①日本スポーツとジェンダー学会第5回記念大会」7月1日(土)、2日(日)京都市国際交流会館
 講演:「カナダにおける女性スポーツ:ジェンダー・エクイティは達成されたか?」
      演者:Ann Hall(アルバーター大学名誉教授)
 シンポジゥム:「ジェンダー視点からみた日本のスポーツと女性」
      シンポジスト:森川貞夫、橋本ヒロ子(十文字学園女子大学)
        (発表言要旨
 他、くわしくはホームページ:http://www.jssgs.org/

②平成18年度スポーツクラブづくりシンポジゥム
  「青少年少年スポーツは地域スポーツクラブで担えるか」
  7月8日(土) 13:30~16:30 東京体育館第1会議室
 主催 (財)東京都生涯学習文化財団/東京都教育委員会
 申し込み フリーダイヤル0120-612-001
 問い合わせ先 (財)東京都生涯学習文化財団(03-5474-2148)

③求む!ベトナム(ハノイ)で日本語「教師」(資格の有無を問わず)を募集します。関心のある方、ご連絡ください。(くわしくは4月21日付日誌に。政府公認の語学専門学校で2006年10月開講予定の日本語コースを担当)

④関東承風会無二の会還暦記念「青春グラフティ」(5.25大江戸温泉物語)

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<私の日誌>DIARY コーナー(Vol.2、4月より)今までの日誌(05年5月~06年3月31日)

             7月 2日(日)

 不自由な中での更新ですのでお許しください。今、京都です。学会シンポは無事終了。詳しくは帰京後に書くとして、雰囲気を伝えるために写真を2枚、アン・ホールと、教え子の美月ちゃん(いい歳をして!)
      


             7月 1日(土)

 今、ドイツ対アルゼンチンの試合を見ながら更新しています。今日から7月、いよいよ本格的な夏に入るのかという思いと、今年も残り半分になったという「時の流れ」の早さを感じつつ、さてこれから何をやるか、吟味してなんて、ふだん余り考えないようなことを考えています。というのもリンクを貼っていつも楽しみにしている有田芳生さんが今月から日誌の公開を辞めるという理由に「ここで少し立ち止まろう」と考えたからだというのです。有田さんにしてと思いつつ、まして私のような凡人はとも思うのですが、「下手な考え休むに足らず」とも思えて迷うのです。でもいつもの癖で「まあいいか、もう少し続けてそれから考えてもいいか」な?!
 今日は朝9時過ぎの新幹線で京都に向かい、お昼のシンポジウム(上のニュースのトップにある「ジェンダー学会大会」)の打ち合わせに駆けつけます。夜は懇親会の後の二次会もOk先輩からお誘いのFAXが届いていますのでこれまた午前様でしょう。一応、ノートパソコンは持ち込みますが、ホテルのIT環境がどうなっていますか?月曜日の午後には東京に戻り、明治の最後の授業に出る予定です。すでに昨日になりましたが、社会体育指導者研究会さわいの会の総会も課題を先送りにして懇親会となり、再度7月に暑気払いを兼ねて今年度の活動計画を立てようということになりました。
    渋谷区スポーツセンター会議室にて
 写真中央・前田恒子さんが頑張っている限り私も休めませんね。

             6月30日(金)

 昨日の茨城の帰りの常磐道、守谷SC手前で車の横転事故で渋滞、センターラインに植えてある夾竹桃が花をつけていたので思わず、パチリ、こんなことはふだんは危なくてできません。この夾竹桃を見ると故郷・広島を思い出します。「 被爆後、数十年は草木も生えないと言われた広島の焦土にいち早く蘇ったのが夾竹桃の花。復興のシンボルとして「広島市の花」と指定され」、歌にも歌われています。「夾竹桃のうた」です。
      

 夕方、江東区に行く前に大修館書店に寄りました。知人の娘さんが就職試験を受けていると言うことで「駄目もと」で声をかけておくためです。「親バカ」と言われようが、こういう時の「神頼み」、気持ちが痛いほどわかります。「オリンピックと人権」講座、参加者は決して多くはありませんが、熱心な質問に終了時刻を大幅に過ぎても席を立つことができませんでした。こういう企画はスポーツ振興課ではできないでしょう。「無謀」とも思えるこの企画の担当者には脱帽です。意外だと思ったのは優生保護法・ハンセン病問題などの研究で知られている藤野豊さん(富山大学?)の「人権推進の歴史とスポーツ~有馬頼寧の生涯~」が私の前に組まれていました。昭和11年の職業野球チーム「セネタース」のオーナーであり、競馬の有馬記念の名前もこの人に由来しています。1969年に野球の殿堂入りを果たしたましたが、同時に近衛内閣の農林大臣・大政翼賛会事務局長だったことも消すわけには行かない履歴です。

             6月28日(水)

 今朝もW杯サッカー、フランス対スペイン戦を見る。あのジダンがだめ押しともいうべき3点目を華麗なフェイントで相手デフェンスをかわしゴール!4年前、2002年の日韓共催の時には韓国とのテストマッチで負傷させられ本番で出場できず無念の思いであっただけに「有終の美」(ジダンは今シーズン限りで引退を宣言)を飾って欲しいと切に願う。あの哲学者のような目(それでいて時にいたずらっ子のような目をする)に惹きつけられる女性はごまんと居るだろう。
 それにしても昨日といい今日といい、こんなスリリングで華麗なプレー続くとどうしても見ずにはおれなくなる。その結果、寝不足ということで午前中の授業が終わると疲れがどっと出てくる。今晩は久しぶりにゲームがないのでゆっくりと眠れると思った矢先に教育実習生から突然の電話、明日1時間目に研究授業だという。朝6時起きで茨城まで出かけることに相成りました。夜は江東区で「オリンピックと人権」のテーマで人権学習講座の講師、こちらの講義の準備を済ませて今から寝ます。お休みなさい。

             6月27日(火)

 今朝方、イタリア対オーストラリア戦を見ました。延長戦入りかと思った後半ロスタイム、みごとにトッティがペナルティキックを決めて辛くも1対0で逃げ切りました。何しろ後半開始早々にマゼラッティ(?)一発レッドカードで退場(今回のW杯ちょっとカードが多すぎませんか?これって審判のレベル低下、それとも選手のプレーが荒くなったの、両方?)、10人で闘っていたんでこりゃ大変!と思っていたんですが、よくもまぁ、しのいでくれました。日本がオーストラリアに負けたのはやはり実力の差だったんでしょうか。
  梅雨空のほんの束の間の晴れ間に庭の姫しゃらが盛りです。咲いた時はいいんですが、すぐにしぼんでしまうので汚くなる前にとってやらないといけないのが「たまに傷」ですね。「花の命は短くて------」と、林芙美子の言葉を思い出しますね。この「沙羅」科には「夏椿」とよばれる、例の平家物語の冒頭に出てくる「沙羅双樹の花の色、 盛者必滅の理をあらはす-----」沙羅もいいんですよね。こちらは花弁を下に向けて健気に咲いているんで好きなんですが、忍野の別宅にまもなく咲き始めると思います。7月の休みに入ってすぐにでも行って撮ってくるつもりです。乞う、ご期待!
         


             6月26日(月)

 自分の勤務校の授業は今週でお終い。後は試験を待つのみでなんとなく前期も終わりかなという感じになります。それにしてもW杯サッカーの決勝トーナメントの激しい闘いぶりは日本代表が居ないとはいえ見応えがありますね。記者会見での川淵キャプテンの「オフサイド」気味の次期代表「オシム監督」(ポロリ)発言は、ジーコ監督を推薦し、彼と「心中」も辞さないと言った川淵さんの責任追及の手をそらす絶妙なタイミングであっただけに計算の上での「名演技」だと思われますが、いかがでしょうか。
 名将の呼び声高いオシム監督とはどういう人であろうか。私のかつて尊敬していたストイコヴィッチ(2001年7月21日 Jリーグ最後の公式試合名古屋グランパス 対東京ヴェルディとの最終戦を東京スタジアムで観戦した感激、試合終了後に息子をグランドに招き入れスタンドのファンと別れを惜しんだあの姿が今も熱く目に浮かびます)が「私のキャリアの中でも最高の指導者であった」と推奨しているだけに是非とも彼のことをもっと知りたい。とりあえずは木村元彦氏の『オシムの言葉』(集英社インターナショナル)でも読んでみようと思う。



             6月25日(日)

 昨日の「ブルーアイ」は植物ではありません(花言葉まで探した方がいらっしゃいました)。ガラスでできたもののようです。「中年の星」ことアーチェリーの山本博さんの遠征土産だったのですが、トルコでの世界選手権でみごと男子は団体で優勝、個人戦でも彼は準優勝だったようです。重たいのにわざわざトルコから記念に持ち帰ってくれたんですね。来週は7月3日~5日までアジア大会国内最終選考会(掛川市)に挑戦するそうです。そして2008年の北京オリンピックへとさらに挑戦は続きます。がんばってください!

     島村博さん
    シンポジウム風景

 昨日は午後から協同総合研究所の総会に初めて出席しました。もちろんお目当ては記念シンポジウム:「協同労働の協同組合法」~その歴史的意義と現代的意味~(報告:島村博さん、協同総研主任研究員、コメンテーターに田畑稔さんでしたが、公務のためメッセージのみ、代わって岩見さん?と渡辺光子さん)だったのですが、詳細なレジュメも肝心の眼鏡を忘れたために途中から頭が朦朧としてきました(残念!)。
 この研究所はICA・ワーカーズコープにつながる日本労働者協同組合連合会(約600団体、事業高215億円)を主なスポンサーにして、「非営利・協同労働」を追求するための唯一の研究所です。一昨年、デンマークに「非営利・協同の旅」をした私としては国内の動きを把握するために以前から関心をもっていたのですが、どうしても実際に関係している人たちと話をしてみたかったのです。
 会場の明治大学に着いてすぐに先週会ったばかりのIsさん、後で気がついたのですが、三鷹で不登校などの塾を開いていたStさん、それに社会教育のオーソリティSmさんなどが居て驚きました。でもこれは驚く方がおかしいのですね。これからの新しい社会のあり方を求めていけば必然的に行き着くところかもしれないからです。ちなみに「協同労働組合」のめざすのは以下のミッションに集約されます。
 1.人のいのちとくらし、人間らしい労働を、最高の価値とします。
 2.協同労働を通じて「よい仕事」を実現します。
 3.働く人びと・市民が主人公となる「新しい事業体」をつくります。
 4.すべての人びとが協同し、共に生きる「新しい福祉社会」を築きます

後はHPにアクセスしてください。国内市場の10%を超える事業高を占めている北欧やフランス、イタリアなどの国際的な潮流を日本でどう創造していくか、アソシエーションを基盤とした市民社会の形成、文字どおり協同労働を通して人々をアソシエートしていくことが期待されます。

             6月24日(土)

 「みなさんは自分を偽らずに生きて行ってください。どんな世の中になっても自分の心を裏切らないでください」。NHK朝の連続ドラマ「純情きらり」で主人公桜子の姉笛子が教師を辞めることを決意せざるを得なくなり、「最後の授業」場面で生徒たちに伝えた言葉です。時代は昭和14年(私が生まれた年です)、五十嵐仁さんも昨日書いていましたが、今の東京都の学校状況とがダブッテ来ます。「戦争前夜」あるいは「戦時中」と変わらない時代状況というのはどういうことでしょうか?三浦綾子の小説「銃口」ともダブッテ来ます。今が生活綴り方教育までもが弾圧されていった時代と同じだとは思いたくありませんが、それにしても「物言わぬ教師」(物言えぬ学校)が増えているという事実は厳然として否定できないでしょう。「当たり前のことが当たり前として自由に物言える」ことの大切さを痛感させられる「朝ドラ」「純情きらり」、「朝ドラの森ちゃん」は今日も7時30分にBSで見、8時15分に総合で確かめ、さらに9時30分から1週間分を見て朝一授業で抜けたところを見ます。
 ところで下の写真、いかが?姫沙羅とブルーアイ(左に見える目ん玉の親分みたいな奴)
     
 山本博さんのトルコ土産にもらいました。メモによると「身代わりのお守り」だそうです。でも彼のメモには「二日酔いに効果があると良いですね(笑)」とありました。人への心づかいが憎いほど行き届いていますね。ほんとうにありがとうございます。教育実習巡回指導やらなんやらでまだお会いできていませんが------。



             6月23日(金)

       小雨にくすぶる中のご近所のあじさいです。

 さて、梅雨空を吹き飛ばすような、テレビ朝日の宮嶋泰子さんからメールが来ました。かつての名選手たちの社会貢献活動です。このHPご覧の方でもし何かイベント等で活用できればいいと思いましたので一部紹介させていただきます。

「今日は、ちょっとしたお知らせをしたくて、メールをしました。この3月にNPOバレーボール・モントリオール会を立ち上げました。

1976年のモントリオール五輪の金メダリストたちが子育ても終ったことから何か社会のお役に立つことをしたいと作った組織です。昔からのなじみと言うことで、私も理事を引き受けました。

バレー教室やトークなど、幾つかこなしましたが、かなり素敵です。子供たちに金メダルを見せてあげることが最大の魅力?かもしれません。

何かに向ってみんなでやっていくこと、個性のぶつかり合いなど、根性もののつまらない話ではなく出来ると思います。

何かイベントなどをしたいと思い立った時など、お声をかけていただけるとうれしいです。

http://www.jva.or.jp/topics/topics200604002.html


宣伝のようなメールになってしまいましたが、お許しください。宮嶋泰子」

  我が家の姫沙羅、のうぜんかつらも咲き始めました。

             6月22日(木)

 午前中、しばらくぶりにシルバー財団のHk先生にエクセルの使い方、HP作成の基本を手ほどきを受ける。その時は「あ、そうそう」とわかるのですが、後で自分でやるとできなくなる悲しさ、でも息子と喧嘩しながら教わるよりはよっぽど親切、同じ事を何回も訊けるのは教える人の根気と優しさですよね。見習わなくてはといつも思う。
 これから散髪屋に行って、Kt区の社会教育委員の起草委員会、サッカーの日本代表戦があるので今日こそは早めに帰ろうと思う。
 と思って出かけたのですが、どういう風の吹き回しか、6時に終わってから出席者全員で青砥駅近くの「江戸一」で暑気払い、お酒が入ったせいかそれぞれに談論風発、やはり「ノミニケーション」は潤滑油だと実感しました。
          手前は「マグロのてんこ盛り」!

