第30話 「殺意」
逃げまとう悪魔の群れを追う、激しい怒りと殺意に目を赤く染めたベルセルク。
その手が振るわれると、沢山の悲鳴の中に青い血が舞っていく・・・。
怖い。 もの凄く怖かった。
沢山の返り血を浴び、そして掲げたその手の爪は大きく鋭く、
その声は僕が今まで聴いた事のない、異常者が放つ奇鳴の雄たけびだった。
そんな悪魔が僕の身体の中にいると思ったら、僕はとても・・・、
とても怖くなって・・・、思わず声が出た・・・。
『あれこそが、「ベルセルク」・・・』
それは殺戮と破壊と延命を訴える声の中でとても聴こえる筈のない声のであったのだが、
だが、彼はその僕の囁きを聴き入れ飛んで来た!!
「お前は誰だ」
青い返り血で染まった悪魔は、
あんなに激しい動きだったのに息も切らせずに問い掛けてきた。
『ぼ、僕は・・・、有村・・・真だ』
ガクガクと振るえる身体を押さえ込んだ僕は、そう言うのが精一杯でいた。
「ほお、真・・・か」
妙に関心したベルセルクは、僕の目を見つめた。
「お前・・・、良い目をしているな」
『・・・目?』
彼の激しく燃える赤い目が、一瞬、優しい光に包まれたのを僕は見逃さなかった。
「だが、その目はいつか命取りになる」
『・・・』
僕は何も言えなかった。
「その前に、我が殺してくれよう」
『え?』
そう言ったか否か、僕はベルセルクの爪によって切り裂かれたのだった・・・。
「うわあああーーー!!!」
「きゃ!!」
僕が悲鳴を上げると、母の声と共に手に持っていた花瓶も床に落ちて悲鳴を上げた。
「はぁーはぁーはぁー・・・」
「マ、マコちゃん・・・」
初め、僕は一体どうなったのか判らなかった。
ここは・・・?
僕は額に流れる冷や汗を拭きながら辺りを見渡そうと・・・
「大丈夫?! マコちゃん!!」
・・・と、悲鳴じみた母の声と両腕が襲ってきた。
「あう・・・、く、くる・・・」
ギュウギュウと泣きながら僕を抱きしめてくる母のお陰で、
僕は一瞬また気を失いそうになった。
「あ、ご、ごめんなさいね、マコちゃん」
「あう〜」
・・・どうやら僕は、あの激しい戦いの後、
元気くんと同じこの大文字病院に担がれたそうだ。
そして、そのまま大手術を受け、一時面会謝絶の重体にまでなったそうだ。
しかしついこの前、意外に背中などの傷の治りの良かった僕は、
入院一週間後、この一般病棟に移し変えられたそうだったのだが、
今日の今日まで意識は回復しなでいたのだった・・・。
「大丈夫? 本当に心配したんだから・・・」
「あ・・・、うん・・・」
僕は申し訳なさそうに頷いた。
だがそれは、母に対してでの気持ちではなかった。
それは・・・、あの幼い子に対してであった・・・。
「元気くん・・・は?」
僕は背中の痛みを堪えながら一番聞きたくない質問を母にすると、
母は優しい瞳に涙を浮かべ、ある場所を僕に教えてくれたのだった・・・。
「こんにちわ・・・」
その日、母がトイレに行った隙に病室を抜け出した僕は、
夏の暑い日差しの中、母から聞いた元気くんの居る場所にやって来たのだが、
その教えてもらった場所は、表の暑い日差しを避けるように静まり返っていた。
「あ・・・、どうも」
そう言って僕を出迎えてくれたのは、顔面蒼白の綾子お母さんであった。
「こ、こんにちわ」
僕は訳も無く挨拶をしてしまった。
「傷、良くなったのね・・・」
「あ、は、はい。 一応・・・」
この時、僕の顔も青白くなっていたかもしれない。
だがその挨拶の後、僕はもっと青白い元気くんと会うのだった・・・。
「元気くん・・・」
外の暑い夏から、一瞬にして初冬に変わったかのようなこの部屋で、
元気くんは木製の箱の中、沢山の花に囲まれて静かに眠っていた・・・。
その寝顔を見せる彼の顔は白く、しかし僅かに微笑んでいる様に見えたのが、
僕の心を少しだけ、ほんの少しだけ軽くしたのだった。
「あの子ね、この前私にこう言ったのよ。
「あにーと飛行機を見に行くのが楽しみだ」・・ってね」
優しい瞳で呟くように独語する綾子お母さんに、
僕は何一つ声を掛けることはできなかった。
「本当に・・・。 本当に・・・、楽しそうだったわ・・・」
それは大きな悲しみを含んだ声で、聞いていた僕はいたたまれない程に胸が辛くなり、
どうしても元気くんの元から振り返れないでいた。
「うぅ・・・」
後ろからすすり泣く声が聴こえる。
その声を聴いて僕はとても胸が痛かったのだが、何故か涙は出ないでいた。
虐められた時、好きな子に振られた時、
