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きらめく。
森に差し込む強い日差し…
静かな森の中で、馬のヒヅメの重い音が響く。
三頭のうちの一頭に乗せられて、僕は森の小道を進んでいた。
大きくて立派な馬の上から、辺りを見渡して、思う。
よかった。今日も、森は綺麗だ。
慣れ親しんだこの森を見ることも、僕にとっては今日で最後だ。
「さよなら」の代わりに、僕は光が透ける木々の葉っぱを見て、小鳥が枝に止まって可愛く歌っているのを見て、小さく笑ってみた。
道脇を見下ろせば、マンテマの花が萎れて下を向いてる。それを見つけて、ああ、春ももう終わるんだな、と、そう思った。
春の次に来る季節、夏のことを思い出す。
夏は、僕が一番好きな季節だ。
抜けるような青い空と、大きな大きな白い雲達。強い日差しを受けて、青々と茂る木々は命の力に溢れ、上へ上へと、太陽を目指すみたいに強く伸びる。僕はその中を、力いっぱい走り抜けて、森の匂いのする空気を、胸いっぱいに吸うのが、たまらなく好きだった。
あ、あと、もう一つ好きなものがあった。それはスイカだ。大きくて、赤くて、すっごく甘いあの夏の果物…。
…あれも、もう食べられないんだな。
馬のヒヅメの音に隠れて、僕はそっと息を吐いた。
僕の村には、昔からの古いしきたりがあった。
『村に角の生えた子供が生まれたら、その子の13歳の誕生日の日に、海の上に聳え立つ誰も居ない霧のお城に、生贄として捧げなければならない。』
僕には角が生えていた。村中でも、角が生えてるのは僕だけだった。
僕は『イコ』と名づけられた。神官様につけてもらった名前だ。僕はこの名前の意味を知らない。・・・というより、聞いたけど誰も教えてくれなかった。でも僕はそれはそれでいいと思った。言い渋る神官様たちを見てると、なんだか知るのが怖くなったから。
僕は小さな時から、生贄がどんなに村にとって重要なことか、何度も何度も教えられた。
『生贄を差し出さなければ、村は大いなる災いに襲われる。』
『お前が生贄にならなければ、お前の家族や、友達に、不幸が訪れることになるのだ。』
『お前が生贄になれば、悪いことはなぁーにも起きないんだよ。いいかい?イコ。お前はいい子だ。辛いだろうが、村のために、我慢しておくれ。』
聞きたいことはたくさんあった。大いなる災いや、不幸ってどんなものなの?僕が生贄にならなくても、”悪いこと”っていうのは起きるもんなんじゃないかな?とか。
でも、結局僕は何も聞けなかった。そう繰り返す大人たちは、とてもとても辛そうに見えたから。
だから僕は、生贄になる事を受け入れた。そうすれば、少しは村の人達が辛くなくなると思ったから。
あの人達を辛くしてまで、生き延びようなんて思えなかった。
そして今日、僕は13歳の誕生日を迎えた。今、僕は神官長様とお付きの神官様二人に連れられ、霧のお城へと向かっている。
それにしても、今日の日差しは強い・・・。
眩しくて、思わず手かせのつけられた手で目の前を覆うと、僕の後ろで手綱を引いていた神官長様が、強い力で僕を引き寄せた。
僕が逃げようとしたと思ったのかな?
