第37話 「苦笑」
「若いの、そろそろバテてきたんじゃないのか?」
「へっ! おっさんこそ、足がふらついてるで」
僕が源五郎くんを説得している合間に散々殴り合っていた秋葉さんも修三さん。
そんな彼らは、その表情を見ればかなり無理をしているのが解るのに、
相手に対する嫌味の上では未だ意地を張っていた。
「あ、秋葉さん!!」
彼らを止める為、僕は源五郎くんの下を離れ、慌ててここまで走って来たのだったが、
「来るな真!!」
と、秋葉さんから返ってきた言葉は厳しいものだった。
その一言に、僕はこの二人の戦いを傍観することしか出来ない雰囲気を感じ、
とりあえず彼らの戦いを邪魔にならない様に一歩退いたのだった。
だが、僕は彼らの隙をついていつでも飛び出せる準備はするつもりだった。
だって、僕は彼らを止める為にここに来たのだから・・・。
「ふっ」
一瞬、苦笑気味に修三さんが笑う。
「な、なんや気味悪い」
「いやなに、お前ごとき若いのに「力」を使うとは思わなかったのでな」
「「力」・・・」
「ああ、お前も俺を同じで使ってなかったが、そろそろどうだ?
もったいぶらないで見せてみないか。 お前の「力」を」
腕を擦りながら低い声で問い掛ける修三さんに、秋葉さんは・・・
「そーやな。 そろそろ見せ場もいるやろ」
と、修三さんとは対照的に腰が抜けそうな返事を返した。
この人、本当におかしな人だ。
「見せ場・・・か。 なる程」
「ああ、勝負事には見せ場がいるやろ?」
今度は秋葉さんが彼に向かって苦笑気味な笑みを返す。
この辺が僕には無い戦闘経験の差ってやつなのだろうか・・・。
「さあ! 見せたろか!!」
気合のこもった激を吐き、両手を広げ悪魔を呼ぶ姿は、
演出が好きそうな秋葉さんならでだったが、
もし僕ならその激だけで身動きが取れなくなっていたかもしれない。
それ程の魅力があったから・・・。
「さあ、ワイの腕を貸してやる。 来るんや・・・」
秋葉さんは色黒い両腕を天に上げ、静かに悪魔を呼ぶ詠唱を唱える。
「悪魔、「スメルキリュア」!!」
その詠唱に、夕日を受け赤黒く染まっていた秋葉さんの腕がキラキラと光り始めた。
・・・いや、光っているのではなかった。
それは・・・、夕日の反射だった。
「ほお、液体の悪魔か」
そう。 秋葉さんの腕は、夕日を受けキラキラと光る海と同じ、
水で出来た悪魔の腕へと変形したのだった。
「そうや! これはワイと同じ神出鬼没、変幻自在の水の悪魔、「スメルキリュア」や!!」
ちょっと言葉の意味は解らなかったが、
とにかくやっかいそうな「悪魔の力」には違いなさそうであった。
その証拠に、修三さんの表情がいつの間にかに険しい顔になっていたのだから。
「なる程。 地の利は得ている訳か」
「そうや。 だからおっさん、ビビッたんじゃないか?」
修三さんとは対照的に余裕のせいかニヤニヤ笑う秋葉さんは、
ゆっくりと腕を下げ前に進み始めた。
水の悪魔。 そしてここは浜辺。 すぐ横に移動すればそこは海。
まさか海を操るなんて事は出来ないだろうが、味方につける事ぐらいは出来るのだろう。
だって、秋葉さんのあの表情を見れば・・・。
海を味方にする。 それは脅威だろう。
普通僕達は水の中では息が出来ない。
だが、その海を味方にする事で、自分の周りだけ水を避けさせるとかすれば・・・。
いや、敵を海に誘い込ませれば、それだけで自分が有利に戦える・・・。
そういった意味を含むと、あの秋葉さんの「悪魔の力」にこの場所で戦うってことは、
数千人の敵に一人で戦うのに匹敵するかもしれない。
そう。 ここは正に秋葉さんの「狩り場」なのだ。
「やあ、どうや? 怖なったんでないか?」
