第44話 「熱意」
「さて、どっちから相手だ?」
白いシャツの下に見える胸板の前で親指を切る石井と呼ばれた男は、
目の前の獲物が窺(うかが)う眼差しで僕達を観察していた。
その間、僕達は夜空に輝く月明りを受けつつ相談しあった。
「ここは2人で相手をしますか?」
「いや。 ヤッコさんは傍観かますみたいやしな」
そのヤッコさんとは、石井の背後に立つ長身の男の事だった。
「・・・」
その眼差しはサングラスに阻まれて見えなかったが、
明らかに僕達へ冷たい視線を向けていた。
だが、かといって仲間である石井を手助けする様子もなかった。
それは仲間を信頼してなのか。 それともよほど背中に抱えた「荷物」が大事なのか。
その事が判るには、それ程の時間はいらなかった・・・。
「じゃあ、ここは僕にやらせて下さい!! こ、光にーの仇を取らないと!!」
「あのなぁ〜? あいつは死んでないで?」
苦笑しつつも僕の意気込みをかった秋葉さんは、
近場のベンチに、ふう、と、ため息をついて座ったのだった。
「ま、ええで。 こいつ弱そうだしな」
そう言って相手を挑発しながらタバコに火を点ける姿に、
僕はちょっとだけ自信過剰かな?と、思ってしまった。
と、そこへ顔を真っ赤にした石井の一言が秋葉さんに飛んだ。
「お前!! 俺が弱いってどういうことだ!!」
同時に握った拳を構えて歩き出す。
「っく! や、やるか?!」
その動作に、当然やる気満々の僕も「ベルセルク」の腕を構えた。
・・・が、しかし、石井は僕の姿など目にも入ってないかの如く、
そのまま僕の横を通り過ぎた。
「あ、あ・・・れ?」
「お前、随分余裕じゃねえか! それとも、この俺様が怖いのか?」
ど、どうやら彼の目には秋葉さんしか映ってなかったみたいだった。
顔を真っ赤にした石井は、これまた頭から湯気が出そうな勢いで仁王立ちし、
ビシッと人差し指を秋葉さんに向ける。
「ああ? 怖い怖い」
だが、秋葉さんは秋葉さんんで、彼特有の面倒臭いモードになってしまった。
秋葉さんの面倒臭いモード。
それは傍(はた)からしてもホントに迷惑なモードで、
僕はそのモードのお陰で夏休みの間にどんなに苦労をしたか・・・。
例えば、僕と秋葉さん、それから源五郎くんと3人でバイトをしていた時の話なんだけど、
その頃僕達はバイト先で寝泊りをしていたんだ。
で、その時にご飯はそれぞれ交代制で作っていたんだけど、
でも秋葉さんは、自分の番になると、「ああ? 今日は腹減ってないからええねん」とか、
「働き疲れたから寝るで」などと言って、結局炊事をすることはなかったのだ。
それに紀子さんの彼氏を探す時だって、
これまた「面倒臭いねん」とか言って、ほとんど探すのサボってたし・・・。
あ、紀子さんってのは、僕は毎晩トレーニングで浜辺を走ってた時に出会った幽霊さんで、
この人もまた秋葉さんに負けない程強気の女性で・・・。
まあ、この話はまたいつか話すとして、
とにかく秋葉さんがこの面倒臭いモードになってしまっては、
もう僕にはどうする事も出来ないのだった。
「怖いから、あいつの相手でもしてくれや」
そう言って左手で悪魔降臨手引書を広げ、右手で石井をあしらったのだった。
もちろん、あいつとは僕の事だった。
「ああ? お前、男と男が出会ったら、まず拳で語り合うもんだろ?
それを簡単にあしらいやがって・・・」
狂犬の様に鈍く喉を鳴らしながら拳を構える石井。
その様子が今までに会った敵とは掛け離れた雰囲気の為、
僕は思わず声を掛けてしまった。
「あ、あの、あなた本当に戦いたいだけなんですか?」
「はあ? 何寝ぼけた事言ってる!!