振り向いて、僕は神官長様を見上げる。
神官長様は布で顔を隠してるから、僕には、どんな顔してるのか分からなかったけど。
心配しないで、と思って、僕は彼に笑顔を見せた。
ふと、前を歩いていた馬の足音がゆっくりになる。
前を見る。
自然は途切れ、そこからは石の板で地面を敷き詰めた、人の手が造った場所に変わった。太い大きな柱が何本も周りを取り囲んでいる。
3頭の馬が立ち止まる。道はそこで行き止まりになってたからだ。
行き止まりの先は、まるで向こう側を隠すように、濃い、大きな白い霧が発ちこめている。
見たこともない深い霧に、目を凝らす。向こう側には、何か…大きな山のような影が見えた気がした。
その時、一瞬強い風が吹いて、僕は思わず目を瞑った。
霧が足元まで流れてくる。馬が不安そうにブルッと震えた。
「・・・・・・!」
少しだけ、霧が晴れた。そこから見えたものは…。
「・・・すごい。」
まず思った事が、”大きい”のただ一言だった。
大きい…ものすごく大きい。
まるで、全ての建造物の王様のように、それは偉大で、とても大きな存在だった。
ここだったら、神様や悪魔が住んでいても、僕はちっとも不思議と思わない。
僕が山だと思った影の正体は、切り立った島の上にそびえ立つ、大きな古い霧のお城だった。
僕は馬から下ろされ、神官様に手を引かれて、石の道を歩いていった。
行き止まりかと思われたそこには、下の海へと続く階段があり、僕達は強い風に吹き飛ばされないよう、ゆっくりと階段を下りていった。
降りた先には、1艘の小船が待っていて、僕達はその小船に乗り込んだ。
霧がたちこめた頭上から、時々風の音が、グオォォ…と聞こえてくる。
その音が、まるで僕を呼んで城が鳴いてるみたいに聞こえて、僕は少し身震いした。
後ろを振り返ってみる。
そこは深い霧に塞がれて、もう何も見えなかった。
僕は、向こう岸の、今まで僕が暮らしていた世界を思い出した。
大好きな森。風と土の匂い。僕の育った村。お父さん、お母さん…。
もう二度と、戻れないんだ…。
悲しみは、霧の姿に似てると思った。
僕は霧の混じった空気を吸って、少し、むせた。
崖にぽっかりと空いた穴をくぐると、そこはお城の波止場になっていた。
お城に入って、まず目に入ったのは、僕の身長を足したくらいの高さの、深緑色の四角い石像だった。
(この像も僕からしたら十分大きいのだけど、このお城があまりにも大きすぎるから、あんまり大きいと思わなかった。)
石像は二つ並んでいて、上が見えないほど高い塔の入り口を塞いでいた。
僕は神官様に連れられて、石像へと歩いていった。そして、間近でその石像を見る。
瞬間
・・・ドクンッ!
冷たく、黒い手に、僕は心臓を鷲づかみにされたような気がした。
だってその石像は…。
四角い、箱のような石像には、ぎっしりと不思議な文様が刻み込まれていた。でも、僕が驚いたのはそこじゃない。その石像は真ん中あたりに窪みがあって…。そう、まるで石像に抱かれるように、そこにうずくまっているのは
(…角の生えた子供の…石像?!)
思わず出そうになった悲鳴を、僕はなんとか喉元で抑えた。
心臓が、まるで自分の物じゃないみたいに、バクバクと暴れている。
ここは本当に、角の生えた子供を集めるところなんだ…っ!
石像から、僕が目を離せないでいると、神官様の一人がやってきて、像の前に立った。その足音にはっと我に返る。
神官様を見上げる。その手には、不思議な…青い光を発する一振りの剣があった。
どこから…何に使うんだろう?と思ったその時、突然剣が光り、雷のような閃光が走った。石像もそれに応えるかのように光を出し、まるでそれは、剣と石像が、光の手をつなぎ合ったように見えた。
途端、ごぉぉぉっという音とともに、石像が一人でに動き出し、背後に隠していた塔への入り口を、僕たちの前に見せた。
暗い、塔への入り口…。
ふと、背中を押された気がして顔をあげると、神官長様が僕の背中に触れて、僕を見下ろしていた。
それに僕は、笑って応えようとした。でもきっと、その笑顔は失敗して変な顔になってたと思う。
塔のなかへ入ると、神官様が奥にあったレバーをがたんっと引いた。
すると、床が勝手にせり上がり始めた。
ひとりでに動く床なんて初めて見た…。
足元から伝わってくる振動に落ち着かず、僕は意味もなく、そわそわと辺りを見渡した。
ガタンッ!!
