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第42話 「秘密」



雨の降る冷たい街角で、僕は傘を差した1人の綺麗な女性に出会った。
その人は僕を救ってくれ、一杯の暖かいココアを注いでくれた。
そのココアはあまり砂糖が入っていなく、ちょっと粉っぽく温い。
・・・けど、とても美味しかった。



「どう? 私の作ったココアは?」
口元を少しだけ上げたその笑みに、僕は軽く頷いた。
「美味しいです」
「そう。 良かった」
1人納得した彼女、美輝さんは、横目で僕の持っていた本を見た。
「その本、面白い?」
「え?」
「だって、大事そうに持ってるから」
「あ、ご、ごめんなさいっ!」
つい後ろから声を掛けられたショックで胸に抱え込んでいたその本、
「悪魔降臨手引書」を慌ててテーブルの上に置くと、
美輝さんはその細長い指でゆっくりと本の表紙をめくり始めたのだった。
めくられるページには僕が見たことのない文字がびっしり埋まっていて、
それを知ってか否か、美輝さんもつまらなさそうにページをめくっていた。
「あなた、「悪魔」って信じる?」
「え?」
美輝さんの唐突な質問に、僕は手に持っていたココアの入ったカップを静かに置いた。
「分かりません。  ・・・けど」
「けど?」
「・・・神様はいないと思います」
そう返した僕の答えが、美輝さんの質問の答えになってないことに気が付いたが、
それはそれで美輝さんの興味の対象にはなったようだった。
「何故そう思うの?」
「何故って・・・」
そう答えて美輝さんの方を向くと、彼女は真剣な眼差しで僕を見つめていた。
「神様がいるなら・・・、僕は虐められない」



よく、「神様は人を救ってくれる」、「神は何でも出来る」、「信じる者を神は見捨てない」など、
沢山の神様のありがたみを聞かされてきた。
・・・けど、神様は虐められる僕を助けてくれた事は一度も無かった。
助けてくれたのは、いつも姫野ちゃんだった。
そして、母もこう言ってくれた。
『悲しい事だけど、神様はいないわ。 けど、神様の優しさを持っている人はいるの。
そして、人はその優しさを持つことで人を救う事が出来るの。
真、あなたにはそんな神様の優しさを持った人になって欲しいの』・・・と。
「だから、神様はいないと思います」
そんなのは子供だけが信じる事だ、と、僕の周りにいた大人達は笑ったのだった。
笑った人の中で神様がいると考える人は、「それは信じ方が足りないのだ」と言うし、
反対に、「今時そんな甘い考えを持っている人も珍しい」と笑う人もいた。
・・・けど、僕が聞かされた母の言葉の中にいつも嘘は無かったし、
事実僕は姫野ちゃんの優しさを知っている。
だからこそ、僕は胸を張って言えるのだ。
「神様はいない」・・・と。
ただ、その考えが良い事なのか悪い事なのかは未だ分からない・・・。

その僕の強い意思に、美輝さんは軽く笑ってくれた。
「なる程ね。 「神様はいない」・・・か」
僕の言葉に納得したのかは分からないけど、美輝さんは一言呟いたのだった。
「いい子に育てたわね」・・・と。



