The Doobie Brothers (ドゥービー・ブラザーズ)

ついに自分のホームページでドゥービー・ブラザーズについて書くときがやってきた。最も好きなミュージシャンについて何か述べるというのは意外と難しく、今まで先延ばしにしてきた(笑)。
そこで「まあ気楽に書くか」と開き直り、本ページではドゥービーと私の関わりだけを書くことにして、その音楽的魅力は各アルバムの紹介に任せることにした。
果たして今後このページをどのように展開していくか、自分でも楽しみである。(2002年6月)

<私とドゥービー・ブラザーズ>

その1:ドゥービー聞き始め(1984年)
ドゥービー・ブラザーズの名前を初めて知ったのは、83年頃の「週刊FM」誌での「Farewell Tour」のアルバム評だった。ライブならではの熱気を伝えるジャケット画とともに、なぜかそのバンド名が脳裏に焼き付いた。
初めてドゥービーのLPを聞いたのは84年、「Farewell Tour」をレンタルしてみた。ところがなぜか気に入ることができなかった。余談になるが、後年「初めて聞くミュージシャンの初めて聞くアルバムはライブ盤を避けよう」と思う第一歩にもなる(といいつつ、未だに何度も同じことをしているのだが)。
この頃、LP以外でもドゥービーに触れる機会があった。例えば、高校の文化祭で軽音楽部(昔はロックを演奏するクラブ名もこんな名前でした)の連中が「Listen To The Music」を演奏していた(曲名とバンド名は後でしったのだが)。また私が好きだったマンガ「気分はグルービー」(佐藤宏之著、週刊少年チャンピオンで連載)は高校生アマチュアバンドが主人公だが、彼らが「Long Train Runnin'」や「China Grove」を演奏する場面があった。


その2:ドゥービー中毒
(1985年)
転機は翌85年、NHK-FM「軽音楽をあなたに」でドゥービー・ブラザーズの特集が組まれた(2時間特集である、2時間)。「Farewell Tour」を聞いてそれっきりになっていたのだが「もう一度聞いてみるか」とエアチェックしてみた。
そこで放送された、名曲のオリジナルバージョンの数々・・・・。当時、MTVで流れる洋楽が全てだと思い、ビジュアル映えするエレクトリック・ポップやギターとシンセ中心の産業ロックばかり聞いていた私は、オリジナルの「Long Train Runnin'」アコースティックギターとドラムが織りなすロックサウンドに打ちのめされた。ドゥービーの真価に触れ、いきなりドゥービー中毒になってしまった。
この放送を聞かなければ今までドゥービーを聞いていなかっただろう。NHK-FMさまさまである。
こうして、まずはトム・ジョンストン時代のドゥービーを聞き始めることになった。一方、マイケル・マクドナルドはソロで活躍していたので、そちらからマイケル時代のドゥービーに入っていくことになった。

