「線はのびていく事ができるが、点は、のびようがない。
しかし、点は爆発する。」(早川義夫)
まさに電光石火。それは一瞬の出来事だった。
試合開始直後、大振りで飛びかかって来た冨宅をいなした田村が、
左右の掌底連打からの左ミドルを入れた。
崩れ落ちる冨宅。鳥肌が立った。
田村はまたギアを上げて、突き放しにかかった。
冨宅を、じゃない。U-STYLEの後輩や、僕達のような客を、そしてもっと大きなものを。
田村は何年ぶりかに取り戻した体のキレとスピードで、全てを一瞬で蹴散らして彼方に置き去りにした。
U-STYLE大阪大会。セミファイナルまでに会場は出来上がっていた。
田村の大阪での試合は、2000年8月のミレティッチ戦以来の3年ぶりの事。
Uのテーマに素直にどよめき上がるような、そういった観客の熱気が梅田ステラホールを開演前から包んでいた。
入場セレモニーは冨宅。「次回の大阪大会に来てもらえるようなファイトをしたい」みたいな事を言う。
ん? 君に次があると誰が保証したの?微妙な違和感が走る。
冨宅の大会前からの発言の微妙なズレのようなものは、一つの伏線になっていたように思う。
大会は第1試合からテンションの高い試合が続く。
越後と木村の試合からは、前座にふさわしいひた向きさが伝わって来たし、
藤井克久はU-FILEの吉田を完膚無きまでに叩き潰し、田村への挑戦を無骨にアピールした。
大久保一樹と原学の試合は、ちょっと試合を作る事を意識しすぎている感もあったが、
「段取りがあっても、絶対に覚えきれないだろうな」と感じさせる天然・大久保ちゃんのおかげで(?)
違う意味で、興味を途切れさせない。
そして第4試合。三島☆ド根性の助VS佐々木恭介。ここからもう一つレベルが上がる。
リングに上がった佇まいだけで、空気を作る事ができる男たちの試合。
三島の握手を不機嫌そうにいなした佐々木は、
田村ばりのキレのあるムーブと、TKのような球体の身のこなしで三島を追いつめていく。
三島ももちろん負けてはいない。
足をねじりきるような関節や、全身これバネといった感の打撃で佐々木を振り切ろうとする。
田村戦で見せたスタミナ切れは見せない。
特に、高速かつ低空で叩き付けるジャーマンの説得力は並大抵ではなかった。
殺気の込められた技術の攻防。ロストポイント1を争う展開になっても、予定調和を感じさせる事のない展開。
田村が前二回の大会で見せた試合のレベルに田村以外の選手が到達した、初めての試合だったと思う。
そして第5試合は、坂田の伊藤へのしごきマッチ。
声を上げながらがむしゃらに突っ込む伊藤を、坂田が意地悪くハードヒットで返していく展開は
もちろん予想通りのものなんだけど、
二人のたどってきた歴史と、伊藤の必死さが、予想を越えるリアリティを試合に作り出していた。
そう、実は第5試合の時点で僕はかなり満足していた。
そして前の2試合によって、尻上がりに上げていった会場のテンションの中で、田村はどういう試合をするのか。
不安に似た気持ちさえあったのだ。
その中でのあの電光石火だ。
田村は後輩たちがようやく追い付いて来たU-STYLEを、一瞬で過去のものへと変えた。
試合は完全な田村の独壇場。左ミドルで、膝蹴りで次々にダウンを奪う。
冨宅の攻撃は全く受けない。必死の掌底もダッキングで完全にかわしてみせる。
息を乱し、肩で呼吸しながら連続してポイントを奪って行く田村。試合を188秒の完封劇で終わらせた。
なぜそうする必要があったのか。よくよく考えるとわからない。
相手の意地の攻撃も1ポイントくらいは受けてやるんじゃないか、そんな予想も最後まであったのだ。
でも、そうしなかった。冨宅にしてみても、呆気に取られるうちに嵐が通り過ぎた、そんな感じだったんじゃないか。
理不尽のようでいて、完全な説得力。物語や理屈が追い付く前に、感覚が納得する。
恐らく田村の中では、Uの同期生という大前提のストーリーと、
冨宅の試合前のピントのずれた言動(「田村をロープに振る」)への違和感、
そしてこの大会のセミまでの流れが、複雑に醸成されていたのではないか。
それが試合開始直後、冨宅の特攻的な攻撃をかわし、そのレベルを見切った瞬間に
全ての焦点が合ったのだと思う。
あの瞬間の完璧な答えは、これだと。
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田村というのは、一つの点である。
いくらジムや後進の為の道筋作りに尽力していようと、
田村の本質は「線」ではないのだ。
一つの行動、一つの試合、そして一つのムーブによって、
本能的に「今、求められているもの」を見抜き、提示する。その感受性と表現力が全てなのだ。
もっと言えば、「線」としての物語やアングルを積み重ねていく事。それはレスラーのなすべき事ではない。
硬化した世界のありよう、誰かが敷いた道筋、そういったものの土俵を、一瞬で異化する「点」としてのアクション。
それこそが表現者としてのレスラーが示すべきものなのじゃないか。
そういった意味では、田村の言動が解読困難である事は、むしろ絶対条件なのである。
今回の試合だって、意味は完全にはわからない。
だけど、だからこそ、僕らは考えるのだ。
そしてそれこそが喜びなのである。
田村は今、過去3年間でも最高のコンディションである。
肉体だけではない、精神面でもかなり高い状態を保っている。
間違いなく田村は今、何かに焦点があっているのだ。
そしてそれが何かは、まだはっきりとはわからない。
だけど、これだけは言える。
今の田村から目を離してはいけない。
今の田村は、何か大切な問題へのヒントの固まりのように見える。
その答えを、僕は考えていたい。