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腰の秋水


三尺佩刀三寸筆 節義風流此在中

君がため こしにとりはく 剣太刀 わがものながら たふとかりけり

 上段は高杉晋作の漢詩一節。下段は佐久良東雄の歌。
 今さらいうまでもないが近世武士の象徴として刀と武士は斬っても切れない関係にあり、龍馬の場合にもモチロン同じことがいえるだろう。ここではそんな龍馬の佩刀をいくつか順不同に紹介をしてみたい。下記説明のおおくは小美濃清明『坂本龍馬と刀剣』によった。


●陸奥守吉行
・刀身:二尺二寸 分類:新刀 種別:打刀
龍馬の佩刀の中では一般にもっともよく知られた刀。龍馬は慶応二年十二月四日付の手紙で兄権平に対し、いつ死ぬにしても悔いの無いよう、坂本家に伝わる刀の拝領を願っている。権平はその願いに答え、土佐の郷土刀「吉行」を西郷吉之助に託し、龍馬へと贈った。龍馬はそんな兄の優しさを喜び手紙で吉行の刀、此頃出京にも常帯仕候。京地の刀剣家にも見せ候所、皆、粟田口忠綱位の目利仕候。此頃、毛利荒次郎、出京にて此刀を見てしきりにほしがり、私しも兄の賜り物なりとて誇り候と屈託の無い喜びを伝えている。近江屋遭難時、龍馬が佩刀していたのもまた、この「吉行」である。業物。
●肥前忠広
・刀身:二尺八寸 分類:古刀 種別:不明
龍馬が脱藩時に姉の乙女から贈られた兄権平の秘蔵刀。かなりの名刀で初代の作刀なら最上大業物、二代目なら大業物にあたる。ちなみに脱藩時の刀は「吉行」であり、姉栄が贈ったものとする説もあるが栄の墓石に刻まれた死亡年月日と龍馬の脱藩日とでは時間的に大きなズレが生じるため、伝記資料に見られる乙女説を取りたい。脱藩後、龍馬は路銀に苦慮したらしく肥前忠広の外装をいくつか売り払ったようで、その外見を怪んで尋ねた大石弥太郎に対し縁頭を売りて旅費にしたりと打ち笑って答えたという。土佐勤王党の大嵐幾之助の回顧によれば肥前忠広はその後、龍馬から岡田以蔵に貸し与えられ本間精一郎暗殺の際、その切先を破損してしまったとも言われるが、これは武市半平太の差料の間違いではないかとする説もあり、ハッキリしない。
●左行秀
・刀身:二尺七寸 分類:新々刀 種別:打刀
資料から龍馬佩刀の事実を確認することは出来ないが、いくつかの口伝にみられる龍馬の差料。刀工・左行秀は幕末の人で安政三年に土佐藩御抱工となった人物。新々刀期を代表する名工である。土佐藩では兄権平や樋口真吉など多くの人士の作刀を行った。龍馬は権平から「左行秀」を贈られ、甲藤馬太郎が持っていた胄と交換して貰ったとも伝えられており、木岡一の証言に信をおくなら、脱藩後にも「左行秀」を佩刀していた事が確認できる。なお龍馬が馬太郎と交換したと伝わる左行秀は刀身二尺七寸、銘は於土佐本国筑前左行秀嘉永元年申秋坂本直方需造焉。余談だが吉田東洋が那須信吾らと斬り結んだのも二尺八寸の左行秀だった。
●備前吉光
・刀身:不明 分類:古刀 種別:短刀
三吉慎蔵日記抄録」によると龍馬が長州藩主毛利敬親から長防の国難を解き君民勤王の素志を遂げしめんことを図った礼として贈られた短刀。「備前吉光」と言うことは「備前長船吉光」か「備前福岡一文字吉光」のいずれかとのこと。
●土佐義光
・刀身:不明 分類:不明 種別:短刀
