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第36話 「視線」



「人を殴るのも殺すのも、己の欲望を満たすもの。
だが、私は知っている。 人を守るのも、己の欲望を満たすものなのだと・・・」
この言葉は敵味方に関わらず、慈悲なる優しさと大いなる力で人々を助け、
そんな彼らに「神」と呼ばれた、大天使、「サファエル」が、
仲間である天使達から傷ついた魔女を助けだした時に口にした言葉である。



「お前!! 動いたら、この矢でお前を撃ってやるぞ!!」
足が微妙に震えながらも、鋭い視線と口調で僕を狙う源五郎くん。
夏の暑さを静かに持ち運ぼうとする夕日を横に、僕と源五郎くんとは向き合っていた。
「僕は何も・・・」
「動くな!!」
何とか話を聞いてもらいたい。
この戦いは下らない、正しく喧嘩みたいなものなのだと。
だけど、彼は一向に僕の視線から自分の視線を外そうとはしない。
まるで怯える子猫の様に。
そう。 あの黒い子猫の事。
姫野ちゃんが昔飼っていた「ココア」を思い出しまった・・・。



ココアとは昔姫野ちゃんが飼っていた猫の名前なんだけど、
これがまた飼われ始めた最初の頃は中々懐かなかったんだ。
まあ元々捨てられた猫だけあって、人に懐かないのは当然なんだけど。
そのココアに僕と姫野ちゃんはいつもエサとか玩具とかで気を引こうかと頑張ったんだけど、
見せた態度はいつも同じで、
恐怖に怯えて全身の毛を逆立て喉を鳴らし、目はギラギラと光らせるだけだったんだ。
でも僕と姫野ちゃんは諦めずに何度もエサを与え続けた。
勿論沢山引っかかれたり噛まれたりもしたけどね。
でも、僕達は諦めなかった。 きっと懐いてくれると・・・。
そんなある日、いつもの様にエサを与えようと急いで家に帰る彼女と僕は、
仲間である筈の猫達にココアが虐められているところに出くわしたのだった。
ミャーミャーと鳴くココアに対して、三方から囲みながら襲い掛かろうと隙を狙う猫達。
まさにココアの危機一髪の瞬間だった。
そんな光景を見て黙っていられる筈のない姫野ちゃんは、
手を振り上げ、大声で叫びながらココアの下に走り、一匹、また一匹と追い払っていったんだ。
その時、僕はココアを抱きしめて守ってあげていた。
だって、僕にはこんな事ぐらいしか出来なかったから。
で、全ての猫を追い払った姫野ちゃんは、すっ飛んで僕とココアの所にやって来て、
大丈夫?と、涙ぐみながらココアの頭を撫でてあげたんだんだよね。
怯えるココアを優しく、暖かい手ゆっくりと・・・。
その時に見た彼女の顔はとてもいい顔をしていて、
今でも忘れない程に僕の心に焼き付いたんだ・・・。

・・・と、それはさて置き、ココアの話に戻るけど、
その甲斐あってココアは遂に僕達に懐いてくれたんだ。
そんなココアとの出会いと、今僕に弓矢を向ける源五郎くんとの姿が、
僕にはダブって見えていた。 まあ、彼は人間なんだけど。
だから、僕は彼が怯えているんじゃないかと思い、
あの日の姫野ちゃんの様に優しく問い掛けてみた。
「源五郎くん。 矢を下げてくれないかい」
「嫌だ! その隙を狙って僕を襲うんだろう!」
とりつく島がなかった。
でも僕はあの時の僕達の様に諦めなかった。
「あ、あのね、僕が何で君を襲わなければいけないんだい?」
ちょっとだけ顔を引きつらせながら、僕は更に問い掛けた。
「お前が悪魔だからだ」
はあ、話にならない。 どうすればいいのだろう。
この瞬間にも、僕の背後からは殴りあいながら口々に言い合う声が聴こえるのに。
「おい悪魔、お前はどうして人を傷つけるんだ」
それは焦りを隠しながら頭を悩ましていた僕へ、
不意に源五郎くんが問い掛けてきた言葉だった。
「え? ど、どうしてって・・・」
そのあまりに意外な問いに、僕は戸惑ってしまった。
どうして人を傷つけるのか?
そう問い掛けられ、僕が思い出すのは元気くんの存在だった。
身体に障害を、心に大きな悲しみを持っていた元気くん。
そんな彼を、僕は傷つけてしまった。 いや、
殺してしまった。
そりゃー人によってはあれは事故だと言ってはくれるが、
僕にとってそれは慰めの言葉にもならなかった。
だって、例えあれが事故だったのだと認めたとしても、
決して元気くんが生き返る訳がないのだから・・・。
だけど、いや、だからこそ僕は、もう人が死ぬのも傷つくのも見たくないのだ。
だから、早く秋葉さんと修三さんを止めないといけないのだ!
こんな大した意味の無い戦いなどしている場合じゃないのだ!
「ああ。 僕は確かに「悪魔の力」を持っているよ」
と、同時に、僕は「ベルセルク」を発動させた。
だが、無論「ベルセルク」の腕は、あの時と違って元気くんの血の色には染まっていない。
でも、一瞬だけ青黒い腕が血の色に染まって見えたのは、僕の錯覚だったのだろうか?
「!! やはりお前は悪魔なんだな!!」
「うん。 そうだよ」
僕は正直に答えた。 それが当然の様に。
「やっぱそうなのか! この悪魔め!!
この悪魔め・・・か。
僕は目をつぶり、苦笑した。
そうだね。 僕は人殺しの悪魔なのだ。
それは僕がどうあがいても変わらない事実。
だから、だからこそ僕は・・・。
「っく!!」
「なっ!!」
源五郎くんは僕の意外な行動に声を上げた。
「なんで避けない!!」
と、向けられた視線の先には、深々と僕の腕に刺さる矢があった。
勿論腕に刺さった痛みを感じない訳ではない。
しかし、僕は避けるはしなかった。
この矢を受けることで、少しでも元気くんの痛みが解るかと思って・・・。
「あはっ! 避けた方が良かったかな?」
苦痛に耐え流れ出た汗を拭いながらも、僕は彼に笑顔を向けた。
でも笑顔を向けたからといって、彼の警戒心が無くなるとは思わなかったけど。
「ふん! どうせ避けれなかっただけだろ!!」
そう言って、彼は第二矢を僕に向けて放った。
だが、この矢も勿論僕は避けなかった。
だって、この矢を避けてしまえば・・・。
「何故避けない!!」
第一矢、第二矢共に避けない僕に、源五郎くんは疑問の声を上げた。
当然彼は僕の行動に疑問を持ったのだろう。
だってそれ程の痛みを伴うものなのだから。
でも、僕には避けることは赦されないのだ。 特にこの場所から放たれる彼の矢は。
「あのね、ちょっとだけ・・・、僕の話を聞いてくれるかな?」
打ち抜かれた矢をそのままに、腕から這い上がる痛みを彼に悟られない様に笑顔で、
僕は決して消えない罪の話を始めた・・・。



