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第29話 「悪魔」



闇・・・。
最初に見えたのは、暗闇だった。
そう、闇というものが見えるのなら、僕はそう表現しなくてはいけなかった。
『ここは・・・、何処?』
僕は幼い迷子の様に歩き回った。
『ここは何処なのだろう・・・』
『僕はどうしたのだろう・・・』
フラフラと歩きながら、僕は色々考えこんでみた。
自分の置かれた場所や状況などを。
この時、僕は何故ここに居るのかも判らないでいたのだ。

耳を澄ませても何も聴こえない、本当の闇。
だけど不思議に怖くはなかった。
暑くもなく寒くもなく、ただ暗闇が続く何も無い空間の中で僕は呆然としていたのだが、
ふと遠くに建っている建物に気が付いた。
『あれ? なんだろう?』
遠くに見えるそれは、暗闇のせいなのか元々そうなのか、黒くそびえ立っていた。
大きさにしてどうだろう。 ドーム球場ぐらいの大きさだろうか。
でも何故こんな大きさの建物の存在に気が付かなかったのだろう。
そう考えたら、僕は居たたまれなくなって走り出したのだった。



近づいてみるとその建物は意外に大きく、ギリシャにあるようなコロセウムみたいで、
昔、こんな感じのドーム球場へ光にーと母とで野球を見に行ったな〜と思い浮かべていたが、
ここにいる理由については未だ思い出せないでいた。
・・・そんな時だった。
物凄い沢山の歓声が聴こえたかとおもうと、
建物の中から激しく叩かれる太鼓の音が地面と建物を揺るがしたのは。
『な、なに?』
まさかここで本当に野球でもやっているのか、と、一瞬考えてしまう僕だった。
しかし、そんな考えは一瞬にして吹き飛んだ。
時間をおくことに大きくなる歓声に導かれたように、
無数の白い彗星が息を切らせつつ走る僕の後方から、物凄い勢いで上空を飛んでいった。
『あれは・・・、弾(たま)?』
それは、漫画やアニメなどで良く見かける、相手を攻撃する為のエネルギー弾のようで、
その証拠に、打ち込まれたコロセウムの中から聴こえていていた歓声は、
更に大きな狂乱する悲鳴や叫び声、それと怒気を含んだ罵倒に代わったのだった。
『た、大変だ!!』
そう思った僕は、自分が行っても役に立たない筈なのに、
無我夢中で彗星の落ちた黒い建物に走り出す。
この僕のとった行動は、もしかしたら只の野次馬根性だったのかもしれないが、
そう言われても僕は走っていただろう。
普通に思えばそれはよほどの大事件だし、どうせこの場所に居てもつまらないのだ。
それに、もしかしたらこんな僕でも役に立つ事、
例えば怪我をした人を助けたり運んだりする事ができるかもしれないと思ったからだ。
しかし、そんな思いは建物から空に向かって放たれた蒼い光によって打ち砕かれた。
瞬間にして黒い建物が蒼く染まる。
まるでその空間だけオーロラで包まれた感じに。
それと同時に、あれだけ大勢の声や太鼓の響きも静まった。
・・・だけど、その静まりも一瞬の出来事だった。
『う、うわぁーー!!!』
僕は驚いた!!
ムクリ・・・と、巨大で青黒い身体の大男が、
狭そうなコロセウムから轟音と共にゆっくり立ち上がったからだ。
『べ、ベルセルク?』
僕はそう思った・・・が、
それは違っていた。
虚(うつ)ろな目をした巨人の髪は長く、そして乱れ、
口の部分には機械で出来たような、そう、噛み付き防止用の様な拘束具が付けられていた。
僕が
それを見た第一印象は、「殺人者」だった。 スケールは違ったけど。
「があああぁぁぁーーー!!!」
巨人の第一声はそれだった。
だけどその声によって、コロセウムの脆かった部分は崩壊した。
この建物の持ち主はさぞかし怒っただろう。 こんなに脆く建てた建設業者とその巨人へ。
しかし、そんな事を知ってか否か、巨人は更なる破壊を始めたのだった。
ブンブンと大きく振りかぶる巨人。 それに伴って沢山の人影も吹き飛ばされていく・・・。
これはあの彗星のせいなのだろうか? それとも別の要因なのだろうか?
だけど、これ程の被害を受けているにも関わらず、コロセウムから逃げてくる人達はいなく、
不思議に思って確認したかった僕ではあったが、
巨人の腕が起こした破壊力のあまりの大きさに怖く、
その為遠くで見ていた僕は、飛んでくる破片を交わすのに精一杯だった。
・・・しかし、本当の意味での破壊はここからだった。



