田村が負けた。ショックではあるけれど、意外ではない。そんな感じである。
シウバ戦の時の飯も食えないほどのショックとは明らかに違っている。
なんとなくこの結果はどっかで予測していた気がする。
そして、もしかしたら田村も同じではなかったか。
なんか、そんな妄想すら浮かぶのである。
U−FILEオフィシャルHPの「田村日記」。田村は今回の決定をこう書いている。
先日、DSEより6.23プライド21のオファーがあった。
対戦相手3人位リストをあげられていた。
前日(22日)にU-FILEの大会があり、U-FILE会議の結果、パスする事に決めた。
がしかし先週、再度オファーがあった。
悩んだ末に、U-FILEとして3つ位の条件を出したら「その位ならOKですよ」と簡単に返事が返ってきた。
「うわっもう少し理不尽言っとけば良かった」と同時に、「断る理由をなくしてしまう」と思った。
6月14日の日記である。つまり試合のオファーは2週間前。
考えられる事は、田村がボブ・サップを「勝てる相手」と見ていたか、
ある意味「負けてもいい」博打として出場したか、のどちらかだと思う。
そして、田村の性格からすると、その両者のミックスされた気持ちの中で今回の出場は決められた、ような気がしてならない。
まず前者の「敗北」の意味を考えてみる。
「ファンに夢を与えたい」と言い続けてきた田村。
それは見る側の想像に応える、あるいは想像を超える結果を出す事で実現されてきた。
自らもプロレスファンであった田村は、その目的を絶対のテーマとして行動してきた、と思う。
そして体格的に突出した物を持つわけでもない田村を唯一無二の存在としてきたものは、
自らが出陣する勝負を選ぶ際の、自己認識と状況認識の正確さであったと思う。
さらに付け加えるならば、自己の読みに全てを賭ける事ができる、勝負師としての思いきりか。
ヘンゾ戦もパトスミ戦でも、ある種相手の力と自分の力を読み切って、
「これなら勝てる」あるいは、「勝てる可能性はある」という認識に立ったなら、そこに全てを投入する。
それが田村の今を生みだしてきた、勝負師としての生き方であったように思う。
そういう意味ではシウバ戦、そして今回の敗北は、選手田村の敗北であると同時に、田村の「見切り」のズレが露呈した試合でもあったのだ。
それは、田村という選手の成り立ちを考える上で、かなり大きな意味を持っているように、僕には思う。
22日発売の紙プロでのファンに対する発言を引用する。
(テレコに向かって)わかったかこの野郎! さっきのゲームの話じゃないけどさ、自分の思った通りに動くと思ったら
大きな間違いだから。
(テレコに向かって)この野郎、やってみろ!
2001年4月のシム戦で観客にかみついた時以来、繰りかえされてきたファンに対する苛立ちの言葉。
現在の格闘技の現実において、自分の試合そのものによって「夢」を与える事の難しさを、田村は少しづつ認識していたのではないか。
それがはじけたのがシウバ戦だったか、今回の敗北だったか。あるいは、まだ田村の中で破綻していないのか。
実際の所はわからない。
しかし無意識の感覚の中で、田村はそれを認識して行動しているように、僕には思える。
そしてそれは、今回の敗北のもう半分の意味につながってくる。
「U−FILEとして」PRIDEに出した3つの条件。それは何であったのだろうか。
一つは体重差を考慮したルール変更だとして、
おそらくその中には、PRIDEや「THE BEST」へのU−FILE選手の出場が入っていたのではないかと想像する。
もっと深読みすると、1回目のオファーを断り2回目のオファーを受ける際に、
その間に、DEEPでの上山の優勝があった事は結構影響していたのではないか思えるのだ。
再び田村日記から引用する。
上山の試合が良かった!
良かった、本当に良かった!
上山は苦労人、今時には珍しく辛抱強い。
怒る時はよく怒った!
今はジムが乱立していて新弟子と言う修行をしなくても試合が出来る!
だから上山は最後の新弟子世代。
もう一人は滑川、僕はそう思う。
たいした二人だ。
上山とはもう付き合いがトータルで7年弱。
何気に長い。
U-FILEになって第1号の僕の付き人!
昔を知っているだけに、今日は凄い嬉しかった!
本当に感動した!
だから今日だけは、今日だけは上山day。
明日からまた新たな戦いがはじまる。
優勝の瞬間、上山と抱き合って喜んだ田村。
今年4月にU−FILE主催興行が始まり、
6月には、U−FILE CAMPの指導体制もこれまでの田村、上山などに加えて、
長南とか大久保とか西内など大幅に指導者が増えた。
田村の一連の動きは、何かを引き継ごうとしているように僕には思える。
そしてそれがある程度の結果を見せた中で、
長南などの有望選手が育ってきた中で、
田村は次の世代の為の橋頭堡、あるいは「捨て石」となる事を考え始めているのではないか。
色々と考えを巡らせていると
すぐに冒頭の問いに戻ってくる。
なんで僕は今日の敗北が、シウバ戦ほどショックでは無かったのだろう?
シウバ戦の時の田村は、敗北後の事なんか想定しないで戦ったように思う。
だけど
今回の田村は、
もちろん負けるつもりで戦ったわけでは無いにしても、
負ける可能性も含めた上で、勝負の場に向かったような気がしてならない。
そして
そういう姿勢で戦いに臨んだ田村を見るのは、初めてのような気がする。
悲しいけれど書く。
本質的な意味での選手田村の終わりの時は、そんなに遠くないような気がする。
それが今日であったような気すらする。
(2002・06・24 AM2:15 推敲せずにアップする)