20世紀少年 第14巻 「少年と夢」

<あらすじ>
日本中が喪に服す“ともだち”の死。旧国会議事堂=“ともだち”の宮殿は弔問の記帳のために数十万人が訪れていた。その数は増える一方・・・・その様子を万丈目胤舟高須が冷めた目で眺めていた。「“ともだち”亡き後はあなたが予言者になるべきだ」という高須に万丈目はうなずこうとしない。“ともだち”の遺体の前で一人になった万丈目は「俺はどうすればいい」と弱音を吐く。彼もまた“ともだち”の真意の全てを知ることはなかったのだ。
疲れ果てた万丈目はドラッグへ逃避するが、ふいに「バーチャルアトラクション」へ入る。それは“ともだち”の頭の中を知る唯一の方法・・・・
カンナヨシツネ小泉響子もまた、「ともだちランド」への侵入に成功する。バーチャルアトラクションのコンソールを前に、ヨシツネは小泉に共にアトラクションへ入り、カンナには残るように指示した。反対するカンナだったが、「おまえの持っている不思議な勘を信じる」とヨシツネに説得され、コンソールにてサポートすることになる。
初めて侵入するアトラクションの精密さにヨシツネはただ驚くばかりであった。しかし小泉は前回のときと違う何かを感じていた。前回の、ケンヂたちが作った秘密基地の空き地がない。そこはボーリング場になっていた。ヨシツネは思い出す・・・・
1971年、彼らが小学校6年の時の夏休み。秘密基地を作った空き地は「悪の帝国の大魔王」が作った「悪の殿堂」によってつぶされていた。オッチョは私立中学受験のため勉強、マルオケロヨンは家業の手伝い、そしてケンヂはFENばかり聞くようになった・・・・みなバラバラになり、それぞれの道を歩み始めていた・・・・
そのボーリング場に入り、ヨシツネはもう一度考える。前回小泉がやらされたアトラクションには嘘がある、とすれば、今度は本当の1971年ではないのか!?
そんなことを考えていると、目の前にボーリング場の社長=悪の大魔王が現れる。この脂ぎったディベロッパーは神永球太郎と名乗った。彼こそ後のホームレスの予知能力者=神さまだったのだ。
ボーリング場内のゲームセンターで遊んでいたモンちゃんを見つけたヨシツネは、思わず抱きついてしまい気味悪がられるが、モンちゃんから今日が夏休み最後の日だと聞かされる。その日こそ、深夜の理科室でドンキーが何かを見た日だった。

一方、万丈目もアトラクション内をさまよっていた。しかし彼が知るアトラクションとは異なっていた。「真実の1971年を見なくちゃいけないのか」と驚く万丈目。

現実の世界では、中目黒にて高須が「ともだちランド」から出た洗脳の不完全な者をとらえていた。「ともだちワールド」行きを指示する中、ウィンドウ越しに誰かに気がつき、あわてて飛び出す高須。
ユキジ森園滋勝をとらえようとヨシツネの部下と横浜・中華街にて張り込みを行っていた。ユキジも誰かに気がつき後を追うが、見失ったところでオッチョと出くわす。彼もまた誰かを見ていた
西麻布では敷島博士の娘もまた誰かを見て、おびえていた。
同時に3カ所で、彼らはいったい誰を見たのだろうか

アトラクション内の万丈目は、喫茶さんふらんしすこで若き日の自分を見ていた。当時、万丈目は単なる押し売りだった。しかしこの日は万丈目、そして“ともだち”の人生が変わる日でもあるという。
夜。水槽の電源を入れ忘れたとあわてるモンちゃんはケロヨンやドンキーらを誘って理科室に向かった。みなお化けの噂におびえていたのだ。しかし非科学的なことを一切信じないドンキーだけがけろっとしていた。学校に着いてもおびえて入ろうとしない他の者を放っておいて、ドンキーだけが理科室へ向かう。「“ともだち”の真実を見なければならない」とヨシツネ、しぶしぶ後に従う小泉。

コンソールではアトラクション内の異変に気がついていた。ヨシツネと小泉以外に二人がアクセスしていた。一人は万丈目、もう一人は人間とは思えない動きをしている。危険が迫っていると判断したカンナは意を決して自らアトラクション内に入る

アトラクションでのドンキー。水槽のスイッチを確認し、振り向いたとき・・・・
そこは子供が子供をペテンにかける現場だった。首つり状態の少年時代の“ともだち”、それを見守る山根サダキヨ。「助けなきゃ」と叫ぶドンキーに、あざ笑うかのように山根が「これから奇跡が起きる」と言い放つ。すると、“ともだち”が生き返った! しかしドンキーは冷静だった。「これはトリックだ」 言いなりにならないドンキーに対し、“ともだち”は山根とサダキヨに向かって「絶交」を命じる。殺気立つ二人からあわてて逃げるドンキー。
一部始終を見ていたヨシツネ、そこに助けに現れたカンナ、さらに万丈目もやってくる。まだ続きがあるという万丈目は「これから起こることを知っている。もう嘘をつくのはやめろ」と少年時代の“ともだち”に言う。さらにそこへ現れたのは、死んだはずの“ともだち”だった! ぶらさがったままの少年時代の“ともだち”を、“ともだち”は殺そうとする。やめさせようとする万丈目に向かって“ともだち”は「これが真実だ」という。アトラクションに異常が発生し、現実の世界に引き戻される万丈目。彼を待っていたのは“ともだち”だった!

