フォルモサ台湾

その3 「新高山」(玉山)

------真珠湾攻撃命令暗号電文「ニイタカヤマノボレ1208」の新高山=現在の玉山は富士山を凌ぐ3952mで台湾の最高峰------

19411126日、択捉島の単冠(ヒトカップ)湾に集結していた日本海軍機動部隊は密かにハワイへ向けて出航した。「赤城」(旗艦、南雲長官)・「加賀」・「飛龍」・「蒼龍」・「翔鶴」・「瑞鶴」以上6隻の航空母艦、これを護衛戦艦2隻、軽巡洋艦1隻、駆逐艦9隻が取り囲み、その前方には3隻の潜水艦、後方には燃料補給タンカー7隻の陣容である。

ABCD包囲陣による経済封鎖の中、実質的最後通牒ともいえる「ハル・ノート」(ハル国務長官からの覚書)により日米交渉は決裂、121日、御前会議で英米との開戦を決定、翌2日新高山登レ1208(ニイタカヤマノボレ、ヒトフタマルハチ)の暗号電文が連合艦隊司令長官「山本五十六」大将より南雲艦隊に打電される。

そして日本時間1208(現地127)日曜日早朝、無警戒の真珠湾を奇襲攻撃、アメリカに莫大な打撃を与え「ワレ奇襲ニ成功ス」の「トラ・トラ・トラ」(暗号トラの連打)が打電される。太平洋戦争の始まりである。

台湾は全島面積(36,006ku、九州よりやや小さい)55.2%が山岳地帯であり3000m級の山が133ある。また現在、国家公園(国立公園)は6箇所あり、1982年に最初制定された最南端の墾丁に続き、1985年台湾最高峰の「玉山」(日本統治時代は新高山)が2番目に指定された。

台湾では3000m以上の山に登る場合は登山許可証(玉山は玉山国家公園管理処に申請)の取得が必要な上、国家公園の場合は個人登山は認められず、最小3名〜最大12人の団体でなければならない。(その人数の中に必ず1名以上のガイドを付けなければならない)

簡単に手続き等を列記すると

・申請書類:
@玉山国家公園生態保護区進入申請書

Aガイドの写真(ガイドを含んで12人に1名のガイドが必要)
B登山計画書
C登山ルート図
D入山手続き費
10元/人
E返信用封筒

氏名、生年月日、身分証明番号、連絡先住所・電話番号・携帯電話を記載のうえ登山計画書を登山協会に提出登山許可を受ける。

・受 付 :登山当日を含む2ヶ月から7日前の午後3:30まで。
・外国人の有無及び、外国人がいる場合はパスポートNO,ビザの種類とビザNO

http://www.ysnp.gov.tw/apply/2_7.html

私の場合は当然ながら手配は台湾の友人K氏任せである。
2002429日、退社後19:00台南県永康市の統一企業前に集合。
メンバーは統一企業関係者を中心に19名(内ガイド2名=K氏の友人)、年齢は13歳の子供が1人、他は18歳から50数歳で女性7名を含む、ちなみに最高齢は私。

 50人乗りの大型バスで最初の宿泊先「上東埔山荘」へ向かう。23:00到着ここの標高は既に2584m、軽く腹ごしらえをして24:00睡眠、2階棚に布団が準備されており狭さを除けばまあまあ快適(1250元/人)。翌3005:00起床、ガイドが作ってくれた食事を取り05:40上東埔山荘をスタート、入山許可証を提出する玉山警察隊塔塔加小隊をめざす。

「塔塔加鞍部」着まで約1時間、ここで舗装道路が終わる。次は「玉山登山口」まで、ほとんどが下り坂、ガイド曰く「ここは帰りが大変なんだ」。07:45「玉山登山口」到着、記念撮影後、本格的登山が開始となる。 

自分の荷物の他、共用水(炊事用等皆で使用)2000cc、各自に割り振られた食糧等を含め約12kg、素人の私にとってこの重さはこたえる。準備段階で極力軽くするため無駄な食糧や愛用のデジカメまではずしたが(参考1)-------しかし周りを見ると女の人でも皆その位の重さをかついでいる。最初の休憩所まで2時間、汗びっしょりになりながら何とか先頭のガイドの後ろについてゆく。休憩しながら「荷物が重くてこの先心配だ」と言うと、「私のを持ってみて-----」とガイド、コンロ・やかん・燃料等ほとんどが私たちの物、有に倍以上の重さがある。何も言えない----

軽い食事と休憩が終わって又リュックをかつぐ、と、ガイドが「それじゃだめだ!重いはずだよ!腰のベルトをきちんと締めて腰に乗せるようにすればかなり違うよ!」。試してみるとこれがウソのように肩の重みが減少、先の希望が持ててきた。こんなことは登山の「いろは」なのだろうなと1人感心して、3年前の富士登山を思い起こす。あの時も重くバテバテ、やはり同じ間違いをしていたようだ。また富士山は徹夜で登っても安全だったが、ここは夜は無理だろう、崖が真横に迫る狭く危険な個所も多い。

2回目の休憩までは全員一緒にそろったが3回目の休憩は先頭と後方の差が大分ついた。後方を待つ時間がかなり長くなってきており、子供も高山病?にかかったのか元気が無くなくなってきている。でもまだ大部分の人は和気藹々として風景を楽しんでいる。私はこれ以上休むと動けなくなるのが心配で、先頭のガイドが出発するとすぐにわき目も振らず黙黙とついていった。苦しいことは苦しいが意外とあっさり当日の目的地である「排雲山荘」(3402)に着いてしまった。丁度13:00予定より1時間程度の遅れである。

