1 リンダリンダラバーソール
浅草と山谷の間の住宅地に、小さな神社がある。
「飛び不動」という名前のその神社は、航空関係の安全祈願や就職祈願を叶える神様だ。
エゾロックの前日の木曜日。僕は奥さんと車でそこへ向かった。
北海道への旅の安全祈願をしたい、と奥さんが言い始めたのは前日のこと。
最近あまりに僕が優しいので、なんだか事故が起こるのではと不安になったのだと言う。
僕はまさか、夏休みに一人で二泊三日の旅に出る前に、変に機嫌を損ねてはいけないと思ったから、
などとシュートな本音を言うわけにも行かずに、
「何言ってるんだよ、いつも優しいじゃん」などと言いながら、おとなしく二人でお参りに行った。
奥さんが真剣に祈る姿を見ていたら、何だか申し訳ない気持ちにもなった。
金曜日は早朝に家を出た。
新しく買ったザックに詰め込んだのは、寝袋と着替えと、紙プロと大槻ケンヂの「リンダリンダラバーソール」。
オーケンの本は、身近な人の何人かが面白かったというので買ったのだ。
バンドブームの盛衰に自分の青春を重ねた自伝的な一冊。
帯には「自分はこの先どうなるんだろう、とぼんやり思うすべての人へ」とある。
オーケンの本は結構読んでいるので、そんなにびっくりした話が出てくるわけではないんだけど、
登場人物の言葉がいちいち胸に刺さる。
オーケンにねたみのイタ電をかけてきた男の言葉。
「オレは成功するんだ。オレはやれるんだ。オレにはなにかあるはずなんだ!
なぁ教えてくれよオーケン、どうして同じことをやっているのに、うまくいく奴とダメな奴がいるんだよ?
どうしてオレがお前でお前がオレじゃねーんだよ?
なぁオーケン、オレらって不平等な世界に生きているよなぁ。そう思うよなぁ。だから歌ってるんだろうなぁ。
・・・・オレ意外とお前の歌好きだよ」
追っかけの女の子の言葉
「ってゆーか・・・ジーナだって本当はバンドマンの彼女になりたいわけ、
ってゆーか女のコの多くはみんなそう思ってライブ観に行ったりしてるわけ。
でもダメなコがたいがいなわけじゃん?ってゆーかジーナもダメだってことわかってるし、
彼女になれるコは私たちと違ってなんだかスゴイとこがあるってわけでしょ。ジーナは尊敬してる。
そーゆーコを尊敬してるしエライって思う。
そんでジーナとかファック隊がダメな分、そーゆーコには幸福になってほしいと思う。
ってゆーか、ジーナとかファック隊もそーゆーコも、抱えている夢は同じなわけだから、
その夢はちゃんとかなえられた方がいいと思う。
でないと私たちはみんなミジメになってしまう」
そしてオーケンの彼女の別れ際の言葉
「でも、もう駄目だね。
みんな一緒に大人になっていくのに、大人になったら離れていくね。好きな同士でも差がついてしまうね。
競争なんかしたくないのに、並ばされてスタートさせられて、どこがゴールかもわからないのに、
追いついたり追い抜かされたりして、そのうちそれぞれが生き方も考え方も変わっていって、
好きって気持ちがただ一つあるだけなのに、周りはそう思ってくれないね。
今、君は自分の位置がわからなくて心配で、そんでバカばっかやっているんだろうけれど、
コマコはコマコで、自分がどこくらいの場所にいるのかわからなくてつらいんだよ。
みんなそれがわからなくて寂しいんだよ。
だから君も、もう少し、しっかりしなよ」
10年前の言葉をそんなにはっきりと、覚えているはずがないから、
たぶん、これはオーケンの中の言葉でもあるんだろうなぁ、なんて、そんな事を考えながら
山手線に乗って、飛行機に乗って、また電車に乗って、会場を目指した。
ちょうど会場の駅「麻生」に着く直前に本を読み終えた。
物語の最後は、筋肉少女帯を解散し、新たなバンドを始めたオーケンのライブで
別れた彼女と久しぶりに再会するシーンで終わる。
「きのうのライブはよかったよ。いいねバンドの人たちは、いつまでもバカなことやっていられて。
それってすごいいいことだってきのうあたしは思ったよ。神様が君たちに一生バカやれる権利を与えてくれたんだよ。
それ君たちは大事にしなきゃ駄目だよ。私も観ながらなんか昔に戻っっていったよ・・・」
僕は何を選んだのか。何を選ばなかったのか。