一方、カンナ、ヨシツネ、小泉にも危機が迫ってきたが、小泉だけ一足先に脱出に成功した。アトラクションから反応が消えたヨシツネとカンナ・・・・
ヨシツネは少年時代の自分と会っていた。既にばらばらになりつつあった仲間をもう一度迎えるために、一人で秘密基地を作るヨシツネ。少年時代の思いを思い出し、ヨシツネも脱出に成功する。
カンナはドンキーを追っていた。昨夜の出来事にショックを受けたドンキーだったが、冷静さだけは失わずにいた。ドンキーは“ともだち”が悪の帝王になると恐れいていた。そして彼に対峙する正義の味方がいないことを心配していた。「あなたが正義の味方になる」というカンナに、「お姉ちゃんも正義の味方になって」とドンキーは言った。約束するカンナ・・・・そしてアトラクションから脱出する。

<Monthry's Eye その1:バーチャルアトラクションとは何か>

第14巻は実に読み応えがあった。ついては、「Monthry's Eye」も3つに分けてみた。
まずはバーチャルアトラクション(以下、VA)について考えてみたい。
これはドラクエなどのロールプレイングゲーム(RPG)の近未来におけるデラックス版と考えていいだろう。以下、実現可能性などは全く無視するが、私が気になるのは、このVAそのものが謎だらけだということだ。
ふつうのRPGは、いわば質問に対する「はい・いいえ」などの選択肢を選ぶことで、あらかじめプログラムされたストーリーを進んでいく。アトラクションではその自由度が非常に高い、または選択肢が異常に多いと言うことになる。それでもプログラムである以上次のような謎を考えざるを得ない。

謎その1:エンディングはどこにあるのか
ゲームである以上、エンディングがあるのが普通である。前回、小泉はヨシツネの強制終了によって脱出した。今回も、万丈目は強制終了だった。では本当のエンディングはどのように迎え、それはどんなストーリーだったのか。洗脳強化のためのアトラクションのはずだが、VAに入れるのは、「ともだちランド」の上位3位以内の者、いわば“ともだち”に汲みする素質の高い者ということになる。しかしVAに入れられたがために、発狂したり自殺したりする者もいた。うーんわからない。
もちろんマルチエンディングなのだろうが、では正しいエンディングはいったい何だろうか。

謎その2:アトラクションにアクセスする人物によってストーリーが変わるのはなぜか
前回の小泉の時と今回では、同じ1971年でもストーリーが変わっていた。前回はどうやら“ともだち”の嘘に基づく架空の1971年がプログラムされていたようだ。しかし今回はヨシツネ、万丈目の言葉により真実の1971年を見せていた。つまりアクセスする人物によってストーリーが変わるとしか思えない。最も外部からアクセス者を判断してプログラムを入れ替えたりストーリーを変えるならば別だが・・・・。

謎その3:あまりにもリアルな登場人物
ゲームの自由度が高いというのと、リアルな登場人物というのは別物と考えたい。あまりにも精密に描かれすぎているからである。まして、このVAは“ともだち”のためのものである前提に立つと、“ともだち”にとって都合の悪い者(ドンキー、ケンヂら)が“ともだち”にとって都合の悪い発言をしすぎているのである。
深読みをせずに考えると、“ともだち”にとって何のメリットもないことがなぜプログラムされているのだろうか。しかも“ともだち”にとっては隠したい真実でもあったはずである。

以上の謎から、私が考えるVAの仕組みはこんな感じだ。
「ともだちランド」運営者によって管理され、洗脳教育の一環として送り込まれるときはきちんとプログラムされたストーリーのなかでプレイヤーは行動しなければならない。
しかしそれ以外の時は、アクセス者の記憶や思いが具現化するプログラムが勝手に機能するのでではないだろうか。このように考えると、ヨシツネがアクセスすることにより、秘密基地は既に存在せず、夏休みの最終日は深夜の理科室の事件が起き、その真実を知っている万丈目のアクセスによって真実が暴かれようとする。しかし“ともだち”のアクセスによりすんでのところで更なる真実は隠蔽されてしまうことの、一応の説明はできる。
また、カンナが少年時代のケンヂと会ったり、ヨシツネがやはり少年時代の自分と向き合うのも納得できる。
VAに関するエピソードは今回で終わりと思われる。今後は謎の解明により、全てが明らかになることを期待したい。