(注)FMのエアチェックについては、こちらをご覧ください。


その3:ドゥービーのCD化事情
(1986〜1989年)
ドゥービーのファンになった私はとりあえずレンタルレコードで主だったアルバムを借りてきて、カセットテープにダビングして楽しんでいた。87年に念願のCDプレイヤーを購入したが、CD化されているドゥービーのアルバムはどれも1枚3,200円くらいしたので(当時の相場です)、まだ購入することができなかった(ソフト貧乏というやつです)。
ここでまた転機が訪れる。88年秋にワーナー社がロックの洋楽旧譜の名盤を1,800円という破格値に値下げする「Forever Young Series」をスタート、ドゥービーの作品もラインナップされた。これならバイト代の範囲でなんとかなる! 私は月に1枚ずつ、やっと買いそろえることができた。
そこで廉価盤になったアルバムは次の4枚である。
 2ndアルバム 「Toulouse Street」
 3rdアルバム 「The Captain & Me」
 4thアルバム 「ドゥービー天国」
 8thアルバム 「Minute By Minute」
欲が出た私は、他の作品も購入しようと思ったのだがこの4枚以外はCD化されていないのだった。(ベスト盤は前期の1枚のみCD化されていました)
うーむ、悔しい。当時一番気に入っていた「Stampede」は何としても手に入れたい・・・・。
一見無理な相談のようだが、ここでひらめいたのが輸入盤だった。早速当時唯一知っていた神戸・三宮の輸入CD店へ行ってみた。
おお、さすがドゥービーの本場USA! ちゃんと輸入盤ではCD化されていた。この時輸入盤でのみCD化されていたのは次の3枚である。
 5thアルバム 「Stampede」
 6thアルバム 「ドゥービー・ストリート」
 7thアルバム 「運命の掟」
今なら無理して全部爆買するところだが、当時はバイト代の事情と節度(笑)があったので2回くらい分けて購入した。
その後のドゥービーCD化事情だが、90年春に残りの作品も全て国内盤としてCD化された。この時は上記3枚に加えて、次の3枚、計6枚がラインナップされた。(全てのオリジナルアルバムがCD化されました)
 1stアルバム 「The Doobie Brothers」
 9thアルバム 「One Step Closer」
 10thアルバム 「Farewell Tour」
いずれも世界初CD化だった。前89年にドゥービーが再結成され、日本でも人気が復活したのが理由ではないかと思われる。

(注)「Forever Young Series」についてはこちらをご参照願います。


その4:ドゥービー再結成と来日
(1989年)
私にとってのドゥービー最大の事件は、やはり89年の再結成に尽きる。
84年にディープ・パープルが再結成して以来、ロック界にも再結成の動きが頻繁に見られるようになった。ざっと上げてみると、エアロスミス、イエス、ピンク・フロイド、活動再開組としてはチープ・トリックやスターシップなどが思いつく。ローリング・ストーンズも「再結成」といっていいかもしれない。
そんな中でのドゥービー再結成のニュース。そして発売された新譜「Cycles」。このときの喜びは例えようもない。さらに信じられないニュースが届いた。来日公演である。まさか「ライブを見ることはあるまい」と思っていたミュージシャンが再結成して来日するとは。「盆と正月がいっぺん来る」という表現があるが、そんなものでは追いつかないほどうれしかった。
来日公演は11月27日、大阪城ホールだった。会場に集ったお客の年齢層はやはり高かった。1曲目「Rockin' Down The Higway」〜2曲目「Jesus Is Just Alright」、あとはどんな曲を演奏してくれただろうか、もう思い出すことができない。それでもコーラスの部分は会場全体が一体となった。会場全体がブラザーになっていた。最後の「Listen To The Music」では、感動のあまり涙が出そうになった。
この時の来日メンバーは、正式メンバーではないもののコーネリアス・バンパスが参加しており、「ドゥービー・ストリート」「君の胸に抱かれたい」などを歌ってくれて、とてもうれしかったのを覚えている。


その5:個人的にドゥービー低迷(1990〜1996年)
89年の来日に感動し、さらにボーナストラックが追加収録されるかのように翌90年にも来日した。
このときはホール&オーツシーラEとのジョイントコンサートであり、公演自体も89年公演の縮小版のような感じでちょっと残念だったのを覚えている。それでも前年では演奏されなかった「South City Midnight Lady」が演奏されてまた感動した。
91年、再結成第2弾アルバム「Brotherhood」が発売された。作品自体は改めて述べるが、ドゥービーらしさを見いだすことが出来ずに当時はあまり好きになれなかった。
「どんなに好きなミュージシャンでも必ず聞き飽きるときがある」というのが私のかねてからの持論である(「そしてまた聞きたくなるのが、本当に好きなミュージシャンなのだ」と思う)。ちょうどそんな時だったのだろう。ドゥービーをあまり聞かなくなっていった。
93年にマイナーレーベルからドゥービーの1stアルバム以前の音源集「Make It Easy」が発売されたが、珍しいことに買うことがなかった(結局レーベルの倒産で廃盤となり、後日ある方のご厚意で聞かせていただいた)。
また、同年ドゥービーの来日公演がアナウンスされた。このときも「もういいや」と行かないつもりだった。しかし、新聞の広告で来日メンバーが以前と変わっており、タイラン・ポーターとジョン・ハートマンに変わってジョン・マクフィーとキース・ヌードセンが参加していることを知り、あわててチケットを購入、見に行った。公演間際であったので非常に席が悪く、感動が薄かったのを覚えている。しかし公演自体は非常によかったようだ。やはりある方のご厚意でこのときワウワウで放送された東京公演を見たのだが、非常に素晴らしいものであった。
このときのことが頭に残り、96年に来日したときにも仕事の都合もあったのだが、やはり行かなかった。後日、この来日公演と前後したアメリカでのライブがライブ盤として発売され、また来日公演でも「Another Park」や「Eyes Of Silver」などの隠れた名曲や2曲の新曲が演奏されていたことを知り、公演に行かなかったことを痛切に後悔した。


