■海外研修日記


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#1330 海外研修日記(27)
新さん 1991/11/1520:00
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さて、次はドイツです。

やっぱりドイツはいいなあ。ドイツ語が少し分かるんでほっとする。トイレが清潔で、街は整然としてるし。おお、ドイツ料理も相変わらずではないか。

ドイツでは現地法人での研修の後、土日を利用して旧東ドイツ、出来ればチェコのプラハまで行ってみるつもりだ。さあ、大冒険の始まり。


デュッセルドルフの飛行場で車を借りる。ゴルフのジェッタ。まずはヘッセン州の首都、カッセル。ここは10年前はじめて海外出張した時来たところで感慨深い。グリム兄弟博物館がある。


ここから東に向かう。ドイツには10数回来て、ほとんどドイツ中走り回ってるけど東だけには行ったことがない。前から一度は行ってみたかったので、楽しみだ。第1日目は旧東ドイツとの国境沿い、アイゼナッハの近くに宿をとる。

ここはもともと領主の館だったところをホテルに改装したもので、牛舎がガレージになっていたり、納屋が離れになっていたりするおもしろいところだった。ここはあたりだな。プール、サウナ、テニスコートがついている典型的な週末リゾートだ。ま、会社役員用厚生施設といったところか。

翌日東にはいる。アウトバーンがいきなりなくなって、普通の田舎道になる。ぶっつり切れてるわけ。大突貫工事でつなげようとしている。東、特にベルリンまで行くアウトバーンは2本しかなく今のところこれがネックになってる。

舗装がいきなり悪くなる。継ぎ目だらけで車が跳ねてスピードが出せない。途中、パーキングにおばさんが屋台を出している。ほんとにバーベキュウコンロとクーラーボックスだけで商売をしている。自家製の長いソーセージをじゅうじゅう焼いて、コッペパンに挟んだだけのもの。値段だって100円しない。でも流行ってる。車がたくさん止まってみんなうれしそうにソーセージを食べてる。ちゃんとすぐそばには公営のレストハウスがあるにもかかわらずだ。

東の暮らしはやっぱり楽ではなさそうだ。身なりも貧しくはないが質素だ。みんなそれを知ってるから、おばさんのところで食べる。どこでも人情は変わらないな、と思った。ええ、私も食べました。おいしかった。そんなことを考えながら食べてると、ふと胸が熱くなる。私もずいぶん遠くまできたんだなあ。

ドレスデン。すすの街。ここは大戦中徹底的な空襲で廃虚と化した。その時のことはカート・ボネガットの「スローター・ファイブ」や、映画にもなった「キャッチ22」にくわしい。街の建物、銅像、全てがすすで真っ黒だ。

中央の宮殿や教会は煉瓦を1個づつ積み直してまったく前と同じものに作り直している。しかし煉瓦も焼けただれて真っ黒だし、壁にはめ込まれた彫刻も真っ黒だ。見事な天使の群像があるのだがこれも異様に真っ黒で、双眼鏡でのぞいてうなってしまった。ここがヨーロッパの広島と呼ばれるわけだ。

街はただ広い通りがあるだけで、がらんとしている。元公営のデパートにはそっけなくスタンドに服が掛けてあるだけ。電気用品のウィンドウだけが人がたかって熱心にのぞき込んでいる。でもそんな殺伐とした町並みにも関わらず、人々は非常にいきいきしていたのが印象的だった。これは私の色眼鏡だろうか。

あれ、なんかジンタが聞こえるなあ。あ、ゴルフの新型車だ。ふーん。シビックみたい。あ、これは新車展示会なんだ。しかし素朴なジンタだな。まあブラスバンドともいいますが。なんともかなしいね、これは。人々は黙々と車をのぞきこんでいる。車に触ろうとする人がいない。確かに人は多いのだが。日曜日だからあいてるのはここと教会だけなんだけどね。マネージャーらしきおじさんだけが汗かきながらパンフを人に押しつけていた。資本主義社会の始まりです。

さて、プラハに向かうぞ。

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