 

<Monthry's Eye その2:“ともだち”は本当に死んだのか>

第12巻で死んだはずの“ともだち”が登場する。一応、正体はわからずに「マスクの男」となってはいるが。これをいったいどう考えればよいのか。
 1.“ともだち”は超能力者であり、本当に生き返った
 2.“ともだち”の死はペテンであり、そもそも死んでいない。全てが“ともだち”の筋書き通りだ。
 3.“ともだち”は死んでいる。現れた“ともだち”は別の人物が化けている
多分、どれもはずれだろう(笑)。
しかし、私はドンキーの言葉を信じたい。つまり全てトリックということである。となると1の生き返りの可能性は低くなる。もし3だとすると、いったい誰だろうか。私が考えつくのは、“ともだち”の狂信者の急先鋒である囚人番号13番=田村マサオくらいである。
いずれの選択肢でも、仮に高須やユキジが見た人物が“ともだち”だったとすれば、離れた場所でほぼ同時に目撃されたことの説明はできない。
うーん、謎は深まる一方である。
 
<Monthry's Eye その3:ドンキーの思い>

今回はドンキーが大活躍であった。もともとこの物語はドンキーが教え子(田村マサオ)を“ともだち”のもとから救い出そうとしたのが発端だった。彼の遺志がケンヂへ、そしてカンナへ引き継がれている。
科学と正義を信じる少年時代のドンキーは、「世界征服なんかして何をしようっていうんだ。科学的じゃない」という。小学校6年生なのに真理を喝破している。頼もしいドンキーだ。
2014年の“ともだち”が支配しデザインしている日本、その影響力が及んでいる世界各国。緻密に張り巡らされた抑圧の網。それと相反するような、「ともだちランド」や「エキスポ2015」のモニュメントに象徴される滑稽さ。このアンバランスさを内包する2014年の世界は、95年の事件を起こした例の団体が日本を支配したらこうなっていたのではないかというシミュレーションを見ているかのようだ。
しかし、武力により、あるいは欺瞞によって世界征服をしたところで何も生み出さないことは歴史が証明している。貧困、悪意がより大きな混沌を生み出しただけである。
科学への批判も確かに多い。しかし私はドンキーと同じく、それは人々の科学の使い方が決定的に間違っており、また考え方が全然科学的ではないからである。

<登場するロックミュージシャンとアルバム>
やはり1971年の世界になると、ロックがどーんと登場し、うれしいやら、つらいやら(苦笑)。というわけで、今回はザ・フー「ピンボールの魔術師」のみを紹介し、残りはとりあえずジャケット画像と曲目および簡単な紹介だけ掲載します。後日、必ず感想文を掲載いたします。

・第3話「悪の大魔王」
51ページ 「俺は“ピンボールの魔術師”とかいって・・・・」
神永球太郎が経営するボーリング場「ガッツボール」で、ヨシツネが、当時ケンヂがボーリングではなくピンボールばかりやっていたことを思い出す。そのときのケンヂのせりふである。
55ページ 「CCRだとかCSN&YだとかGFRだとか、わけのわからないグループの話ばかり・・・・」
同じくヨシツネの回想で、ケンヂが夏休みに自作したラジオでFENを聴いている場面。

・第6話 「スプーン曲げの男」
103ページ 「知ってるか? トム・ジョーンズ」
喫茶さんふらんしすこにて、若き万丈目がマスターを詐欺にかけるときに持ち出す話題。尾崎紀世彦を「和製トム・ジョーンズ」と言っている。

・第8話 「過去との遭遇」
141ページ 「バッド・フィンガーの『嵐の恋』・・・・」
ケンヂの部屋で、熱で寝ていたケンヂの耳からはずれたラジオのイヤホンを聴いて、カンナが一発で答える場面である。
 The Who   「Tommy」(通常盤) (1969)
国内盤 ユニバーサル (UICY2312)
01. Overture   02. It's A Boy   03. 1921   04. Amazing Journey      05. Sparks
06. Eyesight To The Blind (The Hawker)   07. Christmas   08. Cousin Kevin
09. The Acid Queen   10. Underture   11. Do You Think It's Alright?   12. Fiddle About
13. Pinball Wizard   14. There's A Doctor   15. Go To The Mirror !
16. Tommy Can You Hear Me?   17. Smash The Mirror   18. Sansation   19. Miracle Cure
20. Sally Simpson   21. I'm Free   22. Welcome   23. Tommy's Holiday Camp
24. We're Not Gonna Take It

