1987.6月、鈴木博識監督が日大藤沢にやってきた。実力校とはいえ、優勝未経験だった同校を優勝させるためにだ。就任2年目の1989年夏に1975年以来の決勝進出、惜しくもサヨナラ負けを喫したものの、同秋季県大会で活躍、初の選抜出場を勝ち取る(1990年春)。1990年夏、前年覇者の横浜に2回戦敗退も、その後、ベスト8,4,4,準優勝、そして、“悲願の初優勝”(1995)
を達成、日大藤沢を去った。
日藤(日大藤沢の略)に鈴木監督を送り込んだのが日大人事なら、日藤から鈴木監督を引き抜いたのも日大人事。日藤OBではあるが、日大OBでない僕としては、鈴木監督の栄転を素直に喜べなかった。「せっかく強くなってきたのにー!」(笑)。
日藤初優勝時の野球部員を大量(6人)に日大野球部に進学させ、就任時2部だった日大を1部に昇格、6年目の春、“悲願の大優勝”をやってのけた。高校野球監督出身の大学野球監督は大成しないと言われるなか、完全Vチームを作りあげた鈴木監督はやっぱり“野球に憑かれた”偉大な方でした。
日大優勝の陰に、鈴木監督退任後、日藤野球部に入部した、館山、中川の存在があったのが、僕としてはもの凄くうれしいことでした。もちろん、打率5割・MVP獲得の林選手他、全国有力校出身の皆さんが、一致団結した結果なのは言うまでもありませんが...。
ここに優勝シーンを再現し、“新生日大誕生”を心よりお喜び申し上げます。 |