第39話 「意思」
「ほら、どうした!!」
必死になってラッシュする僕の攻撃を安々避ける修三さんに対して、
彼のジョブは確実に僕を捕らえる。
「女を逃がすのまではカッコ良かったがな」
そんな余裕な言葉まで言う修三さんに遊ばれている事には気づいていなかった僕。
「彼女は、姫野ちゃんだけは守らないといけないんだ!!」
しかし、気持ちとは裏腹に身体の方はついて行けなくなっていた。
「ほお。 守るとくるか」
と、同時に足払いを放つ。
それをまともに受けた僕は、勢いあまって顔から砂へとダイブした。
「ぷはっ!」
「人を守るのと逃がすのとは違うぞ。 真」
と、寝転んだ僕の背中に彼の体重を支える足が乗っかってきた。
「ど、どう違うんだよ!!」
苦しさと情けない様子の自分に、僕は半ば自棄(やけ)気味に聴き返した。
「守ると言うのはだな、自分も守るって事だ」
グイっと背中に乗った足に力が入る。
「自分を守る?」
苦しみながらも聞き返す僕に、修三さんは吐き捨てる様に言った。
「ああ、自分の事が守れない奴に、人を守る資格は無い!」
「がはっ!!」
足を乗せた場所は、丁度あのサイレントマスクから受けた傷跡の上で、
その傷跡に乗せた足に力を入れた事によって、どうやら傷口が開いてしまったようだった。
無論僕の背中だからその傷口は見えないのだが、
痛みの感じからいってかなりの出血だと思う。
しかし、そんな様子にも修三さんは構わず足に力を乗せてきた。
「どうだ、痛いか?」
「・・・」
痛みより悔しさの為に、僕は言い返せなかった。
握った手に砂が混じる。 柔らかく、だが硬い砂の感触。
それは僕の弱い身体と頑固な意志を表しているようだった。
「相手を守り、自分を守る。 そして一緒に生き残るのが「守る」と言う事なのだ」
「・・・」
「だが、今のお前はあの女を逃がした事に満足し、自分を守ろうとしていない。
だからこう安々と地べたに這いつくばるのだ」
「っく!」
言い返せなかった。
確かに僕は半ば、いや、全く勝つ見込みの無い修三さんに戦いを挑んだ。
だが、それは姫野ちゃんを逃がす為に仕方が無いことだった。
そして、確かに僕は彼の言う通り満足していたのだろう。
別にもうこの人に勝たなくてもいいと思っていたのだから。
「お前はあの女を守ったんじゃない。 ただ逃がしただけだ!」
その言葉は僕の全身に喝を入れるのに十分だった。
「そもそも、お前は何故「悪魔の力」を手に入れたのだ」
「そ、それは・・・」
僕はその理由を言おうか迷った。 だが、先に口を開いたのは修三さんだった。
「俺が答えてやろう。 どうせあの女を守る為とか言うのだろう」
正解だった。
「だがどうだ。 お前はその力を使って彼女を守ったのか?」
ああ、守ったさ。 阿久津の時も、マリオの時も!!
僕は守った。 彼女を、姫野ちゃんを守ったさ!!
だが、何故か胸を張って言えなかった・・・。
「どうやら図星だったようだな」
「で、でも!! 僕は!!」
「あまったれんな!!」
その激は僕の背にも伝わった。
「お前の様なあまったれた奴が「悪魔の力」を手に入れるから・・・」
そこまで言って、修三さんは口をつむんでしまった。
「ふん。 そんな事はお前に関係は無いな」
確かに今までの僕は甘えていた。
いつもいつも僕を助けてくれた姫野ちゃんに甘えていた。
だけど、今の僕は違う。 違うのだ。
「悪魔の力」を手に入れて強くなったのだ。
しかし・・・、しかし・・・。
「クソッ!!」
「ほお、悔しいか。 真。 そんな気持ちがあるなら俺に見せてみろ!」
その思いは本当だったのだろう。 修三さんは僕の背中から足を退けたのだった。
身体を抑えられた力が無くなったことに、僕は素早く立ち上がる。
でも、全身に力は入らなかった。
体力の無さ。 それ以上に背中からの出血の為に、僕の身体に力が入らない。
しかし、戦う意志だけは無くならなかった。
「僕は・・・、僕は、もう逃げない! 逃げないんだ!!」
必死の思い。 必死の掛け声。
それが全ての僕は、その思いと掛け声を全身の力に乗せ、
眼光鋭い修三さんに立ち向かった。
「僕は「悪魔の力」を手に入れたんだ。 姫野ちゃんを守る為に手に入れたんだ!!
