
その後、周囲の反対を押し切った志保さんは、断言した通り元気くんを産んだのだったが、
しかし、やはり病弱な志保さんにとって出産は無理があったらしく、
彼女が元気くんの成長を見守り、温め続ける為には、
自らの残された僅かな命のロウソクの炎を使い切らなくてはいけなかったのだ・・・。
そして元気くんが三歳を迎えた頃には、とうとう最後のロウソクにまで火が灯っていた。
その命の炎が今にも消えそうな程に弱々しく揺らめいていたある日、
ベットの隅っこでスヤスヤと眠る元気くんの頭を撫でながら、
志保さんはそばにいた綾子さんにこう言ったそうだ。
「私、もうあの子を暖かく見守ってあげることが出来そうにないわ・・・」
「何言っているのよ! そんな事言うなら、私があなたの代わりにあの子を育てるわよ!」
これは志保さんを励ます為に言った事であって、
綾子さんにとっては彼女に怒られても、怒鳴られても反論して欲しかったのだが、
志保さんはただ、それもいいわね、と、
悲しみと憂いの入り混じった瞳で元気くんを見ただけで、反論はしなかったそうだ。
その後、志保さんの最後の命のロウソクから灯りが消えてしまい、
彼女が望んだかどうかは分からないが、
結果として綾子さんが言った通りに元気くんを育てるかたちになってしまったのだ・・・。
そんな事情を知っている僕としては、
御婆さんが僕達を騙そうとしていることなど分かりきっていたのだ。
だが、その事実を知らない元気くんにとって御婆さんの言葉に動揺を隠せない様子だった。
「そんな嘘つきの母親と組んでお前さんを安心させ、
その背後から今もお前さんを襲おうとしているとしたら・・・?」
そんな訳がない!!・・・と、僕は言ってやりたかった。
だが、なかなか声は出来なかった。 背中に受けた傷のお陰で。
でも、丁度その時に、ハッと、元気くんは振り返ってこっちを見た。
「そ、そんな事、嘘に決まっているじゃん!!」
ようやく声を出せた僕に、元気くんは同意を求める格好で声を上げた。
「そ、そうだよね? そうに決まってるよね?!」
だが・・・。
「・・・本当・・・よ」
そう、ボソッと聴こえたのは、元気くんのお母さんからであった・・・。
「え?」
そう、僕と元気くんは同時に聞き返してしまった。
「え? え? 何が本当なの? お母さん?!」
そう言ってオロオロする元気くん。
そんな様子の元気くんを見て、綾子お母さんは瞳一杯に涙を浮かべて謝罪したのだった。
「本当なの、元気。 私・・・、あなたのお母さんを、志保さんをこの手で殺したのよ・・・」
ガタガタと体を震わせつつも、その声だけはしっかりとした口調だった。
「嘘だ!! 嘘に決まってる!!!」
そう叫んだのは、サイレントマスクの使っていた細身の剣で体を支えて立ったこの僕だった。
「元気くん、騙されてはダメだ!! お母さん!! 何言ってるんだよ?!
あの時、僕に聴かせてくれたじゃないですか?! あれは、あれは嘘だったのですか?!」
「違う、違うわ!! あれは嘘じゃないの・・・。 でも、でも・・・」
そこまで言って、綾子お母さんは泣き崩れてしまった。
ここまでくると、僕もわけが分からなくなってきていた。
元気くんの本当のお母さん、志保さんは元気くんを産んだ為、
元々病弱で弱かった体に与えた無理がたたって死んでしまったと聞いた。
だが、今になって綾子お母さんは、あの御婆さんが言う通り、自分が殺したと言う。
この話の真相は一体どちらが本当の事なのだろう・・・。
それとも、実はあの御婆さんがマリオ・イセルタルと同じように
「悪魔の力」を使って綾子お母さんを操っているのではないだろうか?
そんな疑惑を僕と元気くんに投げ掛けた当の本人は、
更に僕達を困惑させるある物を取り出して見せた。
それは拳大のボールのような物で、その中心には怪しく光るガラスで出来た「眼」があった。
「これはな、「悪魔の玩具(がんぐ)」の一つ、「過去の悪行を映し出す眼球(め)」と言ってな、
この眼球に写った人物の過去が見れる道具なのじゃ」
そう言って、御婆さんは元気くんにその道具を投げた。
それを危なげに受け取った元気くんは、
まるでオアズケをくらっていた犬が主人の食べて良しの一声をもらい、
一心不乱に餌にかぶり付く光景に似たようにも見えた。
その眼球の中に写る何かを見る元気くんの表情は、
初めは必死に見、その後驚きに変わり、
最後にはその眼球を握り潰す勢いで睨みが入っていったのだった。
「げ、元気くん?」
そう僕が彼に声を掛けようとした瞬間だった。
「うわぁーーー!!!」
それは、僕が今までに聴いた事のない程の心の叫び声だった。
そして、そのまま元気くんは綾子お母さんの所まで一瞬で飛び、激しく体当たりをした!!
