第28話 「必死」
「お母さんを!! お母さんを返せ!!!」
「悪魔の玩具」、「過去の悪行を映し出す眼球(め)」に映る光景は、
元気くんに懐かしい思い出と、それに代わる激しい悲しみと怒りと与えた・・・。
ベットの上で怒鳴りながら、必死に目の前の女性の腕を掴む本当のお母さん、志保さん。
腕を掴まれ、志保さんの怒鳴る様子に必死に耐えている様子の今のお母さん、綾子さん。
彼女らのやり取りが聴こえないから僕の考えでモノを話すけど、
多分二人に何かのトラブルでも起こったのだろう。
例えば、「元気くんの奪い合い」とか・・・。
車椅子に乗りながらも母親の看病をする元気くんは、
誰の目にも頑張っている様に見えるし、実際本人も頑張っていたと思う。
そんな元気くんを見て、綾子さんは元気くんの事を不憫だと思っても不思議じゃない。
僕だって元気くんが可愛そうだと何度か思ったし。
必死に頑張る元気くん。 それを彼以上に弱々しい身体で支える志保さん。
職業柄、いや、いつしか本心から二人を心から支えたいを思う様になった綾子さん。
その後その思う心が更に深くなり、元気くんを愛するようになった・・・。
そして、彼女は遂に言ったのだろう。
「元気くんを私にください」・・・とか。
だけど、いくら病弱で弱気になって冗談でも
「元気くんを任せてもいい」と言った志保さんではあったが、
はやり自分のお腹を痛めて産んだ子供の事を、早々任せたいとは思わない筈。
僕だって、もし自分の子供がいたとして、その子をくださいと言われたってあげるわけがない。
当然、志保さんも同じように綾子さんの思いを断ったのだろう。
しかし、綾子さんは諦めきれなかった。 元気くんを。
そして、遂には志保さんと綾子さんとの間で喧嘩でも起こってしまい、
後は僕や元気くんが見たように、嫌がる志保さんを綾子さんは殺してしまった・・・。
志保さんを殺すのは大した事じゃない。
彼女を支えるチューブやマスクを取ってしまえばいい。
それに、綾子さんは看護婦だ。 証拠隠滅も簡単だっただろうし。
だがしかし、世間に、元気くんにまさか「自分がお母さんを殺した」なんて言える筈もない。
言ってしまえば、せっかく手に入れた元気くんを失いかねない。
だから・・・、彼女は嘘をついたのだ・・・。
だが、彼女は元気くんの全てを手に入れたわけではなかった。
そう、心は奪えなかったのだ。 「母親を思う心」だけは・・・。
僕が初めて元気くんと会った時もそうだった。
彼は、「初めて会った僕」以上に綾子お母さんを避けている様子だった。
もしかしたら、何か本能的に感じ取っていたのかもしれない。
だが、僕はそんな事も知らずに元気くんと綾子お母さんとの仲を良いものにしようとした。
結果、彼らの関係は良くなっていった。
でも、元気くんが自分になつけばなつく程、自分の犯した事への罪悪感が、
それと、この見たこともない悪夢の光景が、
遂には真実を言う勇気・・・じゃないが、そんなモノを綾子さんに与えてしまったのだろう・・・。
だからといって、だからといって元気くんが人を、綾子さんを殺していい訳がない!!
僕は背中に受けた痛みを忘れる程の思いで身体を動かした!!
例え僕が元気くんが人を殺してしまう・・・、しまったとしても、
それは、「自分の母親」を殺してしまったというよりも、
まだ「赤の他人の僕」を殺してしまった方が数段もマシなのだ!!
絶対、絶対に身内を、それもこんなに自分の事を思ってくれている母親を殺していい訳ない!!