だからもう逃げない!! 僕はもう逃げないんだ!!」
そう言い放ちながらのパンチは、決して早くも鋭くもないものだった。
だが、そのパンチを修三さんは避けなかった。
僕の拳が修三さんの厚い胸板に当たり、少しだけ衝撃を与えた。
いや、そんな大げさなものではなく、本当に「当たった」だけであった。
でもその様子に僕は驚いた。
「いいパンチだ」
そう言って修三さんは僕の拳を握り返してきた。 大きく、硬い手のひらで。
「お前はまだ若い。 だから知らないのだろう。 人を守る事の難しさを」
「・・・」
「いいか、忘れるな。 俺達は心まで悪魔に売った訳じゃない」
それは歳の差のある僕と修三さんとの間など関係が無いものだった。
これは「悪魔の力」を手に入れた人全てに言える言葉なのだ。
でも、僕はその言葉に返す体力も気力も残されていなかった・・・。
「は!!」
「うおっ!!」
いつの間に気を失っていたのだろう。
僕が目を覚ました時は、既に満天の星空が見えていた。
「よ! 生き返ったか?」
「あ、秋葉さん!!」
「お前もボコボコに遣られよたったな」
あははと笑いながら、秋葉さんは手に持ったタバコを吹かした。
「あ、あれ?」
いまいち様子の掴めなかった僕は、慌てて周囲を見渡した。
そこはあの砂浜に変わりがなかった。
だがそこには、僕と秋葉さんしか居なかった。
「しゅ、修三さんは?」
「ああ、奴かぁ〜」
プカーと煙を吐き、秋葉さんはやる気の無さそうに言った。
「居なかった」
「そ、そうですか・・・」
だが、これは後で源五郎くんから又聞きしたのだが、
本当は秋葉さんがここに戻って来るまで修三さんは居たそうだ。
しかも、この場で出来る限りの完璧に近い背中の傷の応急処置をして。
そして、戻って来た秋葉さんに言ったそうだ。
「こいつの意志。 確かに見させてもらった」と。
「背中、大丈夫か?」
「え?」
「ワイの「スメルキリュア」が直したんで」
と、自分の腕を擦って僕に見せた。
本当は違ったのだが、この時は素直に秋葉さんに感謝したのだった。
「僕、勝てませんでした」
「そやなー」
引いては満ちる波の音に、僕達は静かに語りあった。
「でもな、お前は生きてるやないか」
「・・・」
「生きてれば、また戦える」
それは、皮肉にも敵対した修三さんの口から出た言葉と同じ意味を含んだものだった。
「ボコボコになっても、何度負けても・・・、生きてればまた戦える。 そやないか?」
生き残ればまた戦える。 いや、また守ってあげられる。
そう。 そうなのだ。
修三さんはそれが言いたかったのだ。
だから、最後に見せた僕の思いに、彼は僕達を見逃してくれたのだ。
「でも、何でだろう?」
「あん?」
「何であの人は・・・、僕にそんな事を教えてくれたのだろう?」
僕は自分の両手を見た。
それは既に自分の手だったが、そこにはあの時握られた修三さんの手の感触が残っていた。
「俺達は心まで悪魔に売った訳じゃない」
あの時聞いた修三さんの言葉、僕は意識を失っていく間に聞いたのに、
その言葉だけはしっかりと記憶に残っていた。
「さあな? 気まぐれじゃいのか?」
僕は恐らく違うと思ったが、言い返す言葉が思い浮かばなかった。
代わりに浮かんだ言葉。 それは・・・
「秋葉さん。 僕を・・・、僕を鍛えて下さい」
「はあ?」
「僕。 今回の事で分かったんです。 いかに自分が弱いかが」
「で」
「だから、この夏休みの間だけでもいいんで、僕を鍛えてくれませんか?!」
必死に訴える僕の意志に、秋葉さんは戸惑いつつ僕の様子を見る。
「ほら、秋葉さん強そうだし。 それに僕を強くしてくれたら、姫野ちゃんに言ってあげますよ。
「秋葉さんって僕を鍛えてくれた、とっても良い人なんだよー!!」って」
その言葉は僕にとって諸刃の剣だった。
姫野ちゃんを守る力を手に入れる為に、姫野ちゃんをダシに使う。
あんまり気分のいいものではなかったけど。
だが、流石に決め言葉だけあって、今までボケーとしていた秋葉さんの表情が一変した。
「し、仕方へんなぁ。 じゃ、ワイがお前を鍛えちゃるか」
うんうん。 効果覿面(こうかてきめん)だった。
「そんじゃ、帰ろか。 皆が心配してるやろうに」
本当はさっさと姫野ちゃんに会いたかったからじゃないのかな?
そう思いつつも、僕は秋葉さんの背中を追いかけたのだった・・・。
僕は強くなる。 もっと強くなる。
そして、彼女を、姫野ちゃんを守って生きていくんだ。
それこそが僕が「悪魔の力」を手に入れた理由なのだから・・・。
To Be Continued・・・
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神の左手 悪魔の右手