奨励者 : 野本真也 学校法人同志社理事長
2002年1月23日(水)学校法人同志社・創立者永眠記念日早天祈祷会奨励
説教時間:約20分……パソコンに取り込んでからゆっくりお読みください。
礼拝堂(メッセージ・ライブラリ)に戻る![]()
「キリスト教・下世話なQ&Aコーナー」に入る![]()
教会の玄関に戻る![]()

聖書:ヨハネによる福音書8章32節(新共同訳・新約・p.182)
あなたたちは真理を知り、真理はあなたたちを自由にする。

同志社の校祖新島襄は、大学設立募金運動のさなか、病にたおれ、1890年(明治23年)1月23日、大磯の旅館で八重夫人の左手を枕にして、最後の息を引き取りました。46歳と11ヶ月の生涯でした。
亡くなる二日前の1月21日午前5時半、新島は、八重夫人と小崎弘道牧師、徳富猪一郎(徳富蘇峰)が枕元で見守るなか、同志社に対する遺言を語り、徳富がそれを筆記しました。
今朝、お配りしたのは、その原文と、その現代文です。これは新島研究のベテランの先生方(井上勝也、伊藤弥彦、本井康博、沖田行司、坂本清音)が一昨年の創立125周年記念のために完成してくださった『現代語で読む新島襄』(2000
丸善 252-3頁)の中にある現代文のものです。
この遺言は、同志社の歴史のなかで、繰り返し語り継がれ、事あるごとに、同志社人にみずからの現状を反省させ、新島襄の志に立ち帰る決意を新たにさせる力をもってきたのです。
私もこの遺言を読むたびに、みずからの足りなさを悔やみ、申し訳ない気持ちでいっぱいになります。
ところで、私たちの持っている生徒手帳や教職員手帳等には、全部ではなく、最初の部分しか載っていないことが多いので、今朝は、この遺言に込められた112年前の新島の志を私たちの胸のなかにしっかりと受け止め直すために、みなさまと一緒に全体をまず読んでみたいと思います。
==============================
新島襄の遺言 (『現代語で読む新島襄』(丸善 2000 252〜3頁)
1.同志社の将来はキリスト教による徳育、文学や政治などの興隆、学芸の進歩、これら三者を一体的にまた相互作用的に行うこと。
2.同志社教育の目的は、神学、政治、文学、自然科学などいずれの分野に従事するにせよ、どれもはつらつたる精神力があって真正の自由を愛し、それによって国家につくすことができる人物の養成に努めること。
3.いやしくも教職員は学生を丁重に扱うこと。
4.同志社では「てきとうふき」(このページでは漢字が表示できません)なる書生〔信念と独立心とに富み、才気があって常規では律しがたい学生〕を圧迫しないで、できるだけ彼らの本性にしたがって個性を伸ばすようにして天下の人物を養成すること。
5.同志社は発展するにしたがって機械的に事を処理する懸念がある。心からこれを戒めること。
6.金森通倫(かなもりつうりん)氏を私の後任〔同志社社長〕とするのは差しつかえない。氏は事務に精通し、鋭い才気の点では比類がないが、教育者として人を指導し、補佐する面では徳がなく、あるいは小細工をしやすいという欠点がないとは言えない。この点は私がひそかに残念に思うところである。
7.東京に政法学部、経済学部を設置するのは、最近の事情を考慮すれば、とうてい避けることができないと信じる。
8.日本人教師と外国人教師との関係についてはできるだけ調停の労をとり、両者の協調を維持すること。これまで私は何回も両者の間に立って苦労した。将来も教職員の皆さんが日本人教師にこのことを示していただきたい。
9.私は普段から敵をつくらない決心をしていた。もし皆さんのなかであるいは私に対してわだかまりを持つ人がいるならば、そのことを許していただければ幸いである。私の胸中には一点の曇りもない。
10.これまでの事業を見て、あるいはこれを私の功績とする人がいるかもしれない。けれどもこれは皆、同志の皆さんの援助によって可能になったことであり、自分ひとりの功績とは決して考えてはいない。ただ皆さんのご厚意に深く感謝する。
