絲山さんの新しい小説「海の仙人」を読んだ。
<ファンタジー>という名前で呼ばれる、神様のような、亡霊のような、
藤子不二雄の漫画の登場人物のように抽象的な存在が主人公のもとに訪れて、物語は始まる。
宝くじで大金を当ててて、世捨て人のような生活を送る男が主人公。
ファンタジーの訪問を機に、偶然出会った年上の女性や、
主人公を気にかける職場の元同僚なんかが主人公の毎日に加わって、物語は動き出して行く。
平穏な生活に投げ込まれた石。波紋は広がるけれど、穏やかに収束していく。
何かがドラマチックに変わる事はない。
主人公とファンタジー達は旅にでかける。旅の途中で主人公の過去に出会う。
封印していたトラウマと主人公は向き合うが、解決はされない。
傷なのか病いなのかはわからないけど、それが確かに存在する事、ただそれだけを確認して旅は終わる。
元いた場所に戻ってくる。
突然に訪れた<ファンタジー>は去って行く。ドラえもんの第6巻のように。
そしてまた一人の生活が始まる。
色々な事があったけれど、それがいい事であったのか、悪い事であったのかはわからない。
なんでかはわからないけれども、裏日本の海岸を離れられない主人公がいて、
どこへも行く事もできない一人の男がいて、その事が何かの寓話のように伝わってくる。
<私たちはどこから来て、どこへ行くのか。>
昨日アマゾンの通販で買った映画「A」で
オウム信者の中年女性がそんな事をつぶやいていた。
私たちはどこから来て、どこへ行くのか。
繰り返された質問。あての無いロマンがかき立てられる。
僕らには、どこかに依って立つ「ふるさと」があって
どこか向かうべき「行き先」がある。そんな無邪気な思い込み。
そう思わなければやりきれなくなるから
一定時間をおいて、世界のあちこちで表現を変えて
そんな質問を繰り返してきた。
本当は僕らはあらかじめここにいて、
そして、どこへも行く事なんか出来ないんじゃないか。
どの宇宙からも遠くはなれた場所で、
偶然に発生して、ひとりで滅びて行くだけの存在。
そんな風に考える時がある
僕が旅に出る理由はだいたい100個くらいあって
ひとつめはここじゃどうも息も詰まりそうになった
ふたつめは今宵の月が僕を誘っていること
みっつめは車の免許取ってもいいかなぁなんて思っていること
僕は車にウーファーを(飛び出せハイウェイ)
つけて遠くフューチャー鳴らす(久しぶりだぜ)
何かでっかい事してやろう きっと
でっかい事してやろう
「海の仙人」を読んでいる間中、くるりの「ハイウェイ」を聞いていた。
1曲しか納められていないシングルを、繰り返しリピートしていた。
ポリスのように知的に気が狂った静謐さ。
お経のように平坦で、だけどロマンチックな歌声。
飛び出せジョニー気にしないで
身ぐるみ全部剥がされちゃいな
やさしさも甘いキスも後から全部ついてくる
全部後回しにしちゃいな
勇気なんていらないぜ
僕には旅に出る理由なんて何ひとつない
旅に出る理由が無いから、旅に出る。
出発する場所も、到着する場所もあやふやだ。
どこまでが日常で、どこからが旅なのかもよくわからない、
そんな毎日を送っている人。
旅の出会いのように、理由なく人と出会い
旅先の分かれ道で別れるように、近しい人とも呆気なく別れてしまう。
そしていつもの歌声が聞こえる
ああこの旅は 気楽な帰り道
のたれ死んだところが ほんとうのふるさと
ああ そうなのか そういう事なのか
僕には旅に出る理由なんて何ひとつ無い。