あるいは、何に選ばれたのか。何に選ばれなかったのか。
そんな事をぼんやりと考えていると、心がどんどん手に負えない感じになっていく。
広い野原にただ一人取り残されたような、取り返しの付かない過ちをしたような、さびしくて不安な感じ。
そんな感じになるのは、決して初めてではない。
普段の生活で何かのスイッチを切っているから忘れている、そんな感覚を久しぶりに思い出していた。
麻生駅には、シャトルバス待ちの行列がすごい事になっていた。
1時間くらい並んで、バスに乗り込んだ。バスは町中をどんどん外れて行った。
もうすぐ会場だ。
2 KNOCKIN' ON HEAVEN'S DOOR
会場に着いたのは12時半くらい。迎えに来てくれた高市氏にチケットをもらい入場する。
一度装着したら、引きちぎらないと外れない、パス代わりのリストバンドをはめると、
ライジングサンが始まったんだなぁという気分になる。
去年もお世話になった高市氏の北海道の友人に出会う。
サーファー向けの気象予報会社に勤めるカラサワ君と、つのだ☆ひろのローディーをやっていたというヒロ君。
二人とも、ラフな感じの気が置けない人柄で、僕はすっかり昔からの友達のような気分になった。
ライブの開始は15時。近況を話しながら、テントの設営なんかをしているうちに、わりに早く時は過ぎてゆく。
心配していた寒さも、日中はかえって丁度いいくらいだった。
最初に観たのはガガガSP。EARTH TENTはライブが始まる前からすごい事になっていた。
メンバーいないのに、いきなり大合唱。完全に出来上がっているのである。
バンドの存在自体を最近知った僕は、良いバンドだとは思っていたけれど、そんなにすっごい事になる程なのかがわからず、
なんだかとまどってしまった。
そーこーしてるうちに、メンバーが登場。もうW杯のような状態になる。
当然まえだ君は若干引いてしまうのである。
いやライブは良かったっすよ。
ハイパーな憂歌団という印象のボーカルが
「情けなくてもいいじゃないか」みたいなメッセージを、ブルーハーツ直系なバンドサウンドで叩きつける。
でも僕はやっぱり微妙だった。
ハイライトナンバー(なんだと思う)「弱男」の歌詞。
「行けよ男たち 山を越え谷を越え 中途半端なまま突き進め それが人間だ。
言いたい事があれば その場で叫ぶんだ。後で土下座でもすりゃいいさ。それが人間だ」
なんとなく微妙な自己肯定の匂いがして、引っかかってしまうんすよ。
そんでそれを観る方も、笑いながら共感するくらいの感じであればいいんだけど、ストレートに盛り上がってどーする、みたいな。
いや、まぁ乗れなかった人間のひがみっつーことで、ひとつ。
(なんだか文体がメチャクチャだ)
つーことで、微妙な印象を残しつつRED STAR FIELDへ向かう。
ここは小さめの屋外ステージ。所々に干し草みたいな塊があって、そこに乗っかって見る事もできる。
バンドマン、ヒロ君の「そうる透が見たい」という主張の元、「03」というバンドを待つ。
そうる透、16歳で頭脳警察、伝説のドラマー、だそうである。
僕にとってはマーシーの3rdソロでドラム叩いていた人という認識だったりもするが。
ステージ上には、楽器に全く無知な僕でも「おいおい」と突っ込みたくなるほど、すんごいドラムセットが並ぶ。
なんつーんですか、普通のドラムセットのパーツが、それぞれ3つずつある感じ。
ヒロ君は、むかし友達がそうる氏のローディーをやっていたそうで、
あまりに楽器の調整にうるさいので怒って辞めたんだ、みたいな話を聞きながら登場を待つ。
午後4時を過ぎたあたりでライブが始まる。ヴォーカルは高市氏曰く「NAONの野音」風の女性。
あとでパンフを見たら、「03結成の為に、留学先のバンクーバーから呼び戻された無名のヴォーカリスト古市旬子」だそうだ。
なぜ無名の女性を呼び戻す、そうる透。しかも別にパンフで「無名」を強調しなくても。
謎だ。
んで、楽曲はSUPER JUNKY MONKEYっぽい感じ。ふーんと思いながら見ているとメンバー紹介が始まる。
なぜかヴォーカルの自分をあっさり紹介し、最後にベースを紹介しようとするヴォーカル古市。
またもや謎だなぁと思っていると、いきなりすんげーベースソロが!