 お隣のKo課長とは互いに体育会系ということで馬が合うのだが、今日は初めから最後まで亭主のおのろけに終始(次回は罰金?!)、極めつけは娘二人とも成長して今は夫婦二人切りとなり実家の母を昨年引きとったそうです。「亭主は何にも言わなかったの?」と尋ねると、「うーん、何にも」、ただ一言、夫は「自分は構わないけど生活態度は変えないからね」とだけ言ったそうな----。そして課長曰く、「出来過ぎた夫です」だってさ。たまんないね。これまたご馳走様です。先週のStさんと言い、どうしてここの職員はこうも「のろけ」がうまいんですかね。(陰の声「課長が課長だから!」、確かにそう思います!)

             6月21日(水)

     

 これなんのことかおわかりでしょうか?そうです。この8月、埼玉で世界バスケットボール大会が開催されるのです。実は今日も原宿・岸体育館のスポーツマンクラブでJOA(日本オリンピックアカデミー)のオリンピック研究・教育委員会の初会合(猪谷会長から麗々しく辞令をいただいた関係でさぼれない!)があり、出席しての帰り、正面入り口の掲示板に「地球技宣言」の文字が飛び込んできたので写真に納めて置いたのです。
 ポスターにあるように「2006世界バスケット」が行われるのですね。50年に1回、回ってくるかどうかのビッグな世界大会なのですが、普通の人はほとんど知らない、というほどにワールドカップ・サッカーに隠れてしまってまったく影の薄い存在、気の毒を絵に描いたような話になって現在のところ進行中です。それにしても「スポーツ・オブ・スポーツ」なんてよく言えたもんですね。
 国際バスケットボール協会に212ヶ国が加盟しているというのも凄い話なんですが、それがどういう国がどうやって選ばれてくるのか、何チーム参加するのか、まったくわかりません。ワールドカップ・サッカーと比べてこちらはさっぱりですね。7月に入ってドイツの「喧騒」が終わる頃にきっとまた広告代理店が盛り上げてくれるのでしょう。
 今からどんな「しかけ」でこのビッグな大会を国内に広げ浸透させていくのか、とくと注目したいものです。

               6月20日(火)

 昨日は神奈川県内の教育実習巡回指導に出かけ、終日、休講(夜の方は自宅研修扱い)、中高一貫教育のマンモス経営の私学、校長室に挨拶に伺うとトレーナーをひっかけて気さくな応対、副校長はこれまたかなりのお年とお見受けしたが、私学一筋にこれまで勤め上げて来られた方でしょうか。ていねいな言葉づかいと腰の低さは教師の鑑みたいな方でした。今時こういうタイプの先生が居られるんですね。おそらく今の公立学校ではこういうタイプの先生は出生はおろか勤まらないのではないかと思うくらいに「才気走った」と言えば聞こえはいいが、上司や国の方針・考えを先回りしてたち振る舞うくらいの如才なさがないと勤まらない職場になってしまったような気がします。
 今は「教育があって経営がある」のではなく、あくまで「経営があって教育がある」という方向に流れているのではないかと思わざるを得ない状況です。「一人の100歩」よりも「100人の一歩」にはならないのです。しかも校長による「査定」(評価)があるわけですから、他人を押しのけてでも前に出るタイプでないと生き残っていけないでしょう。以前にもふれたことがありますが、孟子の「惻隠の情(心)」という言葉は死語でしょうか?
 ついでに孟子の「性善説」には ①惻隠の心--「仁」 ②羞悪の心--「義」 ③辞譲の心--「禮」 ④是非の心--「智」が基底にあるようですが、こうした考えや振る舞いは「何でもあり」の今の世の中には決して合わせることの出来ない「ものさし」となったんでしょうね。でもまだ私のまわりにはこうした「生き方」を大事にする人が居ます。その一人であるMkさんに久しぶりに連絡すると「身辺にある事情」が生じて定年後の留学予定がちょっと狂ってきたという。くわしくは直接会って話すというので、矢も楯もたまらず夕方府中・国分寺の「お気に入りの店」に招いて一献傾ける。彼の話だと検査で「癌」だと言われたという。「飲んで大丈夫なの?」と言っても医者がほどほどならいいと言っているとだけしか言わない。「今生の別れになるのは嫌だよ」などと、気を紛らわすような言葉を交わしつつも手術が7月下旬というのだからおだやかではない。
 折角、無事定年まで勤め上げてこれからやっと自分のやりたいことをやれることになったというのにこれは「非情過ぎないか」、ちょうど遠藤周作の「沈黙」を買ったばかりだ。「神はなぜ沈黙し給うのか」。

               6月18日(日)

   

 「非営利・協同総合研究所いのちとくらし」総会後の懇親会(御茶ノ水)
 左の写真は角瀬保雄(理事長)先生に指さして「説教」(?)するのは「やくざな医師」(今日の会は民医連関係者が多く、「ここには薬剤師も居ます」という司会の挨拶にすかさず、「やくざな医師も居ますと駄洒落を飛ばしたのがこの)Tyさんでした。右は30年来の知人石塚さん(総研いのちとくらしの事務局長?)と明大中川教授との珍しい顔ぶれに挟まれて。
 昨日は家でゆっくりと休むはずだったのですが、やはり出かけました。角瀬(かくらい)先生の記念講演「CSR、コーポレイト・ガバナンスと経営参加ーー中小経営における新しい労使関係の形成に向けてーー」に惹かれてのことです。でもやっぱり行ってよかったと思います。昨年出版された『企業とは何か』学習の友社の内容をわかりやすく解説された感じでしょうか?「労働の二重性」「企業の二重性」そして「管理労働」と「執行労働」、例としてオーケストラの指揮者とプレイヤーの関係(プレイヤーは指揮者にもなることもある)、企業の社会的責任は労働者にも言えよう。「何よりも下からの経営参加」の前提には「経理公開」「民主的な運営」以上に「組合の主体的力量が大きいこと」「組合の階級的自覚と政策能力の水準が高いこと」が重要であるという。問題はそのような「下からの経営参加」を可能にする過程をどう創り出すかでしょう。

               6月17日(土)

 昨日、出かけに「更新」してアップしたつもりが、アップになっていませんでした。勘違いなんですね。最近よくこういうことがあります。実害はなくてよかったのですが、ところが飛んでもないことが起こりました。朝、大雨の中を健志台キャンパスに授業に行ったのですが、学生の数が非常に少ない。いつもの半分、これは雨のせいでしかも1時間目だから男子学生ばかりだからさぼったのだろうと、思い、しかし授業はいつものどおりに進めた。ところが2時間目は女子ばかりであり、時間になっても誰も来ない。前の授業が遅れているのだろうと思って待っていたが、10分経って数人の学生が来た。どうしたんだと尋ねると、電車が止まっていますと言う。てっきりそのせいかと思い、せっかく来たのだからと授業を始めた。終わりまでそのまま続けて、でもやはり「変だ」と思い、助手さんに念のため掲示板に「休講」が出ていないか確認しておくようにと指示し、帰途についた。
 すると、なんと「休講が出ています」という電話、「こりゃ、一体全体どうなってるんだ。誰かいたずらでもしたのか」と、再度確かめると、「教育実習の巡回指導で休講になっています」というではないか。なんということはない。出張届けの日日がまちがっていたのです。ふだんからほとんど休講しない私ですから、慣れている助手さんなら曜日と日日を確かめて事務に提出するのですが、今回は代わったばかりの、しかもよその研究室から借りてきた助手さんですから、怒るわけには行かず(元々は私が電話で出張届けの書類を出しておいて頼んだのだから)、すっかり自己嫌悪に陥りました。次週の授業で学生諸君にどうやって謝ろうかと悩んでいます。なにしろ34年間で初めての「失態」ですから。それにしても授業に出ていた学生はどういうことだろう。掲示板に関係なく、講義予定の日程に添って正直に来たのか、それとも迂闊に掲示板を見ずに来てしまったのか、それが問題だ。
 午後も3時からの後楽園・中央大キャンパスでの「2007年グラムシ没後70周年シンポジウム」の打ち合わせのために地下鉄で行ったのですが、ここでも逆回りに1周してようやく会場に到着、途中携帯に電話をもらったのですが、すでに動いている後なので折り返すのも癪だからそのままに大汗をかいてというわけです。東京グラムシ会のホームページをセットアップする役を仰せつかりました。これは遅れた罰ですから、断るわけにもいきませんよね。そんなこんなで新宿の紀伊国屋で本を探して帰ろうと思っているところにYdさんからの電話、「新潟に巡回指導に行って、美味しい酒をお土産に買ってきてから」と言う。一も二もなく誘いにのって登戸の中華居酒屋で紹興酒を飲んで憂さ晴らし、いやはや飛んでもない一日でした。今日は二つほど予定した講演会に聴講にと思っていたのですが、思い切って休むことにしました。ほんとうに先が思いやられます。

               6月16日(金)

 今日は海外でもいつもこのHPを見てくれているSさんのうれしいメールを転載許可を得ましたので掲載します。彼女は今南半球でペンションを経営しながら日本の状況を冷静に分析してくれています。
 「HPで紹介された詩”人々の中へ”いいですね。あの詩は、最後の「我々が、」というところが、大事なのですよね。「私がこれをやったのではなく、我々が、、」。指導者になるかどうかは、別として。私もそんな我々の中へ入り、我々と共にいたいと思います。そんな風になるには、まず人々の中へ!ですね。

サトウハチローの”スポーツというものは”も、とても気に入りました。スポーツって、そうそう、そうなんだよな~。とうなずきながら読みました。

いろいろと日本は、難しい世の中になっているようで友人の教員たちも「やっていられないよ~」と言ってます。でも、子どもたちは、目の前にいて将来を見つめているのですから、やっぱり踏ん張ってがんばるしかないわけで、みんな、辛いところのようです。

先生たちは、もっと力を抜いて、自分の人生を豊かにすることから始めることが大事だと思います。今の時代、夢を語れる教師(人間)・親が必要だと思いますが、いかがでしょうか。
子どもたちにいろいろな経験を語れる人間。失敗も含めていろいろな引き出しがあると良いですよね、。忙しすぎて、時間がない、余裕がない、、のが現実のようですが、、、。

日本の忙しい中にずっといたら、こんな風にものを見れなかったと思います。
きっと、外にでたから見えるのですよね。あのまま日本で教員を続けていたら、いつもキリキリとがんばって、がんばって、子どもたちにもがんばれ、がんばれの一点張りだったかもしれません。

私が今、教員になったら、子どもたちに沢山の話をしてあげられるのにな~と、思います。養護学校で働いたこと&外国で暮らしたこと&そこで考えたこと、などなど、今は、前よりも沢山の引き出しがあると思うので、、。

こちらでは、実は、日本人はとても評判が良いです。人によって違いはあるので、一般的にということですが、。モーテル仲間、日本人のお客は、きちんとしていてOK!といわれます。

日本人の良さってなんだろう、何が変わってきたのだろうと思い始めたところで、藤原正彦の「国家の品格」をゲット。世界と違う日本独自のもの、というのが、ちょっと見えた感じがして、興味深く読みました。日本にいたら、読まなかったかもしれないです、。

「日本人は、なぜ怒らないのか、。」
何年かかけて、そういう風に作られてしまったようですね、、。
これに関しては、とても残念です。今の時代、何が本当で何がうそなのか、、。
何を信じれば良いのか、わからかくなることがたくさんありますね、、。
人(命・心)を大事にすること、人とのかかわりを大事にすることだけは、大切にして生きていきたいと思っています。たまたま、外国に住み始めたことで、人生観が変わりました。
本当の豊かさとは何か?大事なものは何か?など、少し
ずつ見えてきたような気がします。私は、この地で私が感じたことを、日本の友人たちに、発信し続けたいと思っています。
皆さんが、何か感じてくれたら良いなーと思っている今日この頃です、、。

いろいろと大変そうではありますが、先生もあとわずかの教員生活の中で、ぜひとも希望を語り続けていただきたいと思います。ちょっと力を抜いて、リラックスしながら自分の人生を語る、なんてことも時々、あっても良いかもしれないですよ!教え子たちと今でも集まっている話なんて
いうのは、とってもすてきな話だと思います。私だったら、そういう話を聞いただけで希望がわい
てきます!