男に生まれたからには、戦うもんだろぉー!!」
今度は僕に向かって人差し指を突き出した石井は、
その真っ赤な顔を更に真っ赤にして怒鳴った。
「しかも、この「悪魔の力」を手に入れたのに戦わないなんて、
お前それは罪だぞ?!」
「え? え?」
勢いよく手を伸ばしてガシっと僕の「腕」を鷲掴みし、
頭の上から怒鳴るように語り始めた石井の熱意に、
僕は逆に自分の熱意が冷めていくのを感じたのだった。
「え? で、でも僕・・・」
「でもじゃない!! 戦えってば、戦え!!」
あはは・・・。 これはもう苦笑するしかなかった。
これまで出会った敵は、本当の意味で皆「敵」だった。
でもこの人は、どうも今までと同じ「敵」と同じように思えなくなっていた。
熱烈な性格。 戦いの事しか考えない頭。 そして、その鍛え上げられた筋肉。
恐らく本当に彼は、「ただ単に戦うのが好き」な人間なんだなー・・・と。
そう思ったら、今度は本当にこの人が光にーを襲ったのかと疑問に思い、
意を決して思い切って顔を上げた。
「あ、あの・・・」
「なんじゃい!!」
こんな筋肉ムキムキの男に「腕」を掴まれるのはあまりいい気分じゃなく、
しかも目が合った彼の視線にビクついた僕は、早々に再度質問をしてみたのだった。
「こ、光にーの事、本当に知らないのですか?」
その質問に、石井は眉間にシワを寄せて表情を変える。
「だから知らないって言ってるだろぉ? それよりやんねえのか?
やらないんだったら、さっさと消えろ!」
またもや自分の期待していた返事を聞けなかった石井は、
僕の事をまるでタバコのポイ捨てよろしく投げ捨てたのだった。
その動作は見た目程大した動作ではなかったが、
でも僕はその拍子で大きく飛ばされ、結果、長身の男と対峙する事となった。
「それあげます。 いらないっす!」
その声からして、石井はもう僕に興味を持ってないようだった。
そして僕の方はというと、元々がパジャマとサンダルだったことも重なって、
バランスを崩して膝小僧を擦ってしまっていた。
「あいたぁー」
せっかくお風呂に入ったのに全てが台無しだよ、と、
気分をブルーにしながら立ち上がろうとした僕。
・・・と、そこへ様子を見ていた例の長身のサングラスを掛けた男が、
なんと手を差し出してきたのだった!!
「同志よ。 大丈夫か」
「うわぁ!!」
その様子が「敵」がする行動とはあまりに掛け離れていたので、
僕は驚いてそのまま転がる様に(事実転がったのだけど。)後ろへ逃げてしまった。
「・・・」
無言で、いや、口元を気持ち少し上げて苦笑しながら差し出した手を戻す男。
どうやら戦う為に手を出したのではなく、単に手を差したしてくれただけのようだった。
『一体なんなんだ、この人も・・・』
それがこの人と対面した感想だった。
あの石井といい、この目の前の男といい、今までの「敵」とは違う雰囲気の「敵」だった。
いや? もしかして僕がそう勝手に思っているだけで、本当は「敵」じゃないのかもしれない。
そんな事も思い始めていた僕だった。
「もー面倒だ!! こうなったら無理やりでも戦ってもらうぜ!!」
非常に迷惑な考えだった。
だが、そんな僕の考えをいざ知らず、石井は筋肉質の太い両腕を掲げ詠唱と唱えたのだった。
「さあ行くぜ!! 俺の中の「ガングレイス」よ!!」
気合の入った石井の声が月夜で照らされた公園内に響く。
・・・と、同時に彼の腕にヒビが入り始める。
「はあぁーー!!」
その声と共に振り上げた腕を勢いよく引き抜くと、
石井の腕はまるで気合と力みに耐え切れなくなったか如(ごと)く破裂した!!
