| 球 歴 |
在籍期間 |
備考 |
| 日本大学藤沢高校 |
1977春-79年夏(S52-54) |
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| 法政大学 |
1980春-83年秋(S55-58) |
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| 日産自動車 |
1984-92年(S59-H4) |
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| 法政大学野球部助監督 |
1999春-04春(H11-16) |
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| 日本文理大付野球部監督 |
2004春- |
活躍中! |
| 高校時代の活躍 |
| 2年秋、1試合21奪三振を記録、2回目の県大会優勝に貢献。3年春、春季県大会初優勝。3年夏、3番エ−スでベスト4進出もジャンボ宮城擁するY校に惜敗。制球難も豪速球で投球回数(39回)を上回る奪三振(45奪三振)、準々決勝では本塁打も放った。 |
| 大学時代の活躍 |
通算30勝をマークするなど4回のリーグ優勝に貢献した。小早川
毅彦(広島−ヤクルト)と同期。木戸 克彦(阪神コーチ)とバッテリーを組んでいた3年春には、法政史上初の全勝優勝も経験。 1年生ながら秋季リ−グ戦で後半に4連勝し6勝(2敗)で法大の優勝に貢献しベストナインを獲得。 2年春にも後半に4連勝し6勝(3敗)、秋季リ−グ戦では、完全優勝は、逃したが開幕からチ−ム9連勝(自身開幕から5連勝で5勝(1敗))で優勝に貢献、2度目のベストナインを獲得。 3年春は、田中
富生との二枚看板で5試合に登板し4勝(0敗)し法大史上初の全勝優勝達成。 4年秋にも西川 佳明との二枚看板で4度目のリ−グ優勝に貢献。 大学通算58試合、16完投5完封、30勝14敗、340回1/3、95自責点、防御率2.51。ベストナイン2回(1980年秋、1981年秋)。 |
| 社会人時代の活躍 |
晩年にエ−スとして活躍し1990,91年と2年連続して神奈川ベストナインに選出された。 都市対抗では、1984,85,87,88,89,90,91,92年と8度出場。1年目の84年に優勝。87年は日本鋼管の補強選手として出場。 日本選手権では、1990,91年と連続出場。1990年には、初戦で完投勝利を挙げベストエイト進出に貢献した。1992年31歳で引退。 |
| 助監督時代の活躍 |
| 平成13年度春季リーグ戦優勝等に貢献。2004年1月31日付で退任。 |
| 監督時代の活躍 |
| ★情報お待ちしております。 |
| 和田 護に関する情報はROCKYのMOTTOにさん、柳川さん、QuickSilverさんにご協力いただきました。 |
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