失われた名作を求めて

(2000年2月)
             

 映画に限らないが、知られざる作品には必ず理由がある。
 この作品も「アルマゲドン」「ディープ・インパクト」等に多少の影響を与えた程度で20世紀末映画史の片隅に消えていった。脚本、演出、俳優、特殊効果、どれをとっても一級品、場合によっては90年代掉尾を飾る名作になったとも思われるこの映画がなぜ消えていってしまったのか。この場を借りて検証してみようと思う。

「砂漠のモニュメント」"Mad Scientist's Grave"監督テリー・ギリアム、脚本ウィリアム・シャトナー、制作グラハム・チャップマン、特殊効果はピクサー社が担当している。

 原題はT・グリーネマイヤーというSF作家が80年代後半に発表した原作と同じで、直訳は「狂った科学者の墓」となるが、あんまりだというのだろう。邦題は比較的穏当なものになっている。
 ストーリーは、アリゾナ州の砂漠の一隅に、見たこともない形の塔(モニュメントである)が発見されたことから始まる。高さ数十メートルはあろうかという半透明(注一)の塔で、頂上にほぼ正二十面体の中空構造をもち、根元は六本に枝別れした脚部で支えられている。比重は極めて小さいが、未知の結晶構造で強度は高い。あわてて駆けつけた政府の調査チームが目撃証言を集めたところ、どうやらこの構造物は、空からゆっくりした速度で「降ってきて」地面につき刺さったらしい。そのうちに半透明の殻の中に何かがいたといいだす者まで出てくる。
 主人公は調査にあたった政府機関所属の地質学者シンシア(ダリル・ハンナ)とその夫で胃ガンに冒されたキッドピーク天文台(注二)勤務の技師シュミット(ジョン・クリーズ)である。
キッドピークと日本の野辺山天文台(注三)をリンクしたしたVLBI(注四)に異常が起きるところからが前半の山場である。サイバーテロリスト(エリック・アイドル)のシステムへの侵入が発見され、壮絶な(?)闘いの後障害は除去される。
しかし異常は収まらない。そのうち、システムではなく地理的条件すなわちキッドピークと野辺山の距離が変化していることが判明する。地殻に何かが起きているのだ。
 程なく全世界で大規模な地殻変動が相次ぎ、各国は深刻な打撃を受ける。(注五)この未曾有の事態の中で彼女は原因の究明と事態の打開のために奔走する。
 どうやら塔が(少年サンデーでもおなじみの)珪素生物の殻であり、中に見えたのはその遺伝子であったということが明らかになってくる。早い話、地球という細胞にとりついたバクテリオ・ファージ(注六)ということである。早く手を打たないと、地中で繁殖して地球が破壊されてしまう。
 殻に残された痕跡を使って、珪素遺伝子を破壊するシステムを開発しようとする妻と、ガンが進行する夫の様子が平行して描写される。ずば抜けた才能を持ちながら独断専行するシンシアは周囲の理解を受けられず孤立し、計画は危機に陥る。
 悲惨な大災害とシンクロしてシュミットの病状が悪化していく様子を表現する際のカットバックとモンタージュを多用する、あざとさと紙一重の演出は見事という他はない。
 テーマも重く、結末も正直言って何の救いもない。しかし死の直前にシュミットの見る夢の場面は息をのむほどに美しい。塔とその周りで繰り広げられる幻想的なカーニバル。登場人物のほぼ全員が登場するところなど、フェリーニなどを連想させる。CG主体で撮られたこの映画の中で、このシーンだけは例外的に巨大なオープンセットを組んで撮影された。さらにはフィルムの色調を他のシーンと微妙に変えるために、わざわざ香港の会社に現像を発注したという。
 救いのない結末の後(何しろ努力もむなしく、地球が壊れてしまうことを暗示して終わるのだ)やけに明るいエンドタイトル(注七)が流れて、クレジットが映写される。この辺は同じ監督の「未来世紀ブラジル」や、先頃亡くなったキューブリックの「博士の異常な愛情」を思わせる。
大変に興味深い点の多い映画なのだが、興行的には散々だった。
ちらっと野辺山天文台が出てきて、そのシーンで藤岡弘が(ちょっとだけ)セリフをしゃべる。多分このおかげで、日本公開も一応された。残念ながら興行成績はこちらも散々。大都市限定のロードショーが、どこもほぼ二週間以内にうち切られた。
 結局、日本円で百億を越えた制作費(推定、実際の制作費は公表されていない。)は、ほんの一割も回収できなかったという。
 興行的に失敗したのはいくつか理由が考えられる。
 第一にハッピーエンドでないこと(というか考えようによっては、これ以上悲惨な終わり方はないと思われる。)
 次に、登場人物がどれもエキセントリックで感情移入が難しいこと。悪役のテロリストはともかく、自分の病状に無関心で何を考えているのかわからないシュミットや、自分の意見の正しさだけを信じてやまない天才科学者のシンシアの二人が主人公なのだから、観客はとっても疲れるのだ。(勿論これは演出の意図であり二人の性格は原題にあるとおり、テーマと不可分なのだが。)
 脇役もくせ者が多すぎる。「鼠」と呼ばれている、抜け目のないシュミットの上司(テリー・ジョーンズ)は目的のために手段を選ばない野心家だし、シンシアの仕事上のパートナー(マイク・マイヤーズ)に至っては、自分の自殺願望を満たすために、仕事の妨害を始める始末である。
 最後にあげられるのは、背景説明が少なく、特定分野の知識のない人間には、何をやっているのかさっぱりわからない場面が多いこと。何しろ、システム内部のクラッキング(注八)の痕跡を探してテロリストの所在を突き止めようとする場面など、専門用語が多すぎて字幕が四行になってしまっている。(注九)
 まあ一言で言えば「凝りすぎ」ということなのだろうが、逆に言えばこれは近い将来マニアの間で名作として語り継がれる可能性も秘めていると言える。いわゆる「カルト・ムービー」である。
 「ブレード・ランナー」が公開時よりもビデオでヒットしたように、極めて私的な、部屋でじっくり見る映画としてブレイクする可能性も有り得るというわけだ。
可能性の検証には、もう少し時を持たなくてはならない。

