TOPに戻る

 

 

第45話 「突進」



「そ、そんなに戦いたいなら、僕が相手をしてやる!!」
悔しかった。 石井の笑い声、態度、動き。 その全てが嫌だった。

彼はまるでゲームでも楽しむように遊び、そして人を傷つけてきたのだろう。
もしかしたら、人を殺めてしまっているかもしれない。
そんな現実とゲームの区別がつきもしない男が人生を楽しんでいる反面、
あの元気くんのように遊びたくても、
夢をみる事も出来ない可愛そうな子もいるっていうのに・・・。


『神様はなんて不公平なんだろう』


そう思わずにはいられなかった・・・。

そして僕はそのやりきれない意を表すように、石井へと拳を向けたのだった!
「そんなに戦いたいなら、この僕が戦ってやる!!
この僕が知った心をあなたに教えてやる!!」

この僕の熱意のこもった言葉に、秋葉さんだけが満足げに苦笑したのだった・・・。



「なんだ? やっとやる気になったのか? けっ!」
待ちわびたのか、石井は短髪の頭をかきながら、ぺっと唾を吐きつつ振り向いた。
「始めから早く言えよ。 雑魚がぁ」
雑魚? 雑魚はそっちじゃないのか? たかが「腕力」しかない悪魔じゃないか?
そう返事を返そうと僕が声を上げようとしたその時、
「そらーどうかな? 意外に強かったらどないすんねん?」
と、夜風にまだ少し湿っている前髪をなびかせた秋葉さんが口を開いたのだった。
「何?」
後方から聞き捨てならない言葉を聞き、石井は首だけを横に振る。
「こいつはな、面白いでぇー」
「・・・」
そうニヤニヤと笑う秋葉さんに警戒してか、石井は彼を睨んだまま何も言わなかった。
そこで秋葉さんは、今度は僕に向かって確認を取るかの様に声を掛けてきた。
「真ー。 「攻舞」第3章と第7章、忘れてへんやろな?」
突然の問い。 一瞬分からなかった。
「え?」
僕は戸惑いつつ、石井の後ろでベンチに座る秋葉さんを見ると、
「まさか、忘れてへんやろなぁ・・・」
と、先程まで笑っていた秋葉さんの表情がみるみる怖い表情に変わっていくのが見えた。
「わ、忘れる訳ないじゃないですかっ?!
あ、秋葉さんがあんなに熱心に教えてくれたんですから!! あははっ!」
ごめんなさい。 聞かれるまで忘れてました。
でも、あの秋葉さんの表情を見て分かる通り、そんな事は口が裂けても言えない。
言えば一体どうなるやら・・・。
もしかしたら、石井より先に秋葉さんの一撃を食らうかも、と、想像しつつ、
「「攻舞」とはっ、秋葉さんが独自に開発した戦闘技術で、
こ、これを覚えていればどんな敵にも勝てる武術ですっ・・・よね?」
と、どもりながら一気に言い放った僕だった。
「分かってればええねん。 な、真♪」
僕の返事に気を良くしたのか、秋葉さんはまた本をパラパラとめくり始めたのだった。
ふう、冷や汗をかいてしまった・・・。

ところでこの攻舞というのは、今僕が言った通り、
秋葉さんが独自に編み出し作り上げた、敵に勝つ為の必勝マニュアルで、
何でも、「全50章で構成されている大変素晴らしく、且つ大胆な戦闘技術だ!!」と、
作った本人は夏休みの最後の一週間の内で、何度も僕達に熱く語ってくれたのだった。
でも実際に覚えられたのはたったの10章までで、後は覚えていなかった。
だってそれ程日々のトレーニングがきつかったのだから。
理由はそれだけじゃない。 根本的に覚えるのが難しかったという理由もあった。
だから秋葉さんの突然の問い掛けに、僕は戸惑ってしまったのだったのだが・・・。

