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第46話 「死体」



「君は「死体」を見たことがあるかい?」

そう質問されたら、僕はこう答えるだろう。 ・・・「いいえ」と。
僕の中での死体と言ったら、映画に出てくる様な、
あの目玉が飛び出ていて妙に古ぼけた服を着ている動きの鈍いやつとか、
それともなければある有名なゲームの中に出てきたゾンビとかを思い出す。
その中で出てきた「彼ら」は皆怖いとは思った事はあったけど、
冷静に考えると全部「作り物」なのだと気付き、
数時間後にはもう「彼ら」の事など忘れる事が出来ていたのだった。
それは何故か?
それは「彼ら」が決して僕の目の前に現れる事が出来ないからでもあった。

・・・だが、
「彼ら」はとうとう僕の目の前に現れたのだった。



静かで大きな公園一帯を照らし出していた月明かりが一瞬途切れ不意を付かれた僕は、
暗闇からの攻撃を完全には避けることが出来ずに尻餅を着いてしまった。
だが、僕は不意に襲い掛かってきた敵の姿だけからは目を放さないでいた。
それは次の攻撃を避ける為だ。
でも、その姿を見てしまった事は、逆に失敗だったかもしれなかった。
とっさに目で襲い掛かってきた敵を見つめた僕だったが、
同時に石井達と出会った時に臭った例のクサイ臭いを鼻に感じ、目を細めてしまった。
それは魚屋や港などから臭う生臭い魚の臭い。
でもその臭いを更に強烈にし、しかも腐った生ゴミをミックスした様な臭いで、
この様な状況下じゃなかったらとても嗅いでなどいられなかったと思う。
それ程クサイ臭いだった。
・・・だがそれ以上に驚いたのは、その姿だった。
その僕に攻撃を仕掛けてきた「彼」は暗闇でよく解らなかったが、
今まで出会った敵と違って普通の洋服を着ていて、普通の拳で襲い掛かって来ていた。
そう。 僕が驚いたのは、「彼の格好」などではなく
「彼の身体」にでだった。
その例の臭いに目を細めながらもよく見つめていると、
丁度その姿が夜空に浮かぶ分厚い雲からまた出た月明かりに照らされてあらわになった。
と、そこに現れた姿はとても表現が難しいものだった。
いや、表現をしたくないと言った方がいいか・・・。
襲い掛かって来た彼の腕は関節の無い部分でやや曲がり、その肉は一部が剥げている。
ジーパンに包まれた太ももは、この月明かり下でも赤く染まっているのが判り、
腹部からはボコボコと丸みを帯びたホースの様な物が出ていて、
そこを伝わって粘り気を帯びた妙な液体が流れ出ていた。
と、そこへ観察していた彼の顔が完全に月明かりに照らされた時、
僕は一生忘れないであろう彼の顔を見てしまったのだった。
その顔の左半分の肉、それとその上にある筈の表情を表す眼球(め)が無かったのだった。
それは一言で言って
「死体」。 そう。 紛れもない動く「死体」だった・・・。



