1124  「今日の一曲」「プロレス寅さん」に書いた文章。

 

 

  くるりの「ハイウェイ」を聞きながら絲山さんの「海の仙人」を読んだ

 

絲山さんの新しい小説「海の仙人」を読んだ。
<ファンタジー>という名前で呼ばれる、神様のような、亡霊のような、
藤子不二雄の漫画の登場人物のように抽象的な存在が主人公のもとに訪れて、物語は始まる。
宝くじで大金を当ててて、世捨て人のような生活を送る男が主人公。
ファンタジーの訪問を機に、偶然出会った年上の女性や、
主人公を気にかける職場の元同僚なんかが主人公の毎日に加わって、物語は動き出して行く。
 
平穏な生活に投げ込まれた石。波紋は広がるけれど、穏やかに収束していく。
何かがドラマチックに変わる事はない。
主人公とファンタジー達は旅にでかける。旅の途中で主人公の過去に出会う。
封印していたトラウマと主人公は向き合うが、解決はされない。
傷なのか病いなのかはわからないけど、それが確かに存在する事、ただそれだけを確認して旅は終わる。
元いた場所に戻ってくる。
突然に訪れた<ファンタジー>は去って行く。ドラえもんの第6巻のように。
そしてまた一人の生活が始まる。
色々な事があったけれど、それがいい事であったのか、悪い事であったのかはわからない。
なんでかはわからないけれども、裏日本の海岸を離れられない主人公がいて、
どこへも行く事もできない一人の男がいて、その事が何かの寓話のように伝わってくる。
 
 
<私たちはどこから来て、どこへ行くのか。>
昨日アマゾンの通販で買った映画「A」で
オウム信者の中年女性がそんな事をつぶやいていた。
私たちはどこから来て、どこへ行くのか。
繰り返された質問。あての無いロマンがかき立てられる。
 
僕らには、どこかに依って立つ「ふるさと」があって
どこか向かうべき「行き先」がある。そんな無邪気な思い込み。
そう思わなければやりきれなくなるから
一定時間をおいて、世界のあちこちで表現を変えて
そんな質問を繰り返してきた。
 
本当は僕らはあらかじめここにいて、
そして、どこへも行く事なんか出来ないんじゃないか。
どの宇宙からも遠くはなれた場所で、
偶然に発生して、ひとりで滅びて行くだけの存在。
そんな風に考える時がある
 
 僕が旅に出る理由はだいたい100個くらいあって
 ひとつめはここじゃどうも息も詰まりそうになった
 ふたつめは今宵の月が僕を誘っていること
 みっつめは車の免許取ってもいいかなぁなんて思っていること
 
 僕は車にウーファーを(飛び出せハイウェイ)
 つけて遠くフューチャー鳴らす(久しぶりだぜ)
 何かでっかい事してやろう きっと
 でっかい事してやろう
 
「海の仙人」を読んでいる間中、くるりの「ハイウェイ」を聞いていた。
1曲しか納められていないシングルを、繰り返しリピートしていた。
ポリスのように知的に気が狂った静謐さ。
お経のように平坦で、だけどロマンチックな歌声。
 
 
 飛び出せジョニー気にしないで
 身ぐるみ全部剥がされちゃいな
 やさしさも甘いキスも後から全部ついてくる
 全部後回しにしちゃいな
 勇気なんていらないぜ
 僕には旅に出る理由なんて何ひとつない
 
 
旅に出る理由が無いから、旅に出る。
出発する場所も、到着する場所もあやふやだ。
どこまでが日常で、どこからが旅なのかもよくわからない、
そんな毎日を送っている人。 
旅の出会いのように、理由なく人と出会い
旅先の分かれ道で別れるように、近しい人とも呆気なく別れてしまう。
そしていつもの歌声が聞こえる
 
 
 ああこの旅は 気楽な帰り道
 のたれ死んだところが ほんとうのふるさと
 ああ そうなのか そういう事なのか
 
 
僕には旅に出る理由なんて何ひとつ無い。 
 
 
 
 
 
 

田村の悪口を言う奴は許さない 〜金子達仁の高田本「泣き虫」立ち読み感想文〜

 
 
金子達仁の高田本について。
サッカーライターとしての金子の文章をそんなに熱心に読んで来たわけじゃないけれど、
金子がサッカー以外のネタを書くという事は、結構彼にとっても正念場であったはずだと思うんすよ。
サッカー文においては、70年代くらいのW杯からずっと見続けて来た<筋金入りのファンである自分>をアイデンティティとして、
「自分にはこう見えた」的な主観にこだわった切り口や、中田やその他の選手との近い距離感で売って来た金子が、
観戦者としての歴史や、対象に対する愛情も無い分野について書く。
じゃぁその対象にどうやって迫るのか。格闘技業界の人間とは違う、どういう角度で高田を切り取るのか。
そここそがライターとしての生命線じゃないのか。
普通はそう考えると思うんだけど、その自覚も気負いもアイデアも感じられないのが、本当に不思議。
 
なんかよく一般のライターがいきなりプロレスラーに八百長話を聞いて怒られた、みたいな話を聞くけれど
本当はその方がライターとしては正常だと思うんすよね。
別に知識や、理解が足りない事は、ライターにもある程度の知名度がある場合、そんなに障害にはならない。
ていうかある種の武器にすらなると思うんすよ。
高田にとってワークって何か。それだけでも一冊の本になるでしょう。
それは高田にとってプロレスとは何かって事なんだから。
新日との交流の時、最初に武藤に負ける事にした話でも「考えが甘かった」ですませていいのかー
お前の考えが甘いわ、金子。とことん突っ込めよ。
後書きで「夏休みの宿題」みたいな比喩を使っていたけれど、本当に悪い意味でそんな感じ。
ジャーナリスト専門学校の優秀な生徒の優秀な課題論文。大丈夫なんでしょうか、彼の将来は。
僕が心配する事もないんでしょうけど。
プロレスの場合、ある程度の年の男子の場合「ああ、俺も小さい頃見てたよタイガーマスク」みたいな感じで
中途半端に知ってる気になるのがよくないのかもしれないっすね。
でも後書きに書かれてる受注のいきさつを読むにつけ、確信しました。
こいつはプロレスをなめてる。そしておそらく、ライターとしての自分の仕事も。
 
基本的には立ち読みの記憶をベースにして偉そうに書いてるんすけど、もう一つだけ。
自分がやってきたワークについて書いたりするのは、全然高田(金子)の自由だし、どんどんやればいいと思うんだけど、
前田の在日の話を書くってのは、ちょっと軽すぎるし、失礼な話なんじゃないかなぁと僕は思いました。
僕らはすでに知っているけれど、この本で初めて知る人は当然いるだろうし、ねぇ。
前田が怒っても、ここについては文句は言えないと僕は思いました。
自分から言い出す事と、他人が(しかも高田じゃない金子が)書くのとは全く意味が違うんじゃないかなぁと。
本人に何らかの了承を取ってればいいけれど。
 
まぁ基本的には幻冬社の悪い面が出たなぁって感じっすね。
いや、もっとちゃんと読めば違うのかもしれないんで、明日買ってみようっと。
 
それにしてもこの本の最大の欠点が田村が悪者になっている点であり、
僕の批判の最大のモチベーションとなっている事は言うまでもない(まえだ談)
 
  
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