The Who   「Tommy」 (deluxe edition) (2004)
国内盤 ユニバーサル (UIGY7055) 2004年3月24日発売予定
(disc1) 通常盤に同じ
(disc2:収録予定曲)
01. I Was   02. Christmas (outtake 3)   03. Cousin Kevin - Model Child
04. Young Man Blues (version 2)   05. Tommy Can You Hear Me? (another version)
06. Trying To Get Through   07. Sally Simpson (outtake)   08. Miss Simpson
09. Welcome (outtake 2)   10. Tommy's Holiday Camp (band version)
11. We're Not Gonna Take It (another version)   12. Dogs (part2)
13. It's A Boy (demo)   14. Amazing Journy (demo)   15. Christmas (demo)
16. Do You Think It's Alright? (demo)   17. Pinball Wizard (demo)
ザ・フーが1969年に発表した「Tommy」ロックオペラと称されている。LP2枚組というボリュームで発表され、収録曲は全て一つの物語となっている画期的なものだった。
物語は、幼少の頃のショッキングな出来事により心を閉ざしてしまい、感覚を失ってしまうトミー少年の成長である。私は歌詞の対訳を一通り読んでみたが難解だ。当時のメンバーの発言でも理解できなかったそうだから、仕方ないか(苦笑)。レコード・コレクターズ誌96年9月号の特集などを読み、おぼろげながら全体像をつかむことができた。ただし、例えば曲がポップな感じであっても歌われている内容が明るいとは限らないというのは伝わってくる。それでも暗いばかりの話ではない。私はフーを聴き始めてほんの半年なのだが、現時点ではこのアルバムが一番気に入っている。ひいき目に見てしまうのだが、やはり心の解放をテーマしているため、希望あるものと解釈することもできるだろう。
では本文で登場した13曲目「Pinball Wizard(ピンボールの魔術師)」から紹介しよう。この曲は「Tommy」の発表に先立ちシングルカットされ、イギリスでは4位、アメリカでは19位にあがるヒットとなった。イントロはピート・タウンゼントお得意のアコースティックギターの力強いストロークだいきなりこれで心をわしづかみにされ、あとはフーのペースにはまってしまう。続いてロジャー・ダルトリーのパワフルなボーカルからサビへ。サビはやはりフーの18番であるコーラス。曲を引っ張るのはイントロから続くタウンゼントのギターだ。私はロック聴き始めのころ、タウンゼントは「アコースティックのリズムギター中心」と読み、そういう奏法の人がギタリストとして高く評価されていることが不思議だった。私にとって「ロックギタリスト」といえば、例えばエリック・クラプトンだったからだ。しかし、この曲での、あるいはアルバム全体を通してタウンゼントのギタリストとしてのすごさに圧倒されることになる。圧倒的な音圧と説得力で迫ってくるのだ。そして「ピンボールの魔術師」、この曲の持つ燃える展開、フーの魅力がつまっている。その後のフーのステージで、今に至るまで必ずといっていいほど演奏されている。

続いて拙いながらもアルバム本編も紹介したい。先に「ロックオペラ」と書いたが、歌詞を除けば(本当はこれが大事なのだろうけど)難解なところはない。こういう点でも優れたロックアルバムであり、フーの傑作として、またロック史に残る名盤として取り上げられるのも当然である。アルバム全体として、キメのメロディやフレーズを何度も登場させることにより、大きなうねりとダイナミズムをものにしており、タウンゼントのコンセプトの確かさとソングライティング力、企画力、構成力が冴え渡っている。
1曲目は「序曲」、ベースのジョン・エントウィッスルが吹いているフレンチ・ホルンが高らかなファンファーレとなっている。。実は私はこの曲が一番好きだ。アルバムの一番燃えるフレーズを巧みに構成しており、「この曲が気に入る自分はずるいか」とも思うのだが(笑)。間奏ではタウンゼントの、やはりストロークを中心に躍動感あるれるアコースティックソロが入る。

2曲目「It's A Boy」がトミー少年の誕生。3曲目「1921」は穏やかな曲だが、トミー少年が心を閉ざすきっかけが歌われている。
4曲目「すてきな旅行」〜5曲目「Sparks」トミー少年の旅立ちであり第1の山場だ。「すてきな旅行」ではダルトリーが励ますように歌う。そして背中を押すように、いよいよキース・ムーンのドラムが爆発する。ムーンのドラムはここまでは比較的穏やかだったが、ここへ来て前面に出てリード楽器なってしまうのだ。もともと表現力のない私は、ムーンのドラムに至ってはもうどう書くべきなのかさっぱりわからない。ただ、その味を覚えてしまうと本当に病みつきになってしまう。「Sparks」はインスト曲だが、3人の演奏が巨大な鉄球が振り回されるかのようだ。ムーンはめくるめくドラムとともにティンパニを叩いてあおり、そのドラムとともにリードを担うエントウィッスルのベースもすごい迫力だ。
6曲目「光を与えて」は、ブルースのカバーだが、それを感じさせない。私がフーを聴くようになったのは、どうやら60年代ブリティッシュロックの特徴の1つであるブルースを背景に持たないからでもあるようだ。7曲目「Christmas」はクリスマスソングとはまるで関係ない。ここでダルトリーのダルトリーのボーカルは、まさにロックボーカリスト。アルバム中、ダルトリーの豊かな表現力=ささやき、煽り、狂気、歓喜、そして激しさは大きな鍵を握っている。

