| ヒヨコ(hiyoko) → ヒヨコさんは、現在コシエミコに改名しました 某地方大学内の大学発ベンチャー企業に勤める一社員 夢は、有吉佐和子や、山崎豊子のようなノンフィクション作家になること この作品は、その第一歩となる処女作です。 ヒヨコさんがどうして、この作品を書くにいたったかについて知りたい方は、ここをクリック |
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●プロローグ ●ヒヨコがベンチャーに入るまで 1、ベンチャーの社長 2−みんな素人 3−大学と会社 4−会社の軸 5−自分の軸 6−ほうれん草 7−問題に火をつける ●あとがき |
このレポートは、大学発ベンチャー企業での体験談です。 「ヒヨコ」がコーチングを受けながら書きました。 ヒヨコは、ある大学の研究室が設立した、ベンチャー企業で働いています。 設立時からこの会社(タンポポ社:仮名)に関わりました。 そして、混乱に巻き込まれながらも、様々な体験をしました。 ■社長が自社能力を超えた仕事をもってくる → 深夜残業の連続! ■大学の先生が、会社のことを分かってくれない → 会社と大学の板ばさみ! ■会社の方針が見えない → これからどうなるの? ■上司のやる気が感じられない → 相談する人がいない! こんな状況下でヒヨコは、 「なんでこんなにしんどいのよー!」 と怒りを感じることばかりでした。 「やめたい、、」 と考えたことも一度や二度ではありません。 こんな気持ちで毎日を過ごしていたものだから、 「ヒヨコさん、白髪が増えてきたんじゃない?」 とまで言われてしまいました! こんな状態から抜け出したい、どうにかしたい、こんな気持ちがピークの頃。 テレビで「コーチング」について見かけました。 「コーチってスポーツ選手だけのものじゃないんだ。 自分の人生や目標をコーチしてくれる人がいるなんて、私もぜひ受けたい!」 そう思って、ネットで調べているうちに、最上コーチのHPに出会いました。 「わらにもすがるような気持ち」で、ヒヨコのコーチングが始まりました。 そして、コーチングを受けながら、職場の問題点について考えてまとめたのが、 このレポートです。 そんなヒヨコからのメッセージは、この2つです。 「会社を立ち上げるのってほーんとに大変です!!」 「でも、楽しいよ♪」 これらを伝えたくて、「ヒヨコが見たこと」を7つのテーマにまとめました。 |
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●プロローグ ●ヒヨコがベンチャーに入るまで 1、ベンチャーの社長 2−みんな素人 3−大学と会社 4−会社の軸 5−自分の軸 6−ほうれん草 7−問題に火をつける ●あとがき ヒヨコさんへの頑張れ!メッセージは、こちらから送ることができます >>> |
ヒヨコは、研究者を目指し、大学院で化学分析を専攻していました。 しかし、実際に大学院に入ってみると ■強圧的な教授 ■研究室の閉鎖的な環境 ■深夜・土日まで続く実験、生活 に辟易し、「私は研究者は向かない!」と、すっかり興味を失ってしまいました。 ちょうどその頃、大学院の研究室で一緒だった先輩(女性)が、ABC社(仮名)を紹介してくれました。ABC社は化学分析を行う会社でした。化学分析は、ヒヨコの専攻なので、面接だけでABC社に入れてもらえるとのことでした。 ヒヨコは、「ともかく社会に出たい。働いてお金を貯めたい!」 とABC社への入社を決めました。 実際、入社してからは想像以上にABC社は厳しいところでした。 そして、ABC社は、ヒヨコの地元から遠くはなれていました。 実はこのとき、ヒヨコは、地元に恋人を残してきていました。 地元では仕事が見つからず、悩んだ末、遠く離れたABC社に入ることを選んだのでした。 遠く離れて仕事をし始めてから、ヒヨコと恋人との関係はだんだん悪くなる一方でした。 日々のお仕事はがんばってはいましたが「このままABC社で働くことが自分の希望なのだろうか、、」という疑問が生じてきました。また、恋人との関係がうまくいかないことで、ますます自分を見失っていきました。 仕事から家に帰っても一人。周りに友達はいませんでした。電話では、恋人と喧嘩ばかり。遠く離れているので、簡単に会いに行くことはできません。そして、朝になると厳しい仕事が待っています。そんな毎日の繰り返しでした。 これでは、仕事にも集中することができなくなります。ヒヨコは、恋人と喧嘩したまま、遠くはなれたところで休日を過ごしても、ちっともおもしろくありませんでした。