               6月15日(木)

 昨日から教育実習の巡回指導で茨城県内を訪問。前回の横浜市内の中学校でも感じたが、最近の学校は教育実習生への指導はあまりやらなくなったということであろうか。大学での指導の不十分さを棚に上げて何を言っているんだと言われそうだが、こんなに実習生を甘えさせてしまってほんとうにいいのだろうかと思う。まったくと言っていいほど私の目からは授業になっていないような、いい加減な「授業」にもかかわらず、指導教官は「元気で動いていてたいへん良かった」と、褒めそやしてどうするんだと、今日もまた心底怒りたくなった。
 体育の授業は実技だから確かに生徒たちは動いてはいる。授業のうまい下手の問題はさておくとしても、しかし何を伝えたいのか、何を教えたいのかが曖昧で授業のメリハリがなく、ただ時間を「指導案」らしきものに添って追っているだけでそこには「教えたり、教えられたり」するという「教育の営み」がほとんど見られない。3対3にしろ「ミニゲーム」にしろ、ほとんどさまにならない。「ラリーのおもしろさを楽しむ」と「本時の目標」には書いてはある。それではラリーが続くためにはどういう動きになればそうなるのか、ただゲーム(何回ボールをつないだか、数を競わせる)と言ってみても足運びも、パスの要領も、動きのポイントも目の位置も、腰の位置も、ボールの加減の仕方も何一つわかっていないのだから、ただただまぐれで続くのを祈るしかない。
 生徒たちはその「偶然」というか、まったくのまぐれ(実際にはほとんど続かない)に歓声をあげる。実習生はそれに騙されて生徒たちは楽しんでいると錯覚している。これはくどいようだが教育ではない。ギャンブルの当てはずれに歓声をあげているのと変わらないのだと思う。断じてギャンブルは教育ではない。こんなことで一喜一憂するのなら教育も教師も居ても居なくてもどっちでもいい、とさえ思ってしまう。この「研究授業」の後に別の実習生がダンスの授業を見てくれというので見た。「創作ダンス」、テーマは「はじける」。
 指導案を見ると、すでに「研究授業」で同じ内容をやったのだそうで、本人は自信があったのだと思うのだが、これまた実に安直というか、レクリエーション・ゲームでよくやるゲーム、クラスのメンバー(30数人)手をつなぎ、円をつくり、左手で指でつくったわっかの中に隣の人が右手で人差し指を入れ、互いに「キャッチ」の合図で相手の指をキャッチするのと、自分は逃げるというもの、このゲームを数回繰り返してムードを盛り上げ、さらに先生(実習生)のリードで右手を思い切り伸ばしたり、足を伸ばしたり、あるいはジャンプしたり、そんなこんなで体と心をほぐしてから5~6人のグループをつくり、話し合いをして「創作」、そして発表だと来た。それは時間にして20分弱、グループでの話し合いも数分、「はじける」というテーマの掘り下げもないままにただ思いつき的な表現とポーズだけをやっつけ仕事みたいに「考えて」つくらせる。だからあるグループはテレビの芸能番組で見たことのあるようなポーズ、あるグループは全国的に流行っている「○○ソーラン」を踊ったりしていた。どうしてこういうのが「創作ダンス」になるのだろうか?単なる思いつきの、物真似でしかない。
 こういう授業を見せられるとだんだん腹が立ってくる。しかし指導教員が「よし」としている手前、その場で批判することもできない。ただ「今日の授業であなたが一番伝えたかったメッセージはなんだったの?」「それはきちんと伝わるように授業案は練れていたの?」と、訊いてやることしかできない。ただもどかしさだけが残る。またまた寝覚めも悪い(体によくないなあ!)。
 土浦の学園都市を抜けての帰り道、「お口直し」に寄った店が「珈琲倶楽部なかやま」と言う名の喫茶店、炭火自家焙煎珈琲が「売り物」だけにまろやかな味と豊かな香り、カップもかなり凝ったものであった。部屋の調度品にもかなりお金を掛けている感じで清潔感のあふれる雰囲気がとても良かった。朝10時過ぎたばかりのせいか、客は他に誰も居ない。こんなんで商売になるのだろうかと思ったが、店を出るときにもらった名刺には7店舗の他に焙煎工場と本社をもつ「なかやま珈琲グループ」とあった。Ogさんにも報せてあげようかと思ったら牛久にもグループの店があるようできっとすでによく知っているにちがいないと思い、豆も買うのを止めた。きっと二番煎じもいやでしょうから----。家に帰ってネットで調べたらオーナーの中山信一さんはこの業界ではかなりの有名人らしい(お見それしました)。 

               6月14日(水)

 指定管理者制度の導入が始まって数ヶ月、やはり心配していたことが起こりました。福祉関係で懸命に活動してきた障害者たちが真っ先に締め出されていきます。最初から「対等の競争」というのは無理なんです。見出しを見れば大方見当がつくというものです。「指定管理者 思わぬ弊害」 「公共施設の自販機設置権 民間業者に敗れ、失う 福祉団体 収入ピンチ  民間との競争は無理」(日本海新聞、6月5日付)記事のリード部分だけを以下にコピーします。後は日本海新聞にリンクしてお読みください。
 4月から導入された指定管理者制度が、福祉団体の運営に思わぬ弊害を与えている。これまで公共施設に清涼飲料水などの自動販売機を優先的に設置し、収益金を運営費に活用してきた団体が、制度導入に伴い設置者から外れるという事態が相次いでいるためだ。いずれも施設側に支払う手数料額などで民間業者との競争に敗れた結果だが、「利潤や効率性の追求だけでは福祉の充実は図れない」との声も聞かれる。


               6月13日(火)

 昨日は午前中2コマ健志台でスポーツ社会学、夕方明治で1コマ、すぐに明大前から新宿、総武線経由で新小岩・社会教育館にて「社会教育とは何か」(生涯学習ボランティア入門講座)、会議室には満杯およそ50名ぐらいの参加でしょうか。質問攻めにあいましたが、それは参加者の多くがこの春より社会教育主事の引き上げと社教館の「地域コミュニティ拠点(交流・活動センター)」への移行(公共施設見直し推進計画による)に対する反対・請願運動を続けてきた利用団体連絡協議会のメンバーだったからだと思います。
 自分たちの正当な学習・文化・スポーツ活動に制限を加えられたり、拠点施設である社教館をなくされてたまるかという、まっとうな声、専門職が居てこそ自分たちの学習も発展してきたという信頼関係の構築、これはまさに社会教育活動を通じて利用者・住民が学んできたことであり、これこそが住民運動の教育学的意義ではないかと私は確信できました。
 講座が終わってから三々五々、参加者有志で新小岩駅近くの食楽厨房「居酒屋・とよ八」で気持ちよく乾杯、次々に美味しい肴を運んでくる店員さん(名刺には日光喜美子さんとありました。喜美子さん、笑顔の接待、ありがとう!)が、W杯サッカーの途中経過を伝えてくれます。前半、中村俊輔のシュートで1点リードという報告でまたまた盛り上がりました。何しろSt主事は奥さんと一緒にこのゲームをテレビ観戦するという約束をキャンセルしての二次会参加ですから、みんなから「奥さんに体は離れて居ても心は一緒だから」と電話しなさいよと催促されて携帯を見ると、なんと奥さんからメールが届いているではありませんか、「愛しているよ!」だって、ほんとうにご馳走様です!
 そんなこんなで二次会も大いに盛り上がりました。区議会での社教館条例改定・廃止に向けての新たなる取り組みなど、展望も見えてきている感じです。障害があればそれを跳ね返しバネにしていく住民のしたたかさと強さ、楽天性こそ見習うべきだと痛感しました。
 こういういい気分で飛田給駅に着いたのが午前様直前、家についてすぐにテレビをつけたらなんと後半タイムアップ直前の3得点をオーストラリアに許すという、完敗(乾杯ではありませんぞ)ぶり、司会も解説者も次のクロアチア戦があるとしきりに鼓舞しようとしているが、これはどうだか怪しい。8年前のフランス大会のように3敗という「悪夢」がよぎる。後は神頼みしかないだろうと、私はふて寝で布団に潜り込んだが朝方までテレビはつきっぱなしでした。どうも寝覚めが悪い。昨日のご機嫌ぶりはどこへいってしまったんだという感じで今更新作業をしています。そんなわけでみなさんのご機嫌は如何ですか?


                6月12日(月)

 ネットサーフィンしていたらいい詩がありましたのでお裾分けです。

  「人々の中へ」   Go to the People

 人々の中へ行き
 人々と共に住み
 人々を愛し
 人々から学びなさい
 人々が知っていることから始め
 人々が持っているものの上に築きなさい

 しかし、本当にすぐれた指導者が
 仕事をしたときには
 その仕事が完成したとき
 人々はこう言うでしょう
 「我々がこれをやったのだ」と

  ――晏陽初  Yen Yang Chu ジェームズ・イェン (1890-1990) ――

       http://www.hinocatv.ne.jp/~micc/Iro/01IroCover.htm参照

 ついでに小野寺光一さんのサイトから以下の記事を引用させていただきました。日本の医療の危機を訴えるものです。

市場原理と医療  米国の失敗を後追いする医療改革」  

李啓充 (医師・コラムニスト)

小野寺注)李啓充医師はニューヨーク在住の医者の方であり今回の、「日本の国民保険制度を崩壊させて、米国の保険会社と製薬企業をもうけさすための日本人医療費倍増計画」(別名 医療改革法案)に対して警鐘をならしているという。われわれは、亡国のイージ○が自らの金儲けのために日本人の少なくとも4千万人を皆殺しにするようなこの「日本人の医療費倍増計画」(医療改革法案)に反対すべきである。(小野寺注終わり)

「市場原理と医療  米国の失敗を後追いする医療改革」  

李啓充 (医師・コラムニスト)


・「小さな政府」と医療制度改革

 現在、日本では、「小さな政府」を実現することが、あたかも自明の公理のごとくに唱えられ、医療制度改革も、その範疇で議論されることが多い。医療についても「小さな政府」を実現することが大義であると信ずる人々は、「国民負担率」(国民所得のうち、租税と社会保険料の占める割合。なお、国民負担率に財政赤字分を加えた数字を潜在的国民負担率という)なる指標を基に、「潜在的国民負担率は50%以内に抑えなければいけないし、そのためには、医療費の公的給付も抑制されなければならない」と主張する(ちなみに、国民負担率が50%を超える先進国は多く、「50%以内」という数値目標に必然的根拠があるわけではない)。

・「国民負担率」は国民負担の実際を反映しない

 実は、「国民負担率が高くなるといけないから、医療費の公的給付も減らさなければならない」とする議論は詭弁(きべん)以外の何物でもない。なぜなら、そもそも、「国民負担率」は、語感が与えるイメージとは裏腹に、「国民負担の実際」を反映する数字ではないからである。たとえば、先進国中、日本の36%(2005年)よりも国民負担率が低い国は米国(33%)だけであるが、実際の米国民の医療保険料負担は、日本よりもはるかに重いものとなっている。「自営業者、年収700万円、世帯主の年齢50歳、4人家族」という例で年間医療保険料負担を比較した場合、日本での負担が61万円(国保保険料上限額。国民負担率に含まれる)であるのに対し、米国での負担は214万円(マサチューセッツ州最大手の保険会社ブルー・クロス・ブルー・シールド社からもっとも一般的な保険を購入したときの価格。国民負担率には含まれない)と、日本の3倍を超えるのである。

・公的給付削減の果てに待つ米国型医療保険制度

 高齢化の進行(医療に対するニーズの量的増加)、日進月歩の医療技術の進歩(医療サービス単価の上昇)を考えた場合、今後、社会全体の医療費支出が増加せざるをえないことは論を待たない。医療費全体が上昇せざるを得ない状況の中で、公的給付を削減すれば、その果てに待つのは、民間医療保険を主体とする米国型の医療保険制度に他ならない。「『公』を減らして『民』を増やした」医療制度が具体的にどのようなものになるのか、以下、米国の実態を紹介しよう。

・「市場原理」に基づく米国型医療保険制度の失敗

 「民」の医療制度は、換言すると「市場原理」に基づく医療制度に他ならないが、市場原理によって運営される米国の医療制度の「失敗」の数々の中でも、際立っているのは、以下の4点であろう。1) 財力に基づくアクセス差別:市場原理の下で弱者が排除されることは避け得ず、医療保険を購入する財力のない者は「無保険者」となり、医療へのアクセスを閉ざされてしまう。市場原理から落ちこぼれた弱者(高齢者・低所得者)を救済するために、米国政府は、巨額の税を投入して公的医療保険制度を運営しているが、巨額の税支出にもかかわらず、国民の7人に1人が無保険と弱者を救済しきれず、無保険社会となっている。
 「『公』を減らして『民』を増やす」という主張は、「(米国式に)財力に基づくアクセス差別を導入する=無保険社会になっても構わない」という主張と同義なのである。