「まあいい。 どっちにしても、戦えば判る!」
と、あたふたしている僕に構わず、石井はその茶褐色の太い腕を前に構えた。
その様子に僕も気を取り直して構えをとる。
だがこの一瞬のやり取りがあったお陰で、
僕はもう今までの僕とは違っていた事を思い出していた。
いつもの僕なら、この様な時、逃げるか防御の態勢を取っていた。
しかし、この時は気分が高ぶっていた為、それから秋葉さんが居る事への安心感、
そして例の攻舞の事を思い出し、僕は石井より先に走り出していたのだった!
そう、この
「不思議で奇妙な悪魔達の戦い」の中で、僕は初めて先手を打ったのだった!!
一瞬の構えから素早く走り始めた僕を見、とっさに肘を曲げ構えた石井。
だがその腕を避けた僕の熱く、そして青黒く太い腕が勢いよく空気を切る!!
それはまるで今まで僕の心の中で眠っていた闘争心が、
「ベルセルク」の力と秋葉さん達の想いによって目覚めたかの様に。
「攻舞、その3!!」
その掛け声と共に、僕の拳が石井の分厚い中腹に突き刺さった!!
「っくぅ!!」
恐らく彼は僕が先手を取るなどとは思ってもいなかったのだろう。
いや、これまで先手を取られた事などなかったのかもしれない。
その様子に、石井は声にならない言葉を発し、その場に立ち尽くしていたのだから。
しかし、僕は攻撃の手を休めなかった。
「攻舞、その7!!」
再度掛け声を上げつつ、僕は石井の中腹に何度も何度も熱いラッシュをかました!
それは今まで彼が犯してきたであろう罪を思い知らせる為の様に。
そして僕はその一撃一撃を打つたび、
あの笑顔の温かい鉄男くんや元気くんを思い出していた・・・。
「っう、うるせぇーーー!!」
だが、さすがに何度もラッシュを受けていた石井も、その度々の痛みから平常心を取り戻し、
大きな掛け声とその太い腕を上げ僕の攻撃をやり返したのだった。
「はぁーはぁー」
「っく!」
うざったそうな僕を振り払おうと放ったその腕を交わす為、
僕は後ろへジャンプして避けたのだが、お互いの視線だけは敵を見逃さなかった。
黒く大きな目がこちらを睨む。 その目は僕を捕らえて放さなかった・・・。
「おやおや? さっきの余裕はどないしたんかぁ?」
と、絶妙のタイミングで秋葉さんは膝の上に乗せた本を閉じながら石井を挑発したのだった。
「う、うるせえ! ちょっと油断しただけだ!! こんな雑魚に・・・」
と言ったものの、石井の額からは一筋の汗が流れていた。
だが、そんな石井の様子に構わず、秋葉さんは口を開いた。
「お前さんは今、ものの見事にハマッたんや。 ワイの戦略にな」
「なっ?!」
彼の言葉に、石井は戸惑いをみせた。 でも秋葉さんは構わず続ける。
「攻舞、第3章。 「敵より先に攻撃するべし!」」
続けて不敵な笑みを浮かべ、
「攻舞、第8章。 「敵に攻撃の間を与えない!」」
と、言い放った後、ゆっくりと立ち上がりながら手に持ったタバコの灰を指で落としたのだった。
決まった!と、秋葉さんは思っただろう。 しかし・・・、
「あの、秋葉さん」
「なんや?」
「第8章は、「敵に攻撃されたら、直ぐに間合いから抜ける!」です・・・」
と、思わずツッコミを入れてしまった僕だった。
「う、うるさいやっちゃーな! 細かい事はええねん!!」
「ま、まあ・・・。 はぁ」
涼しい夜風が、僕と石井、そして秋葉さんの間を通り抜けた。
「お、お前は目の前の敵と戦ってればええねんっ!!」
そう言って、秋葉さんは手に持ったタバコを僕に投げたのだった・・・。
これが何故僕が攻舞を第10章までしか覚えられなかったのかという最大の理由である。
つまり
「曖昧」なのだ。
一体夏休みの合間で今みたいに何回ツッコミを入れただろうか。
それでいて僕達が間違えると怒るくせに・・・。
こんな調子だから、僕は覚える事が出来なかったのだ。



夏の終わりを告げる夜風が公園の木々をなびかせ、僕達の周りを優しく通り抜ける。
そして、雲の間からは月明かりが異質な雰囲気をかもし出す僕達を照らし出す。
静まりかえる周囲。 動く者はいなかった。
だが、その沈黙を破ったのは、今まで黙り込んで僕達の戦いを傍観していた石井の仲間だった。
「石井よ。 負けたら解っているな」
その声は重く、辺りに響いた。
それは彼自身の声の為でなく、その裏に含まれた意味の為に。
「ぐっ、分かってます、アニキ」
このサングラスを掛けた男にだけは腰の低い石井は、額に流れてた汗を拭いて弁解した。
「で、でも大丈夫です! だから、だから!!」
「弁解はいい。 結果が大事なのだ。 解るな」
と、その声は言葉の意味以上に冷たく感じたのは、どうやら僕だけじゃなかったようだ。
その証拠に、鬼気迫った表情に変わった石井の姿があった。
「・・・」
先程までとは別人かと思うような鋭い目で睨む石井。
その目にちょっとだけ僕はブルってしまったが、僕は僕で負けるつもりはなかった。
ここで負けては、鉄男くん、そして元気くんに会わせる顔がないからだ・・・。
「はぁあああーーー!!」
声と、そして茶褐色の両腕を掲げ上げた石井は、
今までの僕と同じようにうって変わって闘牛の牛の様に突っ込んできた!!
あの漆黒の鎧を着込んだサイレントマスク程ではなかったけど、
それでも僕を虐めてきた不良達の足や、今まで戦ってきた敵の動きより早かった突進は、
そのスピードより彼の身体から溢れ出る気迫によってこそ危機迫るものを感じとったのだった。

