たまねこ見聞録 バルト3国(その3)



〜 猫の家 〜

左の建物の屋根に注目して下さい。風見鶏のような黒猫が乗っかっています。以前は反対方向に向いていたという。ビッグ・ギルド加入を断られた、裕福なラトヴィア商人が、怒ってビッグ・ギルドに尻を向けた猫を取り付けたそうな。その後、ビッグ・ギルドがコンサートホールに変わって、音楽に誘われた猫が向きを変えたとさ。

こんな物騒なものが町中に? 火薬塔の近くにあった。(と思う)

〜 スウェーデン門 〜

1698年、城壁を利用して住宅が建てられた際に作られた門。当時、向かい側に兵舎のあったスウェーデン兵が利用していたため、この名前で呼ばれた。よくある話なのだが、スウェーデン兵と恋に落ちた娘が、ここで密会。ある日、ここで恋人を待っていた娘は捕らえられ、罰として門の内側に塗り込められてしまったという。ちなみに、ここを真夜中に通ると、すすり泣きが聞こえるらしい。成仏して下さい。

〜3人兄弟 〜

さて、長男はどれでしょう? 答は右側の白い家。(だったと思う)
長男の家は15世紀に建てられたもので、リーガに現存する最も古い家、窓が小さいのは、当時、窓税が課せられていたため。真ん中の次男の時代は窓税が廃止された。現在は、博物館になっている。3男の時代は間口税が課せられ、このような建物に。ついでに、エストニアのタリンにも3人兄弟、3人姉妹がある。並べば、みな兄弟だ。

〜 国境通過 エストニアのタリンへ 〜

2007年3月16日(金) タリン 歌の原

ここで5年に1度のエストニア最大の祭り、歌と踊りの祭典が開催される。1988年9月11日には、エストニアの人口の1/3にあたる30万人以上が集まり、独立の思いを歌にした。まさに、”歌いながらの革命”である。左側に座っている銅像は、作家であり医者でもあった、フリードリッヒ・レインホルト・クロイツヴァルト。

トームペア城の展望台から、街を一望。
トームペアは山の手を意味する。石灰岩の層でできた、海抜47mの丘。かつて市議会が支配していた下町とは、政治的にも隔てられていた。

展望台で出会った子供たち。
異国のおじさんおばさんの群れを、どう思ったことやら。

〜 アレクサンドル・ネフスキー聖堂 〜

1901年、帝政ロシアによって建てられた、ロシア正教教会。中に入ると、イコン売場があった。
付近の土産物にも、マトリョーシカが多かったような・・・

〜 トームペア城 〜

駐車場完備のホテルか市庁舎に見えるが、かつては城だった。現在は、国会議事堂として使われているので、入館できない。そもそもタリンはエストニア語で、デンマーク人の都市という意味で、1219年にデンマーク王バルデマー2世がトームペア城を築いたことに由来する。

ラエコヤ広場近くの通り。右手の店は、クルデゥセ・ノッツ・クルツ。豚料理の店。ピンク豚プランターが可愛いとは思わなかった。メニューを見ながら、30分も電卓をたたき、小銭を1枚1枚数えるハメになるとは。トホホのフリータイム。旅の恥はかき捨てだ。

〜 占領博物館 〜

昼食後はフリータイムなので、ホテルに戻った後、スーパーで猫土産を買う。さらに土産物を求めて、街をブラついた。美術館のようなモダンな建物の中に入ってみた。ソ連によるエストニア占領をテーマにした博物館だった。入館料10クローン(約100円)と安いが、渡されたパンフレットは要返却。

オープンは2003年。まだ新しいのだ。占領初期から独立までの時代ごとにまとめられた資料とドキュメンタリービデオが流れていた。30分間のビデオを7種類見ている時間も脳もないので、早々と階段を降り、地下へ潜る。

地下に降りると、何かあやしげな過去の遺物が。

やっぱり、美術館に来たのだろうか?
この大きさのレーニン、怖いです。

右手に見えるトイレの手洗い、気に入りました。蛇足ながら、この時計の時間、リアルタイムじゃないです。閉館は18時。そんなことよりも、土産物を買いに行かなければと思い、博物館を後に。タリンの街は治安も良く、街を歩いていても、小学生の女の子たちに5クローンせびられたぐらいなもんです。(一体、その金で何が買えるんだ?)
結局、土産物探しは翌朝、ホテルを出発するまで続くのであった。
〜 猫土産の数々 〜

この中で一番高価なのは、リストニアで購入した琥珀の猫とカエル。合わせて124リタス(約5,300円)。
小さいし、財布に入れるには大きいという代物。行方不明になる可能性大。トラカイ城の土産物屋で買った猫タイル(3リタス)、エストニアのドライブインで買ったガラス猫は60クローン(約600円)の共通点は、耳が尖っていて、口元がぷっくりしている所か。タリンの旧市街で買ったピルケースは190クローン。タリンのホテル近くのカウバハル(スーパーマーケット)で買った猫パウチは3つで15クローン。大したものは買っていないようだ(涙)。

1年近くかかって、ようやく出来上がった旅のページ。こんなに思い出すことが難しかったなんて・・・ ボケてきたのだろうか? いや、記憶力に自信のあるたまねこを、忘却曲線の彼方に追いやったのは、たび重なるアクシデントと似たような名前と作りの建物だ。タリンのホテルでは、たまねこの部屋がなかった。それは、たまねこと同姓同名の人がいたからだった(涙)。
ホテルの朝食はとてもおいしかったし、部屋も快適そのもの。特にデニッシュの種類が豊富で、また食べたいと思ったくらい。スモークサーモンも美味だったし。
レストランの昼食もおいしかった。パンも、店によっては様々だったし、おいしかった。水はレモンスライスを入れたピッチャーで運ばれてきて無料。ああ、食べることなら、いくらでも思いだせるのに。
2005年から、リストニア入国の際には海外旅行傷害保険の加入が義務付けられたので、どんな国なんだろうと不安を感じたが、問題はなかった。
何と言っても、食事がおいしかった・・・、それが今回の旅の印象に残ったこと。だが、帰国後、成田で荷物をチェックする際に、係の人から「どちらの国に行かれました?」と質問され、即座に答えることができなかった。これは、ただのボケだろうか?
次回の旅は中欧4ヶ国。忘れないように記しておく。