第38話 「転機」
「ぐあっ!!」
地の利を手に入れた事により油断が生じたのか、
隙だらけだった秋葉さんを捕らえた修三さんの「悪魔の力」は、
殴りつけた秋葉さんごとそのまま天まで立ち上がった。
その衝撃に、秋葉さんは弧を画いて後ろに吹き飛び、僕達は彼らの所へ走り出した。
「あ、秋葉さん!!」
砂を撒きちらしながら秋葉さんの下に辿り着いた僕は、
慌てて彼を抱きかかえてみたのだが・・・、既に気を失っている状態だった。
「若いの、お前だけではないんだよ」
と、修三さんは不敵に笑うのだった。
そう。 修三さんが持つ「悪魔の力」は、秋葉さんの持つ水の「悪魔の力」と似て、
そこらへんに広がる「砂」全てを操る事の出来る「力」を持っていたのだった。
そんな「悪魔の力」を秋葉さんはまともに、しかもほとんど不意打ちとして顎に受けたのだ。
気絶して当たり前だった。
「意外にあっけなかったな」
手についた砂を払い立ち上がった修三さんの顔は、
倒れた秋葉さんを見下す様に笑みを浮かべていた。
だから止めようとしたのに。 僕は嫌な予感がしていたのだ。
「秋葉さん! 秋葉さん!」
僕は一生懸命自分の手の中で眠る秋葉さんを揺さぶってみた。
だが、秋葉さんは一向に目を覚まそうとはしなかったのだった。
かといって、このままこの人をここで寝かす訳にもいかない。
もしかしたら打ち所が悪く、早く治療をしないとマズイかもしれないからだ。
しかし、目の前の修三さんは僕達を見逃してくれるだろうか・・・。
僕が出会った敵意を持った人達なら、この状況は見逃してくれないだろう。
そうなったら秋葉さんは・・・。
「ほお、今度はお前が俺の相手をするのか?」
そう言われた通り、僕はゆっくりと秋葉さんを砂浜に寝せ立ち上がった。
勝てないのは解っている。 解っているつもりだった。
でも、戦わなくてはいけなかった。 秋葉さんを救う為に・・・。
「源五郎くん」
「え?」
ようやく秋葉さんの所に辿り着き介護をしている源五郎くんに背を向けたまま、
僕は彼に秋葉さんをこの場所から連れ去る様に言った。
「いいのか?」
「うん。 さ、早く」
「解った・・・よ」
ちょっとだけ困惑気味の源五郎くん。
それはそうだ。 ついさっきまでこの僕と戦っていたのだ。
その敵が自分らをかくまうんだから。
だけど源五郎くんは素直に僕の意見を聞き、
秋葉さんを背中に抱えてゆっくりと立ち去っていったのだった。
「まさか真が俺に立ち向かうとはな」
「・・・」
僕だって立ち向かいたくはなかった。
今まで混乱したまま戦いの場に流れ込んでしまってよく修三さんを見ていなかったのだが、
よくよく修三さんを見てみると、とても僕が勝てそうな相手ではなかった。
Tシャツの下から見える筋肉質の身体。 それを支える太もも。
そして、あの秋葉さんを一発で倒した悪魔の腕。
とても勝てそうに無かった。
「ま、これもいい機会だろう。 俺が揉んでやる」
その言葉通り、修三さんは余裕綽々で拳を鳴らしていた。
鳴らす? 砂の手なのに?
と、おかしく思い彼の手を見てみると、いつの間にかに普通の手、
つまり人間の腕に戻っていたのだった。
どうやら僕如きでは「悪魔の力」は必要無いらしかった。
「さ、どうした? 怖気づいたのか?」
不敵な笑みを浮かべつつ、修三さんは構えを取る。
その様子を見て僕は・・・
「何の真似だ・・・」
彼の目の前で土下座をしていた。
「ご、ごめんなさい」
「・・・」
「あ、秋葉さんがあなたにした事は僕が謝ります! だから、だから・・・」
「だからどうした」
その低い声に、僕は更に謝り続けた。
「秋葉さんを赦して下さい!!」
「・・・」
今まであれ程の騒ぎだったこの場所だったのに、
今この瞬間の僕の耳には波の音しか聴こえなかった。
やはり修三さんはまだ怒っているのかな?
やはり僕達を殺すつもりなのかな?
静寂であるが故に、僕の頭の中でグルグルと嫌な考えが浮かんでは消えていった。
「真」
「はっ・・・」
名前を呼ばれた事に顔を上げた僕に、修三さんは何と・・・
「俺を舐めているのか?」
「く、くるしぃ・・・」
鋭い睨みを利かせ、僕の細い首をぐいっと掴み上げたのだった。
「何故「悪魔の力」を持っているのに掛かって来ない!」
「ぅぅ・・・」
「お前のそれは飾りか? それとも本当に怖気ついたのか?!」
はい、そうです・・・と、言いたくても首を掴まれた僕は声が出なかった。
や、やっぱ・・・、僕、ここで殺されるの・・・。
ああ、僕は「悪魔の力」を手に入れても変われなかったのか・・・。
所詮、僕は僕だったのだ。
でもいいんだ。 秋葉さんだけでも助かったのだ。
それに・・・、この場所に姫野ちゃんが居なかったのだから・・・。
息が出来ず意識の遠のく僕。
『真!!』
そんな僕の耳へ、姫野ちゃんの声が聴こえてきた。
ああ、遂に空耳まで聴こえてきちゃったよ。
あは、これで僕は最後なんだな。
意外にあっけないんだな。 人間の死なんて・・・。
『真!!』
なんだよ、姫野ちゃん。 早く僕を楽にさせてよ。 苦しいんだからさ。
しかし、姫野ちゃんの声は大きくなる一方だった。
いや、それどころかグイグイと僕の首を掴む修三さんの腕がグラグラと揺さぶられていった。
「放しなさい!!」
あれ? 今度はやけに良く聴こえるぞ。 まるですぐ目の前にいる様に。
そう思って目を開けて見ると・・・。
「ぁ・・・」
何と、姫野ちゃんが必死になって僕の首を絞める修三さんの腕を放そうとしているではないか?
