第33話 「夏男」
「ワイの名前は秋葉玲司(あきば れいじ)や!」
浜辺のパラソルの下に座った僕達にそう言って胸を張って名のったのは、
千紗ちゃんを大男から助けてくれたあの青年で、
黒髪で目が大きく、笑顔で見せた白い歯が色黒の身体と対照的に光って見えた。
「私の名前は朝倉千紗や!」
そう言って立ち上がり、彼のマネをして名のったのは勿論千紗ちゃんで、
彼女の方は彼とは全く逆な色白の肌の、この夏には少し不釣合いな身体だった。
「けっ! ガキが無い胸張って威張るんじゃない!」
「あぁー!! う、うるさいなぁー!!」
千紗ちゃんの言葉に素早く秋葉さんが言葉を返すが、
その言葉がどうやら図星だったらしく、彼女は顔を真っ赤にして秋葉さんの背後に回り、
「こうしてやるぅ!!」
・・・と、たんかを切った彼女だったが、
実際にとった行動は、半泣きしつつ彼の背中をポコポコと叩くものだった。
「こら千紗、やめなさい」
と、焼きそばを食べていた手を休めて彼女をなだめる美沙さん。
しかし、彼女の顔には苦笑いが浮かんでいた。
「いいねん、いいねん。 ワイは心が広いから」
そう言って、あははと笑って決める秋葉さんだったが、
千沙ちゃんにポコポコと叩かれる姿はいまいち決まらなかった。
そんな様子に美沙さんも笑っていたが、一応千紗ちゃんをなだめて秋葉さんから引き離した。
「いーだ!!」
舌を出して威嚇する千沙ちゃん。
それに対抗して秋葉さんも同じように威嚇する。
なんだかな、この人。
だが、急に真面目な顔になったかと思うと、ちょいちょいと僕に向かって手招きをし始めた。
「何ですか? 秋葉さ・・・」
あまりの彼の表情の変化に、僕は気になって近寄ると・・・、
「「何ですか?」じゃあらへん! はよ彼女紹介せんか!」
そう言ったが早く、僕は彼の腕に捕まってヘッドロックを食らっていた。
「あぐぐ・・・、く、苦しい・・・」
「お前が早く彼女を紹介せんからや! あんなガキよこしてからに」
秋葉さんは僕の頭をグイグイと腕で押さえつけ、怖い視線をしつつ自分の用件を催促する。
その視線の先には、膨れっ面で焼きそばを食べる姫野ちゃんの姿があった・・・。
彼の用件。 それは姫野ちゃんを自分に紹介しろというものだった。
どうやら千紗ちゃんを助ける前、彼は姫野ちゃんの事を目で追っていたらしい。
彼曰く、前世であった自分の彼女にソックリだったらしく、一目惚れをしたのだという。
そして、何とか彼女とお近づきになる為の案を練っていた時に、
偶然千紗ちゃんがあの大男に捕まったので、慌てて彼女を助けに向かった。
・・・と、いうのが彼女を助けた経緯だったのだ。
ホント、タイミング良すぎると思ったよ。
・・・で、そのお礼として姫野ちゃんを紹介しろって事が彼の用件だったのだが、
何も僕に謝礼を求められても困るんだけど。
「あんな女、中々おらへんからな!」
しかし、彼はそんな事はお構い無し。
そして、急に笑顔になったかと思うとバンバン僕の背中を叩き、
はよ!はよ!と顎を使って催促をし始めたのだった。
「はあ、判りました」
だが、僕が彼に姫野ちゃんを紹介するのは、色んな意味を含んで嫌だった。
だって、今姫野ちゃんは不機嫌だし・・・。
しかし、助けてもらったのは事実だったし、秋葉さんは秋葉さんで怖い目をするもんだから、
嫌々ながらも僕は姫野ちゃんの所へ足を運んだのだった。
「あ、あの、姫野ちゃん」
「何?」
こわっ! やっぱ怒ってる。 けど、僕は負けずに話を進める。
「あの、秋葉さんがおいでって」
そこまで言って、僕は背後で不気味に笑う彼を紹介したのだが、
返ってきた姫野ちゃんの返事は只一言。
「やだ」
「や、やだって、ちょっと。 ほら、一応お礼をしようよ。
千紗ちゃんを助けてくれたんだからさ」
「・・・」
無言で僕を見つめる姫野ちゃん。
「ね♪」
その視線が怖かったので僕は可愛く微笑むと、呆れた顔付きで肩を落とした彼女だったが、
なんとか判ってくれたみたいで立ち上がり、そそくさと秋葉さんの所まで行ってしまった。
「ハロぉ〜♪」
ニコニコ顔で笑う秋葉さんの横にちょこんと座った彼女は、かなり形式ばったお礼をした。
「ありがとう御座います」
「いやなに、美女の助けならいつでも聴きますで」
「・・・」
秋葉さんにとってこれは誉め言葉なのだろう。
けど、今の姫野ちゃんにその言葉は禁句だった。
それは、姫野ちゃんの視線を追っていけば簡単に理解出来る。
光にーと美沙さん。
そう。 その視線の先には、彼らの慎ましい光景が写っていたからだ。
海の家から借りたパイプベットに寝る光にーの横に、
白くて綺麗な手で彼にジュースを差し出している美沙さんが見える光景。
場所が場所だけに、ラブストーリーの様なドラマ始まりそうな雰囲気だった。
それだけに、姫野ちゃんの心中が表情に表れて機嫌が悪いのだ。
「なあなあ、喋らんて。 ほらほら!」
しかし、そんな事を彼が知るわけでもなく、
必死に彼女の気を引こうとあれやこれやと手を振る秋葉さんに、
僕は彼の未来が先読み出来た。