2) 医療費の止めどない上昇:
 「民」主体の医療保険制度は社会全体の医療費を押し上げる特性を持つ。たとえば、米国の保険会社の経営用語に「医療損失」という言葉があるが、これは、加入者から集めた保険料100のうち、どれだけの割合を実際の患者の医療費に使うかという数字である。現在、医療損失が85を超えるとウォール・ストリートで「経営が下手」と評価され株価が下がってしまうので、保険会社にとって、医療損失を下げる(=患者の医療に使う金をできるだけケチる)ことが経営の一大目標となる。その結果、現在、米国における営利の保険会社の医療損失は平均「81」と言われ、公的医療保険(高齢者医療保険「メディケア」)の医療損失「98」と比べると、サービスの受け手にとって、格段に効率の悪い医療保険制度となっている。さらに、営利の保険会社は株価を維持するためには常に高収益を維持しなければならないので、たとえば、保険料値上げ等で顧客の負担増を強いることをいとわない。実際、ここ数年、米国の保険会社は、毎年10%程度の保険料値上げを繰り返している。

3) 負担の逆進性:
 市場原理の下では、大口顧客に対する割引など強者が優遇される反面、弱者ほど負担が重いという「負担の逆進性」の問題が発生する。たとえば、有保険者の場合は、保険会社があらかじめ病院・医師などと値引き交渉をすませているので「割引価格」で医療が受けられるのに対し、無保険者がひとたび病気になった場合は、全額自己負担となる上に、有保険者よりもはるかに高い「定価」で医療費が請求されることが普通となっている。その結果、無保険者が医療費負債を返済できないために破産するという事例が急増、現在、米国では、医療費負債は個人破産の直接原因の第二位となっている。「公的保険の給付削減」が行き着く果てには、「医療費負債による個人破産」が常態化する危険が待っているのである。

4) 公的負担の増加:
 はなはだ逆説的な結果ではあるが、米国の実例を見る限り「『公』を減らして『民』を増やす」努力は、逆に公的負担を増やす結果となっている。たとえば、民間保険が常用するコスト抑制法として「サクランボ摘み(『いいとこ取り』の意)」があるが、これは既往疾患(きおうしっかん)を有するなどハイリスクの患者を排し、健常者ばかりを集めて医療保険を設定する手法である。健常者ばかりを集めることで民間保険が容易にコスト抑制を達成する一方で、民間保険への加入を断られたハイリスク患者が公的保険に集中するために、公的保険のコストが逆に増大するという結果を招いているのである。

・「市場」のメカニズムが医療では有効に機能し得ない理由

 以上、医療費の公的給付を減らした後に生じ得る問題点を4点だけ列挙したが、こと医療に関しては、「市場」のメカニズムが有効に機能し得ないことは米国の実例からも明らかである。なぜ「市場」のメカニズムが有効に機能し得ないかというと、それは、医療以外のサービス・消費財については、「財力がなければ購入を諦める」という選択が比較的容易になし得るのに対し、医療のサービス・消費財については、「購入を諦めることは死ぬことを意味する」という状況が容易に生じ得る、という決定的な違いがあるからである。市場のメカニズムが有効に機能し得ない上、市場のメカニズムに委ねることが不平等だけでなくコスト増さえもたらすのであるから、医療については、公的給付を削減することを目指すほど愚かな政策目標はないと言ってよい。換言すると、社会全体の医療費を抑制したいと思えば、やみくもな市場原理主義を振り回す前に、いかにして公的給付を充実させるかを考える方が、はるかに賢明な戦略と言えるのである。

・規制改革/民間開放推進会議の危険な主張

 日本の医療制度改革議論の中で、規制改革/民間開放推進会議が、特に「民を増やす」=「ビジネスチャンスの創出をめざす」観点から、日本の医療制度を変えようとしているので、同会議の主張についても検証する。

1)混合診療全面解禁の危険:混合診療(保険診療と保険外診療の混合を認めること)が解禁された場合、自由診療部分の拡大により、広大な民間医療保険マーケットが出現することが予想される。その場合、民間医療保険を追加購入することができない低所得者には、「実質的無保険者」とならざるを得ない宿命が待っている。

混合診療全面解禁後の医療がどれだけ悲惨なものとなるか、

2)株式会社による病院経営解禁の危険:

先進国の中で株式会社立の巨大病院チェーンが存在するのは米国だけであるが、株式会社病院の方が非営利病院よりも「患者にとって料金が高いうえに、安全性も含めた質が劣っている」ことがデータにより明らかとなっている。

それだけでなく、大病院チェーンは、例外なく、診療報酬不正請求など、種々の医療「犯罪」を繰り返していることでも知られている。

・目指すべき方向は社会保障のさらなる充実

 以上、「国民負担率を減らすために医療費の公的給付を削減する」という主張の危うさを検証してきたが、そもそも、租税や社会保険料負担について日本で問題にすべきは、その負担が「重い」ことにあるのではなく、納めた税や保険料が国民に対するサービスとして還元されていない、「取られっぱなし」の状態にあることにある。たとえば、納めた租税や社会保険料のうちどれだけの割合が社会保障給付として国民に還元されているかを比較した場合、日本の還元率42%は、「小さな政府」の「先輩」である米国の53%にさえ劣り、先進国中最低となっている(ドイツ59%、スウェーデン76%)。納めた税金や保険料が、今でも、「取られっぱなし」であるのにもかかわらず、政府・財界は、今後ますます「公的医療費の給付を抑制する=自己負担分を増やす」と主張しているのだから呆(あき)れる他はないが、高齢化がますます進行する下での日本の医療の将来を考えた場合、「公的給付のさらなる充実」をいかにして達成するか、そのための医療制度改革をこそ議論すべきであろう。