それでも「なんとか頑張らなくては!!」と、ヒヨコは踏ん張っていました。 そんな毎日が4ヶ月続いた頃、ヒヨコはとうとう体の調子を崩してしまいました。 病院に行くと、ストレス性の急性胃炎と診断されました。精神的にもかなり疲労しているということで、鎮静剤入りの点滴が打たれました。その点滴を打っている時、ヒヨコは涙が止まりませんでした。 「こんな思いはもう二度としたくない。。もう会社を辞めて、地元に帰る。。」 地元に帰ってからの仕事はどうするのかは、考えられませんでした。 とにかく帰るんだ、ただそれだけでした。 しかし、いざ辞めるとなると、ヒヨコのわがままを言わなければならず、ABC社を紹介してもらった先輩や、お世話になっている社長さんには本当に申し訳なく、なかなか切り出せませんでした。 けれどもやっぱりどうしても、今の気持ちのままで、お仕事を続けることはできません。 ヒヨコは、恋人のことや、自分がやりたいことと少し方向性が違うことを社長さんにすべて話しました。社長さんは、もちろん、はじめは驚いていました。けれども、 「お仕事も恋人もどちらも大切ですよ。結婚しても仕事は続けた方がいい。 女性も自立しなければならないよ。ヒヨコさんも、 もしまたこの会社でがんばりたいと思うときがきたら いつでもまた挑戦しにきてください。そのときはまた一緒にがんばりましょう」 と言ってくださいました。 ヒヨコは、本当に本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら、その心の広さに、ただ深く頭を下げるだけでした。 短くはありましたが、ABC社で過ごした時間に心から感謝していました。 ヒヨコは地元に帰ってきたものの、まったく仕事のアテがありませんでした。 すぐには見つからないだろうな、、と派遣会社のホームページで、仕事探しをしていたとき、「大学研究室での研究補助」という文字がヒヨコの目に飛び込んできました。 今まで嫌になって諦めたはずなのに、なぜか「研究」という言葉に心惹かれました。 また、ヒヨコには「社会人としての勉強をしていきたい、お金を貯めたい!」という気持ちが、強く残っていました。 すぐに仕事を始めることに戸惑いを感じながらも、ヒヨコは、このお仕事に興味を持ちはじめました。なにしろヒヨコの地元で仕事を探すのは大変です。ここで、仕事を見送ってしまったら、次はもう仕事が見つからないかもしれない。。ともかく面接だけでも受けてみよう、とさっそく派遣会社に登録を済ませました。 そのお仕事は、ヒヨコが経験したことのない分野の研究でした。けれども、これまでやってきた化学分析の経歴を買われたのか、数日後、ヒヨコは「採用通知」を受取りました。 運が良いことに、ヒヨコは地元に帰ってきて間もなく、新しい職を得ました。 ヒヨコが補助員として研究室に入って間もなく、その研究室がベンチャー企業を立ち上げた、と聞きました。会社の名前は「タンポポ社(仮名)」といいます。「大学の研究室の中が会社を設立!大変だな〜」と、ヒヨコには他人事でした。 ところが。 数ヵ月後、ヒヨコは、研究室のライオン教授から「タンポポ社に入らないか?」という誘いを受けます。このときヒヨコは、研究室での仕事に満足していたので、タンポポ社に入るつもりなど、全くありませんでした。 ヒヨコは悩みました。 タンポポ社は、研究室のライオン教授が開発した技術を、世の中に広めるために設立された会社でした。教授の技術は、世界的な評価を受け、とくに創薬の分野で期待される大変すばらしいものでした。植物の種の濃縮液をつくり、これを利用すると、ある物質の合成が、大変効率よくなるというものでした。 ヒヨコは、タンポポ社について知るにつれ、魅力を感じるようになりました。 「一つの会社を立ち上げ、作り上げていく過程は、苦しいだろうけど面白いだろうな、 そんな体験はそうそうできるものではない。いちど経験してみたい」 それに、「もし大学発ベンチャー企業で働いてその会社設立の様子を、 実態レポートにしたら、面白いだろうな。 研究室に残っていても、そんなレポートは書けないだろうな」と思い始めました。 入社には不安もあったのですが、ヒヨコは、心の奥で感じたタンポポ社への魅力を信じることにしました。こうして、ヒヨコはタンポポ社に入社しました。 |