対岳文庫『諸人伝記六十一・勤王家小伝』に記された龍馬の短刀。その伝には薩長和親全く成る。長州藩主直柔を徳とす、土佐義光の短刀を贈るとの記述がある。この「土佐義光」は土佐の刀工 藤原吉光または土佐嘉光のことであろうとされるが、おそらく既記「備前吉光」の誤記だろう。
●備前兼光
・刀身:不明 分類:古刀 種別:打刀
『坂本龍馬手帳摘要』に備前兼元無銘刀研代と記された刀。無銘と言うことは鑑定によって極められたものなのだろう。なお『坂本龍馬手帳摘要』には「兼元」となっているのだが備前の刀工なら「兼元」では無く「兼光」の誤記となり、銘は「備前長船兼光」となる。この誤記が龍馬のミスか、それとも「摘要」に書き写すさい生じたものかは確認の使用がない。最上大業物。
●相州鎌倉住国秀
・刀身:二尺六寸六分 分類:新々刀 種別:打刀
龍馬が嘉永六年の江戸修行中に作刀して貰った刀で、のちに土佐勤王党の弘瀬健太に譲られた物。上州安中藩の御抱工・国秀の作。今も高知県立歴史民俗資料館に所蔵されている。なお、刻まれている銘は相州鎌倉住圀秀作嘉永七歳八月日
●山城守国広
・刀身:不明 分類:新刀 種別:短刀
楢崎龍からの聞き書き「反魂香」に見える短刀で、文中には越前国弘と記されている。龍馬がお龍へ護身用として贈ったものという。業物。
●来国光
・刀身:不明 分類:古刀 種別:短刀
龍馬が先年来、御尽力に感謝して吉井幸輔に贈った短刀。添えられた手紙によると赤穂四十七士の一人・神崎与五郎の遺刀で後藤来国光と鑑定した短刀だと伝えている。なお、この手紙は慶応三年説と慶応二年説、さらに偽書説まであり、どう判断してよいものか難しい。
●青江吉次
・刀身:不明 分類:古刀 種別:不明
龍馬が中井庄五郎に贈った刀で、添えられた手紙によると後藤象二郎にも為見候得ば青江吉次と鑑定したことが伝えられている。ただし、この添えらたという手紙にも偽書説があるため、事実龍馬の佩刀かは不明。大業物。
●備前長船修理亮盛来
・刀身:二尺 分類:未詳 種別:打刀
千頭清臣『坂本龍馬』において写真付きで紹介されている刀。龍馬の愛刀・大は中身二尺にして備前長船修理亮盛平作なり」とある。
●吉丸
・刀身:八寸 分類:未詳 種別:短刀
上記と同じく千頭清臣『坂本龍馬』に写真付きで紹介されている短刀。小は中身長八寸にして吉丸の銘あり・同じく備前物ならん両刀共に龍馬が姉乙女子の岡上某に贈りたるものなりといふとのこと。乙女子の岡上某とは夫である樹庵かと思うが子の赦太郎もしくは岡上菊栄の可能性もある。
●備前長船兼光同宗光合作
・刀身:不明 分類:古刀 種別:脇差
勤王志士遺墨展覧会の目録にみえる龍馬の遺品。
●延寿国秀
・刀身:不明 分類:新刀 種別:打刀
上と同じく、勤王志士遺墨展覧会の目録にみえる龍馬の遺品。
●正宗
・刀身:不明 分類:古刀 種別:短刀
龍馬の死後、海援隊士中島作太郎から三吉慎蔵に贈られた短刀。「正宗」は鎌倉時代を代表する名工で、刀剣史上最高峰の呼び声も高い。三吉の『日記妙録』によれば龍馬の遺物として正宗の刀を受く。中島氏より之を贈るなりと見え、千頭清臣『坂本龍馬』によれば短刀である旨が記されている。在銘刀は少なく、龍馬の正宗もおそらく「伝正宗」であろうと推測されるが短刀に限り、その銘をみる事が出来るので断定はしないほうがよいだろう。

(平成某年某月某日記/平成二十一五月二十六日微修正)

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