話合えば、お互いに言い合えば分かる筈。 もう過ぎてしまった過去は取り戻せないけど・・・。
そう思った時、僕は飛んでいた・・・。
「げ、元気くん・・・?」
激しい痛みが僕と元気くんの身体を走り、何とか元気くんを止める事ができた僕は、
自分の真下でうずくまる彼の身体を心配して声を掛けた。
だが、そこに見えた元気くんの口から出たのは痛みを堪える言葉ではなく、
変わりに出たのは、赤く、夕焼けの太陽より寂しげな色の気泡だけであった。
「げ、元気!!」
そこまで声を出して僕は気がついた。
右手に持った細身の剣に、グニュっと、肉を切り裂く様な柔らかい感触が伝わったことに・・・。
「あ・・・、あれ・・・」
そう言って、僕は笑った。
「げ、元気・・・くん?」
渇いた笑みを浮かべ、僕の真下で仰向けに倒れる元気くんに声を掛けた。
「だ、だい・・・じょ・・・うぶ・・・?」
「・・・ぁ」
ゴボゴボ・・・と、元気くんの口から血色に染まった沢山の泡が出る。
「げ、元気くん!! 元気くん!!!」
「・・・お・・・」
「え? な、何?」
「おかぁ・・・さ・・・」
そこまで言って、彼の口は動かなくなってしまった・・・。
「え? え?」
僕には何が起こったか分からなかった。
これって・・・、夢? 夢だよね?
そう思いながらも、僕の心の奥深くからどす黒い何かの感情が湧きあがってくるのを感じた。
夢さ!! 夢に決まってる!!
いや、あの御婆さんがこの僕に「悪魔の力」を使って幻覚を見せているんだ!!
だが、無常にも元気くんが吐いた血が顔に掛かった事によって、僕は夢から覚めた。
「あ! い、痛いよね?! い、今この剣を抜いてあげるから」
僕は笑う事と泣く事、震える事を器用にも同時に行いつつ、
元気くんの小さい身体に刺さる剣を抜こうと必死に頑張る。
しかし、地面に落ちたショックで床のコンクリートにまで突き刺さった剣は、
僕の事を拒むように、元気くんの事から離れたくないように抜けなかった。
「あはは!! こ、これじゃ〜元気くんが標本になっちゃうじゃん?!」
僕は必死に剣を抜こうとグイグイと両手で剣を揺らす。
そのたんびに元気くんの口とお腹の傷口からは赤い血が流れていく・・・。
「あ、あれ? 抜けないよ、元気くん。 これじゃ〜飛行機見れないじゃん!!」
この時僕の手に、本当は力がこもっていなかったのかもしれなかった。
だた単に剣を揺さぶっていただけだったのかもしれなかった・・・。
そんな僕の身体に激しく何かがぶつかり、僕は元気くんの身体を止める剣から開放された。
「元気!!!」
それは、綾子お母さんだった。
「元気!! 元気!! しっかりして!!」
綾子お母さんは元気くんの上半身を優しく支え、口から出ている血をハンカチで拭いさっていた。
そうする事で、一瞬、元気くんが息を拭き返した。
そうか、そうすれば良かったんだ・・・。
そう、この時僕は妙に関心してしまっていた。
「・・・か・・・」
「何?」
「・・・おか・・・」
だが、またもや元気くんは血を吹き出した。
綾子お母さんの顔に、大量に元気くんの血が掛かる。
だが、そんな事もお構いなしに、綾子お母さんは元気くんの口から血を拭き取ろうとする。
しかし、一向に元気くんの口からは血が止まらなかった。
「待ってね、元気。 今楽にしてあげる」
そう言ったかと思うと、綾子お母さんは元気くんにキスをしたのだった。
「ぺっ!! ・・・まだね」
そう言って、再度キスをする綾子お母さん。
どうやら元気くんの口の中に溜まる血を、自分の口で吸い取ってあげているのだ!!
「大丈夫、元気?!」
「あ・・・、あ・・・」
大量に吸い出し、代わりに地面に吐き出された元気くんの血は、
綾子お母さんの周りだけでなく、側で見守る僕の下まで流れてきていた。
「お・・・、お母さん・・・」
弱々しく、だが今度は僕の耳にもはっきりと聴こえた。
「元気?! お母さんよ!! しっかりしなさい!!」
「あは、お、お母さんだ・・・」
それが、元気くんの最後の言葉だった・・・。
ニコっと笑い、そのまま彼の瞳は閉じられたのだった。
「元気!! 元気!!」
遂に綾子お母さんも僕と同じように、看護婦だった事を忘れて元気くんの身体を揺さぶった。
しかし、元気くんの首はグラグラと揺れるだけで、もう口やお腹の傷からも血は吹き出なかった。
「なんだ、死んじまったのかい? 弱々しいのお〜」
顎にシワシワの手を当て、綾子お母さんの手の中で眠る元気くんを見て笑う御婆さんがいた。
そして、その横には動けない筈のサイレントマスクまで。
「たかが剣一本で死んじまうなんて。
まあ、ワシとしてはソウルスターさえ手に入ればどっちが死んでもいいんじゃがの」
そう言って、御婆さんは場違いの高笑いをするのだった。
「ソウルスター?」
その御婆さんの笑い声に、僕は思い出したかのように元気くんの腕を見た。
すると、見られた事によってかの様に、
悪魔の腕は砂の城が崩れるみたいに崩れ、消え去ったのだった。
「ほれ、取ってくるのじゃ、サイレントマスクよ」
「・・・」
この男、本当は操り人形じゃないかと思える様に、
御婆さんの命令でゆっくりと元気くんの身体の上に浮かぶソウルスターへ歩み寄って行く。
「さ、させる・・・か!」
何故かあいつにソウルスターを渡してはいけない気がし、
僕は這いずって元気くんの下へと近寄った。
これだけは、元気くんのソウルスターだけはあいつらに渡してはいけない!!
