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第41話 「昔話」



「ふう、食った食ったぁー!」
疲れ果てて食欲の無い僕とは裏腹に、
秋葉さんは出てきた料理を全て平らげ(しかも僕の分も。)、
僕の部屋に入るなり大の字になって寝転んだ。
「真ー、まくらー」
「はいはい」
近くにあった枕を投げる。
はあ、一体何しに来たんだろう? この人。
「そいやー真、アニキ、来なへんかったな」
色んな意味で疲れて早く寝たかった僕は、ベッドに横になりながら言った。
「多分光にーは塾だよ。 いつも行ってるから」
「塾? ああ、そういやぁー頭良さそうだったもんなぁー。 誰かさんと違って」
そこでまた大声で笑い出した。
はあ、ご飯食べてる時にあんなに笑ってたのに、まだ笑える気力があるなんて・・・。
「ところで秋葉さん」
「あん?」
眠い目を擦りながら、僕は壁を背にして秋葉さんに聞いてみた。
「秋葉さんは、家に帰んないんですか?」
その問いに、秋葉さんはやれやれと面倒くさそうに目をつぶったまま言った。
「帰る? 何処へ?」
「ですから・・・、家に」
「帰って来たやんけ」
「え?」
何々? どういう意味?
秋葉さんの言葉に一瞬目が覚めた。
「ここや、ここ」
そう言って、秋葉さんは床上でゴロゴロし始めたのだった。
「ここって・・・、僕の」
「わーてる! わこーてる! お前の言いたい事は!!」
ガバッと立ち上がった秋葉さんは、そのままの勢いで僕の肩を鷲掴みした。
そして、白い歯を見せながら、ニコっと笑う。
「一晩ぐらいいいやろ? な? な?」
「・・・」
はあ、この人は・・・。
「はいはい、分かりました。 いいです、いいですよ、一晩ぐらい」
このまま肩を掴まれてると、更に何かを言われそうな気がした僕は、
さっさと秋葉さんの言葉と腕を流した。
「オオキニな、ま・こ・と・ちゃん♪」
「わ、分かったですから、抱きつかないで下さいよ!!」



「ふう、いい湯やったなぁ〜。 これでビールまで出ればサイコーなんやけど」
と、お風呂から出てきた秋葉さんは、タオルで頭を拭きながら横目で僕に訴える。
「あ、うちは無いですよ、お酒類は。 父さんお酒飲まないですから」
既にお風呂から上がった僕は、机に座って本を読んでいた。
「なんや、つまらん家やなー」
「すみませんね! こんな物しかなくって」
口を尖らせながらぼやく秋葉さんに、僕は机の上にあったコーラを渡した。
「サンキュー、真。 これだから真の事、好きやねん♪」
「ああ! 抱きつかなくっていいですから!」

只でさえ暑いこの部屋で風呂上がりの秋葉さんに抱きつかれると思うと・・・。
ブルブル、湯冷めしちゃいそうだった。
「なんや、真。 それ?」
「え?」
プシュっといい音を起ててコーラを一口飲んだ秋葉さんは、
好奇心を含んだ大きな目で僕の持つ本を見つめた。
「ああ、これですか」
秋葉さんの興味を引いたこの本は、
古ぼけ、でも表紙も中身もまだしっかりしたぶ厚く、重い本だった。
「これ、この前話した例の本ですよ」
「例の本?」
そこまで聞いて忘れていた彼の記憶が甦った。
「ああ、それが
「悪魔降臨手引書」か」
「はい。 この本がそうです」
この本は、この僕に夢と大切な親友を与えた、大切な本だった・・・。
そうだ、丁度いいや。 まだ説明していなかった僕がこの本を出会った時の話をしよう。



僕がこの本と出会った・・・、いや、貰ったのは3年前の雨の日だった。
あの日、僕はいつものように虐められ、雨の中、傘も差さずに逃げていたんだ。
あともう少し。 あともう少しで家に帰れる!
僕は精一杯の力を振り絞って逃げた・・・が、
最後の角を曲がる手前で僕は虐めっ子に捕まった。
「おい! 何逃げてんだよ!」
特に僕が何かをした訳ではない。 でもいつも虐められていた。
理由は分からない。
只の暇つぶし。 憂さ晴らし。 彼らにとってそんなものだったのだと思う。
そして彼らはいつも僕を見つける度に追いかけて来た。
そんな彼らに、僕は逃げる事しか出来なかった。

怖い。 痛い。 辛い。

この時期僕の心の中には、その3つの感情しかなかった。
確かに最初は母に虐めの事を言おうかと思った。
けど・・・、言えなかった。
「おい、真! この事親に言ったら、絶対殺すからな!」
勿論今は彼の言葉が本気で無く、ただ単に脅しだなんてのは判る。
でも、この時の僕にはどう考えても本気で言ってるとしか受け取れなかったのだ。
そうして僕は虐められる度に逃げ、走り、涙を流した。
そう、こんな雨降りの日も・・・。

「待て!! 何逃げてんだよ、真!!」
今日も彼は殴り掛かって来た。 まるで飢えた獣の様に、怖く、鋭い目付きで。
そう、彼には雨なんて物は関係が無かった。
いや、もしかしたら雨降りが逆に彼の神経を逆撫でたのかもしれない。
そんな雰囲気だった。
あともう少し、あともう少しで家に帰れる!
息を切らせながら走る僕。 坂を登り、階段を駆け下り、後残すのはあの曲がり角だけ!!