9曲目「The Acid Queen」は、第2の山場といっていいだろう。タウンゼントがボーカルをとり、エレキギターに持ち替えてやはりストローク中心で弾いている。曲の印象を決めるのはやはりムーンの休むことなくひたすら叩き続けるドラムだ。10曲目「Underture」は「Sparks」のロングバージョンであり、10分に及ぶものの聞き飽きさせることのない展開はさすがだ。

短い2曲を挟んで13曲目「ピンボールの魔術師」、これが第3の山場。トミーがヒーローになる瞬間である。アルバムの中においても「The Acid Queen」から続く燃える展開となっている。
15曲目「ミラー・ボーイ」、歌詞そのものは複雑な掛け合いとなっているが、曲は「序曲」のメインメロディ、そしてアルバムのハイライトとなる「僕を見て」のフレーズを組み合わせ、そして最も盛り上がる「聞こえることが音楽になる(対訳より)」のフレーズが初めて歌われる。このフレーズだが、レッド・ツェッペリンも「天国への階段」や「アキレス最後の闘い」で自分たちのロックへの確固たる決意を歌ったが、フーにおいても自身の音楽感を込めたと思うのは早計だろうか(解説では、タウンゼントが直接ではないもののそれらしきことを述べている)。また、さまざまな役柄を歌い分けるダルトリーのボーカルもやはり素晴らしい。

18曲目「センセイション」は曲調は地味ながら、アルバムのなかではほっとできる1曲でもあり私は気に入っている。詩はトミー少年の回復の場面となっており、曲の持つ開放感はそこから来ている。20曲目「Sally Simpson」も、フー初期の持ち味であるポップさ堂々と披露しており、これも好きだ。ただし歌詞は明るい内容ではない。
21曲目「僕は自由だ」、この辺りの曲は地味ながら演奏が一段と素晴らしい。タウンゼントのエレキギターのリフに、ぱしっと決めるムーンのドラムのコンビがよい。

最後の「俺達はしないよ」、アルバムのキメのフレーズをもう一度リプライズしつつ、エンディングへと進むさまはロックオペラの幕引きにふさわしい。タイトルは、トミー少年の信奉者が彼に失望し去っていく様子を前半のサビで歌うものである。それに対して後半は、トミー少年の心の叫びである「僕を見て」〜「聞こえることが音楽になる」が歌われる。ここの解釈で悲劇ととるか、希望ととるかに分かれるのだろうけど、私は甘いのを十分承知で希望ととらえたい。アルバムの最後にして、最も感動的な曲となっている。
 