その6:初めてドゥービーについて徹底的に話す(1996〜1998年)
洋楽ロックを聴いている方ならご経験をお持ちだと思うが、洋楽を聴いている人というのは周りにあまりにも少ない。私が高校の頃はMTVが毎日のようにテレビで放送され、見ている者の大勢いたのでヒットチャートを中心によく話したのだが、卒業後はほとんどと言っていいほど話すことはなかった。話に上がるのは例えばローリング・ストーンズやマドンナなど、洋楽ファン以外にも名前が知られているミュージシャンが来日したときなど、局所的に話題に上がるときだけだった。ドゥービーのようにいわば「過去」のミュージシャンについて話すことは皆無だった。
ところがここにも転機が訪れるのである。パソコン通信とインターネットである。
私は95年にパソコンを購入し、当時の大手パソコン通信会社の「ニフティサーブ」に入会しロック系会議室をのぞいてみた。そこで数人のドゥービーファンの方と知り合うことができ、今まで話をすることができなかったドゥービーに関する話を徹底的に行うことができた。おかげで、「運命の掟」の聞き所がわかったり、購入する機会を逸していた1stアルバムや「One Step Closer」も購入した。
その後パソコン通信は衰退し、インターネットの時代になった。場所が変わってもドゥービーや、その他のミュージシャンの話を今も続けさせていただいている。音楽ファン同士の語らいがこれほど重要なのかと、毎日が驚きの連続である。
恐らくは他のミュージシャンやロックのジャンル、はたまた音楽以外の趣味などのことでも同様の傾向があるのではないだろうか。インターネットがもたらしたコミュニケーションの拡大の、素晴らしい一面である。

(注)パソコン通信についてはこちらをご参照願います。


その7:ドゥービー復活〜そして現在(1999年〜)
ここ数年のドゥービーの活動はめざましいものがる。
1999年:BOXセット「Long Train Runnin' 1970-2000」発売
2000年:新譜「Sibling Rivalry」発売
2001年:来日公演
このように毎年新しい感動を届けてくれる。特に2001年の来日公演は素晴らしかった。演奏内容の熱気と充実、ファンの盛り上がり、どれをとっても再結成以降では最高だったのではないだろうか。
ドゥービーは、もうアルバムを100万枚売るミュージシャンでもなければ、巨大なコンサート会場を埋め尽くす観客動員数を誇るバンドでもない。でもそういうことは過去に全部やっており、もう必要ないと思う。
90年代のドゥービーは(日本にいるとなかなかわかりにくいのだが)ライブバンドとして地道な活動を続けている。この継続性、これこそが素晴らしいのではないだろうか。その活動こそが私たちの生活の応援歌にもなっているような気がする。これからも地道な活動でいつまでもがんばってもらいたい。
欲を言えば、2年に1回くらい新譜を出して、それをひっさげて来日してくれれば言うことはないのですが(笑)。
(2002年6月)