そりゃ怖いだろう。 彼の後ろには大群が控えていると思えば。
僕だったらその恐怖で逃げ出してしまうかもしれない。
こんな「悪魔の力」と戦うなんて・・・。
もしかして僕が感じた「戦いたくない」という気持ちは、単に秋葉さんだからという訳でなく、
本能的にこの恐怖を感じていたせいなのだったかもしれない。
水の悪魔、「スメルキリュア」、それは自然に敵対する意味を含むのだろうか・・・。
だが、近づいてくる秋葉さんの何が可笑しかったのか、
修三さんは目をつぶり、また苦笑したのだった。
「な、何がおかしいんや?!」
当然秋葉さんは問い掛ける。
だってここまでの考えから、あの秋葉さんの「悪魔の力」に勝てる要素はなさそうなのだから。
それなのに、修三さんは苦笑するのだから。
「まさかワレ、頭いかれたんか?」
不気味に笑う敵に、秋葉さんは歩みを止め構えた。
無論「悪魔の力」をいつでも放てる様に腕を前に突き出しながら。
「いやなに、若いの。 お前の勘違いが可笑しくて、つい・・・な」
「勘違い・・・だと」
「ああ」
勘違い? 何のことなのだろう。 僕にも解らなかった。
「何が勘違いや!! 言ってみろ!!」
自分をバカにされたと思ってか、秋葉さんは怒気を含む問い掛けをする。
しかし、そんな彼を無視する様に修三さんはゆっくりと砂浜にしゃがみこんだ。
「どうやらお前は自分の有利さに我を忘れているようだな」
「な・・・に?」
「つまり・・・、こう言うことだよ!!」
その言葉と共に、修三さんは自分の手の平を砂浜に当てた!!
「悪魔、「ガザフガルフ」よ!! 俺に力を!!」
その詠唱は早かったが、それを上回る速さで修三さんの腕が悪魔の腕に変わり、
手の付けられた砂浜からは一瞬にして「悪魔の力」が挿入された!!
「ぐあっ!!」
そして、その素早い「悪魔の力」は秋葉さんの足元の砂から姿を表し、
彼の顎に綺麗なアッパーを決めるに当たったのだった。
「つまり、「地の利」を得ているのは・・・」
クリーンヒットした自分の力を誇る様に、砂色に変わった悪魔の腕を胸の前に掲げ、
「若いの、お前だけではないんだよ」
と、修三さんは不敵に笑ったのだった。
そう。 その彼の持つ「悪魔の力」は、秋葉さんの「悪魔の力」が水を操ると同じ様に、
「砂を操る」能力だったのだ!!
その力を使って、修三さんは秋葉さんの足元の砂に「悪魔の力」を吹き込み、
彼の死角に当たる真下から隙だらけの顎を狙ったのだった!!
秋葉さんにとって、これは完全に不意打ちに当たっただろう。
その証拠に、秋葉さんは綺麗な弧を画いて仰向けに砂浜に投げ出されたのだった。
今にして何故修三さんが笑っていたか解った気がした。
それは、無知で隙だらけな秋葉さんに対する冷笑だったのだ。
『水と砂の「悪魔の力」。
それは同じ形を持たないものとして、一見似ている様だが違うもので、
決して交じり合わないものだろう』
「あ、秋葉さん!!」
僕はたまらずに彼の下に走った・・・が、彼は完全に伸びていた。
だから、だから僕は止めようとしたのに・・・。
「意外にあっけなかったな」
そう言って立ち上がった修三さんを他所に、
僕はもう一度秋葉さんを起こす為に彼の身体を揺さぶったのだが、
なかなか目覚める様子はなかったのだった。
『だから、だからこそ、止める者が必要なのだ。
この戦いに意味はないのだから・・・』
「ほお、今度はお前が俺の相手をするのか?」
そう言われた通り、僕はゆっくりと秋葉さんを砂浜に寝せ立ち上がった。
そして、その心は後悔の念と修三さん立ち向かうべき思考とで
複雑に絡み合っていたのだった・・・。
To Be Continued・・・
最初にもどる
神の左手 悪魔の右手