「うわっ!!」
その時、僕は丁度石井と長身の男との間に居たのだが、
そこまで彼の腕の破片が飛び散ってきたことに驚いたのだけど、
更にその飛んできた破片がまるでモツ煮のモツみたいな感触だったので、
僕はその腕の破片を慌てて振り払ったのだった。
「どうだぁー!! 俺様の腕はぁーー!!」
唸る石井は、発動させた「悪魔の力」を大きく広げ、僕の秋葉さんに見せつけた。
「なんだぁ? その腕は?」
そう答えた割にはまだ興味のなさそうな秋葉さんは、手に持ったタバコの灰を落とす。
その様子がまたまた石井を挑発する結果となった。
「こ、これは「ガングレイス」と言ってなぁー、どんな物でも破壊する鋼の腕なんだよ!!」
「悪魔の力」を発動させたことで興奮状態となった石井。
その証拠に、彼は「悪魔の力」を見せつける為、
近場にあったイチョウの木を次々となぎ倒していくのだったが、
それがまた秋葉さんのツッコミが入る隙を与えてしまっていたことには
気が付いていない石井だった。
「おお。 その力、凄い凄いぁー」
でも、その言葉には全然気持ちが含まれていない。
しかし石井はその「言葉」だけに満足し、一応は破壊活動を止めたのだった。
「はぁー、はぁー。 やっと分かったか・・・」
肩で息をしながらようやく歩みを止めた石井は、今度は僕の方へやって来て、
「どうだ? この腕は。 お前のそのチンケな腕よりよっぽど強いぜ?」
と、そのゴツゴツした茶褐色の太い腕を僕に見せたのだった。
「・・・」
その腕を見て、あまりの衝撃に僕は言葉を失ってしまっていた。
「やっとお前も俺様の腕の強さを思い知って、開いた口が塞がらないってやつだな?」
秋葉さんと、そして僕までも自分の持つ「悪魔の力」にショックを受けたと勘違いした石井は、
ようやく自尊心を満足させて高笑いをしたのだった。
・・・が、実はこの時、僕は言葉を失ったのは別の理由でだった。
それは勿論彼の「悪魔の力」の為であったが、驚いたのは正反対での意味で驚いたのだ。
実はその「ガングレイス」という悪魔は、僕の持つ悪魔降臨手引書に載っていて、
尚且つ他の悪魔より「ある意味」詳しく画かれていた。
そしてその衝撃的な内容の為に、僕は言葉を失っていたのだった・・・。
・・・鋼の強度を持って生まれた茶褐色の肌を持つその悪魔は、
硬く、そして強靭的な腕力を有し、そして数々の敵を打ちのめしてきた歴戦の勇者である。
だが、この悪魔を怖がる事はない。
それはこの悪魔が目の前の物を破壊しようとするだけの知能しか持っていないからだ・・・。
・・・これだけである。
つまり、この悪魔は「ただ腕力があるだけ」の悪魔なのだ。
だが、その「悪魔の力」を持つ者の相性が良かったのだろう。
それを証明するように、彼の左腕に3つのソウルスターが輝いていた。
「どうだ? 怖気づいたか?」
そう言ってはまた高笑いする石井に、僕はちょっとだけムッとしてしまった。
『な、なんでこんな腕力だけの悪魔なのに、こんなに馬鹿にされなくちゃいけないかなぁー』
と、弱虫でいつも虐められ泣いていた僕がそう思える様になったのは、
皮肉にも数々の「悪魔の力」を持つ者と戦ったお陰であった。
だが、それが良い事なのか悪い事なのか・・・。
そう考えれば考える程、僕は目の前で高笑いする石井が小さく見えたのだった。
「そっちはやる気がねえ。 こっちは怖気づいてダメ。 つまんね奴らだなー!」
カチン!!
その言葉を聴いて、僕は頭の中で眠る闘争心のスイッチがONになったのを聴いた。
「そ、そんなに戦いたいなら、僕が相手をしてやる!!」
そして、その意を表すように石井へと拳を向けたのだった。
何故今まで戦う事を嫌った僕が戦う気になったのか。
それもやはり数々の「悪魔の力」を持つ者との出会いの為だった。
僕が「悪魔の力」を手に入れるに当たっての理由は、
幼馴染で大好きな姫野ちゃんを守りたいがためであった。
しかしこの手に入れた力は、使い方次第では沢山のものを守ることも、
大量の血に腕を染めることも出来る諸刃の剣だったのだ。
その証拠に阿久津は自分を見下した人達に復讐し、
マリオは自分の満足感を満たすだけに僕達を襲った。
だが、自由を手に入れたかった元気くんは、その力で僕を守ってくれたし、
海辺で出会った修三さんや秋葉さんは、この僕に正しく生きることを教えてくれた。
その彼らの正しさを、その熱意を知っただけに、僕は新たに強くなることを決めたのだ。
だが、この目の前の男は、まるでゲームでも楽しむ様に笑ったのだ。
その彼らの熱意をあざけ笑う様に・・・。
何も知らない無知な証拠を胸を張って笑ったのだ・・・。
だから、だから僕は許せなくなってしまったのだ。
光にーの事とは関係無く。
「そ、そんなに戦いたいなら、この僕が戦ってやる!!
この僕が知った心をあなたに教えてやる!!」
この僕の熱意のこもった言葉に、秋葉さんだけが満足げに苦笑したのだった・・・。
To Be Continued・・・
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神の左手 悪魔の右手