このソウルスターを守る事は、僕に課せられたせめてもの罪滅ぼしなのだ!!
ここで元気くんの命の結晶を奪われては、
今まで僕のやってきた事が意味が無くなってしまう気がしたのだった。
「がぁ!!」
「・・・」
気合を入れて手を伸ばす僕。
その手を掴み掛かるように無言で行動する男。
だが、彼の手が僕の腕を掴んだ時、僕の手の中にはしっかりと元気くんの魂は包まれていた。
一瞬、僕達の周囲が眩い光で包まれ、僕の手の中の光りが消えた時、
僕の身体の中に元気くんが入ってきていたのだった・・・。
「ほお、ソウルスターは取られてしまったか」
・・・と、意外にも残念がる表情も見せなかった御婆さんだった。
「まあ、よい。 サイレントマスクよ、その子を殺してしまえば一緒だからの」
その言葉は、僕の心に新たなる刺激を与えた。
「くっ!!」
うつ伏せで、だが顔だけは上げた僕は、
漆黒の仮面の中で見つめる男の視線に負けない様に見つめ返した。
「・・・」
「・・・」
僕達の間にジメジメした夏の夜風が吹き抜ける。
だが、僕には黙る事、睨み返す事しかできないでいた。
「・・・」
「・・・」
だが、今まで黙って僕の視線を受け取っていたサイレントマスクは、
急に何かを確信した様子で僕に背を向けて歩き始めたのだった。
「おや? どうしたのじゃ?」
「・・・」
少し驚いた様子で御婆さんは言うが、
サイレントマスクは何も言わずにひたすら歩くだけだった。
「・・・」
「・・・」
今度は御婆さんが僕の代わりに黙る番だった。
でも、そのダンマリはすぐに終わった。
「まあ良い。 今回だけは・・・な」
そう言って、御婆さんは渋々ローブの中から何かを取り出した。
「良かったな、真や。 今回はまあ面白いものも見せてもらったから見逃してやるわ」
背中越しに笑う御婆さんの姿が見える。 その横には漆黒の男の姿も。
「開け、「黄泉に繋がる死霊の口」よ!」
御婆さんの手から赤いボールの様な物が落ちると、
一瞬にして大きな口の形をした扉が現れた。
「さあ、帰るぞ」
「・・・」
大きく開いた口の向こう側に、吸い込まれるように中に入って行く。
「またな、真や」
ニヤっと、不気味な笑みを残し、
御婆さんとサイレントマスクは悪魔の口に包まれ消えたのだった・・・。
残されたのは、泣き崩れる綾子お母さんと、放心状態の僕、
そして元気くんの死体だけであった・・・。
「おかあ・・・」
そこまで言って、僕は心の中から湧き出た激しい感情で包まれた。
『憎い!! 憎い!! 憎い!!』
その感情は、熱く、大きく、激しいものだった。
『何故逃がした!! 何故捕まえなかった!! 何故殺さなかった!!』
『何故って、僕は・・・』
『お前は弱者だ!! 我の復讐を助けぬ弱者だ!!』
『僕は、僕は・・・』
必死に何かを言いたかった。
だが、何が言いたかったかは分からなかった・・・。
『弱者など、我がこうしてくれるわ!!』
暗黒の中、更に黒い感情が僕を包みこんだ!!
『うわぁーー!!』
僕は闇に包まれ、そのまま気絶した・・・。
To Be Continued・・・
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神の左手 悪魔の右手