 以上、第26回日本医学会総会ポストコングレス公開シンポジウム(2006年3月
)抄録より転載
~~~~~~~~~~~~(出所明記しての転載転送歓迎)~~~~~~~~

小野寺)上記の医師はニューヨーク在住で、現在の米国診療の実際をよく知っているということである。そのために日本のためを思って警告してくれているのである。
以下は、ネット上や、著作出版で活躍している医師の方のホームページからの記事である。
 記事で出てくるデータを補足しておくと、現在、国民健康保険証については、もし失業してしまうと、失業前の年収で国民健康保険料が決定されるため、とても高額な保険料請求が来るという。たとえば、年収700万円程度でもし失業などしてしまうと、国民健康保険に年間で56万円も支払わなければならなかったりするという。それで、一年間滞納すると、ほとんど自動的に、健康保険証が取り上げられて、新たに「被保険者資格証明書」や「短期保険証」という紙切れが送られてくる。というわけで、これがくると、なんと医療機関の窓口では、全額支払わなくてはならない。つまり、一回歯医者にいって、ちょっとみてもらったりしただけで7万円払うとかそういうことになったりするわけだ。もちろん、手術なんてしようものなら、いっぺんに60万円払えとかいう世界になる。それは「後で返しますよ」という触れ込みなのだが、実際には、その前に1年間滞納しているわけだから、その滞納分に当てられるという。それで、治療を我慢して結局悪化して死んでしまう人間が現在増えている。特に特区一号となった北九州市に多いという。こんなものは、政府がまともな政府できちんと「公共事業」などを実行すれば、別に問題なく、景気は回復するわけだが、この政府は、絶対に「公共事業」をやらないで、不景気に誘導することで延命を図り、弱体化した日本企業を外資に売り飛ばすことで生計をたてているような、乞食政権なのである。

だから一生懸命「公共事業」を否定してブラックPRをしているのだ。

公共事業などやってしまったら、日本国内の企業が景気回復してしまい、外資に殺して売れなくなってしまうし、ことによるとライバル政治家が力を持ってしまうかもしれないという「不安」があるからだ。つまり仕事を一切しないで、金がない、寄こせと騒いでいる、「亡国のいそうろう」のようなのが小泉政権なのである。以上 小野寺注

               6月11日(日)

 昨日、いつもの多摩川土手沿いをウオーキングしていたら白い花が咲いているのを見つけた。なんとニセアカシアです。すでに5月末に散ってしまって無いと思っていたのに1本だけ花をつけています。あわてて家に戻りデジカメをもって再び撮しに戻る。
    

 小説「アカシアの大連」のアカシアも、また1960年安保闘争の高揚の後に挫折(大島渚「青春残酷物語」など)した若者たちの間に流行った西田佐知子の懐かしい青春歌謡「アカシアの雨がやむとき」のアカシアもすべて「ニセアカシア」なんですね。大連生まれの私にとっての「アカシア」はこの白い花を長い竹竿の先を少しだけ割いて割り箸をかませ、その間に白い花のついた房をはさみとって家に持ち帰り天ぷらにして食したこと、すでに味は忘れてしまっています。小学校1年の終わりまで過ごした大連の街は今も昔の面影を残しているのでしょうか。
 元々は北アメリカ原産の外来種だそうですが、丈夫な樹木のようで街路樹にも使われます。マメ科ハリエンジュ属、花言葉は「親睦・頼られる人・友情・精神的な愛」とありました。季節はずれの白い花は今楚々と咲いています。多摩川土手、府中市の浄水場(稲城大橋傍)の堰があるところの川に向かって右側の土手のすぐ下です。
 今日は朝からひの社会教育センターで「介護予防実践運動指導員養成講座」で講師、夜は府中・ボランティア交流センターでたまりばユネスコ倶楽部の定例会、先週の花巻でのユネスコ運動全国大会の報告をします。
 ここまで書いて早めにセンターに出かけたのですが、日曜日のせいか早く着きすぎて車止めのポールがあって車を駐車できず、エンジンをかけたままでラジオで久しぶりにNHK(ふだんはTBS)で「音楽の泉」、しかも曲目がドヴォルザークの「新世界より」でした。うっとりと第2楽章のラルゴまで聴いていたらTk君が到着、今一度レジュメと配布資料を確認し、受講されるみなさんを待つ。知り合いのKb弁護士の奥様やIgさんの奥様の名前まであり、なおその上に昨年まで役所の福祉関係の部長までやっていたIrさんの名まであります。というわけで冷やせもので講義というよりいつもよりワークショップを多めにして(しゃべるのを少なくする)終えた次第。すでに現場を持ってられる方も居て「あなたならどうしますか?」というカウンセリングの問題と対策をグループで話し合ってもらう場面は的確な提案(ちょっと完璧過ぎ!)で非の打ち所がない(講師泣かせ!?)。
 午後に新潟より同じような研修会の件でSd君が見えると言うことで時間稼ぎに久しぶりにSe夫妻、Tb宅を訪ねる。Tbは目下最悪の状況というか、躁から鬱へ移っていて薬の効きすぎのせいか、寝てばかりで何もやる気が起こらないのだそうだ。とにかくこれからは自分のしたことだけをやってわがままに生きていくのが一番と言ってあげるしかない。「自分は生きているだけで役割果たしているのだ」という。それは遺族年金になると6割支給になるからだという。


               6月10日(土)

 東京も梅雨入りとか。ところが今朝は太陽が射し込むいい天気、こういう時に「鬼の居ぬ間の命の洗濯」というのでしょうか。でもこちとらはお昼から日本体育学会の理事会、総会(代議員会)と続く。昨日の夜も予想どおりというか、研究会が終わった後の二次会はHドクターの案内で魚屋の経営する「魚力」という店をNHK近くの神山町に探し当てたが、なんと臨時休業、W杯サッカーもあるし先に帰ろうかとも思ったが、お人好しなんですね、結局は30分近くも歩いて井の頭線ガードをくぐってすぐの魚河岸の店「福ちゃん」2階、上がっただけで魚の匂いが鼻につくほど、出てくる料理も豪快というか、刺身も焼き魚も大きな皿に盛りいっぱいで運ばれてくる。刺身もたっぷり分厚い切り身で食べ応えがある。まさに「怪我の功名」というか、おかげでいい店と巡り会えた。
 昨日スポーツマンクラブを出るときに体協玄関の正面右の壁のポスターに注目した。
    

 総合型地域スポーツクラブ育成事業は文科省から体協へ移ったのだが、その裏では国(文科省)のスポーツ政策の関心がすでに「学力低下」論と同様に「体力低下」への対応として再び「体力づくり運動」にシフトしている。予算的にも子どもの「体力づくり運動」などは1960年代の東京オリンピック当時の体力づくり運動の高揚期をはるかに凌ぐ。あらためて国民の「体力管理」と「なんのための体力か」を問い直す必要が出てきた。 真ん中の2枚は総合型地域スポーツクラブだが、その右にはちゃんと「ケイリン」のポスターというところがミソ、体協は1911(明治44)年創立以来、未だに寄生的性格を脱皮し得ていない。変わったのは国からのスポーツ支援が後退した分だけギャンブル(トトは元々「賭け」を意味するが、このトト・サッカーくじが瀕死の状態だから、頼るのは文字どおりギャンブル!)しかないということを自ら表明している図だ。そこで記念に1枚パチリ。画像を取り出してとくとご覧いただきたい。

               6月 9日(金)

 今日はこれからJOAのオリンピック憲章研究会で体協・スポーツマンクラブです。メンバーが真面目というか(?)、毎月定例(原則として第2金曜日)、二次会にまで引きずって話し込む熱心さです。W杯サッカー開会式およびドイツ対コスタリカ戦には間に合うように帰りたいものです。
 昨晩は豊田駅近くの居酒屋(?)で社会教育協会黒水理事長、Igさん、それに館長とでご機嫌な会でした。どうやらセンターも昨年来の困難な時期を乗り越えはじめて新しい企画も出てきたようです。そんなわけで7月中旬には慰労と激励の集いをやろうと大いに盛り上がって、「薩摩藩」という香りのいい焼酎を1本あけてしまいました。店主も一本気というか、職人気質というか、肴もよく吟味された材料で手間暇かけてさばいたというのがよくわかるものです。ソラ豆もどこかのチェーン店みたいに冷凍したものを冷蔵庫から出してくるようなことはなく、いちいちその場でゆでてくるのですから時間もかかりますが、それだけ美味しいというわけですね。
 私もこの理事長のように私利私欲を捨てて協会のために努力する方が居る限りどこまでも精一杯やれることをやってお手伝いしたいと願っています。こういう人のところには自然に人が集まって来ますね。私だけでなく弁護士さんや定年退職したそれなりの肩書きをもっていた人たちもまったくボランティアで裃脱ぎ捨てて忌憚ない意見の交換ができるのがいい。

     

               6月 8日(木)

 「もったいない」という言葉を世界中に広げてくれたのはノーベル平和賞を受賞したケニアの環境問題専門家ワンガリ・マータイさんです。彼女は「3R」(Reduce,Reuse,Recicle)運動を進めていますが、日本語の「もったいない」という言葉がお気に入りのようです。日本語の正しい理解と同時に「やまとことば」の美しさに加えて独特のニュアンスを感じ取って欲しいと願っています。


               6月 7日(水)

   スポーツというものは-----
       ーースポーツをやる仲間たちーー
                       サトウ・ハチロー

 スポーツにはルールがある
 どんなスポーツにもルールがある
 そのルールを守り
 ルールの中で
 自分をそだてて行く きたえて行く

 スポーツは基本が大事だ
 しっかりと基本を身につけないとどうにもならない

 のびたくてものびない
 基本 基本 基本
 ひとりでいるとこの言葉がすぐにとび出してくる

 スポーツをやっている仲間は
 すぐに心が通ずる
 おたがいになぐさめあい はげましあう
 手を握りあっただけで
 相手のキモチが
 こっちのキモチにしみこんでくる

 スポーツには苦しみもある
 カベにつきあたったときの悩み
 スランプにおち入ったときの苦しみ
 それをのりこえ つき破ると
 とてつもない大きなたのしみがくる

 スポーツを愛し
 スポーツにとびこみ
 スポーツに抱かれたまえ
 やがては心がすっきりとする
 くもった空も 晴れやかにみえてくる

 スポーツマンシップ
 それには美しい輝きがある
 やさしさとさわやかさがある
 すこやかな風の匂いがある
 わたしはその匂いを さわやかさを 輝きを
 しんそこから愛している
 なによりもなによりも愛している

        詩集3『あすは君たちのもの』NHK出版、1969年
 この「スポーツというものは----」は、NHK総合テレビで1966年4月から68年3月まで続いた青少年向きの番組「あすは君たちのもの」が放送されたとき、サトウ・ハチローが登場する子どもたちの活動に熱中している姿を讃える詩を朗読した中の一つです。この「スポーツをやる仲間たち」で登場したのは体操--秋田県能代市立淳城第三小学校児童、水泳--名古屋市椙山女学園中学校一年生浅野典子さん、野球--徳島県阿南市立加加茂谷中学校生徒ほかのみなさんでした。放送終了後、3卷本として出版され、後にNHKブックスジュニア32『あすは君たちのもの 選詩集』1975年に採録されたものです。

               6月 6日(火)

 昨日は朝から2コマ講義、急遽予定を変更してドイツW杯サッカー開会直前に合わせて2002年日韓共催W杯サッカーの相棒である韓国においてW杯公式スポンサーからはずれたSKテレコムがサポーターズ・クラブ「レッド・デビル」を使って韓国4000万人国民をターゲットにしていかに「新たなる戦略」として「街頭応援」を取り入れたメディア戦略を成功させたか、そこから何が見えてくるのかをテーマに取り上げた。幸いにある筋から入手した特別「ビデオ」(SKテレコム作成?)を使用して若干の私の解説、加えてビデオから何を読みとったかを記述させる。学生の反応も多様、韓国の国民性を問題にしたり(その裏には日本ではそこまではできないという屈折した意見も)、SKテレコムの「作戦」勝ち、その他、4年前とはいえ結構印象に残っているので反応がおもしろい。
 横浜キャンパス(と言っても実際には「子供の国の隣で田園都市線青葉台駅下車バスで10分ぐらい?)を早めに抜け出して国士舘へ向かう。Yt先生と久しぶりにお昼を食べながらのおしゃべりの四方山話が大好きなんですね。新しく出来たというイタリアン・レストラン「アベーテ」(もみの木の意)、お店の構えも立派ですがなにしろ郊外にあるので駐車場もお店もかなりゆったりとして広い。それでも店の中は女性客が結構入っている。お値段もお手頃と言うよりはやはり高い。料理の味は値段ほどでもないというのが率直な私の感想、でも話が何よりのご馳走なのでお構いなし。報告書「21世紀のオリンピズム構築のための基礎的研究」をいただく。
 こういう風に外でしかアカデミックな雰囲気に浸れないというのが辛いところ、このまま定年を迎えるまで我慢しながら、最後には静かに消えていくことしかできないのだろうという予感(確信?)があるから余計に外での耳学問を求めているのではないかと、つい考えてしまうのだが、これだけはもうちょっと前向きに、かつどん欲に考えることにしようと自分に言い聞かせるしかない。
 夕方には先の授業を明治でも試みた。どちらがどうということではないが、やや商学部学生が多い明治では逆提案もあったりと、学生の書いてくれた感想文を読むのは楽しい。そういう思いで門を出て駅に向かったところで「不当解雇」を撤回させて4月より授業を始めたKさんにばったり出会う。歯医者に行くのだという。そこでの立ち話が相変わらず職場は暗くて辛い話。職場復帰したのはいいが、こんどは保護者を使って教室に数人の母親たちが授業を参観し、挙げ句の果てに「生徒が寝ている」とか難癖を書いて寄こすのだそうだ。まったくの言いがかりだとKさんは言うのだが、こういう類のものはクチコミでPTAの中に流されてしまい、結局は「うわさ話」だけに反論する機会もなく、一方的に不利な状況が生じる。弁護士さんにも相談して「不当な教育への介入」に対処したほうがいいよとアドバイスするしかない。
 ひどい学校になったものだ。生徒たちに前向きのいい授業をしようと思っても親たちが校長たちにそそのかされて教師の足を引っ張るようなことをしていては「いい教育」どころではない。第一、教室に明るさやおおらかさが失せてしまって、ぎすぎすした緊張しか生まれないじゃないかと、愚痴も言いたくなる。Kさんの奥さんは「お金じゃない。そんな学校、さっさと止めちゃないなさい。体を壊してしまうじゃないの」って彼に退職を勧めるそうだ。確かに気持ちは分かるけどそれでは学校や経営者の思う壺じゃないかと、つい思ってしまう。組合も他の先生も腰が引けた中で一人で闘う(実際には支援者も多くいる)のは苦しい。長い間の持病とストレスで年齢以上に老けて見えるKさんに効果的なアドバイスもできずにただただ話を続けるのは辛い。こんなときに「がんばってね」というのは酷というものではないかと思いつつ、それでも「がんばってね」と言いそうな口をつぐんでただ見送るしかない。