「誰だ」
「そんなの関係ないじゃないの!!
とにかく放しなさいよ、このバカ力!!」
「バカ・・・」
彼女の声に思わず拍子抜けしたのか、修三さんの腕の力が抜ける。
と、そこに姫野ちゃんのチョップが入った。
「っく!」
綺麗に入ったチョップに意外なダメージを受け、
驚いた様子で僕の首から慌てて手を離した修三さん。
そりゃそうだ。 一見見ると姫野ちゃんは力の無さそうな可愛い女の子なのだ。
しかし、バスケで鍛えたその腕から繰り出される攻撃は、
全て僕のそれより破壊力があるのだ。 いやはや・・・。
「真!! 大丈夫?!」
「っほ! う、うん、大丈夫だと思う・・・」
「じゃあ、早く逃げて!! 私はこのおっさんをなんとかするから」
「う、うん・・・」
苦しさから開放された僕は、素直に彼女に従い一歩づつ後ずさりした。
「さ! 掛かって来なさい!!」
「ほお。 今度はお前が俺の相手をするのか。 ただの女みたいだが」
ただの女?
その言葉に、僕は全身に電撃が走ったのを感じた。
そうだ!! 彼女は普通の女の子なのだ!!
何故その事を忘れていたのだろう。
それは、今までの僕と姫野ちゃんの関係のせいだった。
虐められていた僕を助けてくれるのは、いつも姫野ちゃんだった。
僕が落ち込んでいた時に慰めてくれたのも、いつも姫野ちゃんだった。
泣いていた時も、怖かった時も、寂しかった時も・・・、
いつも僕を支えてくれたのは・・・、姫野ちゃんだったのだ!!
そんな彼女が大好きだから、今度は僕が守ってあげたかったから・・・、
僕は「悪魔の力」を手に入れたんじゃなかったのか?
それなのに、僕は何故彼女に、修三さんに背中を向けている?
僕のこの腕にある手は一体何の為にあるんだ?
この青黒い腕。 大悪魔、「ベルセルク」の腕。
この腕で、僕は一体何をしようとしていたのだ?
それは・・・
「ん、なんだ」
その修三さんの様子に姫野ちゃんも振り返る。
「真!! 何やってんのよ!!」
青ざめた表情一杯に苦痛の色も足した僕に、姫野ちゃんは慌てて寄り添ってきてくれた。
「何で戻って来るのよ。 私がこんな奴倒してあげるんだからさ」
「ダメだよ」
「え?」
「ダメなんだよ」
支えられた拍子で近づいた彼女の耳元に囁くように僕は言った。
「僕は、もう弱くないんだ・・・」
と、支えてくれていた姫野ちゃんの優しく暖かい腕を振りほどいた。
「真」
「修三さん!! 姫野ちゃんだけは! 彼女だけは逃がして下さい!」
「・・・」
「何言ってる・・・」
そこまで言った姫野ちゃんを強く押しのけた。
「なっ!」
「何やってるんだよ!! 早く逃げるんだよ!!
姫野ちゃんじゃ相手にならないんだよ!!」
「・・・」
「この人は今まで姫野ちゃんが相手をしてきた奴とは違うんだよ!!
この人は僕と同じ力を持った人なんだよ!!」
その言葉に、姫野ちゃんの動揺が全身を包んだのが分かった。
そう。 あの阿久津といい、マリオといい、鉄男くんなどの「悪魔の力」を彼女も見ているのだ。
そしてこの僕の腕も・・・。
分かっている筈だった。 彼女もこの「悪魔の力」の怖さを。 断片的ではあるけど。
だから、だからこそ、僕が相手をしなくてはいけないのだ。
彼女を傷つける奴から守らなくてはいけないのだ。
僕はもう・・・、人が傷つくのを見たくないのだから・・・。
そんな僕の必死な思いが通じたか否か、姫野ちゃんは悲しそうな瞳で僕に言った。
「負けたら・・・、負けたら赦さないからね・・・」
「うん」
僕は虚勢でも強がりでも何でもいい。 とにかく彼女に向かって僕の自信を見せつけた。
「僕は、君を守る。 今はこんな言葉しか言えないけど」
「真」
「何?」
「変わったね・・・」
「・・・そうかもね」
「そうだよ」
こんな悲しそうな姫野ちゃんの声を聞くのは初めてだった。
しかし、僕は振り返る事はしない。
今ここで振り返ってしまっては意味がないのだ。 例え僕がここで負けてしまっても。
「さ、早く逃げて」
「うん」
ゆっくり、だが確実に遠のく彼女の足音を聞き、僕は更に気合を入れた。
「さあ! 始めようか!」
・・・その言葉は、僕が相手に始めて戦う意志を表した瞬間だった。
To Be Continued・・・
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神の左手 悪魔の右手