 ラストシーン近くシュミットとシンシアの会話。
「もし未来があるとするならば、君は子供たちにどんな教訓を残したいと思う?」
「……人を見たら泥棒と思え」


注一・薄いブルーと無色のツートンカラーで、噂によればこのデザインがiMacに影響を与えたらしい。特撮を担当したピクサーとマックを作っているアップルはCEOが同じである。

注二・アリゾナ州ツーソンにある。口径十二メートルの単一パラボラ型電波望遠鏡をそなえる。

注三・長野県にある。口径四十五メートルの電波望遠鏡がある。

注四・超基線電波干渉計。二カ所以上の電波望遠鏡を用いることにより受信電波の干渉を利用して、空間分解能をあげる技術。

注五・ピクサー社はこれらの災害シーンをフルCGで表現。なかなかの出来映え。

注六・細菌に感染するウイルスのこと。外皮タンパク質と内部のDNAからなり、菌体内には内部のDNAだけを注入する。その結果菌体内に大量のファージができ、細菌は死滅する。細菌の崩壊に伴って外界に出たファージは感染を繰り返す。

注七・「SF映画二本立て」という曲のリミックスバージョンである。内容と合っているようないないような妙な取り合わせに感心した。

注八・ここではコンピュータシステムに対する悪意または、犯罪的意図を持ったソフトウェアによる攻撃を指す。

注九・しかも適当な訳語がないせいか、ほとんどがカタカナ。読みにくいことこの上ない。例えば「ファイルリソースの中にリカーシブなコードをインプラントして、タイマーのインタラプトがある度にカウンタをデクリメントして自分自身を書きかえ、違うアドレスにジャンプする命令と共にエリアスを張るという方法さ」意味が分からない。余談だがこの映画では訳しすぎて「使用者に対する親和性を高めようと界面を工夫する技術に資源が占有されているんだよな」などとぼやく「系技術者」も登場する。

(完)