「な?!」
「ほら、言った通りではないか」
呆気に取られた僕に、御婆さんは笑みを浮かべて呟いた。
「ほれ、お前も見てみ」
そう言われて、僕は元気くんの変貌振りが気に掛かり、
いつの間にかに足元に転がってきていた眼球を手に取って見てみたのだった。
そこには、ベットの上で何かを言っている顔色が悪く、
点滴やらチューブが、口元には酸素を送っているだろうマスクに体を包まれている女の人と、
その女性の話を涙を流しながら聞き入っている、綾子お母さんが写っていた。
恐らく、このベットの上に寝ているのが志保お母さんだろう。
そんな二人の様子は、最初、綾子お母さんは只話を聞いている様子だった。
だが、急に驚いた様子で頭を振る綾子お母さん。
それを苦しそうになだめる志保さんは、一言二言、彼女の手を握り締めて何かを言っていた。
ここで彼女らのやり取りが聴こえれば良かったのだが、あいにく声は聴こえなかった。
その為、彼女らの間に何があったかは分からないが、
ベットの上で綾子お母さんに志保さんが怒鳴りつけていたのは確かだった。
その怒鳴り声が収まり、十秒程の間は空いた後、更に志保さんが綾子お母さんに怒鳴った。
・・・と、その直後、綾子お母さんは志保さんの命を支えている大事なマスクと、
黄色い液体の流れるチューブを引き抜いたのだった!!
そうすれば、ベットの上で寝る志保さんがどうなるかなんて、
看護婦である綾子お母さんには分かりきっていたことだろう。
それなのに、その手には沢山のチューブが握られていたのだった・・・。
こんなのを見せられては、
いくら子供の元気くんでも御婆さんの言った事が本当だと信じてしまい、
その結果、綾子お母さんに体当たりしたのだろう。
だいぶ仲良くなってきていた二人だったのに・・・。
だからといって、僕は元気くんの行動を見守るわけにはいかなかった。
そう。
このままでは、元気くんは綾子お母さんを殺してしまいそうな勢いで彼女を睨んでいたからだ。
「ダメだ! 元気くん!! 待つんだ!!」
しかし、虚しくも僕の声は彼の耳には聴こえず、怒りの炎で身を燃やす元気くんは、
更に綾子お母さんに体当たりをしたのだった!!
「っ!!」
背中を強打した綾子お母さんは、声にならない言葉を発して倒れこんだ。
僕は元気くんを止める為、そして倒れこんだ綾子お母さんの守る為、一歩ずつ近寄った。
「ダメだ! げ、元気くん。 きっと、きっとこれには何かあるんだ・・・」
だが、未だ元気くんの目は、怒りの炎が消えていなかった。
「赦さない!! 絶対、赦さない!!」
もう、彼には僕の声は聴こえる様子はなく、大きく広げた翼に、
僕は只々最悪の状況を、元気くんがお母さんを殺してしまうという状況を避ける為に、
傷ついた体を動かし続ける!!
「ひゃっひゃっひゃ!! やっと分かったかい。 ワシの言う事が!」
遠くで高らかに笑う御婆さんの声が聴こえる。
しかし、そんな事に構ってなどいられなかった。
そう、元気くんが綾子お母さんにトドメを刺す為に、高く舞い上がったからだ!
「お母さんを!! お母さんを返せ!!!」
その光景は、大事にしていた玩具を捨てられた子供が親に泣きつくのと被って見えた。
しかし、その捨てられた玩具は、
彼にとって命と引き換えても守りたかった、大事にしていきたかったモノだったのだ・・・。
その心を知ってか否か、綾子お母さんは身動ぎ一つせずにいた。
ダメだ!! 元気くんを止めなくてはいけない!!
僕は必死に思った!! 必死に行動した!!
それこそ僕が殺されてもいいと思う程に・・・。
そして・・・、僕は何とか彼を止める事が出来たのだった・・・。
「げ、元気くん・・・?」
急降下で降りてきた元気くんに飛び掛かった僕は、
そのまま元気くんともつれて壁際まで飛んで行き、
抱き合う格好でコンクリートの床に雪崩れ落ちたのだった。
だが、僕はあまりに着地に受けた衝撃の痛さに、元気くんは大丈夫かと声を掛けた。
・・・が、しかし、そこに見えた元気くんの口からは、
痛みを訴える声の変わりに赤く染まった泡が出ただけであった。
その元気くんの様子に驚いた僕だったが、
右手に持った細身の剣に伝わった、グニュっと、
肉を切り裂く様な柔らかい感触に更に驚いたのだった・・・。
「あ・・・、あれ・・・」
そう言って、僕は笑った。
「げ、元気・・・くん?」
渇いた笑みを浮かべ、僕の真下で仰向けに倒れる元気くんに声を掛けた。
「だ、だい・・・じょ・・・うぶ・・・?」
「・・・ぁ」
ゴボゴボ・・・と、血色に染まった沢山の泡を口から吹き、
元気くんはうつろな目で空を見ていた。
「げ、元気くん!! 元気くん!!!」
「・・・お・・・」
「え? な、何?」
「おかぁ・・・さ・・・」
そこまで言って、彼の口は二度と動かなくなってしまった・・・。
To Be Continued・・・
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神の左手 悪魔の右手