田村離脱に寄せて


田村ついに離脱。泣きました。
 

 
ついに来てしまった、この日が。
田村がフリーとして独立した。
オフィシャルの文章はちょっと回りくどいけど
つまり「フリーとして独立。しかしリングスに参戦する意志はある」という事なのだろう。
その事実を好意的に受け止めようとは思う。
消化するには時間がかかりそうだけど。
 
<卒業>という言葉を、オフィシャルでは使ってあった。
かつて「UWFは学校のようなものだった」と誰かが語っていたのを思い出す。
今回のことでリングスの危機が語られるだろう。
しかし、そんな事は僕には問題ではない。
今はただ胸が苦しい。
 
リングスの5年間を田村は文字通り駆け抜けた。
 
96年 フライ戦での鮮烈なデビュー。
    メガバトルトーナメントでは山本宜久との第一戦。一瞬時間が止まった飛びつき逆十字。
    コーナーに駆け上がっての咆吼。投げ捨てられたUインターのジャージ。
97年 前田日明との一騎打ち。渾身の左ミドル。
    そしてヴォルク・ハンとの名勝負。進化したサブミッションレスリングを提示。
98年1月 メガバトルトーナメント優勝。黄金期。しかしオーフレイムに膝を破壊される屈辱。
98年7月 前田日明リングスラストマッチ。セミファイナルのマイク。
99年   山本、高阪と演じたフルタイムの死闘。「リングススタイル」の完成。
      後楽園ホールに響き渡る大「リングス」コール。
 
そして2000年、武道館に鳴り響いた「UWFのテーマ」。
KOKでの苦闘。初めて浴びせられた罵声。
 
何も見ないでも書き続ける事ができる田村の歴史。
間違いなくこの5年間のリングスは「田村の時代」だった。
つまりリングスの歴史の半分を田村が支えてきたという事だ。
僕の中でその事実は、どんな誹謗にも輝きを失うことはない。
 
しかし、
それでもこの苦しさは消えない。
10周年記念大会のリングに田村は立つのだろうか?
 
「リングスの田村じゃなくて、田村のリングスにしたい」と語っていたあの頃の田村の夢。
「赤いパンツの頑固者」での前田日明との対談。
饒舌に語る前田に対して、「は」としか答えられなかった田村。
前田から贈られた金のロレックスを、田村はこれからどんな気持ちで見つめるのだろうか。
 
「起きてしまった事は全て良い事なのだ。時はそのように流れる」
 
悲しいことが起こる度に、いつも思い返す言葉
再び前田日明の前で散らばっていく絆。
  
せめて
田村と前田の最後の会談がお互いにとって納得のいくものであったことを、
これからもいい関係を築いていける別れであったことを願う。
 
本当に
心からそう思う。
 
 

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