次の一瞬で決まる。

そう思ったのは僕だけでなく、ここに居る他の3人も同じ様に感じ取っていた。
「これで終わりだぁーー!!!」
茶褐色の両腕は、斜め上と下からの同時攻撃で、
そのスピードから後方に避けても左右に避けても無駄なことは解る。
更にあの「悪魔の力」は、腕力だけなら僕の持つ「ベルセルク」の力より上かもしれない。
だから防御も考えものだった。
ならどうすれば良いか・・・。
答えは一つだった。
「っく!!」
僕は石井の気迫に負けじと気合を入れつつ攻防一体の構えを取った。
左腕を胸の前にやり右腕を後ろへ真っ直ぐ伸ばすその構えは、
中世のとある傭兵達が好んで行っていた構えだと秋葉さんは教えてくれた。
その構えこそ、僕がこの夏休みの間に秋葉さんから教えてもらった最大の収穫だった。
「行くぞ!!」
その掛け声は僕のものだった。
横にもダメ。 後ろにもダメ。 そして防御するにもダメ。 なら答えは一つ。
そう。 
僕も前へと突進すれば良いのだ!!

元々石井は、その腕力を生かして数々の敵やか弱い人達を襲ってきたのだろう。
自分より弱い敵はその彼の気迫に圧倒され動けず、
石井は石井で止まっている者への攻撃にはなれていたのだ。
だが、僕が最初に突進した時に見せた彼の態度から、僕は薄々悟っていたのだ。
『この人は、敵からの攻撃に耐える術を知らないんじゃないか?』と。
だから彼はまず先に口先で相手を威嚇し、
次に物を壊す事で自分の力を見せつけたのではないだろうか・・・と。
そう薄々感じ取っていたのだった。
そして、その答えは当たっていたのだった。

「がぁ・・・」
獲物を狙う茶褐色の彼の両腕は、
自分の方へと突っ込んできた僕の為にタイミングを外して空を切っていた。
そして、僕の方の右腕はと言うと・・・、
「・・・ナイスカウンター」
と、秋葉さんがボソッと誉めてくれた通り、石井の中腹へと突き刺さっていたのだった。
敵の攻撃を避け、それでいて最大の力で相手を攻撃する。
こんな芸当はつい1ヶ月前の僕には考えられないものだった。
もし秋葉さんに会わなければ、僕はこんな芸当など決して出来なかったであろう。
秋葉さん、どうもありがとう・・・。
そう感謝していた。
「うわっ!」
だが攻撃の決まった余韻(よいん)に浸っている間もなく、
僕の一撃によって気絶した石井が圧し掛かってきたのだった。
それを一瞬投げ捨てようかとも思ってしまったが、
思いとどまってゆっくりと彼を地面に降ろしたのだった。
「なる程」
そう告げたのは、もう1人の敵だった。
「敵の攻撃を避けつつ、自分の攻撃だけは相手に透す。 良い攻撃だ」
そう言って拍手する男。 これは喜んでいいのだろうか?
だが僕が口を開けるより早く男は続けた。
「その身体。 中々興味深いものだ。 どういう構造をしているか診察させてくれないか?」
と、背負った布袋を地面に置いて不気味な笑みを浮かべた。
それと同時に最初に感じ取った魚の腐った様な悪臭がまた臭ってきた。
「な、そ、そんな事出来る訳ないじゃないか!」
でも彼は構わず膝を着いて地面に置いた袋の口を開き始めたのだった。
「そう・・・、言うだろうと思っていたよ。 同志よ」
「ぼ、僕はあんたの味方じゃない!!」
「ほお。 でも君は「悪魔の力」を持っているではないか?」
「そ、そうだけど、それとこれは関係無い!」
「なる程。 関係無い・・・か。 まあ良い」
くくく、と、低く笑いながら袋の紐を解く男の様子に、
僕は得体の知れない不気味な何かを本能的に感じ、つい叫んでしまった。
「さ、さあ、あんたも戦うのか?! 戦わないのか?!」
だか、男はゆっくりと立ち上がり両腕を左右に掲げただけだった。
「ははは。 私は戦いは好まないのだよ。 君みたいに活きが良い身体ではないのでね」
「た、戦わないのか?」
と、僕はなんか間抜けな言葉を発してしまった。

