第35話 「理由」
夏の日差しが暑い中、僕は海に来ていた。
それは、「悪魔の力」を身に付けた事による、激しく苦しい戦いに疲れた為。
僕は心身共に疲れ果てていた。
親友を傷つけ、可愛い少年を殺し、そして幾人かの敵を傷つけて来た。
もう僕は疲れていたのだ・・・。
そんな僕を見かねてか、海に誘ってくれたのは僕の大好きな姫野ちゃんだった。
彼女の声に聴き惚れ、その姿に酔いしれ、僕は海に来たのだ。
それが・・・、現実はどうだ?
何故僕は今、こうして「悪魔の力」を使って戦いを始めようとしているのだろう・・・。
「さあ悪魔の手先よ! 僕の弓で退治してやる!!」
罵倒と憎しみのこもった視線を僕に向け、源五郎くんは弓を振り絞る。
隣では僕を起こしてくれたあの大男(名前を知らないのだ。)が、
威勢良く叫ぶ源五郎くんを睨みつけていた。
「おいお前、名は?」
「な、名前?」
「そうだ。 弱々しいお前でも、名前ぐらいはあるだろう?」
な、なんだこの人。 こんな状況で僕の名前なんか聞いてくるなんて。
だが僕は、渋々名前を男に伝えることにした。
すると彼は、自分の名を告げると同時に顎で秋葉さんの方を指した。
「よし。 じゃあ真、これから俺が言うと通りに動け。 死にたくなかったらな」
「え? う、動けって?」
・・・ちょっと待ってほしかった。 僕は別に戦いたくないのだ!
特にあの秋葉さんとは戦いたくなかった。
たった一日ではあったけど、あの人は僕が会った人の中で一番感じの良かった人だったから。
人柄が良く、話していても楽しく、
今の僕の悩みなんか全て吹き飛ばしてくれそうな人だったから・・・。
そして何より、秋葉さんも「悪魔の力」を持っているようなのだ!!
それなら尚更あの人とは戦いたくなかった。
それはあの人に勝てる勝てないとかいう云々より、
もう二度と鉄男くんや元気くんの時の様な辛い思いはしたくなかったからだ・・・。
・・・僕は戦いたくない。 戦うために、僕は「悪魔の力」を手に入れたのではないのだ。
あのマリオ・イセルタルや阿久津達みたいに、人を追いやるため、苦しめるため、
そしてあの元気くんみたいに「自由」が欲しくて「悪魔の力」を手に入れた訳ではないのだ。
僕が「悪魔の力」を手に入れた理由はただ一つ。
それは、小さい頃から僕を助けてくれていた姫野ちゃんのため。
・・・いつも虐められていた僕を救ってくれた姫野ちゃん。
・・・いつも泣いていた僕を慰めてくれた姫野ちゃん。
・・・いつも落ち込んだ僕に元気をくれた姫野ちゃん。
そんな彼女を、今度は僕が守りたかったのだ。
だからこそ、僕は「悪魔の力」を手に入れたのだ。
強くなるために。 守られないために。 そして、彼女に告白するために・・・。
だから別に、そんな理由で「悪魔の力」を手に入れたのか、と、
同じ「悪魔の力」を手にする人に笑われても、僕は一向によかった。
罵られてもよかった。 恨まれてもよかった・・・。
しかし・・・、いや、だからこそ、僕は戦いなんかしたくないのだ。
僕は「姫野ちゃんを守る」。
ただそれだけの為に「悪魔の力」を手に入れたのだから・・・。
「どうした」
秋葉さん達と対峙する僕の横で、あの大男、「修三」さんが問い掛けてきた。
「あの・・・」
僕はやる気満々の彼に向かって、どうしても聞かなければいけない事を聞いた。
「どうしても戦わなくてはいけないんですか?」
本当は、「僕は戦いたくない」と言うのが良かったのだろうけど、
怖い目つきで僕も見る修三さんはとても聞ける勇気はなかったのだ。
だから僕は控えめに戦いたくないことを告げたのだが、
返ってきた返事は僕が予想した通りのものだった。
「あたりまえだ! あいつ、この俺に喧嘩を売りやがったんだからな」
それは恐らく秋葉さんが千紗ちゃんを助けてくれた時の事だろう。
まだこの人怒っていたんだ。 まあ、確かにこういう事には敏感そうな人に見えるしね。
そして、それを更に再確認させるかのような彼の視線は、
僕達と同じように話し合っている秋葉さんに向けられていた。
「まあそうですけど」
この時、別に予想が当たったとしても嬉しい気分にはなれなかった。
そんな様子を表すように、僕は力無く呟くように口を動かし、
ただただ修三さんと同じように秋葉さん達に視線を向けてみるしかなかったのだった。
・・・何故こんなくだらない戦いをしなければいけないようになったのだろう。
そもそもこの戦いの経緯は、秋葉さんの言葉のあやから始まったのだ。
あの時、まず始めに僕達の所へ向かって走って来た千紗ちゃんが修三さんにぶつかった。
普通ならここで千紗ちゃんが謝り、はい終わり、サヨナラ・・・、なのだが、
でも何故かそこで言い争いが始まってしまったのだ。
まあ二人の性格を考えれば理由は解るけど。
・・・で、その言い争いを止めたのが秋葉さんだった。
だがそこでの秋葉さんの言葉がいけなかったのだ。
「止せや、大将。 ここじゃぁ〜喧嘩はご法度やで」
ただでさえ機嫌の悪くなった修三さんに、この秋葉さんの言葉は火に油を注ぐようなもので、
一旦は収まった言い争いだったのだが、しかし彼は根に持っていた・・・。
本当にくだらない事での戦いなのだ。 この戦いは。
じゃあこのくだらない戦いを止めるにはどうすれば良いのか?