・・・でも、その日も僕は最後の曲がり角で彼に捕まった。

「よくも逃げやがったな!! こうしてやる!!」
捕まえた勢いで僕の上にまたがった彼は、
顔に大量の汗と雨が混じらせ、もの凄い形相で僕を睨む。
やられる!!
その日の僕は、いつもの様に自分の無力さを恨みつつそう思った。
だが・・・、この日は違った。
「止めなさい」
それは弱々しい声だったけど、
それでいて反発する言葉を失わせる雰囲気を持ち合わせた声だった。
「止めなさい、あなた。 この子はとても強い子よ」
勿論「この子」とは僕の意味だった。
「は、ま、まさかぁー」
と、強がっていた彼であったけど、暗闇から出て来た声の持ち主の瞳を見た瞬間、
身体をガタガタと震わせ始めた。
「あ、あ、あ・・・」
その時の光景は僕には見えなかったが、彼の表情が一瞬にして恐怖に包まれた事に、
相当恐ろしい光景が広がっているのだと思って目をつぶった・・・。

「起きなさい。 もうあの子は居ないわ」
そう声を掛けられ気が付くと、夜の闇に負けない程の黒く長い髪の綺麗な女性が、
僕の隣に屈みこんで、もう平気よ、と、優しい笑みを浮かながら雨から僕を守ってくれていた。
「だ、誰?」
あまりの綺麗さと驚きに、僕の口からは「ありがとう」の言葉より先に質問が出てしまった。
「私は、中沢美輝(みき)。 今日は冷えるわね」
そう言って、彼女は僕に暖かい手を差し出して引っ張り上げてくれた。
「あ、ありがとう」
でも、その彼女の瞳は、何故か悲しそうに光っていた。
「ありがとう・・・ね」
月明りでもあれば綺麗に輝きそうなその瞳は、僕の視線を感じて少し動揺した素振りを見せた。
でも、それは一瞬の出来事で終わり、すぐに優しい瞳に戻った。
「その言葉、久しぶりに聞いたわ」
「・・・」
彼女の言葉の裏に隠された何か重いものを感じ、僕は只々黙るしかなかった・・・。



「遠慮はいらないわ」
「う、うん」
冷たい雨に打たれ、身体が冷えきってしまった僕をお風呂に入れてあげると、
美輝さんは自分の家に僕を招待してくれた。
彼女が招待してくれた家は、よく受験生が住んでそうな古びたアパートの2階で、
外装はボロボロ、街灯も無く、こんな綺麗な女性が住んでいるとは思えない所だった。
ここまで素直について行き家の中に入った僕は、
ドアの鍵を閉めて靴を脱ぐ彼女の姿を目にある事を思い出して戸惑ってしまった。
『見知らぬ人について行ってはダメよ』
それはいつも僕の事を心配してくれている母の言葉だった。
『最近は母さんが子供だった時の頃と違って、随分と物騒になったからね。
知らない人について行って誘拐されても知らないわよ』
・・・と、いつも口を酸っぱくして言っていたのを思い出し、少しの間玄関でボーっとしてしまった。
その姿が美輝さんには僕が遠慮している様に見えているようだったのだ。
「ま、何も無い部屋だけど、お風呂が沸くまで適当に座ってて」
ふふ、と、大人びた笑みを残し、1人部屋の奥へ行ってしまった。
そう言われては僕も黙って座っているしかなく、でもいつでも逃げられる様にと、
いつもの癖でつい逃げ場を探して部屋を観察してしまった。

この部屋はあまり大きくなく、本棚と机、それからベッドしかなく、
女性の部屋としては随分殺風景だった。
まあ、女性の部屋がどんなものなのかは詳しく知らないけど。
でもそれにしても何も無い部屋で、あるのは古びた沢山の分厚い本だけ。
それも、「古代歴史文学全集」とか、「歴史的建造物の歩み」、「戦争が作り上げた歴史」など、
おおよそ僕には興味の無さそうな本ばかりだったが、
ふと他の本とは違った雰囲気を出している茶色の表紙の本を見つけた。
それが・・・、

「悪魔降臨・・・、手引書?」
そう、この時僕が手に取ったこの本こそ、
後の僕の生き方を代えた大切な本との出会いだったのだ。

「ああ、それね。 つまらない本よ」
暖かい湯気の出るココアのカップを二つ手にした美輝さんは、
言葉通りつまらなさそうな表情で肩をすくめて言った。
突然の彼女の声に、つい本ばかりに気がいっていた僕は驚いて本を抱え込んでしまったが、
彼女はそんな事など気にもせずに1人ココアを飲み始めた。
その横顔から見える瞳には、先程の悲しそうな感情な無かった。
むしろ何かに思い深ける表情で暖かいココアを口にしていた。
こんな綺麗な瞳を持つ人が誘拐とか悪い事をするだろうか?
そう思ったら、僕は彼女の作ったココアのカップへ自然に手が出ていたのだった・・・。



To Be Continued・・・



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神の左手 悪魔の右手