れきしとおきて

  れきし (布施氏 談)

 龍翔会の歴史に金玉(かなたま)は忘れられないのだ。昭和53年頃に金杉の玉三郎になりたかった奴ら5人で金玉劇団(かなたま劇団)を創設して子供達に劇を見せていた。その目立ちたがり屋5人が祭り好きで、これが龍翔会の元である。

 金杉台の祭り(神輿)の基礎は樽神輿である。それをソフトボール倶楽部の皆さんや賃貸や分譲の役員さんや早川さんと言う根っからの祭り好きが歴史を創っていったのです。当時私は僕の地元の祭りと団地祭りが、日程がバッテングしてて担ぐ事はなかった。

 会の発足する前も、僕は一人で遠征し水戸や大島、三社や鳥越と神輿に狂っていて、当時子供を通じて交流のあった榎本・上田・中村(忠)鈴木(雅)と僕の5人で子供達の為にコーモリ傘で神輿を作り、完成したら風で神輿が吹き飛んだりしました。

 これではイカンと段ボールで子供神輿を分業で作りました。鳳凰は上田さんが鳥の形をした藤製のモノ入れに金紙を巻き作り、蕨手の部分は中村さんが担当、屋根は鈴木、胴体は布施、材木は榎本さん提供と言う感じでした。完成して車の屋根のキャリアに据え付けて運んだら、道行く子供が葬儀の車と間違えて親指を隠してました。

 そんな事で神輿に芽生え、榎本さんの誘いで吉祥寺に行ったり、三社祭りに行ったり(半天はなく僕の余分なモノ貸して)して祭りの楽しさが皆判ってきました。仲間はドンドン増えて柏などにも遠征して恐い恐いと言ってました。

 ところが他の同好会は皆格好のいい半天で当方は団地の半天に半ダコと言う風体で締まらず、カッコイイ半天を作ろうとの意見が出て、なら会を作ろうと言う事になりました。

 発会式は焼き鳥サトウの二階でやりました。15人が集まり、会の名前は団地会とか元気会とかいろいろ出ました。集会場で説明をやり、帯の結び方や半天の着方などの講習会もやりました。

 団地祭りでは我会の半天が格好いい為か賃貸(ソフトボール軍団)からクレームが出て団地の半天でないと担がせないと言ってきました。まあいろいろありましたが、祭りは龍翔会が仕切る様になって行きました。と言う歴史がありました。


  おきて

 本会は江戸神輿同好会「龍翔會」として発足。神輿を通じて心身の健康及び会員と金杉台団地及び近郊との親睦を図ると共に、神輿遠征活動をすることを目的とする。

龍翔会会則      

第一条( 名称 ) 本会は、江戸神輿同好会「龍翔会」とし、代紋を丸に龍の字とする。

第二条( 役員 ) 役員は、会員の互選により選出し、会長一名の他、副会長、会計、
            会計監査、遠征、広報、総務各部の部長、副部長。事務局、各組頭、
            渉外担当、顧問、相談役を若干名置くものとし、任期を一年とし、
            再任を妨げない。

第三条( 趣旨 ) 本会は、神輿を通して心身の健康及び会員と金杉台団地及び近郊との親睦を
            図るとともに、神輿遠征活動をする事を目的する。

第四条( 構成 ) 本会は、前条の趣旨に賛同するものをもって、構成する。

第五条( 会費 ) 本会運営上の経費は会費その他をもって運営する。会費は年額、個人会員は
            「八千円」家族会員は「一万三千円」とし、毎年新年度総会当日迄に納めるものと
            する。新年度三月末迄に未納のものは、退会とみなされる。

第六条( 活動費 ) 本会は毎年一月一日現在の会費総額を、本会活動費、慶弔金及び予備費、
             交際費等に配分し運営する。

<付則>      上記の過不足金については、役員会での決定事項とする。

第七条(会計年度) 本会の会計年度は一月一日より、十二月末日迄とする。

第八条( 半纏 ) 本会会員は規定の龍翔会半纏を購入するものとする。また、退会の場合は、
            本会に速やかに返却するものとし、但しこの場合は、本会は時価にて、
            買取るものとする、この場合の「時価」は役員の協議に委ねられるものとする。

第九条(会則の変更)本会会則は、総会の発意と、総会出席者の過半数の同意をもって
             その改訂を、決するものとする。


補足 平成十四年度より会員の結婚・会員・会員の親子・配偶者の葬儀に慶弔費を支出する事とし、金額は5千円とする。