「っうぅっぷ!」
形相、死臭、それらが混ざり合ってかもし出されるその独特の雰囲気に、
僕は胃から口の中へと出てきた吐き気に口を抑えて耐えたのだけどやはり長くは持たず、
慌ててその場から立ち上がって走り出し、
近くの木の下でさっき食べたばっかの夕食を吐き出したのだった。
「っくぅげぇーー」
「大丈夫か?! 真ー!!」
心配して駆け寄って来てくれた秋葉さんだったが、
僕は彼に構わず声にならない声上げつつ何度も吐き続けていた。
それこそ胃から何も出なくなるくらいに。
「はっはっはー。 弱い、弱いな。 やはり人間は」
「何ぃ?!」
「人間はこういった精神的なものに非常に弱い。 彼が良い例だ」
吐き続ける僕を他所に、サングラスの男は自分の考えの正しさを確かめる様に笑っていた。
「な、何笑っとんじゃ? ワレ!!」
「・・・人間は、特に日本人は古くから死体を隠すのが得意な民族だ。
人が死ねば直ぐに葬式をして死体を箱に隠し、
あまつさえ生きている時と同じ様に化粧をして死体を死体でない様に更に隠す。
そしてテレビや新聞といったメディアが普及しても、決してその姿を世に現そうとはしなかった。
その結果が彼の様な「か弱い」人間を生んだのだ。
これ程滑稽(こっけい)な事で笑わずにはいられないではないか」
と、彼は今まで黙っていた時とはうって変わって喋り続けた。
「私は思ったのだよ。 人間が強くなる為にはどうすれば良いのか?
人間はただ肉体を鍛えたとしても決して強くはなれない。
あくまで強くなったとしてもそれは肉体的な強さであって、人間的な強さではないからだ。
今そこの彼が見せた様に、人間にはこういった精神、
つまり「意思」の脆さ、弱さが有る為、決して強くはなれないのだ」
「・・・」
静かな公園一帯に響く声で熱唱する男とは対照的に、
秋葉さんは僕の背中を擦りつつ男の話を聴き入っていた。
「だが、私は今この
死体を操り改造する事の出来る「悪魔の力」を手にしたことによって、
究極の人間を作り出す可能性を見出す事が出来そうなのだ!!」
その熱唱は大きく、胃の中を全て吐き終わった僕の耳にも聴こえていたが、
ようやく満足したのか、やっと口を閉じたのだった。
「お前・・・、何者や?」
今までチャラけていた秋葉さんだったが、その顔からはもう笑みは消えていた。
「私かい? 私は只の「か弱い」人間の一人だよ」
それは本当の事かもしれなかった。 だってここからでも分かる通り、
彼の身体つきはどうみても標準的な成人男性の肉付きには程遠く、
更にその黒いスーツの様な服装が余計に痩せた身体つきを表現していたのだから。
「・・・」
その男の言葉に警戒してか、秋葉さんは何も言わなかった。
「私はこれでも医者でね。 よく、宮下先生、宮下先生、と子供達には慕われているのだよ?
だからそんなに警戒しなくても大丈夫だ」
だがその言葉の意味とはうって変わって不気味な何かを僕達二人は感じ取っていた。
「けっ! 所詮実験材料としか見てへんのやろ? 宮下先生よ!」
嫌味も含めて男の名を付けつつ問い掛けた秋葉さんに、
まるでごく当然かの如く、そうだ、と返事を返した男だった。
「子供はいいぞ。 素直でいて尚且つ正直で扱い易い。
更に子供には大人に無い成長という可能性を秘めている。
これ程良い実験材料は無いからな」
と、言って、宮下と名のった男はくくくと低く苦笑したのだった。
「く、狂っとる」
思わず口ずさんだ秋葉さんだった。
「あ、秋葉さん」
「な、なんや?」
ようやく全てを吐いて落ち着きを取り戻しつつあった僕は、
僕に構わず戦って欲しいと言った。
「ああ、解ったで、真。 ゆっくりしとけや」
と、言葉は乱暴だったけど、秋葉さんの優しさは僕の胸に目一杯伝わり、
安心してその場に座り込んでしまったのだった。
「・・・で、そこの死体がお前さんの最強の人間ってやつか?」
僕の介抱を一旦終えた秋葉さんは、目の前で未だ無言に立ち尽くす死体をアゴで示した。
「いや、こいつはまだ何もしていない只の「死体」だ。
これから手を加えようと思っていたのだが・・・」
「そこへワイらが現れた・・・ってことか」
「そんな処だ」
死体を見ても尚こんなやり取りが出来る秋葉さんに、
僕はちょっとだけ彼の過去を疑ってしまったが、慌てて頭を振ってその思いを振り切った。
『な、何考えてるんだ、僕は!! 秋葉さんは僕達の為にどれだけ手助けをしてくれたか・・・』
そんな感じで秋葉さんに謝罪している事など知らない秋葉さんは、
いつの間にかに自分の腕の「悪魔の力」を発動させていた。
「じゃあワイが代わりにその死体に手を加えてやるわ。
まぁ〜、ワイは先生みたいに頭が偉くないから、上手く出来んかもしれんけどな?」
そう言ってはニヤリと不敵な笑みを浮かべたのだった。
「ふっ、意思が無くなった人間がどれ程強いのかを思い知るがよい」
と、宮下はまるでオーケストラの指揮者よろしく手の平を空に掲げた。
それに呼応する様に、秋葉さんも月明かりでキラキラと鈍く光る腕を構え相手の出方を待つ。
「さあ、始めようではないか、同志よ!!」
「ふんっ! 何が「同志」や?!」
そう返事をしたものの、既に秋葉さんは走り出していたのだった・・・。



今までに無いこの気色が悪く尚且つ熱い言葉の戦いでグロッキー状態の僕は、
この後に更なる激しく衝撃的な出来事を向かえる事をまだ知らなかった・・・。



To Be Continued・・・



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神の左手 悪魔の右手