重い荷物はここまでという。食料と水は今夜かなり消費するし、あすの山頂登山は重い荷物はここにおいて行く。30分ほどで全員到着、皆そろって昼食、雑炊がおいしい。たっぷり食糧と水分を補給する。14:00から希望者は「玉山西峰」へ登りに行くという。数名を除き皆行くというので私も意地で参加。歩くこと1時間20分、途中引き返す人もいたが15:30「玉山西峰」の山頂(3528m)に到着。そこには背丈ほどの小さな祠があり「山神廟」と書かれてある。「これは日本統治時代に作られたんだ」と私に説明しながら和気藹々と記念撮影。日本統治時代へのわだかまりはないのだろうか? よく感じる不思議さをまた感じる。

「排雲山荘」(1220元/人)に戻り夕食、ここは雨水?が貯められてはいるがいつもあるとは限らず、各自持ってきた共用水が使われる。また寝具も無く、各自準備してきた寝袋を使用しなければならない。

玉山(新高山)山頂夕日がきれいである。日没後ヘッドランプ等を持ち寄り、ガイドを囲んで泡茶、皆でお茶を飲む。20:00消灯。お茶のせいか眠れない、隣のいびきは益々大きくなる。一睡もしていない感じで起床時間の02:00を迎える。流動食をむりやり腹に押し込み02:40山頂に向けてスタート。さすがに寒い、皆防寒具を着て頭にはヘッドランプの出で立ちで隊列を成す。頂上に近づくにつれて徐々に険しくなり鎖場が多くなる。途中1回の小休止の後はずっと先頭ガイドの後をついてゆく。かなり疲れたところで急にガイドが「あなた先に行きなさい」と言う。訳もわからず数十歩登ると一気に視界が開けた。山頂である。外人の私にわざわざ一番乗りを譲ってくれた。「謝謝!」の言葉にうなずきながら「どうだこの景色、いいだろう!」と言わんばかりに周りを指差す。時計は04:50。山頂には「玉山主峯 標高3952公尺」の岩が座し、その土台には「心清如玉 義重如山」の文字が記されている。

これまでは山が風を遮った形であまり感じなかったが、頂上は冷たい風がもろに顔を打ちつけてくる。持ってきたカッパを着て何とか寒さを凌ぐ。05:20の日の出までもう少しだ。

天気は良い!じらしながら太陽が顔を出す。光線が一直線にこちらに向かってくる。我々のいる山頂の影が逆サイドの薄雲に写る。一人感心して日の出とは逆方向をしばし眺め写真に納める。全員、並びに1人づつ「玉山主峰」の前で記念撮影。すると、たまたま玉山の日の出を撮影に来ていたテレビ局「台湾電視」が我々を撮影する、同時に同僚のK氏にインタビュー。後日ほんとうにテレビで放映され、そのビデオを貰うこととなる。又、そこには私が撮った写真と全く同じ「山頂の影」が映し出されていた。

「こんなにすばらしい日の出はめったにない」、口々に言っていたが、そんな言葉を口に出すのはもったいない。言葉は不要、1人欣幸を味わう。

山頂で撮った写真を「玉山国家公園管理処」に送ると玉山登頂証明書(CERTIFICATE of ACHIEVEMENT)を発行してくれる。(参考2)それはA4版より大き目の厚紙の額に入った結構立派なもので、私の名前と「東北亜第一高峰 9151日 攀登玉山主峰 海抜3952公尺 登頂成功」の文字が書かれ、玉山国家公園管理処所長のサイン並びに、送ったカラー写真がコピーされている。今は私の宝物の1つである。登頂証明書

大きな満足を持って帰路に着き、19:00全員無事台南に到着。

しかし、帰ってからK氏が撮った写真を見て「こんな風景もあったのか」と驚く、木々の一本も見方によって変わる。ただひたすら頂上だけを目指した自分「頂上目指して山を見ず」、全く山登りを楽しんでいない事に気づく。何か日本人が経済第一・会社第一を目指して生活(人生を)をほとんど楽しんでないのに似ているような---------

「新高山って知ってる?」と台湾の人に訊いた。30代後半の1人(女性)は「エー知らないわ。玉山のことなの? そんな前のこと知らないわ、私若いのよ!」。一方前述のK氏は「どうして新高山って言うか知ってる?」と逆に訊いてきた。「分からない」と答えると、「日本はそれまで一番高い山は富士山だった。それが台湾を占領して、富士山を凌ぐたな一番が出現することになり、新高山(シンガオシャン)と名づけたのサ」???日本人の何人が知っているのだろう???

 ちなみに玉山は20007月発行された新1000円札の裏面を飾っている。

2002.9

{参考1}

事前に配られた「準備すべき物」のリスト

準備品:登山靴・厚手の靴下・大きなリュック・小さなリュック・リュックカバー・羽毛寝袋・手袋・帽子・防寒具・カッパ・ヘッドランプ・カメラ・食糧・飲料水・食器・洗面用具・個人薬・公共水2000cc、分担=コンロ・燃料・食糧

{参考2}

・登頂証明書申請手続き(下記を玉山国家公園管理処に郵送する)
@     登頂の写真
A     登頂年月日
B     中文・英文氏名、電話、返送住所
C     作成費300元/人(含む返送費)

・玉山は34月、1112月が良いとのこと、56月は雨が多く、79月は台風の季節、12月は寒い、我々は当然一番良い時期を選んだのであった。

次回「フォルモサ台湾」その4は「日月潭」

-----風光明媚な「日月潭」、遊泳禁止のこの湖が1年に1回解禁となる。約3.3kmの遠泳参加者は有に1万人を超え「萬人横游」と呼ばれている-----

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