===============================
徳富が、これらの言葉を筆記したものを朗読すると、新島は、ひとつひとつうなずきながら聞かれました。そして、終わったのは、午前七時十分前であったとのことです。ですから、1時間40分ものあいだ、新島は激しい腹痛に耐えながら、同志社への最後の言葉を語ったのです。
この遺言は、通常、全部で10項目(10か条と呼ばれている)とされており、あとから番号がつけられています。しかも、前半の5か条は、非常に格調の高い、同志社が同志社でありつづけるための内実、これがなければ同志社は同志社でなくなってしまう、決して失われてはならない精神を明確に指し示す言葉となっています。そして後半の5か条は直接、現実や将来にかかわる具体的な内容を含んだ言葉となっています。
私は最近、この遺言を読みながら、はっと気づかされたことがあります。それはこの10か条という構造が、聖書に出てくるモーセの十戒の形に非常によく似ているということです。
モーセの十戒は、旧約聖書に2回、出エジプト記20章と申命記5章に出てくるのですが、申命記というのは、じつはモーセの遺言の書なのです。
しかも、十戒の前半の5か条は、神とイスラエルのあるべき関係についての約束ごとであり、後半の5か条は具体的な人間関係について守るべきことの教えとなっています。
モーセの遺言と新島の遺言のこの類似性。ということは、もしかしたら、新島が激痛のなかで、いろいろと過去を、そして自分の亡きあとの同志社のことを思いめぐらしながら、遺言を10か条にまとめながら語ったとき、じつはモーセの遺言のいわば真髄の部分である十戒を念頭に意識していたのではないか、私にはそのように思われて仕方ないのです。
モーセはエジプトの奴隷であったイスラエルの人々を自由にするために悪戦苦闘しました。ファラオの弾圧と嫌がらせにはじまり、荒れ野では40年のあいだ、仲間であるイスラエルの人々の不平不満や無理解、不信感、反発、反逆に苦しみました。そしてやっと、自由と豊かさのあふれるカナンの地を目前にしながら、モーセはそこへ入ることを神からゆるされず、ピスガの山頂から乳と蜜の流れる地をはるかに仰ぎ見ながら、亡くなったのでした。
新島はどうだったでしょうか。新島も、同志社英学校の開校以来、封建社会やキリスト教に対する無理解、弾圧、宣教師たちとの軋轢(あつれき)、学生の反発などなど、苦しみの続くなかで、同志社大学設立の志を鮮明にかかげ、人々の理解と協力を求め、募金活動にまい進したのですが、重い病に倒れ、死を自覚させられたとき、自分がもはや実現することのできない同志社大学の設立の日を、はるかに遠く仰ぎ見るような想いに満たされたとき、あのモーセのことが脳裏に明確に浮かんだに違いありません。
19世紀後半、新島がたどり着き、学んだアメリカ東海岸のニューイングランド地方は、イギリスでの信仰弾圧から逃れ、自由を求めて大西洋をわたったピューリタンの精神が人々のあいだに生き生きとしていました。
ピューリタンの人たちは、自分たちの生き方を聖書に照らし合わせて理解し、実践した人々でした。エジプトの奴隷であったイスラエルの人々が荒れ野を越えて自由の地に入ったことを、まさに自分たちの生き方のモデルとして受け止め、大西洋を荒れ野に見立てて、自由の地にわたった人たちであり、ニューイングランド地方には、そのような伝統の息づくなかで、新島はそのような精神に生きるキリスト者と出会い、かれらの信じるキリスト教を学び、かれらの聖書の読み方を身につけたのでした。
ですから、臨終にあたって、新島が、ピューリタンの聖書の読み方におのずと従って、モーセと自分を重ね合わせるようにして、神の意志を伝える最後の機会として、自分のメッセージを遺言に託そうとしたとしても、決して不思議ではありません。
聖書のギリシャ語では「遺言」はディアセーケーと言いますが、これは同時に「契約」という意味をもっています。英語のテスタメントと同じです。ですから、新島が「遺言」を語っていたとき、聖書の「契約」という重要な考えが念頭にあったと思われます。遺言が「死に直面して」行われるように、聖書の世界での契約は、しばしば「血」が「しるし」として用いられていることからもわかるように、「命をかけて」の約束事、新しい共同関係に入る決意表明でした。