「この本はね、私がある人から奪ってきたの」
「ある人?」
「そう。 私の夫」
「っぼぅ!! み、美輝さんって結婚してたんですか?」
ココアを飲んでいるタイミングでのいきなりな爆弾発言に、僕は驚いて噴いてしまった。
「あらそうよ? 驚いた?」
「び、びっくりしました」
「こう見えても、私って沢山の秘密を持ってるのよ」
と、可愛くと表現してもいい様な笑みを僕に浮かべた。
その笑みを見ても分かる通り、どう見てもその容姿は20代半ば。
しかもその綺麗な黒髪からは、子供の僕でもドキドキしそうなオーラを感じるし。
「ありがとう。 でもこう見えてもオバサンなのよ、私」
「え? い、いくつなんですか?」
その質問に、美輝さんは僕のおでこにデコピンをして、
そういう事は女の人に聞かないの、と、教えてくれた。
しかも、美輝さんは更に大きな爆弾を僕に投げかけた。
「ええ?! こ、子供もいるんですか?!」
「ええ、いるわよ。 そうね、もう10年近く会ってないけど」
「え? 会ってないんですか?」
「色々あって・・・ね」
そこで一息ついた彼女は、カップの中に残った冷たいココアを飲み干した。
「大人には・・・、いや、私には色々あるのよ」
それは妙に意味深な発言だった。
「あ、お風呂沸いたようね。 入りなさい」
急に話の流れを変えた美輝さんに、僕は大人の事情というものを感じたのだった。
「でも、いいんですか? お風呂借りちゃって」
「いいのよ。 子供は大人の言う通りにするものなの」
と、僕の頭を撫でてくれた。
「それとも、一緒に入りたいとか?」
「ま、まさか!! ぼ、僕はそんな子供じゃないです!!」
そう言いつつも、僕は顔が赤くなるのを隠せないでいたのだった・・・。



こうして知り合った美輝さんとは、この後も何度か会ったりした。
僕が虐められた時、悲しい事があった時、嬉しい事があった時。
いつも彼女は暖かい瞳とココアで僕を包み込んでくれた。
そして、色々な事も教えてくれた。
虐めから逃げる、身を守る方法、逆に戦い方、言葉の強さ。
更に一番詳しく教えてくたのが・・・、「悪魔の知識」。
その教材となったのが、「悪魔降臨手引書」だった。
しかし、その中の文字は美輝さんにも読めず、
僕達は既に解読されていた文字を元に、2人して解読をしていったのだった。



そんな中、美輝さんとの別れは突然やってきた・・・。



いつもの様に僕が美輝さんの家に遊びに行くと、
何故かいつもは鍵の閉まっているドアが少し開いていた。
しかも、その隙間から見える筈の部屋の明りが見えない。
「み、美輝さん?」
今まで沢山虐められた経験から、何か言葉では言えない空気を感じ、
僕は心臓の鼓動を高めながらドア越しから部屋の中を覗いた。
すると・・・。
「来るな!!」
鋭く突き放す美輝さんの声が飛んだ!!
「み、美輝さん?」
「来るな、真。 来てはダメ!!」
その声と共に、何かと格闘する人影が薄っすらと見えた。
「逃げなさい! 真っ!!」
「み、美輝さん!!」
しかし、美輝さんからの返事は無く、代わりにもの凄い速さで何かが飛んできて、
それをまともに受けた僕は、ドアごと廊下まで弾き飛ばされた。
「マ・コ・ト・・・」
それは暗闇の部屋から聴こえた、得体の知れない低く重い声だった。
その声を聴いて、僕は初めて恐怖を感じて逃げ出したのだった。
それ以来、僕は美輝さんとは会っていない・・・。



「・・・で、その後はどうなったんや?」
今までつまらなさそうに聞いていた秋葉さんは、後半の部分には興味を持ったらしく、
いつの間にかあぐらをかいて僕の方へ向いていた。
「その後、僕は美輝さんの部屋へ行ったんですよ。 そしたら・・・」
そしたら、その部屋は物凄く荒らされていた。
本棚は倒され、窓は割れて、壁には何か叩きつけられた跡があちこちに。
やはりあの時、美輝さんは誰かと格闘していたのだろう。
それが誰なのかは分からない。 けど、もしかしたら・・・
「もしかしたら、
「悪魔の力」を持った誰かと戦っていたのかも・・・」
「デビルハンズ」・・・か」
「はい」
そして、僕は畳の上に置かれた一通の手紙と「悪魔降臨手引書」を見つけた。
そこにはこう書かれていた。

「今までありがとう。 そのお礼として、この本をあなたに上げます。
この本はあなたに災いを呼ぶ事となるかもしれません。
けど、あなたの助けとなる道しるべになるやもしれません。
大切に保管して下さい。 さようなら。  美輝」