そして、あの鉄男くんを助けられなかった時は、あんなに沢山涙が溢れ出たのに・・・。
「ごめんなさいね、本当はあなたにお礼をしなくてはいけないのにね・・・」
「え?」
僕は驚いた。
だって、彼を殺した張本人は、この僕なのだから。
実際、僕は綾子お母さんに元気くんの仇(かたき)を受けてもいいと覚悟して来た。
だがしかし、綾子お母さんから出た言葉は、謝罪の言葉であった。
まさかそんな言葉を彼女から言われるなんて・・・。
本当は僕はここに来ることを止めようかとも思っていたのだ。
それは勿論僕が彼を殺してしまった為。
人によっては、「あれは事故だったんだよ」と、軽く流す人もいるかもしれないが・・・。
しかし、僕は冷たくなった彼の下を訪れないと「人間」としていられないと思い、
それから逃げてしまえば、僕は一生あの病室から出られなことを知っていたのだ。
つまり、僕は「自分の身を案じるがためにここにやって来た」のであって、
綾子お母さんから謝罪の言葉を受けることは、
その言葉に反する想いを受けるより辛いことなのだ。
まさかそこまで計算して言っているとは思いたくないけど・・・。
「あ、い、いや、謝らないで下さい!! 僕は・・・、僕は・・・、元気くんを・・・」
僕は喉から中々出ない言葉を無理やりに吐き出させる様に胸を掴む。
「彼を・・・、殺したのですよ?!」
言ってしまった。 事実なのだが、中々自分で言い切れなかったその真実を・・・。
その辛い真実を聞いた綾子お母さんは、一瞬、全身がビクつかせたが、
僕より早く現実を受け止めていたせいか、僕程動揺している様子ではなかった。
「だから!! だから!! 僕はあなたに謝られるなんて・・・」
ここまできても、未だに涙が出なかった僕。
そんな僕に、涙を枯して赤くなった瞳で見る綾子お母さん。
「そんな事はないわ。
だって、あの子はあなたと会ってこそ、あんなに元気になったのだし・・・」
そう言いながら危なげな歩き方で元気くんの棺までやって来て、
彼の顔に負けない程の白い手で、冷たくなった頬を優しく撫でてあげる。
「それに、あなたはこの子に人を殺させるのを防いでくれたのだから・・・」
一瞬、僕の頭の中であの時の光景が甦る。
高く舞い上がった元気くんは、
綾子お母さんに向かって殺意を込めた一撃を与えようと降りて来ていた。
恐らく彼は本気に綾子お母さんを殺そうとしていた・・・と、思う。
もしかしたら、「悪魔の力」にそそのかれたせいもあったかもしれないが。
しかし、そんな彼を止めないと、恐らく綾子お母さんは元気くんに殺されていただろう。
そして、彼女を殺した後、元気くんにとって一体何が残るというのだろうか?
そう思ったら、僕は無条件で彼を止める為に身体が動いていたのだった。
だが、結果、僕の思惑とは裏腹に、元気くんを殺しまう結末になってしまったのだが・・・。
多分、綾子お母さんも僕の考えが判ってくれたのだろう。
その為、この人は仇の筈の僕にお礼をしているのだ。
それが判るだけに、僕の心は余計に痛む・・・。
「だから・・・、ありがとうと、一言言いたかったの」
「そ、そんな・・・」
肩が泣いていた。 それは、細く弱々しい肩。
『この人、こんなに小さかったのか』・・・と、
僕は隣で元気くんの顔を見る綾子お母さんの姿を見つめた。
「でも、もう一言だけ言わせて欲しいの」
その言葉は、今まで胸の内に秘めた彼女の感情を表すものだった。
「何故あの時、何であなたは元気を止めたの?!」
「・・・え?」
「あなたは!! あなたは何故私を元気に殺させなかったの?!」
急に彼女の両手が僕の胸を叩いてきた。
「何故私に罪を償わせてくれなかったの?!」
「あ・・・、う・・・」
綾子お母さんの声は、最後の方には言葉になっていなく、
そんな彼女の激しい感情の表れに、僕は何も返答出来ないでいた。
「私は・・・、一人間としてあなたに謝ったわ。 命を救ってくれた恩として。 でも・・・」
そこまで言って一旦言葉を区切った綾子お母さんは、
今度は殺意を込めたかのように、キッと、大量に溢れる涙で覆われた瞳を僕に向けた。
「元気の母として言うならば・・・、私はあなたを、一生赦さない・・・」
それは、僕自身に向けられた言葉の中で、一番殺意のこもった言葉だった・・・。
To Be Continued・・・
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神の左手 悪魔の右手