修三さんは秋葉さんの喧嘩的な態度が気に食わなかった。
かといって、あの秋葉さんが修三さんに謝るとも思えない。
しかも僕が彼らを止めようとしても、恐らく両者共に言う事を聞かないだろう。
・・・とすると、この戦いを止めさせる鍵を握っているのは、
秋葉さんの扱いに慣れたあの源五郎くんかも知れない。
どうやらバイト仲間らしい源五郎くんにこの戦いの経緯を話せば、
こんなしょうも無いこの戦いを止めることが出来るかも知れない!
だけど・・・、どういう訳か彼も僕らに敵対している・・・。
参った。 八方塞だった。
でも、とにかく彼らを止めるには、どう考えても彼の協力が必要そうなのは確かだった。
仕方ない。 こうなったら・・・。
「修三さん」
「ああ」
今までオロオロしていた僕の態度の急変に、少しだけ眉毛を上げた修三さんは、
横目で僕を見ながら相づちをしてくれた。
「僕、あの弱そうな方と戦っていいですか?」
「ん? ああ、俺はそのつもりだったが・・・」
僕の言葉が意外だったんだと思う。 恐らくは僕が逃げたいとでも言うと思っていたのだろう。
でもそれ以上深読みはしなかった修三さんだった。
・・・というより、彼らが修三さんに深読みをさせなかったのだ。
「おいお前ら!! 怖気ついたのか?」
これは勿論秋葉さんだった。
「ふん! 弱い奴程よく喋ると言うが・・・」
僕に聞かせようと口にした言葉なのか、ただ単に独り言だったのか解らない言葉の後に、
修三さんは右腕を引いて戦闘態勢をとったのだが、
それに合わせて彼の身体からオーラのようなものを感じ見たのは、
ただの僕の目の錯覚だったのだろうか?
とにかく、もうここまで来ると彼らを止めることは僕には出来そうになかった。
「せや!! ほな行くで!!」
・・・と、最初に飛び出したのは秋葉さんだった。
だが、不思議なことに秋葉さんは「素手」で立ち向かって来たのだ。
しかももっと驚いたことに、彼のパンチを受け止めた修三さんも「素手」だった。
そう。 彼らは「悪魔の力」を使っていないのだ!
秋葉さんの右ストレート。 修三さんの激しいラッシュ。
無論これらは「素手」で行われ、一見ただの喧嘩?
いや、カッコいい言い方だとストリートファイトとでも言うのだろうか?
そんな戦い方だった。
「どうしたん? 力、使わへんのか?」
右、左、と、リーチのあるパンチを繰り出しながらも余裕そうに問い掛ける秋葉さん。
「ふん! お前なんざ素手で充分だ!」
と、太い腕で徐々に秋葉さんを追い詰めていく修三さん。
無論こう彼らの戦い方を解説出来るのは、こうして傍から見ているからであって、
これが僕対秋葉さんや対修三さんとだったら、こうもまじまじと解説なんか出来ないだろう。
僕がこう揚々に解説しているが、実はそれ程激しい戦いなのだ。
彼らの戦いのレベルは・・・。
それを本能的に悟ったからこそ、僕は源五郎くんと戦うことを決めたのだ。
いや、説得だった・・・。
「よし!」
僕も気合を入れた。
こんな馬鹿げた戦いは止めなくてはいけない!
修三さんはともかく、秋葉さんはいい人だ。 こんな人と、僕は戦いたくない。
だから・・・、だからこそ、僕は戦う。
戦いを止めるための戦い。
一見矛盾しているようだけど、これが今僕の心の中に生まれた、
新たな戦う理由だった・・・。
To Be Continued・・・
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神の左手 悪魔の右手