「アイ・ラブ・坊ちゃん」は、夏目漱石の『坊ちゃん』を
ミュージカルにしたのではなく、漱石自身の物語である。
『坊ちゃん』を書いた当時の、漱石の日常とその背後にある
彼の悩みや心の揺れを描きながら、その中で生み出された
『坊ちゃん』の世界を繰り広げていくという構造だ。
(パンフより引用)
ミュージカル化された『坊ちゃん』を観に行ったつもりが
嬉しい誤算でした。坊ちゃん役のイケメン吉田朋弘さんが
主役かと思ったらそうでもなく、やはり漱石を演じる松橋
登さんが主役でしょう。舞台装置の右側で漱石の日常が、
左側で松山にいる坊ちゃんの日常が展開されます。
『坊ちゃん』を執筆中の漱石の様子が坊ちゃんや他の教師
など登場人物の行動に影響を与えるのだから笑えます。
例えば、奥さんの鏡子さんが漱石に話し掛け、漱石の書く
手が止まると、坊ちゃんたちの動きや台詞も中断するし、
漱石が怒りにまかせて原稿を丸めると、登場人物たちも……
といった具合。
夏目漱石という文豪がこれほど癇癪持ちで気難しい人だった
とは驚きました。夫婦のすれ違いが痛々しいです。
妻の鏡子さんが良かれと思ってすることが裏目に出てしまい
漱石を怒らせたり、漱石が些細なことで不満を爆発させたり。
歌われるナンバー「通じない心」が切な過ぎます。
いつかはあの人と
私は分かり合えるのか
けれども、ふたりはいつも
行き違い
すれ違い
はがゆい
思い悩む性格で胃弱の漱石は『坊ちゃん』を書くことでガス
抜きしていたらしいのですが、坊ちゃんと山嵐に赤シャツを
殴らせる場面で、「殴られなきゃならんのは自分ではないか」
と反省したり迷ったり。
そんな漱石に山嵐は、「もっと単純になれ」と言います。
山嵐は、肺結核を病んで亡くなった大学時代からの友人、
正岡子規が重なっているキャラクター。
「柿喰えば 鐘がなるなり 法隆寺」と言ってしまえる君が
羨ましかったと、漱石は山嵐の姿をした子規に言うのですが、
山嵐の性格を鑑みると、秘めた深い意味など無い単純明快
な句なのかもしれません。難しいことは分からないけれど。
『坊ちゃん』は昔、確かに読んだはずでしたが、赤シャツが
こういうキャラだったことはすっかり忘れていました。
恋敵で邪魔なウラナリを転任させたり、策を弄して、嫌いな
山嵐が辞表を出さねばならない状況に追い込んだり。
明治の時代にも、こういう謀をめぐらす人は、いたんですね。
『坊ちゃん』が書かれた明治39年は厭世観に満ち、人々は
大きな不安を抱え、若者の自殺が多発したそうです。
なんだか今の世の中と重なるような気がしませんか。
『坊ちゃん』が、そしてこの作品が私達に伝えたいこと。
「ただ、まっすぐに生きる」
坊ちゃんや山嵐のように。
それが難しい時代だから尚更に。
2007年7月19日@札幌市教育文化会館大ホール