「僕ね、確かに君の言う通りの悪魔なんだよ」
僕の額に汗が流れる。 それは痛みの為か、それとも・・・。
「沢山の人を殴り、親友の心を解ってやれず、そして・・・、あの子を殺した」
優しい口調とは裏腹に僕の口から出た
「殺した」と言う言葉に、
源五郎くんは敏感に反応し構えたが、だけど僕は構わず話を続けた。
「僕は、僕の手は・・・、沢山を傷つけてきた。 だけど・・・」
つい僕は言葉に詰まってしまい、居たたまれなくなって空を見上げた。
そこにはあの日と同じ暖かく僕を包んでくれそうな、オレンジ色の空が広がっていた。
「だからこそ、僕はもう・・・、人の傷つくところを、見たくないんだ・・・」
僕の頬に何かが流れた。 それは汗なのか、それとも涙だったのか・・・。
「人を守る為に、人を殴る。 殺されそうな人を守る為に、人を殺す。
一人の人を守る為に、他の人を見捨てる・・・。
そんな事しか出来ない、思いつかない僕を不器用と思うなら、
「悪魔」と思ってくれるなら・・・、この僕を今、殺してくれ
ゆっくりと顔を下げ、代わりに矢の刺さる両腕を命一杯広げると、
滴る汗と青黒い血によって僕の足元の砂は、
まるで僕の心の様に虫に食い荒らされた斑点模様が出来ていた。
・・・と、同時に見上げたその先で、僕の視線と源五郎くんの視線がぶつかった。
冷たい視線と熱い視線。
だけど、その視線の中に含まれる相手の事を思う想いは、
どちらの視線にも変わらなく含まれていた。
「お前、服を脱げ」
「え?」
あまりに唐突な命令に僕は驚いたけど、嫌がる事なくシャツを脱ぐと、
僕のひ弱でちょっとだけ色が黒くなった身体が夕日に染まった。
そんな僕の身体を、源五郎くんはマジマジと観察している。
だけど、未だに彼は僕に弓を向けていた。
「次、後ろを向け」
そしてそのまま矢に打ち抜かれる・・・かな?
そんな予感に苦笑しながらも、僕は彼のいう通りに背をさらした。
「!!」
一瞬、源五郎くんの言葉に詰まった雰囲気が伝わった。
一体どうしたのだろう?
「おいお前、その傷は・・・」
「ああ、この傷の事かい?」
あははと笑う顔を後ろに向け、
僕はサイレントマスクから受けた背中に残る大きな傷について説明した。
「これは人を守りきれなかった証拠だよ」
「守り・・・きれなかった?」
「うん。 大切な、僕の友達をね」
大切な友達。 とてもいい笑顔をする僕の友達・・・。
「僕は、守らなくてはいけないその人を殺した。 その証拠と言ってもいいかも」
背中に残る痛々しい刃物傷。
病院で傷を残さない様に出来ると言われたけど、そのままにしてもらった僕の罪の証。
その傷があるからこそ、僕は決して彼の事を忘れない・・・。
「・・・」
源五郎くんは黙り込んでしまっていた。
その傷に驚いたのか、それとも今にも放とうとする矢の狙いを定めているのか、
一言も喋らなくなってしまった。
だがその源五郎くんの態度に、僕は焦りを感じ始めていた。
その焦りの元、僕の視線の先には、
遂に「悪魔の力」を発動させた二人の姿が映っていたから。
「げ、源五郎くん」
「なに」
いい加減黙りこんでいた彼に、僕は焦りのあまり声を掛けてしまった。
「ぼ、僕・・・」
「・・・」
「僕が「悪魔の力」を手に入れたのは、人を殺す為じゃないんだ。
僕は人を守る為・・・、
大切な人を守る為に、この「力」を手に入れたんだ。
それだけは分かってほしい・・・」
今まで言われる通りにしていた僕だったが、もう我慢が出来ずに水平に上げた両腕を下げ、
交互に腕に刺さった矢を抜き始めた。
「この矢は、僕を殺す為にとって置いてほしい」
と、そこまで言って、僕は走り始めた。
もう一つの、くだらない戦いを止める為に・・・。



To Be Continued・・・



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神の左手 悪魔の右手