 自分だったらどうするのだろうか、徹底的に闘って「玉砕」するか、じっと我慢に我慢して定年まで居るのか、それとももっといい知恵を出して一矢報いることができるのか、いろいろ考えたがもちろん答えは出ない。唯一の救いはこういうときに話を聞いてくれる「仲間」が周りにたくさん(?)居ることだと思う。少なくとも自分は困ったり悩んだりしている者が居たときには親身になって聞く耳だけはもとうと思う。私たちができることはそれしかないんだとも思う。34年間続いてきた卒業生たちとの研究サークル「やろう会」も新たに「再生」するために会員の再登録をすることになたっという手紙が来ていた。後は残ったメンバーにまかせて年寄りは黙って見守っているべきだという声と、死ぬまで現役なんだから(生涯現役!?)素直に再登録に応じるべきだと言う声とが交叉して迷う。しばらくは答えを出さないでおこう。

               6月 4日(日)

 やはり予想したとおりIT環境はよくありませんでした。2日は夜8時頃から北上駅近くの居酒屋「山彦海彦」で地酒「南部美人」、これは香りはいいが少々甘い。つまみは鰹たたき他、最後は「ひっつみ」(小麦粉を練ったすいとん?汁)でしめる。翌3日は朝からサトウハチロー記念館・叱られ坊主で「スポーツというものは-----」の出典を確かめに出かけた。10時開館ということで北上川周辺を散歩、「北上夜曲」の碑を見つけた。収穫はサトウハチローのスポーツものの詩を多数見つけたのと、「インターハイ応援企画展 Sports ばんざい!!」(1999.7.27~10.10)のプログラムをコピーしてもらったこと、館長でもあるご子息の佐藤四郎さんに会えたこと。
  

 午後から花巻温泉・千秋閣で第62回日本ユネスコ運動全国大会に初参加、基調講演は地元出身の山折哲雄氏の「文明の共存を考える」、続いてシンポジゥム「平和と共生に向かって、そして国際理解」、パネリストは王敏さん(法政大)、米田伸次氏(日本国際理解教育学会会長)、それに前会長の児島仁氏、詳細は「たまりばユネスコ倶楽部」HPに掲載
 夜遅くに盛岡に着く。前もって調べておいた「愛染横丁」で地酒を注文、この店の名物卵の厚焼きは品切れだというので鰹たたき漁師風、それにホルモン煮込み、お猪口はお好みを選ぶシステム、ガラスの淡い茶系のものを選ぶ。明日に備えて早めに寝る。
 そして今日はゆっくり目にと思ったがいつもの7時前に目を覚まし、ゆっくりと資料を読み、10時前にチェックアウト、そのままバスで岩手大学へ、労働法学会全国大会、お目当ては午後のミニシンポジゥム「プロスポーツと労働法」、報告者は川井圭司さん(同志社大学)「プロスポーツと労働法をめぐる国際的動向」、中内哲さん(熊本大学)「プロスポーツ選手と集団的労働法」、根本到さん(神戸大学)「プロスポーツ選手と個別的労働法」、司会は同志社大学の土田道夫さん、それぞれにかなりくわしいレジュメと資料が配付され、時間も3時間と、かなりゆったりした感じだが、休憩を挟んでの質疑も日本プロ野球機構の顧問弁護士(安西?)からの具体的な交渉内容に関わる質問など、その応酬も真剣だしレベルも高い。スポーツ法学会の方が甘い印象である。川井さんにはスポーツ法学会の「年報」に今日のシンポの「報告」原稿の依頼、気持ちよく引き受けてもらった。来た甲斐があったというものだ。

               6月 2日(金)

 気がついたらもう6月、梅雨入りはいつ頃でしょうか?ここのところ暑かったり、寒かったりと天気も異常です。くれぐれもお体を大事にしてください。
 さて、昨日は朝から横浜市内の中学校に教育実習生の巡回指導に出かけた。照りつける太陽の下でバレーボール2年生女子の授業を見る。指導案のどこを見ても具体的な子どもの動き、空間認識などのイメージがまったくつかめない。学習指導要領にある「関心・意欲・態度」「ラリーの喜びを感じるようにする」など、の言葉はやたら目につく。だが子どもにはどのような動き・技術・間合い(お互いの距離)について具体的な指示なし。これでは2対2にしろ、4対4のミニゲームにしろ、バレーボール部員だけは日頃やっているのでできるが、普通の子はイメージできないために広いコートでただやるだけ、ラリーもくそもない、成り行き任せの指導案では子どもたちに考えろといくら言ってみても何をどう考えたらいいのかさっぱり駄目、せめてバレーボール部の4人(授業全体で唯一できていた)に模範をさせて他の子どもに具体的なイメージがもてればまだしも。指導教官も居たので大きな声で指摘するわけにも行かず、終わった後でそっと注意を促す程度、それでも実習生は涙ぐんでいた。後味悪し。
 夜はスポーツ法学会の年報編集委員会、市ヶ谷・エイデル研究所でした。終わって缶ビールを飲んで歓談、それでも家に辿り着くのは10時過ぎ。今日は朝から2時間授業の後、ひの社会教育センターの運営委員会、その足で東京駅に向かい、北上へ、明日は新花巻、明後日が盛岡へ、したがってIT環境がどうなっているのか、皆目見当つかず。アクセス出来るかどうか、不安ですが、更新にもトライしてみるつもりです。
 
               6月 1日(木)

 昨日の朝は4時30分起き、もちろんサッカー日本代表の対ドイツ戦を見るためでした。ご存知のように前半押され気味ながら0対0、後半に入ると高原選手のみごとな2得点、まさかの日本リード、しかしそこからがあのセットプレイ2つ、コーナーキックからとフリーキック、実に日本のディフェンスの弱点をあからさまにするような点の入れられ方でした。これで日本と対戦するチームは攻撃では徹底して高原選手をマークし、攻めではゴール前に高いボールをどんどん上げてきて空中戦を挑むでしょう。ジーコ監督のなんでも公開してしまう姿勢は「強い者はどうしても強い」というプライドでしょうが、本番までにどう対処するのか、その手の内まで見せてしまえば相手チームは直前に作戦を修正してくるはずです。さてどうなるのか、いずれにしても本番まで後わずかこれまた目を離せません。おかげで早稲田の授業が終わる頃にはあくびの連続でした。
 午後は銀座・松坂屋で開かれている「墨アート展 柏木白光の世界 宙響(ひびく) 山海空の詩」に「招待」されて行ってきました。綿井学長時代に請われて柔道の練習風景を案内した縁です。一昨日は奇しくも綿井先生の命日でした。例年なら墓参りに行ってその後は「花」で供養を兼ねて里子さんのお店で一献傾け隣でカラオケ、それも綿井先生の好きな歌をみんなで数曲歌うのが常であったのですが、今年は間の悪いというか、事情があって私からは声をかけませんでした。その代わりに白光さんの「アート展」に出かけたというわけです。
 でもその作品は私にはどうも異質な感情(自衛隊などへのすり寄りなど)が気になってどうも好きになれないのです。沖縄の取材の中に「さとうきびばたけ」などがあるのですが、記念艦三笠などが並ぶというのは違和感を感じます。技術の冴えとテーマへの接近の仕方が私にはどうしてもなんとなく大衆迎合というか、「売れる」ものへの意図が見え見えという気がして楽しめないのです。もう次からは行くのは止めようと思います。
 夕方から組合総会に出て後は山本博君の就職祝いで「和酔」、そこで盛り上がった勢いで新宿・マリセリーノ、和酔の特注芋焼酎「おず」ですっかりいい気分になり、もう電車で帰るのが精一杯でした。
        

               5月30日(火)

 今朝の新聞に米原万里さんの訃報が出ていた。以前に「今週のお薦めの本」で『必笑小咄のテクニック』(集英社新書、2005年)を紹介したことがあるが、迂闊にもその時に彼女が卵巣がんの摘出手術を受け、さらにそのがんが転移している「事実」を「あとがき」で書いていたことをまったく私は記憶していない。新聞の記事で見てあらためて本を手にして気がつくという、とんでもない迂闊さだ。だから余計に思うのだが、あの文章の軽妙さというか、洒脱さというか、ユーモアでくるんだ艶っぽい「エロ話」の書き手が女性だということに加えてご自分ががんという、もしかして命を落とすかも知れない病に冒されてもなおあの明るさはどこから来ていたのだろうか。
 彼女がそれほど重いがんを患っていたことはまったく感じさせなかったのは、(私も少し鈍感であったことは差し引いても)なぜなのだろうか。人間は自分の運命の終わりを知ってもなお平静にどころか周りを勇気づけ、笑いに誘えるのだろうか、ほんとうに不思議だ。56歳というのだからこんなに早く逝くのは「惜しい」というか、本人が一番悔しかったにちがいない。となると後に残る私たちは一体何ができるのだろうか、「馬齢を重ねる」ことを恥じる前に本気でなんとかしなくてはと思う。合掌

               5月29日(月)

 昨日は午後からクラブネッツ・朝日新聞主催「日本のスポーツの未来とクラブの役割」に出かけた。基調講演はDOSV(ドイツオリンピックスポーツ連盟)のギュンター・フランツェン氏によるドイツのクラブ事情の紹介、続く対談が奥寺康彦氏と二宮清純氏、ここまではまあ我慢して聞いた。圧巻だったのは休憩を挟んで後に行われたワークショップ「クラブの現場から語るマネジメント」はとくに高崎・新町スポーツクラブの小出利一氏、湘南ベルマーレの真壁潔氏の話は具体的な中に「夢があるから強くなる」「何年ぶりに来ても、やあ、来たね、と受け入れてくれる」「楽しくなきゃいけない」とか、「100年先も続くように人材育成を大事に考える」という、勇気づけられる事ばっかりであった。やはりなんでもこうでなくちゃ。
 クラブネッツの総会は参加者が少なく、どうかしたんじゃないかと思ったぐらいだ。総合型地域スポーツクラブ「ブーム」の熱がさめたのかもしれない。というのもすでに文科省は「スポーツ振興基本計画」の見直し作業に入っており、次の「目玉」は「子どもの体力づくり」へとシフトを切り替えている様子だから。取り巻きというか、「御用学者」たちもそのことを敏感に嗅ぎ取っているのではないかと思われる節がある。
 そういう意味ではこれからがいよいよ本物の「地域スポーツ振興計画」として地域スポーツクラブのゆるやかなネットワーク化をふくめて地域スポーツ集団・組織論を展開していくことができる条件ができたことを示しているのではなかろうか。こういうことが確認できただけでも日曜日のほとんどをクラブネッツ関連事業で費やした甲斐もあったということだ。

   
   奥寺VS二宮                ワークショップ
 
          総会出席者数→17分の4人?

               5月28日(日)

 朝起きて新聞をとって開いてみて「あれっ、おかしいな?」どこにも載っていないぞ。そうなんです。昨日、原宿のスポーツマン・クラブに行く途中、大デモ隊にぶつかったのです。警察の「護衛」(!?)つきで寸断されながら「みんな集まれ5.27国民大行動」に参加した5万人(主催者発表)が「許すな憲法改悪!守ろう いのちとくらし」を掲げて折から国会審議中の「教育基本法改悪、共謀罪、医療改悪、国民投票法」阻止を訴えて代々木公園に集まっていたのですが、新聞には1行も出ていないのです。どうしてなんでしょうね。前々からマスコミはおかしいと言い続けてきましたが、やはりこれはおかしい。5万人が全国から集まったという「事実」も報道しないというのは「偏って」いませんか。
 というわけで今朝も怒り心頭です。これからクラブネッツの総会と記念のシンポジゥム「日本のスポーツの未来とクラブの役割」に出かけます。

               5月27日(土)

 新ゼミ生歓迎と久保さんのお祝いを兼ねて「和酔」でコンパ、その前に今日は体育学会理事会の途中で抜けてスポーツ学会の運営理事会、肝心の事務局担当の二人が出席できず、「何だこりゃ!?」と、いうわけでKさんと渋谷・道玄坂の「パンダ」で紹興酒と飲茶気分で餃子、焼売、大根もちなどをつまみ、5時半過ぎまで軽く一献を傾ける。
 新演習生歓迎コンパの会場である池尻大橋駅ビルの「和酔」には定刻6時30分に到着、すでにやろう会の何人かは席についている。懐かしい顔ぶれと言っても私がご無沙汰つづきのせいだからOBGたちの中には会でいつも会っているにちがいない。でもふだんはなかなか参加できないメンバーも珍しく顔をだしているはずだ。今年は9人の3年生、賑やかでいい。教育実習に出かける4年生に恒例となっている同窓会からのプレゼント(ノートと鉛筆、今年は鉛筆が売っていないのでペンになったという説明、ほんとうかな?)、「あなたの好きなように自由に書いてください」というメッセージ付きである。ほんのちょっとした「心づかい」だが、もらった方はうれしいにちがいない。 


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 これはK区社会教育委員の会議の出来事です。社会教育教育団体に対する補助金交付について審議されたのですが、どうも区体協だけはどういうわけか、他の文化・社会教育団体とは別格扱いでスポーツ振興事業費には満額補助(他の団体は二分の一)、しかも他の団体が会費・分担金という形で自分たちのお金を出しているのにここだけはまったく出していない。昨年も同じ事を指摘していたので今年はこのままではどうしても納得できないと思ったわけです。
 社会教育法の13条によって社会教育関係団体への地方公共団体の補助金交付にはあらかじめ社会教育委員の会議の意見を聴いて行わなければならないことになっています。それは戦前の教化団体による軍国主義教育への加担の反省の上に立って国あるいは地方公共団体の「不当に統制的支配」を排除するための「歯止め」としてあるのですが、スタート時点ではno support, no control、その後、support, but no control(支援するが、統制はしない)に変わっていきました。
 成立時の「意図」を明確に示す文章があります。それは昭和24年5月7日に開かれた参議院文部委員会での高瀬荘太郎大臣の法案説明です。関連するところだけを抜粋します。「民間の社会教育関係団体が、できるだけ自主的に活積極的に活動を続けて行くことができるようにこれを助長することが大切でありまして-----一面各団体の自主性を確保するためには、団体に対して不当に統制的支配を及ぼしたり、その事業に干渉を加えたりするような事態に陥らぬようにし、又補助金を与えることもこれを差し控えるべきであると考えて、そのように規程いたしておるのであります」(『社会教育・生涯学習ハンドブック』第6版、50頁)