こうして美輝さんは去り、代わりに僕にこの本を授けたのだった。
その本、「悪魔降臨手引書」は、確かに沢山の知識と大切な友達をくれた。
しかし、大切な何かも失ってしまったのも事実だった。
だけど、僕はこの本を手放す事はしない。
この本があるかぎり、僕はまた美輝さんに会える気がするからだ。



「惚れたのか? 真」
「そ、そんな!! ぼ、僕は・・・」
「言うな、言うな。 言わへんと分かるって」
そう言って立ち上がった秋葉さんは、僕の手から本を取り上げた。
「へえー、確かに読めへんな、これ」
「そうなんです。 この文字が読めれば、この先、僕達の戦いにも役に立つ気がして」
「お? お前もようやく戦う気が出てきたな? いい調子や」
今まで戦う事に乗る気ではなかった僕だけに、
この意気込みは秋葉さんにとっても嬉しかったらしい。
「いや、僕はあくまで姫野ちゃんと守るという意味で・・・」
と、そこまで言いかけて秋葉さんを見ると、眉間にシワを寄せた彼の顔があった。
「なんやこれ? めくってええか?」
「え? 何ですか?」
それは巻末のページだった。 そこのページの下が少しだけめくれていたのだ。
「これ、紙の上にまた紙が貼り付けてあるのか?」
「そ、そうみたいですね・・・」
薄汚れた紙の端が今までの僕の扱いのせいか、それとも元々の古さの為か、
巻末のページのめくれが酷くなっていたのは気が付いていた。
でも、そのページが二重構造になっていたことには気が付かなかったのだった。
「めくってええか?」
流石にその本の価値を知る同じ者として、一応断る秋葉さん。
普段の僕ならそんなページをばらす行為を止めるのだが、
この本の持ち主だった美輝さんの話をした直後に発見したこの事実に、
僕もそこには重大な何か秘密が隠されているのではと感じ、
「慎重にお願いします」
と、秋葉さんにお願いしたのだった。
「分かった」
そんな僕の真剣な眼差しに釣られた秋葉さんも、
いつの間にかにチャラけていた雰囲気を吹き飛ばして眉間にシワを寄せていた。
「ワイの「力」を使って、少しこのページを濡らせば・・・」
と、秋葉さんは人差し指と中指だけを「悪魔の力」、「スメルキリュア」を発動させ、
その水の力で徐々にページを濡らし、少しずつ上張りされたページを剥ぎ取っていく。
「こ、これは・・・」
「これって・・・」
全ての紙を剥ぎ取った後に出てきたページには、
重なり合った二つの手形と、
その下に例の読めない文字が書かれたページ
が出てきたのだった。
しかもそれと同時に、下の階でも慌しく玄関のドアが開く音が聴こえた。
「お、お兄ちゃん!!」
悲鳴じみた母の声。 そして激しく閉まる玄関の音。
「な、なんや?」
「ちょっと見てきます!!」
そう言って僕は下の階へ降りると、そこには服がボロボロになり所々こげた、
傷だらけの光にーが母に抱き抱えられていたのだった。
「光にー!!」
「あ、マコちゃん! 早く救急車を!!」
慌てる僕達に、苦痛の表情だった光にーが口を開けた。
「止めろ。 そんなものいらない」
「で、でも」
「大丈夫だ。 ここまでくれば・・・」
「ここまでって、まさかお兄ちゃん、誰かに襲われたの?」
だが、光にーは何も言わず気絶してしまったので、その理由は分からず終いだった。
その様子を静かに見守っていた1人が僕の肩を掴んだ。
「真。 外に出るで」
「そ、そんな秋葉さん!! 光にーが!!」
「慌てんでええ。 死にはへん、あの程度なら」
そう言って秋葉さんは母と光にーを残し、強引に僕を家の外へ連れ出した。
「な、何するんですか、秋葉さん!!」
だが、彼は冷静な表情で僕に言った。
「あれは普通の襲われ方やあらへん」
「え? 普通のって・・・」
そこまで言って、僕は彼の言いたい事を悟った。
「そうや。 
あれは「デビルハンズ」の仕業や



To Be Continued・・・



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神の左手 悪魔の右手