<プロフィール>

1969: トム・ジョンストン、ジョン・ハートマン、グレッグ・マーフィで「Pud」結成
1970: マーフィが脱退、パット・シモンズとデイブ・ショグレンが加入。
         バンド名を「The Doobie Brothers」に改めね71年に1stアルバム発表
1972: ショグレン脱退、タイラン・ポーター、マイケル・ホサック参加
         2nd「Toulouse Street」発表
1973: 3rd「The Captain & Me」発表
1974: ホサック脱退、キース・ヌードセン参加
         4th「ドゥービー天国」発表。「Black Water」が全米No.1になる。
1975: ジェフ・バクスター参加。5th「Stampede」発表
         ツアー中にジョンストンが体調不良で実質的に脱退。マイケルマクドナルドを加えてツアー続行。
1976: 6th「ドゥービー・ストリート」発表
1977: 7th「運命の掟」発表
1978: 8th「Minute By Minute」発表。「What A Fool Believes」が全米No.1になる。
         79年ジェフ・バクスター、ジョン・ハートマン脱退
1980: ジョン・マクフィー、チェット・マクラッケン、コーネリアス・バンパス参加
         9th「One Step Closer」発表。
         直後にタイラン・ポーター脱退、ウィリー・ウィークス参加。
1982: ボビー・ラカインドを正式メンバーに加えて解散ツアーを行う。
1983: 10th「Farewell Tour」(ライブ盤)発表
1987: 歴代メンバー12名が参集した再結成ツアーを行う
1989: ジョンストン、シモンズ、ハートマン、ホサック、タイラン、ラカインドで再結成
         11th「Cycles」発表
1991: 12th「Brotherhood」発表
1992: このころハートマンとタイランが脱退、マクフィー、ヌードセン参加。
1986: 13th「Rockin' Down The Highway : The Wild Life Concert」(ライブ盤)発表
2000: 14th「Sibling Rivalry」発表

<CDの発売状況> →CDの発売状況(詳細)へ

オリジナル盤は国内盤か輸入盤のどちらかで手に入ります。
(2000年10月発売「The Dig」誌の情報を参考にしました)

<中古CD状況>

根気よく探せば結構あります。価格は1,000〜1,400円程度です。
あまり人気のない1stや「One Step Closer」などは見つけにくいです。
一部アルバムはリマスター化されていますので、気をつけてください。

<全オリジナルアルバム>

ドゥービー・ブラザーズについては全てのアルバムを紹介いたします。随時更新していきます。
 1st 「The Doobie Brothers」(1971) 2003年8月24日追加
 2nd 「Toulouse Street」(1972) 2002年7月15日追加
 3rd 「The Captain & Me」(1973) 2004年8月8日追加
 4th 「What Were Once Vices Are Now Habits」(1974) 2003年2月17日追加
 5th 「Stampede」(1975) 2004年3月8日追加
 6th 「Takin' It To The Streets」(1976) 2002年8月5日追加
 7th 「Living On The Fault Line 」(1977) 2004年6月13日追加
 8th 「Minute By Minute」(1978) 2002年11月10日追加
 9th 「One Step Closer」(1980) 2003年4月14日追加
10th 「Farewell Tour」(1983) 2002年6月24日追加
11th 「Cycles」(1989) 2002年6月10日追加
12th 「Brotherhood」(1991) 2003年6月9日追加
13th 「Rockin' Down The Highway : The Wild Life Concert」(1996)
14th「Sibling Rivalry」(2000) 2002年10月7日追加
15th 「Live At Wolf Trap」(2004) 2005年3月7日追加
Boxセット「Long Train Runnin' 1970-2000」(1999)

(準公式盤)
「Make It Easy」(1993)
「Live Millennium」(2000)

(珍盤)
「Long Train Runnin'」(remix)
「Wheels Of Fortune」(または「Revisited」)

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2001年10月来日公演記へ

輸入新ベスト盤発売へ

「Cycles」「Brotherhood」再発盤情報へ

(番外編)仁義に厚いジョン・マクフィー

来日公演の記録


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