一際大きな振動がして、床が動くのを止める。
出口を見る。そこは深緑色の壁に覆われていた。
きっとあの石像が塞いでるんだろうな…と思ってるうちに、神官様が剣で再び、その石像を動かした。
動く床の部屋から出ると、僕は神官様に背中を押されながら、脇にあった階段を上っていった。
(途中、床からかなり高い位置に扉があったけど、あんなの誰が使うの?)
階段を上りきった所で、僕は初めて、この部屋がどれだけ大きいのかが分かった。
床と壁は、全て石のタイルで、丁寧に覆われている。
部屋の一番奥には、何か…祭壇のようなものが見えた。(暗くてちょっと分からないけど)
そして部屋の両脇には、楕円形の石のカプセルが、上下二段に分かれてたくさん置かれている。
一体いくつあるんだろう?そう思って、僕が辺りを見渡してると、そのたくさんの中の一つが、青白い光を放ち始めた。
やがてそのカプセルは、一人でにその口を空け、子供一人が入りそうな空洞を見せた。カプセルは青白い光を放ち続ける。まるで僕に、早くこの中に入れ!と急かしてるみたいに。
神官様が僕をそっと抱き上げる。
ああ、いよいよなんだ、と思った。
カプセルに入れられ、深緑色の底に足がつく。
いざとなると、やっぱり死ぬことは怖かったけど、でも、思っていた程怖くなかった。
手かせを板で挟まれ固定される。
緊張しながらそれを見ていると、神官長様が僕の耳元でそっと呟いた。
「恨むでない。全ては村のためなのだ…。」
その声が、思いのほか悲しそうに聞こえたから、僕は思わず振り返って、彼の顔を見ようとした。
でもそれは叶わなかった。
僕が振り向くより先にカプセルの口は閉じ、僕は狭い暗闇の中に閉じ込められた。
暗闇の中、神官様3人の足音が少しずつ遠ざかっていく。バチィッと閃光が走る音がして、石像が動く音が微かにして…
それで…
それっきり、何も聞こえなくなった。
そっと目を閉じて、開いてみる。
目を開いていても、閉じていても、見えるものは同じだった。
何もない…真っ暗で静かなところへ行くことが死だというのなら、僕はもう、死んだのと同じなのかな…。
思い出す。
大好きな村。大好きな森。
去年見た、大好きな季節の終わり
まっすぐに上を向いていた命が、萎れ、俯いていくあの時…
枯れていくひまわり
聞こえなくなるセミの声…
それは毎年繰り返される、とても自然なこと。
そうだ−−−
僕は思う。
ひまわりの花が、ひと夏で枯れるように
セミの歌が、2週間で途切れるように
僕の命は、13年で終わる…
ただ、それだけ
角の生えた子供として、とても自然なこと…
僕は再び目を瞑った。
そっと、額を、冷たい石壁に当ててみる。
あと少しだけ、この静けさと暗闇を我慢すれば、眠くなって、僕は二度と目覚めないだろう。
そうすれば、全てが丸く収まる。もう二度と、誰にも辛い思いをさせない。
あともう少しだけ、僕が我慢すれば・・・。
深く息を吐いて、僕はカプセルの内側へと、その体重を預けた。
死ぬって、結構簡単なことなんだな・・・と思ったりしながら。
上も下も、右も左も分からない…
そんな時間がどれだけ過ぎたんだろう。
暗闇の中で、何かが変化した。
僕ははっとした。(それが、僕にまだ意識があることを分からせてくれた。)
気が付くと、自分の足元から、かすかな振動が伝わってくる。(それが、僕にまだ感覚がある事を教えてくれた)
振動はどんどん大きくなり、やがて部屋全体を包む地震になった。
僕は咄嗟に・・・本当に、自分でもどうしてそうしたのか分からないくらい無意識に、板に挟まれた手かせを引っ張ってカプセルをさらに揺らした。
と、
ぐらぁっと、体が倒れる感覚。
続いて、ガダンッという大きな音と共に、体に激痛が走る。
そしてその衝撃と共に、僕は気を失ってしまった。
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