 もう一つ議論になったのは「行政と協力しつつ、一定の緊張関係をもつ」という私の発言に対して行政の上の人たちが猛烈に反論してきたことです。ちょっと異常ともとれる過敏な対応だったので驚きました。なんでこんなことでムキになるのだろうと思ったぐらいです。どうも区体協という組織は行政の「下請け」をやっていることも自覚せず、行政の側も他の団体とはちがってすべてが自分たちの外郭団体のように思っている向きがあるように見えて仕方がありません。
 一方で区民の「自主運営・自主管理」による総合型地域スポーツクラブを立ち上げたいと言っているのですから、矛盾しますよね。こちらは会費をとって自分たちで運営しなさいと指導するのでしょうが、結果としては上からの「押しつけ」でしょうから、受け皿となる地域からは「行政の勝手だ」と反発も必至でしょう。
 そんなわけで会議の後、専門職の一人と駅近くで飲み始めたのですが、気がついたら7名のスタッフ(K区のスポーツ専門職全員と+α1名)がいつのまにかテーブルに集まってきており、9時過ぎまで飲んでしまい、悪酔いしました。みなさんは「地元在住」のようでのんびりしていたのですが、私だけが郊外に住んでいるのであわてて出てきました。家に着いたら別の専門職のお二人からメールが届いていました。「申し訳ない」ということなのでしょう。ついこっちも悪酔いのいきおいで「疲れます」というそっけない返事を出してしまい、後味の悪さを残してまたまた自己嫌悪です。後悔先に立たずですよね。

               5月26日(金)

 昨日の池高17期生関東承風会無二の会の「還暦記念祝賀会」は最後のビンゴで大いに盛り上がり、突然の「大雨」も物ともせずに二次会は場所をホテルのスイートルームに切り替えてこれまた深夜まで、おかげで今日の第25回の無二の会ゴルフコンペはめためたでした(というのは言い訳)。高校教師の新米を「先生」とよんでくれた「悪童」連中も今は還暦、これまた感激ひとしおです。というわけで承風グラフティにスナップ写真を7枚一挙掲載。

               5月24日(水)

 歌舞伎といえば古典だから演出も古いだろうと思いがちですが、昨日の最後の演幕は吉右衛門の喜劇味(YMCAの振り?)あり、「お七」の最終幕は途中に今売れっ子の市川亀次郎が「人形浄瑠璃」風に人形師に操られて演じるという大胆な演出、最後に平時は厳禁の「火の見櫓」に雪降りしきる中を上って恋人を助けようとする場面の迫力というか、三味線、浄瑠璃、その他総動員での幕切れには圧倒されました。
 私にはやりすぎで冗漫に思えますが、お客さんが知っている(らしい)ギャグを入れて笑いをとっていました。こうした「演出」(歌舞伎には監督さんは居ない)は誰が考えるのでしょうか?要するにお客を喜ばせるあの手この手を駆使しているということですかね。もちろんお客の大多数はお年寄りが目立ちますが、「天井桟敷」は安いらしいので若い人がその気になればかなり金の掛からない鑑賞法もあるようです。思い切って学生、中高生割引の席を設ければ将来の市場開拓になると思います。数はそれ程多くはありませんが、通っている内に邦楽(っていうのかな?)のよさが少しずつ分かってきました。浄瑠璃や常磐津なども早くから耳を慣らしておけば聴き取ることができるようになるのではないかと思ったりします。

               5月23日(火)

 最初、一日おきの授業は失敗だったかなと思いました。それよりも前半か後半にまとめて授業した方がどこかへ出かけるにも便利だしと少し後悔していたのですが、最近はそうではなく一日おきだと疲れが溜まらずに授業の準備などもゆっくりとできるからやはりこれでよかったのではないかと思い始めました。というわけで今日は朝から郵便局へ行ったり、ゴルフの打ちっ放しへ行ったり(三好大先輩が一日おきに行っているというので刺激されました)、庭の草取りや伸びきった梅の枝落とし、のうぜんかつらの枝を垣根に這わしたりと、ふだんやらないことをやったせいか少々腰が痛い。
 午後遅めには珍しく切符を回してくれる奇特な人のおかげで新橋演舞場5月公演に吉右衛門、染五郎などの「石川五右衛門」、福助などの「京鹿子娘道成寺」を見に出かけます。歌舞伎も久しぶりなので楽しみです。明日はいよいよ承風会無二の会(大阪時代の教え子たちとの会)の還暦記念大パーティ、翌日はゴルフコンペと楽しみ続きです。大阪からも40年ぶりの連中も上京してくるとか、MLではすで「戦闘開始」状況ですが、これまた楽しみです。
 一方、国会での教育基本法「改正」審議も予断を許さない段階です。五十嵐仁さんのHPにはくわしくその「狙い」と解説が出ています。問題は愛国心問題のように見えていますが、「何のために改正するのか、その理由は何か?」には政府与党は答えない(答えられない)のですね。少しだけ五十嵐さんが小沢一郎さんのHPからの引用・紹介を下に出しておきます。
 21日、フジテレビ、宮沢元総理は、さすがに立派な政治家だ。大局的な見地で、我が国の危機を憂いもの申した。……「憲法九条の改憲を安易に進めて、安全保障で、米国(米軍)との連携追従が、なし崩しに進行すれば、日本国民……あなた達自身が、米国と共に米国の指示の元で、出兵させられることになる」。能天気な国民は無自覚。今の政府は説明責任を果たさず、米国の要望を一方的に飲んでいる。まるで属国ではないか。

 そのねらいはまさしくアメリカのためなんですね。こういうことが全国紙に紹介されないというのがここ数日間の私の危機意識なんですが---------。

              5月22日(月)

 月曜日の授業はそれでなくても疲れるのに連日の「パーティ」「飲み会」のせいでしょうか、終わるとどっと疲れが出る。もう口にはすまいと思えど「歳だね」と、言ってしまいそうになる自分、ほんとうに嫌ですね。そんなわけで今日も明大前からまっすぐに帰宅、ひたすらメールチェックとHPの更新に集中しています。そこで久しぶりに「きっこのブログ」をチェックしたら例の沖縄で「自殺」したライブドア子会社の野口さんのことで奥さんからの重要な「証拠」が開示されていました。しばらくはMAXだかF1だかの話が多くて開いていなかったのですが、またもや「きっこ爆弾」炸裂といった感じです。
 全国紙が追いかけないのならせめて週刊誌が追いかけてみたらと思うのですが、何故でしょうか、どこもやりません。土曜日の研究会でも問題になったのですが、先ず朝日新聞が神戸の赤報隊事件をきっかけに引いてしまった。かつての中央公論社の島中事件(?)だったか、いずれにしても記者たちマスコミ人はこういう「暴力的テロ」に実に弱い。「命がけ」というほどに「言論・表現の自由」を守ることに対して自らがジャーナリズムを信用していないということでしょうか。情けないほどに「腰砕け」になっている。権力にすり寄っていく方が確かに楽だが、自分が生きたという実感なんて感じられないでしょうに。


              5月21日(日)
  
 ひさしぶりの晴れた日曜日、本当はニセアカシアの白い花を撮りに出かけたのですが、すでに散っていました。早くから釣り人が出ています。河川敷のグラウンドでは地元押立文化センター地域協議会主催のレクリエーション大会のようで準備が始まっていました。
 下はイタリアの有名なスポーツ紙 La Gazetta Sportiva のトップ頁ですが、連日、「カルチョ・スキャンダル」の状況が時間経過と共に報じられています。組閣人事を進めている中道左派政権のブローディの初仕事がW杯終了後の「徹底追及」ということになるのでしょうか?
  
 昨日の「東京グラムシ研究会」総会での特別報告「2006年4月イタリア上下両院総選挙の政治社会学的分析」(中村克己会員)は実に詳細な報告でしたが、「まとめにかえて」では「おそらくは中道右派と中道左派の大連立内閣も視野に入っているのではないか。いずれにせよ、イタリアの新政府の船出は波乱含みである」と結論づけていました。日本の国会審議、共謀罪・教育基本法改正などの緊急事態と合わせてこちらも目が離せません。
 これからスポーツ社会学会広報委員会、それに佐伯年詩雄さんの定年退職記念祝賀会に出かけます。きっと年齢的には私も挨拶をせざるを得ないと思いつつ、それがちょっと憂鬱です。飲み始めた後の挨拶なんて誰も聞いてはいませんから。
 と思って出かけたのですが、なんと大先輩の三好先生や神先生などが見えておられて私の心配は単なる杞憂に終わりました。私の出番などはあるはずがありません。それにしても北は北海道から南は沖縄までずいぶんとたくさんの方々が見えていました。「さすが」というしかありませんが、「最後の大物はこれでお終いです」という松村さんの主催者を代表しての終わりの言葉をどう受けとめたらいいのでしょうか?筑波大学にはもうこれからは二度とこうした「大物」は生まれてこないとしたらそれはちょっと淋しい感じがします。かつても今も「保守本流」ならぬ体育・スポーツ界の人材を育ててきた「茗渓」ですからそれなりの「傑物」を出してくれなければ困るというものです。きっと松村さんにはそれなりの「思い」もあるのでしょう。
 帰りにJn先生に誘われ一軒寄ってからということで、その前にMy先生を御茶ノ水駅まで送るべく茗荷谷駅の地下鉄に乗ったのですが、My先生に「俺も行くぞ」と言われて、Ngさん、それにMtさんも一緒に神保町の北前そば「高田屋」で一献傾けることに合い成りました。それからはJn先生の「独り舞台」というか、次々にあちこちの先輩・後輩たちの近況や人脈やら、40数年前からのエピソードがよどみなく語られる。世の中にはこういう特殊能力というか、特別記憶力のいい人が居るものなんですね。あっという間の2時間が過ぎお開きになった時はすでに辺りは真っ暗、記念にデジカメで数枚撮っておきました。おまけは学会大会時に温泉宿かどこかで再度「懇親」を深めようということで衆議一決、大いに盛り上がって無事散会となりました。
 下の写真は佐伯さんが退場寸前に某さんが「突入」してちゃっかりポーズして納まった瞬間です(暗くて顔がよく見えないのがいい?)


              5月20日(土)

 昨日は健志台の授業が終わってから葛飾区役所へ、社会教育委員の起草委員会。飛田給から調布で本八幡行きの急行、馬喰横山で都営浅草線に乗り換え、立石下車、なんと1時間かからずに役所到着。「子どもの参画によるスポーツ・文化芸術活動の振興」が「目玉」になりそうですが、問題はその中味ですね。
 6時前に終わった(終わらしたが正確!)ので亀有まで職員に送ってもらい、千代田線でそのまま表参道に、めざすはウイメンズ・プラザ(国連大学裏)、元読売のスポーツ記者牛木さんの主宰する「ビバ!サッカー、5月研究会」への初参加のためです。驚きました。会場あふれる参加者(25名+牛木さん)、「ワールドカップの見どころ」を牛木さんが、そして明石真和教授(ドイツ文学)による「フランクフルト情報」、何でもフランクフルト市内にW杯期間中アパートを借り切って「ビバハウス」を設けるらしい。二次会に行ってわかったのだが、今日のメンバーの半分は仕事をやりくりしたり、辞めてドイツに行くとか。小学校の教師は0泊(金曜日の夜に成田を出て土曜日に試合を見てそのまま帰途、日曜日の夜にには成田に戻る)で日本代表を応援するんだって!この研究会は数年前から北千住と船橋の2箇所で牛木さん中心に、文字どおりマニアックにサッカーを研究しているのです。
 終電に遅れそうになってあわてて渋谷に井の頭線乗換でどうにか無事帰宅。牛木さんたちはそのまま残っていたということだから彼らがしゃべっていたとおり、朝の始発が出るまでやっているってこと?今日は昨日の疲れで10時過ぎまでベッドに、さてこれから準備して午後1時から法政大学ボアソナードタワーでの「東京グラムシ会20063年度総会」に出席、終了後懇親会があるので今日もまた午前様でしょうか?!

              5月18日(木)

 火曜日の新聞一面トップに「サッカー日本代表23選手決定」、横大見出しで「巻を選出 久保落選」さらにその横には23選手とジーコ監督の顔写真(毎日、5月16日付)。一体これって何だ!と思ったのだが、というのは国会では「共謀罪」「教育基本法改正」「医療改革」法案など、日本の今後の進路と国民生活に直結する重要問題が突きつけられているにもかかわらず----。しかし、今日は中田語録をご紹介します。
 日本が参加した3回のW杯7試合すべてに出場した彼に「円熟の境で迎えるW杯ではーー」と問われて中田は「円熟というのがよく分かりません。過去の自分と比べることを僕はしないし、先の自分もどうなるか分からない。限界を決めたときに限界が来る、決めなければ限界は来ない、と考えていますから」と答えた。「すべてのエネルギーを『今』に注ぎ込む」(日経、5月17日付)
 最後がいいですね。29歳にしてこれだけのことを言えるのはまさに彼がサッカーだけでなく生き方の上でも「円熟」した証拠かもしれません。また彼はこうも言う。「明確な目的意識を持つことが楽しんでサッカーをやることにつながる」。仕事にも生き方にも通じるものがあるように思いますが、あなたはどのように思いますか?

              5月16日(火)

 

 やっとケーテ・コルヴィッツ展に行ってきました。町田市立国際版画美術館って初めてでしたが、都会にこんな静かな場所があるの?という感じの素晴らしいところにありました。入り口のところに珍しく「百合の木」(?)に花が咲いていました。やはり最後のところに遺作となった「種を粉に挽いてはならない」(リトグラフ)がありました。「種を粉に挽いてはならない」ーーこれは確実に彼女が「未来へたくすもの」として1941年12月の日記に「これは私の遺言だとハンスに伝えた」(Kaethe Kollwiz,"Die Tagebuecher", s.704, Siedler Verlag,1989、ただし鈴木東民訳『ケーテ・コルヴィッツの日記ーー種子を粉に挽くな』(株)アートダイジェスト、20003年、277頁には1942年1月の日記に関連した文章が出ているが、前年12月の文章は無い。また若桑みどり『ケーテ・コルヴィッツ』星雲社、1993年、35頁にも関連した文章が出ているので参照)ものであった。同時にそれは現在に生きる私たちへの「遺言」でもあろう。たくましい女の腕の中でいたずらっぽい目をした子どもこそは未来に生きる、未来を作り育てる種である。この「種を粉に挽いてはならない」ーー未来に生きる命を殺してはならないーーというコルヴィッツの、自らの命を賭したメッセージを日本の現在に生きる若者たちにも伝えたいと切に思う。
      

              5月15日(月)

 昨日は久しぶりにゆっくりと休日を過ごしました。車の部品のとっかえはクレームなので本来ならメーカーの責任なのだが、結局は代理店に車を持っていってやってもらうしかない。おまけに2時間近くもかかるというのだからあきらめて預けていくしかない。その間、鬼の居ぬ間の命の洗濯ということになるのだが小金井周辺では大したことはできない。