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ヒヨコは、入社してすぐに、「ベンチャーの社長はこうあるべき!」という体験をします。 タンポポ社の業務が、本格的にスタートしたのは、ヒヨコが入社してからでした。 ところが。 まったく準備ができていないままの商品を、タンポポ社・社長の独断で、製造・販売することになったのです。そして、すでに、1ヶ月後にアメリカの会社へ商品を販売する契約が結ばれていました。 その商品とは、ライオン教授が開発した「植物の濃縮液」でした。 これは、ある物質の合成が、効率よくなるという試薬で、研究の分野で、大変な注目を浴びていました。 ともかく今すぐ商品を作れ! 社長はヒヨコ達従業員に指示を出しました。 ところが、皆が深夜残業を続けて、商品を作るのですが、安定性がないのです。現場のリーダー、ヒヨコの直接の上司であるピョン太が、社長に報告するたびに、「どうしてできないんだ!」と社長の叱る声が聞こえました。 約束の1ヶ月が迫ってきます。 うまくいない理由を社長に相談をしても「どうすればいいのかは自分達で考えてくれ」といった返事でした。ヒヨコは、社長の無責任な言葉に、悔しい想いでいっぱいになりました。 結局、締め切りの1ヶ月後が来たものの、安定性のよい商品はできず、販売を延期することになりました。こんな時、ライオン教授がヒヨコ達を救ってくれました。 「実は、数ヶ月前から検討していた濃縮方法があってね。これだと安定性が良い。 やってみたら?」ヒヨコ達には本当にありがたい言葉でした。 ライオン教授から方法を教えてもらって作った濃縮液は、本当に安定していました。そして、延期していたアメリカの会社への出荷を済ませ、事なきを得ました。 タンポポ社は運良く、この危機を乗り越えましたが、そもそも、人員が十分でないままのスタートでした。あまりにも社員の負担が大きすぎました。 社長が、火をつける。 その火に薪をくべるのは、社員。 薪は十分ある?薪を足す人も十分? ヒヨコは、「火をつけるなら、まずこれを確かめなくてはいけない」と思いました。 社長に大切にされていない、と感じたヒヨコは、すべて社長の我がままのような気がして「会社のために働こう」と素直に思うことができなくなりました。 こんな風に社員がつぶれたら、会社がつぶれます。 ベンチャー企業の社長は、 ◆ 自らが社員に具体的な指示を出す ◆ たとえ技術が分からなくても、社員と一緒に問題解決していく こんな人でなければ! ヒヨコはこう実感しました。 |
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「新人」は、上司を頼りがちです。 「どうしたらいいでしょうか。。」 社会経験の乏しかったヒヨコは、いつもこんな風に上司を頼っていました。 しかし、ベンチャー企業の設立当時というのは、 相談する上司も「素人」ですから、いつも良い応えが得られるとは限りません。 業務が軌道に乗ってきた頃。ヒヨコは商品の保存についても担当していました。 商品の性能を考えて、「少し保存方法を変えてみたい」ヒヨコは直接の上司である、ピョン太に相談しました。ピョン太はそれを承諾してくれました。そこでヒヨコは早速、商品を新しい方法で保存しました。 ところが数日後。 ライオン教授がその方法の問題点に気づき、連絡が入りました。 「おい、その保存方法はまずいぞ。カビが生えるリスクもある。 今までどおりの保存方法にもどせ!」それを聞いたヒヨコは「これこれこういう理由で決めたのですが」と、保存方法を決めた経緯を説明しました。 「ともかく、いまは今まで通りの方法を保とう」ライオン教授に言われて、ヒヨコは、謝ってすぐに商品を取り出しにいきました。 同時にヒヨコは、ピョン太が「ライオン教授、これは僕とヒヨコさんが決めたんです」と、フォローを入れてくれることを期待していました。 ところが。ピョン太は 「ヒヨコさん、その保存方法はまずいなぁ〜」としか言いませんでした。その言葉を聞いて、ヒヨコは思わずピョン太に 「ピョン太さん、この保存方法については、承諾してくれたじゃないですか!」と反論しました。ところが、ピョン太は目をそらして黙っているだけでした。ピョン太にしてみれば、その保存方法を持ちかけたヒヨコが悪い、と思っているようでした。 ヒヨコは不満を抑えながら、ピョン太への不信が高まっていました。 確かに間違った方法に気づかなかったヒヨコも悪い。 けれど、それを部下の責任にするような言葉はおかしい。 ヒヨコはその場で口先では謝ったけれども、本当に自分が悪かったのか、分からなくなりました。 ふと、ヒヨコはあることに気づきました。 そういえば、まだ、タンポポ社は始まったばかり。 上司といえども、素人なんだよね! 今のタンポポ社のみんなは、素人ばかりが集まっている。 それなら、みんなで協力していけばいい。 みんなで頭を突き合わせていこう。 この会社は「ベンチャ―企業」なのです。 みなが素人で、いまはレール作りをしているところなのです。 とにかく、ピョン太を責立てるように考えることを ヒヨコはやめました。 |