『・・・光?』
それは、黒い光と表現するのだろうか・・・。
破壊を繰り返す巨人の背を照らすように、周囲の闇を更に包むように、
その放たれた黒い光が、破壊された建物と僕の目に焼き付く程強く放たれたのだった。
・・・破壊が始まった。
最初に
それが破壊したのは、コロセウムの城壁だった。
いや、正確には壁の上にあった見物部屋を壊したかったのかもしれなかった。
ワラワラと瓦礫と共に落ちていく人影に、
それは歓喜の声を上げた。
「ガアアアアアーーー!!!」
今度こそ、崩れた壁から逃げ出してくる人が見えてきた。
いや、それは人ではなく、一般に「悪魔」と呼ばれている魔物だった。
「助けてくれーー!!」
「せっかくのアレス様の復活の儀式がーー!!」
逃げまとう悪魔達は、各々に叫び声を上げながら僕の横を駆け抜けてく。
『アレス?』
それは聞いた事のない悪魔の名前で、どうやらあの巨人の事を指しているらしく、
破壊の続くコロセウムの中からは、彼を支持する歓喜の声が未だに聴こえていた。
だけど、その支持する声も永くは続かなかった。
それは、彼が地に膝を着いたからだ・・・。



恐怖心より好奇心の方が打ち勝った僕は、その崩れた場所からコロセウムの中に入ると、
最初に聴いた叫びより更に大きな声を上げた巨人アレスが、
地面に膝を着いてうずくまっていた。
その真下には、青黒く筋肉質で、僕の背丈より倍はあろうかの悪魔が立っていた。
『べ、ベルセルク・・・』
今度こそ彼だった。
薄い光の膜を着たようなベルセルクは、シュウシュウと熱を発しているようで、
今にも内なる感情を爆発させような構えで立っていた。
「アレスよ!! 何をしている?! こんな弱小の魔徒(まと)など、ひねるのじゃ!!」
『この声!!』