2004年3月28日追加 CSN&Y
 Crosby, Stills, Nash & Young   「Deja Vu」 (1970)
国内盤 ワーナー (AMCY4001)
01. Carry On   02. Teach Your Children   03. Almost Cut My Hair   04. Helpless
05. Woodstock   06. Deja Vu   07. Our House   08. 4 + 20
09. Country Girl Medley: a. Whiskey Boot Hill b. Down, Down, Down c."Country Girl" (I Think You're Pretty)    10. Everybody I Love You
アメリカン・ロックの最重要作品として知られているアルバム・グループ名はメンバーの名前を単純につなげただけである。それぞれ既に実力のあるグループの出身で、
デビッド・クロスビー:バーズから
スティーブン・スティルスニールヤング:バッファロー・スプリングスフィールドから
グレアム・ナッシュ:ホリーズから
となっている。いわゆる「スーパーグループ」が話題になっていた時期でもあり、その一端と区分されることもある。
私はこの作品を88年頃に一度聞いた。「名盤」「スーパーグループ」ということで、例によって余計な期待を持ちすぎて聞いたのだ。しかし、どこがよいのかさっぱりわからなかった。あれから10数年。CSN&Yの評価は一向に下がらない。私も多くの評論を読んだ。今回、「20世紀少年」に取り上げられたので、購入していたCDをもう一度きちんと聞いてみることにした。
各評論に書かれているようなことは、残念ながら私の力では感じることができなかった。しかし、「これはかっこいいアルバムだ!」と素直に感動するこができた。「わからなければわからなくてもよい」と開き直ったのが良かったのかもしれない。
私がよいと感じた点は2つ。まず、曲のよさ。評論によればメンバーの個性が強く反映されているという。私にはわからなかったのだが、ロック、フォーク、カントリーと様々な要素が各曲に現れており、そのどれもが水準が高い。もう一つはなんと言ってもコーラス。私はコーラスを得意とするいくつかのグループを聞いたが、確かにその頂点の一つであるように思う(もう一つの頂点はビーチ・ボーイズか)。変化に富み、立体的で、それでいてキャッチー。変化という点ではソフトロック系グループがあるが、彼らとの決定的な違いは、CSN&Yにはダイナミズムにあふれていることだろうか。また、私の好きなドゥービー・ブラザーズイーグルスに与えた影響も大きいだろう。どちらかといえばイーグルスが近いかもしれない。
1曲目はスティルス作「Carry On」。ドライなアコースティックギターと、粘りあるエレキギターを巧みに交差させつつ、まずは絶妙なハーモニーを聞かせている。サビでアカペラに転じるところの鮮烈さが素晴らしい。2曲目はナッシュ作「Teach Your Children」。カントリーフレーバーに合わせるようにハーモニーも実に優しい。3曲目「Almost Cut My Hair」はクロスビー作。この曲はクロスビーの熱いソロボーカルがフィーチュアされておりノンコーラスだが、ロック感覚にあふれているようで私は好きだ。曲もドラマチックで、特に(恐らくはスティルスとヤングの)左右から迫るエレキギターのバトルが聞き物。
4曲目「Helpless」はヤングの名曲の1つ。この人は本当に色んな曲を作ることができるのだなあと感心することしきり。ヤングのファルセットが痛々しい思いを伝えている。
5曲目「Woodstock」は、CSN&Yのデビューステージとなった「ウッドストック・フェスティバル」について、ジョニ・ミッチェル作。シンプルなロックンロールだが、ドラムやギターをはじめとするドライブ感がよい。6曲目はタイトル曲「Deja Vu」。クロスビー作で、コーラス主体のフォークロックの前半から、これまた重厚な2ndバース以降へとつなげる展開が見事。7曲目「Our House」はナッシュ作。彼らしさなのか、とてもポップな楽曲。ソフトロックの1曲といわれても見分けがつかない柔らかさがある。
9曲目は短い組曲「Country Girl」。ヤング作だが、私はこの曲が特に気に入っている。淡々とした曲の進行の中に、重厚さとドラマチック感が融合している。コーラスでぐいぐいと盛り上げていくところは、このグループの真骨頂だろう。
ラストの「Everybody I Love You」はスティルスとヤングの共作で、ロックンロール。
この後、すぐに解散してしまうのだが、10年に一度くらい再結成している。99年の「Looking Forward」は友人に聞かせてもらったが、こちらも素晴らしい作品だった。

 
2004年5月24日追加 CCR、Badfinger

 Creedence Clearwater Revival  (CCR)   「Pendulum」 (1970)
国内盤 ビクター (VICP62076)
01. Pagan Baby   02. Sailor's Lament   03. Chameleon   04 Have You Ever Seen The Rain?
05. Hideaway, (Wish I Could)   06. Born To Move   07. Hey Tonight
08. It's Just A Thought   09. Molina   10. Rude Awakening #2
クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル(CCR)の70年発表の4thアルバム。
私は第2巻で一度紹介しており、集中してCCRを聞くのは2回目である。その私がこんなことを言うのも偉そうで恐縮なのだが、前回聞いた2nd「Bayou Country」の方が優れているような気がしてならない。曲の水準は十分に高く、アメリカンミュージックを背景としたジョン・フォガティの音楽性も十分に反映されていると思うのだが。
このアルバムで最もヒットしたのは、4曲目「雨を見たかい」である。内省的な歌詞を歌うフォガティのボーカルは、持ち前の激しさをかみ殺したような素晴らしい表現力を見せる。ザラリとしたアコースティックギターと、淡々としたベースがほのかに哀愁を見せる。私もこの曲が一番気に入っている。
さて1曲目「Pagan Baby」はオープニングにふさわしい熱いロックンロールだが、エレキギターのヘビーなリフを中心にした演奏パート主体の曲となっている。3曲目「Chameleon」は、リズム&ブルースを見事にCCR流ロックンロールに昇華させている見事な曲だ。ブラス隊とのからみも迫力満点。4曲目の次によいのがこの曲だ。
5曲目「Hideaway」、いつもはギター主体の彼らだが、オルガン主体で曲を進行させている。当時のロックの影響もあったのだろうが、フォガティのボーカルは相変わらずなのでCCRらしさを失っていない。6曲目「Born To Move」は、軽快なロックンロールと思いきや、間奏でのオルガンソロとドラムのからみなど、やはり演奏パート主体。7曲目「Hey Tonight」や9曲目「Molina」は、彼ららしいロックンロール。10曲目「Rude Awakening #2」は6分以上のインストだが、なにやら唐突な感じがする。曲名からも想像できるとおり、ジャムセッションなのかもしれない。
というわけで、書くのに苦労した割にはいつも以上に中身のない感想文になってしまった。ただ、「雨を見たかい」だけでアルバムを背負うのは難しいようだ。
CCRは私の好きな系統のロックには違いない。評判のよい3rdアルバム「グリーン・リバー」や4th「ウィリー&ザ・プアボーイズ」にはいずれ挑戦しようと思う。