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大学発のベンチャー企業の場合、大学と会社の考え方の違いが生まれがちです。 こんなとき、会社はしっかりと、どの方向に進むべきか、一つ一つ決断をしなければ、 末端の社員は動けなくなってしまいます。 ヒヨコは、「大学」と「会社」の板ばさみになってしまいました。 大学の研究では「最先端を行く」ことが重視されます。 誰もやっていないことをやってのける。 研究者なら誰もが、「世界初の偉業」を夢見ています。 ライオン教授の技術も、そんな風にして生まれました。 ところが、会社となると話が違います。 企業では「誰でもできる」とか「わかりやすいこと」が求められるのです。 そんな技術でなければ、世の中に広まりません。 タンポポ社としては、「ライオン教授の技術を分かりやすくすること」が大きな役目でした。 ところが 「誰でもできる技術ではない」 これが、ライオン教授のプライドになっていました。 「俺だけができる特別な技術なんだ。 自分が苦労して開発した技術をタンポポ社に簡単に教えるのは惜しい」 こんな声もポツリと聞こえてきました。 タンポポ社は、「ライオン教授の技術を広めるため」に設立されたのに。。 大きな矛盾の壁に当たりました。 さらに、会社で働く社員について、考え方の食い違いもありました。 ライオン教授は、平日は朝9時から夜12時頃まで仕事をし、土日も出勤するほどのハードワーカーです。そんな教授のもとで研究を続ける学生さんも、土日もろくに休まず、深夜までの実験を日々続けています。 ところが、タンポポ社で働く社員はそうはいきません。 深夜や休日の労働は、労働監督所からも厳しくチェックされます。 そこで、基本的に、タンポポ社の社員は、夜は早く帰り、休日も出勤しません。 そんなやり方が、ライオン教授の目に「サボっている」ように映りました。 ライオン教授は、タンポポ社の事務所に時々訪れ、 「学生よりも働きが悪い!」と、ゲキを飛ばして帰りました。 ヒヨコは ■ライオン教授の言うこと ■会社側の言うこと の板ばさみになり、とても働きにくく感じていました。 ライオン教授が、 「大学と会社は違う」ことを理解していなかったことも、原因だと思います。 会社の社員は学生とは違うのです! そんなときは、ライオン教授と会社の経営者とが、十分に話してもらうのが一番です。 ヒヨコは、ともかく会社の上司の指示を受けるよう心がけて、これを乗り切りました。 |
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会社と人間の体は同じ。 脳(幹部)が指令を出し、それに従って体(社員)が動きます。 体の末端まで指令が行き届くような、情報伝達が大切です。 ヒヨコは、大学にいるライオン教授とタンポポ社の板ばさみになりましたが、会社の軸がしっかりしていれば、板ばさみになっても、軸に基づいて、動くことができたのでは?と思いました。 始めはみんなが素人だったので、仕方ないことですが、タンポポ社では、まだ会社の軸、指令が曖昧でした。会社としての一体感を感じられませんでした。一つの目標に向かっていませんでした。 組織の末端から必要なアクションを伝えても、それが指令として降りてこない。 人間の体で言うならば、「火傷」。 指先のやけどなら、指が「熱い!」という信号を骨髄に送り、 そこから「命令」がでて、熱源から離れます。 タンポポ社は、そんなアクションが取れていませんでした。 指先は、考えて一人で行動することはできません。 火傷がどんどんひどくなっていました。 こんな風に、会社の軸が曖昧で、指令が遅いので、新人のヒヨコは、仕事中に、どうしたらいいのか分からないことが多く、不安になりました。 若い新人は、そのパワーをどこに向けていけばいいのか、分からないのです。 ハンドルで方向を決めることができない。舵取りをできる能力がまだないのです。 だからこそ、会社のトップが、その方向を示すべきなのです。 ■会社が何をしたいのか ■会社がどのような方向に進むのか ◆何のためにこの作業をしているのか ◆会社の中で、自分はどういう方向へ進んでいるのか これを、新人社員にもしっかりと示すことは、とても重要だと思いました。 |