なんか派手な黒人だなぁと思っていたベースは、スティービーサラスなんかのバックでやっていたT・M・スティーブンス、らしい。
そうる透のドラムと絡みあったベースソロは、バッキバキで本当に格好良かった。
ヴォーカルも結構いけてたりして、いやもう二人でやるのが一番いいんじゃないかいという印象。
ライブが終わると、だんだん気温も下がってきていた。
これは夜は寒くなりそーだなーと思いながら、ふらふらとさまよい歩く。
アーティストのTシャツ売り場はどこも満杯だった。各バンドのピンバッチを当てるガチャガチャにもすごい行列が。
ほえーと思いながらビールを買って、さらにほてほて歩く。
次は遠藤ミチロウと中村達也の「TOUCH ME」を見るって事だったよなーと思い、二人を捜しにRED STAR FIELDに戻る。
だけど、さっきより観客が増えていて、見つからない。ありゃーと思いながら一人で見る。
僕は80年代には邦楽全く聞いて無かったので、(つーか長渕剛やアルフィーのファンだった・・・・)
STALINなんかも全然聞いたことがない。
高校時代に友達の宮山君が、
「スターリンはスゴイぜ。仰げば尊しをパンクでやるんだぜー」なんて言っていたのをぼんやりと思い出す。
ライブは格好良かった。昔の曲なのか、新曲なんかもよくわかんなかったけど、
達也の暴走するようで抑制されたドラムと、
ギターを抱えたパンク老人といった風情のミチロウのボーカルは意外に相性が良かったように思う。
最後「天国の扉」の日本語のカバーをミチロウが歌った。
「お前は一人で死ぬのか 象のように隠れて死ぬのか 親に見守られて死ぬのか
恋人に忘れられて死ぬのか Knock knock knock'n on heaven's door 俺は天国の扉を叩き壊す!」
それまで「万国の労働者よ団結せよ」てな歌詞でもムリヤリ盛り上がっていた客も、立ち尽くしていた。
ミチロウの事はよく知らない。だけどこの歌を彼が一人で歌う姿を見ていたら、
彼が単独者として生きてきたであろう歴史は、なんとなく伝わってきた。
「孤立せよ」
福本伸行が「涯」で描いたメッセージを、このフェスの間、何度も思い出した。
参加・共有・感動・一体感・・・・・
なぜそんなに「一つになる事」を追い求めるのか。
それは去年のプライドの会場で感じ始め、W杯のパブリックビューイングで頂点に達した違和感と同質のものだ。
むしろ僕らはもっと、バラバラにならなければならないんじゃないか。
1970年代に書かれた早川義夫の言葉。
「プロとアマを問わぬフォーク活動家の皆様。別に理由はないのですが、散ろうではありませんか。
僕らはもっと寂しくなるべきです」
僕はミュージシャンのように歌えない。
サッカー選手のようにピッチに立てない。
格闘家のように闘う事はできない。
でも、ロックでありたいし、プレーヤーでありたいし、ファイターでありたいと思うのだ。
そして、そうである事は可能だというメッセージを受け取ってきた。
そして
ステージに立っている者を見るという事は、そこにいない自分を逆に問い返される事だ。
「お前はそんな所で、何をしているんだ?」
僕にとって日本語のロックとは、そういうものだ。
(なんて事をはっきりと考えたのは、もちろん帰宅後の事です)
「天国の扉」を歌い終えるとミチロウ老人は気持ちよくなってしまったのか、
「おまけ」とかわいく叫んで「仰げば尊し」をジャカジャカ歌い出した。
達也は相当驚いてあわてて付いてきていた、というのは高市氏の観察。
ライブが終わると、もう夕暮れの風になっていた。
はぐれた友達と連絡を取って、駐車場にバーベキューセットを取りに行った。
(後編はこちらです!)