僕は驚いて振り返った。
すると、やはりそこには
この僕に「悪魔の力」をくれたあの御婆さんが居たのだ!!
「バンシー様、ここは危のう御座います。 早々の退避を・・・」
「うるさいのじゃ!! 黙っておれ」
バンシーと呼ばれたあの御婆さんは、更にアレスに命令をする。
しかし、元々背丈の違う者同士の戦いの為、アレスは苦戦を強いられていた。
巨人アレスの激しい攻撃を横や縦に素早く交わしつつ、
彼の太い足に力強い一撃を加えるベルセルクの戦いは、鬼に挑む一寸法師を思わせた。
だが彼の戦い方は、只殴りつけるだけでなく、「悪魔の力」を使ったものへと変化していった。
「ハアアアーー!!」
右手でアレスの足の皮膚を掴んだベルセルクは、
気合を込める声と共に
「悪魔の力」を発動させる。
彼の右手が鈍く光る。 それに続いてアレスの虚ろな目に驚きの感情が浮かび上がる。
そしてベルセルクは、そのまま右手を前に押し出す。
普通に考えたら、いくらベルセルクの腕力が強くともあの巨人を倒せるわけがない。
だが、「悪魔の力」を受けたアレスは、いとも簡単にバランスを崩して倒れたのだった。
激しい地響きがコロセウムを包み、僕や逃げまとう悪魔達の足を払う。
しかし、ベルセルクの攻撃は止まらなかった。
彼の鋭く伸びた爪が、床に倒れたアレスの足の皮膚を引き裂いていく。
無論アレスも負けておらず、上半身を起こしてベルセルクに殴りかかる。
疾風の攻撃とはいえなかったが、アレスの右ストレートは意外に早く、
まともに一撃を受けたベルセルクは、真っ直ぐにコロセウムの観客席に吹き飛んだ。
それに巻き込まれた悪魔がいい迷惑だったと思う。
実際、僕の方に来なくて良かったと思ったし・・・。
「どうしたのじゃ?! アレスよ!! 立ち上がるのじゃ!!」
怒りを含んだ御婆さんの声が聴こえる。
しかし、クリティカルヒットをさせたアレスは、立ち上がらずにそのままの体勢で構えていた。
「ぐるるるーーー!!」
唸り声を上げるアレス。
どうやらベルセルクの「悪魔の力」が、彼に立たせる力を失わせていたようであった。
どうやったかは判らないけど。
爆音のような音が聴こえ、それと同時にベルセルクが飛び出して来た。
アレスの早いパンチが飛ぶ。
しかし、ベルセルクの方は疾風と呼べる程の速さでアレス飛び掛り、
彼の分厚い胸板に八つの傷を創って行く様子は、ある種美しいものであった。
苦痛の声を上げるアレスに、一瞬の戸惑いも無いベルセルクは、
次々に彼の胸板の肉を切り裂き、更には引き剥がしていく。
宙に舞うアレスの肉片と熱い血とに、僕はベルセルクの激しい感情に恐怖した。
怖い。 本当に怖かった。
このまま彼がアレスの肉を食うようであったら、恐らく僕は気を失っていただろう。
しかし、自分の胸の上で舞う弱小の悪魔にやられっぱなしでいたアレスは、
彼の背後から素早く両手で掴み掛かることに成功したのだった。
「がるるるるーー!!」
勝ち誇ったように唸るアレス。 
・・・しかし、その状態も長くは続かなかった。
ズパン・・・と、そんな感じの音が聴こえた。
それは、アレスの手が水平に引き裂かれた音。
そう、ベルセルクは彼の両手を引き裂いたのだった。
苦痛の声と両手から血潮を吹き上げるアレス。
その青い血に染まるベルセルクは、正に
「悪魔」であった。
彼は右手を空に向かって上げた。
それは自分の勝利を勝ち誇ってのことかと僕は思った。 
だがそれは違い、その行動は彼の次なる攻撃を知らせる合図だったのだ。
「ガアアアアーーー!!」
気高い声を上げたベルセルクの右腕が振り下ろされる。
それは、巨人アレスの敗北を意味した。
僕の真横に一筋の風が通り抜けた。
その風は、僕の後ろの観客席と悪魔を同時に切り裂いた。
そして、同じようにアレスの巨体も半分になったのだった・・・。

「くっ! あいつ、何者なのじゃ・・・」
これまでの光景を見ていた御婆さんは、憎々しく呟いた。
「バンシー様!! お早くを!!」
「・・・仕方ない」
ベルセルクを倒す武器を失った御婆さんは、近侍(きんじ)の声に渋々従い、
崩れ行くコロセウムを後にしたのだった・・・。
残されたのは、逃げまとう悪魔と、それを狩るベルセルクだけで、
彼はまるで雑草を刈るように次々と悪魔を殺していった。
『あれこそが、「ベルセルク」・・・』
僕は思わず呟いた。
・・・と、その声を聴いたのか否か、狂気の舞を踊るベルセルクが僕の目の前に降り立った。
『・・・』
僕は恐怖のあまり言葉が出なかった。
「お前は誰だ」
青い血で染まった悪魔は、僕に問い掛けてきた。
『ぼ、僕は・・・、有村・・・真だ』
ガクガクと振るえる身体を押さえ込んだ僕は、そう言うのが精一杯でいた。
「ほお、真・・・か」
妙に関心したベルセルクは、僕の目を見つめた。
「お前・・・、良い目をしているな」
『・・・目?』
彼の激しく燃える赤い目が、一瞬、優しい光に包まれたのを僕は見逃さなかった。
「だが、その目はいつか命取りになる」
『・・・』
僕は何も言えなかった。
「その前に、我が殺してくれよう」
『え?』
そう言ったか否か、僕はベルセルクの爪によって切り裂かれたのだった・・・。



To Be Continued・・・



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神の左手 悪魔の右手