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自分の嫌いなことをしぶしぶやっても、周りに悪影響を与えかねない。 これって、自分の好きなようにして、人にかかる迷惑よりも性質(タチ)悪いです。 ヒヨコの直接の上司は、ピョン太という男性でした。 彼がタンポポ社に入社する前は、ライオン教授の下で働く研究員でした。 そして、ライオン教授の強い推薦により、タンポポ社に入社し、タンポポ社・製造現場のリーダーに着任しました。けれども、ピョン太は、製造に全く興味はなく、研究を続けたかったのです。 ライオン教授は、ピョン太に 「おまえは製造現場の責任者なんだから、もっとしっかりしてくれないと困る!」 とゲキを飛ばしていました。 しかし、これは逆効果で、ピョン太のやる気は低下していきました。 ピョン太は、毎日のようにライオン教授や会社への不平不満を口にしていました。 研究を続けたいのに、希望が叶わない。 しかし、ライオン教授にお世話になった手前、会社を辞めるわけにいかない。。。 ピョン太はこのような葛藤を抱えていました。 そして、そのストレスは、ヒヨコにも影響しました。 ヒヨコが、仕事の相談を持ちかけても、 「そんなことはやってもムダだよ」 「失敗するに決まっている」 「僕もわからないよ」 という返事しか返ってこないのです。 ヒヨコはどうしたらいいのか、分からなくなっていきました。 そんな日々が蓄積され、ピョン太・本人にも、ついに限界がきたようでした。 ピョン太は、他大学の研究員の職を見つけ、転職を決めました。 そんなピョン太を、ヒヨコは、引き止めようとは思いませんでした。 ピョン太がやっと、自分の好きな仕事に踏み出す決意をしたのです。 彼がタンポポ社に残っても、やる気は出ないままでしょう。 ピョン太にも良くないどころか、周りにも悪影響を与えます。 実際、ヒヨコのやる気がダウンしていました。 大学発ベンチャーを設立する場合、 会社の軸と、自分の軸が一致していない人材を投入することは、リスクが大きいと言えます。 研究志向の人材を、大学発ベンチャー設立時だけ、手伝いのため駆り出す、のもやめたほうがいいでしょう。 設立に関わった人材こそ、末永く会社が必要とする人材です。 それなら、はじめから「やる気」のある人を集めるべきです。 設立時は、会社の基礎を作る大事な時期です。 そんな時期に、モチベーションの低い人材は致命的です。 会社の軸と同時に、自分の軸の方向性が一致したときはじめて、 良い仕事ができるのだろうな、とヒヨコは考えました。 |
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月並ですが、上司への報告(ホウ)連絡(レン)相談(ソウ)は、やはり大切です。 ピョン太がタンポポ社を辞めた直後、社内の業務報告会が開かれました。業務報告会は、ヒヨコ仕事の現状を分かってもらう、良いチャンスでした。 ヒヨコは、ピョン太が辞める前に、「製造量を3倍量に増やす、という会社の方針が決まりつつある」と、聞いていました。ところが、製造量を3倍に増やすには、ヒヨコの目から見て、まだ足りないことがたくさんありました。 そこで、ヒヨコは 「会社の方針が決まってしまう前に、伝えておこう!」と、 問題点や不足点を中心に報告しました。 ところが。 このヒヨコの報告に対して社長は、 「ピョン太くんからは、3倍量の製造に問題はない、と聞いている」 と言いました。そして、 「もう、会社の方針は決まっている。 製造を3倍に増やす、とタンポポ社の投資家たちに伝えている」 というのです。 ヒヨコは驚きました。すでに方針が決まっていたとは、知りませんでした。 ピョン太が、社長に問題点を伝えていなかったことも、驚きでした。 問題点が報告されないので、社長は「すべて順調に進んでいる」と信じていたのでした。 ヒヨコは背筋がぞっとしました。 「コミュニケーション不足」とはこんなに恐ろしいものなのか、とヒヨコは痛感しました。 アメリカのエグゼクティブを対象にした調査では、 実に勤務時間の80%が他社とのコミュニケーションに使われている、という結果が出ているそうです。 それを考えると、ヒヨコの職場ではコミュニケーションに費やす時間は、限りなく0%に近いのでした。 この経験から、ヒヨコは「ともかく自分の現状を、上に直接伝えていかなくては」と痛感しました。 |