しかし、イスラエルの人々は、神との契約を守らず、与えられた自由をわがままに変えてしまったため、人々の心はわがままや欲望にとらわれ、罪の奴隷になってしまったのです。その結果、神との信頼関係は損なわれ、人々の間の平和も幸せ失われ、実際に国が滅び、他国の奴隷にされるまでにいたったのです。
そうしたなかで、イエス・キリストが現れ、罪の奴隷状態からの自由を与えてくださった、これが新約聖書のメッセージです。
もういちど、新島の遺言をみてください。遺言の第2条のところで「真誠の自由を愛し」とあります。これは、現物の写真を最近公開された新島遺品庫のホームページ
(http://www.doshisha.ed.jp) でみますと、徳富が欄外にあとから書き足した言葉であることがわかります。つまり、新島は、とくにこれをあとから付け加えるように指示したのでしょう。ですから、この言葉には、新島の特別の想いが込められていると理解しなければなりません。
「真誠の自由を愛する」とは、いったいどういうことでしょうか。言うまでもなく、「自由」は新島の最も大切にしたキーワードの一つです。「自由教育、自治教会、両者併行、国家万歳」、これが私の生涯の目的であると、新島は亡くなる前の年に、弟子たちや学生に書き送っています。それは、自由教育によってこそ、はじめて自由を尊重する日本社会を築くことができる、と確信していたからです。
でも、ここでは、さらに自由に「真誠の」と付け加えられています。「真誠」の反対は「虚偽」でしょう。とすれば、虚偽の自由、いつわりの自由、みせかけにすぎない自由があるということになります。たしかに、私たちは自由だと思っていても、いろいろな欲望だとか、自分のエゴそのものだとか、他人の考えだとか世間の評判だとか、いろいろなものに案外、がんじがらめに縛られているのではないか。聖書はそれを罪の奴隷と言っているのです。
では、虚偽の自由、いつわりの自由、みせかけの自由ではなく、ほんとうの自由、真誠の自由をもたらすのは何か。それは「真理」にほかなりません。
新島は、聖書の中で、ヨハネによる福音書がいちばん好きでした。この福音書が「真理」について語っているのです。それが先ほど読んでいただいた8章32節のイエスの言葉です。「あなたたちは真理を知り、真理はあなたたちを自由にする」。ここでの真理とは、私たちがふだん使っている「客観的な真理」という意味ではありません。ヨハネ独特の表現で、「わたしが道であり、命であり、真理である」と言われているイエスご自身のことを指しているのです。
イエス・キリストこそが、真誠の自由をもたらしてくださる。その真誠の自由を何よりも愛し、それを自分のわがままや欲望のためでなく、「それによって国家につくすことができる」ような生き方をしてほしい、同志社はそういうふうに真誠の自由を愛のために用いる人物を育てる学校であってほしい、これが新島の人生最後のときに、ほとばしり出た願いであったのです。
同志社に連なる学生・生徒のみなさん、そして私たち教職員ひとりびとり、この聖書の言葉、そして新島から託された遺志をしっかりと心に受け止め、その尊い志に私たちの心を合わせて、応えていこうではありませんか。
父なる神よ
同志社に連なる私たちに、今こうして校祖の墓前に集い、共に同志社の精神について想いをめぐらす機会をお与えくださいまして、心から感謝いたします。
虚偽の自由が横行する時代のただなかにあって、どうか真誠の自由を愛する精神を同志社にみなぎらせ、同志社に託された使命をはたしていくことができますように、あなたが私たちを導いてくださいますようにお願いいたします。
ひとことの感謝と願いとを主イエス・キリストの御名によって、御前におささげいたします。
アーメン

ご意見・ご指摘・ご感想等はこちらまで→牧師あてメール