 

 Badfinger   「The Best Of Badfinger」
01. Come And Get It   02. Maybe Tomorrow   03. Rock Of All Ages   04. Dear Angie
05. Carry On Til Tomorrow   06. No Matter What   07. Believe Me   08. Midnight Caller
09. Better Days   10. Without You   11. Take It All   12. Money   13. Flying
14. The Name Of The Game   15. Suitcase   16. Day After Day   17. Baby Blue
18. When I Say   19. Icicles   20. I Can Love You   21. Apple Of My Eye

*類似選曲の国内盤が入手可能です。
ある方のご厚意で聴かせていただいたバッドフィンガーのベスト盤。
6曲目「No Matter What」の邦題が「恋の嵐」。バッドフィンガーの大ヒット曲である。日本でもヒットしたと思われるが、ビートルズほど一般的ではない。それを2014年の世界で、イントロを聴いただけで当てることができたとは、カンナのロックの聞き込みはすごい! 是非一度カンナとロック談義をしたいものだ。多分全然かなわないだろうけど。
なお「恋の嵐」はオリジナルアルバムとしては70年「No Dice」に収録されている。シングルカットもされ、イギリスで5位、アメリカで8位という大ヒットを記録した。この曲は彼の魅力が120%詰まった傑作である。キャッチーなギターのリフに続いて、ガッツあふれるボーカル、そしてすてきなポップセンスあふれるメロディ。これでヒットしなければ嘘! といった感じだ。
バッドフィンガーについても簡単に触れておきたい。評論等によれば、「ビートルズの弟分」と有名とのこと。例えばジョージ・ハリスン「All Things Must Pass」に全面的に参加しており、私はそこで名前を知った。活動期間は69〜74年、アルバム6枚を残しているが(アイヴィーズ名義でもう1枚ある)、メンバーの不幸が重なり、そこで活動が中断したようだ。
このベスト盤には、70年「Magic Christian Music」から74年「Ass」収録曲までが選曲されている。
彼らの魅力は、だいたい次のようなものだろうか。
・エレキギター、アコースティックギター、スライド奏法などをふんだんに取り入れ、極上のギターポップとなっている。
・甘いボーカルとエキサイトなボーカルを両方こなすことができるピート・ハムの魅力
・ポップ〜ロックに主軸を置きつつ、決めはポップで勝負。そしてメロディアス。
収録曲も簡単に紹介しておきたい。
2曲目「Maybe Tomorrow」、柔らかなストリングスをバックに、美しいメロディラインと力強く歌うハムのボーカルが魅力的である。3曲目「Rock Of All Ages」は、ビートルズのロックンロール曲の手法をそのままいただいているところがほほえましい。恐らく初期の曲(70年)だからだろう。5曲目「Carry On Til Tomorrow(明日の風)」はフォークソング。メンバーのハーモニーが切なさを産み、エレキギターが狂おしい心を表現しているかのようだ。
10曲目「Without You」も素晴らしい。あまりバラードが好きではない私も思わずうなってしまった。情感あふれるボーカル幾重にも重ねられていくギターの音。泣ける1曲だ。なおマライア・キャリーが94年にカバーしてヒットさせている。
12曲目とメドレーのようになった13曲目「Flying」、これもビートルズ的だが、2分半という短さなか、シンプルなリズムでポップ感を際だたせている。16曲目「Day After Day」はハーモニーの美しさで勝負。17曲目「Baby Blue」はガッツあふれるエレキギターがひっぱるロックンロール。ドラムの硬質な力強さもよい。

 