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コミュニケーションの大切さを痛感し、 ヒヨコと会社が取った行動とは・・?? ヒヨコの直接の上司であるピョン太が、タンポポ社を辞め、続いて、社長も交代することになりました。これまで社長を支えてきた元・副社長が、新しい社長に就任しました。 そして、これを契機に、タンポポ社の状況が変わっていきました。 まず、製造を3倍に増やす際の不足点、問題点が、会社の上部に伝わらなかったことに、皆が危機感を持ちました。 ヒヨコが報告した問題点について、皆が真剣に取り組むようになりました。 上司とヒヨコ達が頻繁にミーティングを持つようになり、ヒヨコ達が抱えている問題点を洗い出すシステムをつくってくれました。 さらに、製造を3倍に増やす計画を実行するために、 ■足りない点はどこか ■どうすれば目標を達成できるか について、議論するようになりました。 こうして新しい社長さんや上司と相談しながら、ヒヨコ達は、現場の足りない設備や社員を補充していきました。ヒヨコは、直接問題点を伝えたことで、徐々に職場が変わっていくのを感じました。 また、新しい社長さんがヒヨコが伝えた問題点を、真摯に受け止めてくれ、力を尽くしてくれる姿勢も、ひしひしと感じました。 「問題を直接話してよかった!」 ヒヨコは思いました。 そして、何でも話してみるもんだ、と思いました。 これまでヒヨコは、ピョン太に問題を伝えてそのままにしていました。 また、問題を伝えても、 「ヒヨコさんがやるといつもこうだ」とか「またか」 というピョン太の言葉に負けていました。 そしてヒヨコは「ピョン太さんが悪い」とピョン太のせいにしていました。 ヒヨコは、問題に火をつけるのが怖かったのでした。 なぜなら、問題をどうやって解決すればいいのか分からなかったから。 もっと上の上司に問題を直接伝えればよかったのです。つまり、やり方が悪かったのです! 会社での問題解決は、一人ではできません。 とくに、ヒヨコのような未熟者では、大きな問題にぶち当たると、1人ではどうしようもないのです。 だから、会社の上司やトップが一緒になって取り組んでくれないと、 一社員では解決できないことがほとんどです。 会社の上司は、部下と一緒になって問題解決に取り組める人ではくてはいけません。たいてい、実際にあれこれ手を動かしている末端の社員が、問題に気づくことが多いのです。 そんな問題こそ、上司が部下から吸い上げて、そして、部下も、問題を上司に伝えて、解決していかなければ、会社は成長していかない。 ピョン太はその正反対の人だったのです。 ヒヨコは、自分が感じた問題点を声に出し、それが実際に解決の方向に進んだことで、少し自信を感じるようになってきました。ヒヨコは、こうしてタンポポ社での仕事に、徐々にやりがいを感じるようになりました。問題があっても、解決していける希望が持てたからです。 |
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ヒヨコは、運悪く(?)やる気のない上司の下で働きました。 いま思えば、ヒヨコの弱い心は、上司に負けていました。 ヒヨコに自分の軸が足りなかったのだと思います。 けれども、運良く(?)気づくことも多かったです。 「なにが障害なのか」を考えていけば、絶対に問題解決できる。 これをコーチングを通して学びました。 問題に直面しても、ヒヨコは怖気づかなくなりました。 また、自分1人で解決しようとしないこと。 2人、3人・・と巻き込んでいけば、輪が広がって楽しくなってくるのです。 これも、見守ってくれたコーチのお陰です。 「ヒヨコベンチャーレポート」を書くことで救われた!と思うことも幾つかありました。 ■心の整理になった タンポポ社の1年間の出来事を文章にまとめただけでも ずいぶんと整理がつきました。 自分の心も整理することが大事だなぁ〜、とも思いました。 ■客観視できた 職場の出来事を文章に書くことで、客観的になれました。 また、「前向きに成長していくヒヨコの姿を描きたい」というイメージがあったので 「成長するヒヨコを書くためにも、ここでくじけてはだめだ」と、踏ん張れました。 まだまだこれからですが、レポートを書き上げて、 ヒヨコの毛の色が、ちょっとニワトリ色になってきたかな? と思っております。 最後まで読んでくださって、ありがとうございました! |
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