おかしい。 僕は元々戦いは好きじゃなかったのではないか?
しかし今までの敵は皆
「戦いを求めてきたから、仕方なく戦ってきた」のではないか?
なのに、今の僕は戦う事を求めている。 理由は分からない。
今、目の前の男は「戦わない」と言ったではないか。 それはとても喜ぶべき事じゃないのか?
だが、「僕の身体」は戦いを欲していた。 一体何故・・・。

「君は戦う為に
不必要な「物」は知っているかい?」
男は両腕を上げたまま問い掛けてきた。
「不必要な「物」?」
「そう・・・」
サングラス越しで解らないが、彼の視線はさっきから僕の目線から外していないのだけは解る。
その彼の視線はさっきからずっと不気味な視線を僕に向けていた。
それだけに、彼の問いに僕は考え込んでしまい黙ってしまった。
同じく後ろで様子を伺う秋葉さんも、男を警戒してか何も言わない。
「私はね、長年疑問に思っていたのだよ。 
「人は何故こうも弱いのか」と」
「・・・」
「人は弱い。 単純な言葉一つで酷く我を失い、病気などであっけなく死ぬ。
人は脆い。 腕一本無くなっただけで直ぐに戦意を失い、鉛球一つ、毒薬一服で簡単に死ぬ」
と、一旦言葉を止める。 だが、直ぐに話し始めた。
「人が強く為には一体何が必要で何が不必要なのかと、私は長年考え悩み続けていたのだよ。
だが、私はこの「悪魔の力」を手に入れた事によって、長年の夢を叶える事が出来そうなのだよ」
そう長いセリフを言った後、彼はまた低く、とても不気味に笑ったのだった。
「最初に問い掛けた答えは解ったかな、同志よ」
「な・・・」
彼の喋り、声、態度、そして問い掛け。 その全てが今まで出会った敵とは異質な為、
僕は何も口にすることが出来ずに只立ち尽くすだけでいた。
「人が強くなる為、戦う為に不必要な「物」。 それは・・・、
「意思」だよ」
「「意思」?」
「そう。 
人は意思があるから弱いのだよ。
痛みを怖がり、単純な引っ掛けに迷い、苦痛な訓練を嫌がる。
死への恐怖に慄(おのの)き、高みを見ては挫折する」
「・・・」
「だが、私はこの「悪魔の力」を得た事により、人間の限界を知る術を得たのだよ!」
今まで低く、まるで独り言の様に喋っていた男は、急に声を高らかに両腕を上げた!
「さあ、立ち上がるのだ!! 私の夢を叶える最強の兵士よ!!」
その時、今まで緩やかだった夜風はピタリと止み、空に浮かんでいた月は雲に隠れ、
僕達の周囲は一瞬にして暗闇になった。
「離れろ!! 真!!」
後ろから危機迫った秋葉さんの声が聴こえ、僕は反射的に身体を仰け反らせたが、
そのまま地面へと尻餅を着いてしまった。
・・・と同時に、今まで僕の顔が合ったその場を何かが横切った。
いや、突進してきていたのだった。
「う、腕?」
そう。 それは腕だった。 突然現れた肉付きの良い、ごく普通の人間の腕。
僕の視線は自然とその腕を追って、今襲い掛かってきた男の顔へと向いた。
しかし、その顔は闇で見えない。
だが、あの例の魚の腐ったような悪臭の正体がこの男から出ているのだけは解った。
「さあ、私の為に戦うのだ。 我が兵士よ!」
例の男の声は僕の足先より先で聴こえた。
どうやらあの男はその場から動いていないようだった。
じゃあ、今攻撃してきたのは誰?
そう思っていた所へ、腕を伸ばして微動だにしない男(だと思う。)から
僕の顔へと一滴の汗が落ちた。
「わっ!」
慌ててその汗を拭き取る。 だが、
「それ」は滑りけを帯びていた。
「あれ?」
その変な滑りけに僕は無意識に顔を上げると、
そこへ丁度雲から抜け出た綺麗な月が、僕の足元で呆然とする男の姿を照らし出した。
「なっ!!」
その顔を、全身を見て、僕の胃は殴られてもいないのに吐き気を催したのだった・・・。



その男の顔左半分の肉は剥げ白い頬骨を月明りに照らし出し、あるべき場所にある目は無く、
ボロボロで真っ赤に染まった洋服らしき物の下からはダラダラと真っ赤な液体を垂れ流し、
裂けた中腹からは、赤黒く光らせた細長い何かをぶら下げていたのだった・・・。



To Be Continued・・・



最初にもどる


神の左手 悪魔の右手