2004年5月31日追加 GFR

 Grand Funk Railroad   「Caught In The Act」 (1975)
国内盤 東芝EMI (TOCP67011)
01. Footstompin' Music   02. Rock 'N Roll Soul   03. I'm Your Captain/Closer To Hom
04. Heartbreaker   05. Some Kind Of Wonderful   06. Shinin' On
07. The Loco Motion   08. Black Licorice   09. The Railroad
10. We're An American Band   11. T.N.U.C.   12. Inside Looking Out
13. Gimme Shelter
グランド・ファンク・レイルロード、略してGFR。活動開始は古く1965年だが、69年の1stアルバム発売がメジャーデビューといっていいだろう。中心メンバーは、マーク・ファーナー(g、vo)、ドン・ブリューワー(ds、vo)、メル・サッチャー(b)。今回紹介するアルバムには、グレイグ・フロスト(key)に、サポートとしてファンケティズがコーラスで加わっている。何度かメンバーチェンジがあったり、バンド名が「Grand Funk」になったりしている。
私はこのバンドのことを、多分90年頃、渋谷陽一氏の解説で知った。氏の著作「ロックミュージック進化論」で、彼らが初来日した71年夏の後楽園球場での公演(雷雨の中での伝説的ライブ)が熱く書かれていた。早速聞いてみようと思い、できるだけ代表曲がたくさん収録されていてしかもライブ盤ということで、この「Caught In The Act(ツアー・75)」を選んだのだと思う。
彼らの真髄はハードロックだが、苦手な私にはやはり肌に合わないようで、何度か聞いただけでそれきりになっていた。
しかし久しぶりに取り出して聞いてみると、イギリス系のハードロックとは違い、ことのほかポップな面が感じられた。これがアメリカンロックのよさだろうか。以前と違っておもしろみが感じられ、うれしかった。ハードに徹しつつ、本人たちは意識していないだろうがどこかポップな面が感じられる。またファーナーの執拗なギターのリフは確かにテクニカルとはいえないが、ある種の興奮をよぶ。そして、ドラムを中心にしたド迫力だ。
とはいえ、聞き込みが浅いことには変わりないので、気に入った曲だけ簡単に紹介したい。
2曲目「Rock 'N Roll Soul」。ボーカルはファーナー(多分高い方)とブリューワー(多分太い方)のツインで力強く、間奏のギターのリフとドラムのバトルがいい。3曲目「Closer To Home」は持ち前の迫力に頼らずに、メロトロンを取り入れメロディアスに仕上げているののがよいが、私の手持ちのCDはフェイドアウトしてしまうのが残念だ。現在発売されているリマスター盤では改善されているのだろうか?
4曲目「Heartbreaker」は彼らの代表曲。リズミカルなギターのイントロだが、ドラムは早くも走り気味。サビもハードながらどこか親しみやすい。これぞGFR流ハードロックだろう。一度曲が終わると思いきや、一転してアップテンポになり、ここからのかっこよさが最高である。ひたすら同じフレーズを繰り返すだけのファーナーのギターだが、その音に身を任せているだけで快感だ。
5曲目「Some Kind Of Wonderful」と7曲目「The Loco Motion」はカバー。前者はソウルのスタンダード、後者はキャロル・キングの永遠のアメリカンポップス。どちらもハードに仕上げているが、原曲の持ち味であるポップさを失っていない。世間では「バカ力だけのバンド」と言われることもあるが、GFRは結構センスがいいのではないか。
6曲目「Shinin' On」も、ファーナーがしつこくギターのリフを繰り出す一見して単調な曲。が、シンプルにリフで押す曲が持つタフネスを感じる。リズム隊が意外とタイトだ。
10曲目「We're An American Band」はヒット曲。ブリューワーがボーカルなので、ドラムも一緒に暴れまくる。とにかく「ノリ」で勝負、サビは一緒に歌いたくなる。王様の直訳では「おれたちはアメリカ人の楽団」として収録されているが、ファーナーがゲストでギターをバリバリ弾いており、これも必聴だ。
13曲目「Gimme Shelter」はストーンズの代表曲をカバー。オリジナルに経緯を表しつつ原曲に忠実な面と、GFRとしての迫力を全面に出した面が融合していて私は気に入っている。

 

   「Party At The Palace」 (2002)
輸入盤DVD Opus Arte (OA0857D)
11. SexBomb (Tom Jones)

*輸入盤DVDですが、国内DVDプレイヤーで再生可能です。
トム・ジョーンズだが、申し訳ない、全く知りません。
このDVDだが、昨年行われたイギリスのエリザベス女王即位50周年記念コンサートの模様で、イギリスの有名ミュージシャンが多数出演している。たまたまジョーンズも出ており、改めて見てみると観客もかなり喜んでいるので、かなりの大物と思われる。
他の出演者としては、クイーン(ブライアン・メイ&ロジャー・テイラー)、コアーズ、アニー・レノックス、オジー・オズボーン&トニー・アイオミ、ロッド・スチュワート、エルトン・ジョン、スティーブ・ウィンウッドなど本当に豪華だ。アメリカ代表(?)的にブライアン・ウィルソンが登場するが、思いの外曲が多く収録されているのがうれしい(4曲)。
また、ジョージ・ハリスン追悼として、ポール・マッカートニーとエリック・クラプトンが「While My Guitar Gently Weeps」で共演しているのも見所である。
価格も安いので、結構おすすめできます。

 


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