おかりーな工房 律
オカリーナで音楽を楽しむ前に―その2―
オカリーナ愛好家人口は、私の周りを見ても順調に増えているようです。
この楽器を好む人が増えていくのは大変うれしいことです。私は小川先生のオカリーナの演奏を聴くまで、
オカリーナを【楽器】としては認識していませんでした。
しかし、先生の演奏と主張をお聞きしたとき、
(なるほど、これからはこういう楽器も必要かもしれない)と、
とても興味が湧きました。でも最近では、オカリーナという楽器のある一面だけが、
テレビ等の影響で目立ってしまって、それによって人々の印象が
統一されかけているような気がします。
固定された方向からの情報でオカリーナを判断してほしくないし、
特別な位置にある音楽とも思われたくない、というのが
小川先生の主張の一つであり、私自身、この頃特に実感する事なのです。生徒さんの話を聞いていると、
オカリーナを習う前は『音楽』にコンプレックスを感じていた人が多いようです。
それでもオカリーナを習いに来る意欲がすごいなあ、と感心してしまうのですが、
憧れから、コンプレックスが生まれていたのかもしれませんね。
そういった一生懸命の生徒さんたちと、私が指導者という立場で出会うとき、
いつも「自分なりの楽しみ方を見つけて、長くオカリーナを吹いて欲しい」と
思います。そして、そんな素敵な方々にに愛されるオカリーナという楽器に
自分が少しでも関わっていることをとてもうれしく思うのです。オカリーナの奏法自体はそんなに難しいものではありません。
いくらオカリーナの音が好きでも、毎日聴いていれば慣れます。
ついでに、与えられたテレビの印象を追うなら、オカリーナを吹く以外の努力が必要??
では、オカリーナの何に対して長く付き合える価値を見出すか・・・
『音楽する』 今の私にはこれ以外に答えが見つかりません。
音楽を表現する一つの手段としてオカリーナがあり、
その音楽はすべての人に理解できるものでなければなりません。
(ただ、単純に解りやすいという意味ではありませんよ!)
オカリーナが好き ということはとっても大切だけど、
偏った見方でしか見られなくなると・・・良くない。内輪ウケするもので良いなら簡単です。
隣の人より上手に吹く事も簡単なのです。
でもその楽しみ方は、袋小路。どこにも繋がっていかない。
指導者はそうならないよう、正しい事を教えられなければいけません。
オカリーナが一時の流行で終わるかどうか、今 けっこう大事な時かも。
では何をすればいいかと考えてみると・・・
私に出来るのは(「何かしなくっちゃ!」と焦る気持ちもありますけどね!)
地道に勉強を続ける事なんです。
きっとそれは皆同じです。
その中で自分なりの楽しみを見つけ、音楽することができたとき
この手のひらサイズの小さな楽器の、本当の価値が解るのではないでしょうか。