嗚呼、あの人きっと・・・。
「うるさい! ちょっと黙ってて!!」
そう言ったが早く、姫野ちゃんの魂のこもった一撃が
秋葉さんの左頬に赤いヒトデを作ったのだった。
ご愁傷様、秋葉さん・・・。
「なあ、お前、彼女のなんなんだ?」
「え?」
頬を擦りながら問い掛ける秋葉さんに、僕は少し苦笑しつつも戸惑ってしまった。
「あ、えっと・・・、なんだろう」
なんか急に顔が赤くなるのを感じ、僕は秋葉さんから視線を交わしてしまった。
神崎姫野。
その問題の対象者の彼女は、浜辺で千紗ちゃんとビーチバレーを楽しんでいる。
そんな彼女を見て、僕は考え込んでしまった。
「なんや、答えられんのか?」
「あ、いや・・・」
彼女とは只の友達です、と、その一言が何故か言えなかった。
実際、彼女とは只の友達なのだ。 只、僕が彼女を好きなだけで。
しかし、その事を告げてしまえば、
ずっと「友達」の関係から抜け出せない様な気がして言葉にならなかったのだった。
「好きなんだろ?」
「え?!」
イキナリの彼の言葉に、僕は驚いて飛び上がってしまった。
「あはは! 図星やな」
「・・・」
お腹を抱えて笑う秋葉さん。 この人、人が悪い・・・。
しかし、妙に悪い気はしなかった。 きっと彼の笑顔のせいだろう。
人を和ませる笑顔っていうのか・・・。
だが、そんな彼の顔から急に笑みが消えた。
「まあ判るで、その想い。 ワイもそうだからな」
「・・・」
急に真面目な顔になった彼に、僕は何か言葉には出来ないものを感じ取った。
それは・・・、悲しみ?
しかし、彼はハッと我に返った様子で僕を見て、また背中を叩き始めた。
「なんやなんや、そんな陰気な顔して」
「そ、それは秋葉さんが・・・」
「いや何な、あの子、ワイの彼女にソックリだったから」
「彼女?」
「そうや」
そう言えば言ってたっけかな? 前世の彼女にソックリだって。
でもそれってお近づきになる話の口実じゃなかったの?
だが、彼の表情からは何も読み取れなかった。
だって終始笑ってたから。
「ワイの彼女な、前世でラブラブだったんだが、ちょっとした事で死んじまったんだわ。
でな、ワイは悲しゅ〜て後追い自殺したって訳や」
「へえ〜」
「へえ〜ってなんや、こいつ」
「あう!」
僕の気抜けな態度に素早いツッコミ。 流石関西系。
しかし、彼は気にせずに話を進める。
「でな、生まれ変わったワイは、あいつが好きだった海でバイトをしてるっちゅう訳や」
「なる程。 でも・・・」
そこまで聴いた僕は、ふとある事が気になった。
「なんや?」
「秋葉さんって何歳ですか?」
「ワイか? ワイは23や」
「じゃあ、姫野ちゃんは彼女じゃないですよ」
「な?! なんでや?!」
今度は彼が驚いて飛び上がった。
「だって彼女、15歳ですもん」
「・・・」
「・・・」
無言で見つめ合う僕ら。 だが沈黙は短かった。
「なんやそれ?! あいつそんなにガキなんか?!」
「まあ、スタイルいいですからね」
マジマジと僕の顔を見つめる秋葉さん。 よっぽど驚いた様子だった。
まあ無理もないと思う。
だって、彼女は学校のアイドルだし、実際モデルのスカウトに捕まったって言ってたし。
まあ、そのスカウトっていう人、
かなり怪しかったから殴って逃げてきたって本人言ってたけど。
背は高く、顔は美形。 力がある割に手足が細く、胸も結構・・・。
あわわ、何言ってんだ、僕。
とにかく彼女は喋ってなければ、
その辺で泳いでいるどの女の人達よりも綺麗で大人びていた。
それに比べて、一緒に遊んでいる千紗ちゃんは、秋葉さんが言う通り子供(ガキ)だった。
まあ、彼女に容姿で勝てる女の人はこの辺にいないことは確かだった。
あ、一人だけ居た。 僕の兄の隣に。
まああの人は姫野ちゃんとはまた違った系統の美人なんだけどね。
「つまり容姿が似ていたとしても、生まれ変わった年代が違いますから、きっと別人ですよ」
「あはは・・・」
急に力を無くした様子で座り込んだ秋葉さん。
今日二度目のご愁傷様です・・・。
そんな時だった。
「秋葉さん、こんな所にいたんですか!」
急に背後から声を掛けてきたのは、僕とそう歳が代わらなそうな男の子だった。
「ああ、源五郎か」
「ああ・・・じゃないっすよ!! 店長怒ってますよ!!」
彼が着ているエプロン(「海坊主」と筆でデカデカと描いてある。)と言動からして、
どうやらバイト仲間らしかった。
「さ、早く!早く!」
「へ〜へ〜」
首根っこを捕まえられてズルズルと引きずられて行く秋葉さん。
あ、扱いが慣れてる・・・。
だが、急に思い出したかの様子で秋葉さんが男の子に声を掛けた。
「あ、源五郎。 あいつ「デビルハンズ」やで」
この言葉を聴いて、僕は夢から急に現世へ叩き起こされた気分に包まれた。
いや、現世から夢を見始めたとでも言った方が良かったのか・・・。
To Be Continued・・・
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神の左手 悪魔の右手