 やたら「母の日」の買い物にカーネーションが目立った。ヴァレンタインデーといい、ホワイトデーといい、やれ「○○の日」というのは以前にも書いたが、商魂たくましいアイデアマン(?)のせいだと思う。それでもなんだか日本中で同じ事をやっている光景が目に浮かぶような状況というのは戦後も戦後、おそらくクリスマスケーキがどの家庭にも取り入れられるようになった頃からでしょうね。マスコミに乗せられやすい国民性だと片付けたくないのだが、そうしか言いようの無い国、日本、ニッポン、ニホン、----。
 ワールドカップ・サッカー日本代表戦には歌手がグラウンドに出てきてロイヤルボックス方向に向かって「君が代」を歌うというセレモニースタイルはいつ頃定着したのでしょうか?きっと2002年日韓共催の頃からは意図的にこうしたスタイルになっていったんではないかと思うのですが、こうなるとかつて中田が「こんな曲を試合前に聞くのなんて、ちょっと戦意喪失というか、心が萎えてしまう」といった意味のことを話してその後右翼の攻撃の対象になったとかならなかったとか、こうしたことを詮索することも許さない雰囲気はひろがっていきますね。(SAMURAI BLUEっていうのもふしぎなネーミングですね!?)
 人間に強制して歌わせるとか、起立したま「斉唱」させることが「批判」の対象ではなく(心の強制を伴う行為は問題では?)、今はこれを歌わない者が「処分」される時代なんです(都立高校ではすでに一昨年から集中して行われています)。こういうご時世だだからサポーターたちがグランウンドの歌手に合わせて「自然に」(かと思いきや「ご起立の上ご斉唱ください」のアナウンス)スタンドで大声を出して歌うようになったんでしょう(!?)やがて歌わない方が白い眼でみられるようになるのもそう遠くはないでしょう。だから教育基本法に「愛国心」を入れてある種の「踏み絵」にし、その内、声を出して歌わない者に「非国民」のレッテルを貼りやすくする、こうした雰囲気への抵抗者には肩身の狭い思いや意識を醸し出そうということになるのも時間の問題でしょう。

 ここまで書いて授業に出かけ、今、家にいったん戻ってテレビをつけています。ワールドカップ・サッカー日本代表の発表を見るためです。NHKだけでなく、日本テレビ、テレビ朝日がライブでやっています。おそらく他の局もいずれ特集をやるものと思われます。国会で重要法案が審議されている矢先にこれです。完全にスポーツは「アヘン」の役をになわされているとお思いになりませんか?
 ついでい言えばこれは競馬の予想じゃないんですから、利害にからむわけではありません。またすぐに試合がはじまるわけではなく1カ月も先のドイツでの大会メンバーに必要なものです。これを一大重大事件のようにセレモニー化して「発表」を行うのにはきっと広告代理店がスポンサーを見込んでイベント・ビジネスにしているとしか思えません。本来なら協会からマスコミ各社にメンバー表を一括紹介することで事足りることです。
 みなさんにお尋ねしますが、フォワードに久保選手が落ちて巻選手が入ったことで何か生活に差し障りがありますか?当事者はともかくおそらくテレビを見ている視聴者は単に興味本位で見ていることでしょうが、その時に「見せてもらってない」(テレビに映し出されていない)中に、より重要なことが隠れていることになります。ちなみに「共謀罪って普通の国民にとってどう関係あるの?」「教育基本法改正して何が変わるの?」「国民投票法案が通るとどうなるの?」すべてに的確に答えることのできる情報を持っていますか?

              5月14日(日)

 イタリア・サッカー界大揺れ

 ガゼッタ・デッロ・スポルト(Gazetta dello Sport)紙などから事件の経過の抜粋です。

「カルチョ界にダークな部分が存在するのならば、払拭するのは当然なこと。関係の無い自分も巻き込まれそうな事件だった。カルチョ界には規則に反し、自分のモラルで物事を進め、利益を優先する人物がいることは間違いない」(ステファノ・ファリーナ審判)はANSA(イタリアの大手通信社)に答えたという。とくに審判操作の首謀者とされるユベントスのルチャーノ・モッジGMへ非難が集中、さらにフランチェスコ・カッラーロFIGC(イタリアサッカー協会)会長が辞任を5月8日午後にCONI(イタリアオリンピック委員会)会長ジャンニ・ペトルッチを訪れ、FIGCに辞任を申し出た事を報告した。
 カッラーロ辞任の理由はFIGC幹部による不正疑惑、ユベントスGMのモッジによる「審判操作」スキャンダル、GEA(代理人協会)の癒着など相次ぐカルチョ界不祥事の責任を負うためと発表されている。また昨季、優勝したユベントスの依頼を受けて主審を指名した疑いが挙がっていた。CONI会長は当初はサッカー界のことだと高をくくっていた感じだったが、あまりにも反響が大きく、ついにスポーツ界の汚職に鉄槌を下す方針を明らかにせざるを得なかったというのが真相のようです。

asahi.comのニュース(2006年05月12日08時45分)によると

ユベントス取締役が総辞職 リーグで不正行為の疑い
 サッカーのイタリア1部リーグ(セリエA)での不正行為の疑いで捜査を受けているユベントスは11日、取締役が総辞職すると発表した。14日のセリエA最終戦で29度目の優勝を狙う強豪が、クラブ史上最悪ともいえるスキャンダルに揺れている。 ユベントスは昨季(04―05年)開幕前後に、幹部が同国サッカー協会幹部と交わした電話を検察当局に盗聴され、同クラブに有利な判定をする主審を指名するよう圧力をかけたとみられる。検察はクラブ上層部のほとんどが関与しているとみて、既に複数幹部から事情を聴取している。ここから広告です

 サッカーのイタリア1部リーグ(セリエA)での不正行為の疑いで捜査を受けているユベントスは11日、取締役が総辞職すると発表した。14日のセリエA最終戦で29度目の優勝を狙う強豪が、クラブ史上最悪ともいえるスキャンダルに揺れている。
 ユベントスは昨季(04―05年)開幕前後に、幹部が同国サッカー協会幹部と交わした電話を検察当局に盗聴され、同クラブに有利な判定をする主審を指名するよう圧力をかけたとみられる。検察はクラブ上層部のほとんどが関与しているとみて、既に複数幹部から事情を聴取している。
 協会では8日にカラーロ会長が辞任し、11日には電話の当事者の一人だったマッツィーニ副会長も辞任した。(共同)

ここから広告です               5月13日(土)

 いつもの烏山の散髪屋(今時そんな言い方はないか?)「立花」でゆっくり調髪してもらう。いつのまにかうとうとしていい気分で寝てしまった。連日の飲み疲れ(?)のせいかも。
 雨の中を早稲田に出かける、日本スポーツ法学会のスポーツ契約等研究専門委員会の2回目の会合、「プロスポーツと独占禁止法」(発表は弁護士の神谷宗之介さん)、日本プロ野球選手会の顧問弁護士のメンバーも参加していて話がかなり具体的かつ専門的でなかなかついていけない感じがしました。プロスポーツの現場をもっている実務家たちの若さ、30代後半、40代前半の弁護士生活10年だという、まさに新進気鋭、最初は大学院生かと思っちゃいました。
 またまたイタリアで大きな「衝撃ニュース」、セリエAのユーベントスがスキャンダルにまみれている。「数年前から優勝するように審判団を買収し更にサッカーくじの操作もあって史上空前の汚職容疑で捜査されています。未だ逮捕者は出ていませんがいずれ逮捕されるでしょう。」という石田さんのメール、日本の新聞には小さな記事しか出ていませんでした。3月末に出した「記憶の場ーーイタリア人とイタリアのスポーツ」(『日伊文化研究』)で「カルチョ・スキャンダル」について書いたばかりなのですが、今回はもっとひどいものとなる予感がします。いずれくわしくふれたいと思います。それにしてもドイツ・ワールカップ直前にしてなんと間の悪いニュースでしょうか、イタリア・サッカーの評判は地に落ちた感じです。

              5月12日(金)

 朝早くに駅まで自転車で車を取りに行く。昨日飲んだ後、歩いて帰ったからです。「飲んだら乗るな」を定年まで徹しようと思います。その足で健志台キャンパスへ、朝から2コマ社会調査演習、社会体育学科の必修科目なのでつい力を入れてしまいます。どこまでかれらが応えてくれるか今はわからないが、本気で学生の教育と研究に打ち込まなければ大学はますます悪くなる一方だ。今は自分の足下でできることに集中しようと思う。
 イタリアの石田さんから大統領に中道左派連合の最大の党、左翼民主党からジョルジョ・ナポリターノ(旧共産党系の終身上院議員)が4回目の投票で決まったという「ニュース」と解説をメールで送ってくれました。いずれアップします。今日は夕方からスポーツマンクラブで「オリンピック憲章研究会」でこれから出かけますのでこれにて失礼。
 備忘録風にメモ、今日健志台の美文堂書店で雑誌Sportsmedicine68(特集行動変容)、コーチングクリニック6月号(スポーツ法律相談特集)それに文部科学省学習指導要領準拠の『体育・スポーツ理論』(どの程度の内容かを確かめるため)、その他入澤さんの『教師をめざす人の法律学』を求める。


              5月11日(木)

 昨日は早稲田を出て地下鉄で桜新町、そして大学へ。委員会と教授会があったからですが、先の委員会は余りにも馬鹿馬鹿しい議論がはじまったのでさっさと退席、教授会も例の調子、「世論」はいったん力ある者の支配が強まると安定的にそちらの方向へ流れていくものらしい。大事な将来構想に関わる組織の設置など、重要事項も議論もなくどんどんと提案どおりに進んでいく。こういうのを「天下泰平」というんだろうな。後で気がつくと取り返しのきかない方へ一歩も二歩も進んでいたということはいくらでもあり得る。
 教授会も早々に引き上げ、理事長が深沢再開発について説明会(?)を開くというのもやり過ごして池尻大橋の「和酔」でTnさんところのAo講師の就任祝いをささやかかに開く。いい人材が入ってきてくれたものだ。今回の人事は5年、10年経った時にきっと「いい人事だった」と評価されるにちがいない。それはそれで仕方がないこと、どこかで誰かが秘かに評価してくれていると思うしかない。
 今日は故松浦正行さん(たまりばユネスコ倶楽部会員)の「偲ぶ会」を府中・交流サロンで開く。そのための準備に彼のHPから生前にボランティアで故人が取り組んでいたバングラデシュ
ことを紹介するための「取り込み」作業と、これまたささやかな「栞」を用意した。

  

 韓国での思い出をこめて,御霊に韓国の詩人のうたを捧げます(城戸一夫)
    
   春かぜに
   花ひらく,
   かの人の来るらし。

   春かぜに
   花ぞ散る,
   かの人の去りゆくらし。 

    金億「花の訓へ」;『朝鮮詩集』より)

 今夕の「偲ぶ会」は最初10名の出席で始まったが、最後はメンバー15名も集まり、松浦さんのいつも飄々として口数も少ないのになぜか、ここ一番という時には必ず彼が居る、という不思議な存在ぶりを出席のどの人も讃える。テニスがうまいというのも意外だが、パラグライダーが好きで好きで堪らなかったようで、結局はこのパラグライダーで命を落とした結果になってしまった。一度だけ河口湖近くの大石村で彼が練習するのを見たことがある。風が少ないので人力で助走をつけて揚力を稼ごうと言うことのようだ。見ていると懸命に助走を走り切ろうとするのだが、勢いをつけて走るというよりは地上をすれすれに這うようにというか、どうにか機体は浮き上がったが素人目にも実にあぶなかっかと、私には見えた。本人はまったく意に介さない風であったのですが、これは危険なスポーツではないかと一般的には見えても本人は「こんな安全なスポーツはない」と周りに言い切っていたという。でも自分の好きなこと、やりたいことを全うして死んでいったのだkら、とあきらめるしかない。家族にとっては辛いことだと思うが、「死に顔が実に安心しきって、いつもの穏やかな顔でした」という言葉にこちらがしんみりとしてしまいました。帰りは府中駅ビルの7階「戎」でいつもにないメンバーが集まり、再度、献杯しながらワインなどを楽しみました。「いい日だった!」

              5月 9日(火)

 夕方から深沢へ、教育実習生の事前指導のため。すでに養護実習に行っているためそちらが終わって大学に戻って来るというので待つこと2時間、やっと8時前に到着、それから助手さんを誘って遅めの夕食、まだ残っていたKmちゃんも誘って味自慢の中華料理屋、環八の上野毛駅近くにある、ちょっと表通りから隠れているために目立たないのですが、二人ともうまいうまいの連発、これで連れてきた甲斐があったというもの、お陰でサッカー日本代表戦を見損なってしまいました。結果は1対2でいつもと同じように悔いを残す負け方でした。なんせロスタイムでやられたのだから。しっかりせえ!と、活を入れる必要あり。

              5月 8日(月)HP開設一周年

 すっかり忘れていました。このホームページ(HP)を立ち上げたのが一年前の今日だったんです。以来、今日まで6193件のアクセス、一日平均17件弱ということになりますか。最近は平均して25~30件ぐらい、こうやって見ているといつも定期的に見ていただいている方が何人か居られるということですね。ありがたいことです。
 老後の楽しみを増やしたいと、かねがね思っていたところを昨年のGWを機に、思い切って「ホームページビルダー」というソフトを購入し、シルバー人材センターの平木先生にも手取足取り親切な手ほどきを受けながら、やっとこさセットアップに成功したのでした。その日の感動を今もしっかりと覚えております。
 やってしまえば本当にどうってことはないのですが、私自身の経験でも最初は東京工学院(八王子)の夏期PC研修会に毎夏出かけてはどうにかこうにか長かったワープロ専用機時代から抜け出すことに成功してからがまた結構時間がかかりました。人間ってかなり保守的な動物らしいですね。自分がいったん身につけた習慣なり技術から新しいことに変えていけないのです。
 私もさらに4年目くらいに念願の「ホームページ作成クラス」に参加し、html方式のプログラムを一度習ったものの実際にはなかなかプロバイダーにアクセスして立ち上げるところまでには行きませんでした。今、日付を確かめるとそれは2002年7月23日(森川貞夫のページ、フィレンツェのドームの写真が出ている頁参照)になっています。
 ですからHP作成の真似事をやってさらに3年を費やした後にやっとこさ実際にセットアップにまで漕ぎつけたことになりますね。今思うとその間、一体自分は何をしていたのだろうと、正直思います。「案ずるより生むは易し」の言葉どおり、何事も一歩踏み出さなければ何も起こらないということでしょうか。「今だから言える」とおっしゃるかも知れませんが、「最初の一歩」が大事なんだと今つくづく思うわけです。
 もしこれを読んだくださったあなた(そう、あなたですよ!)が、ご自分でHPを作ってみたいとお思いになるなら今すぐに先ず「ホームページビルダー」というソフトをお買いください(世の中には無料のブログという便利なものもできていますが、セキュリティその他いろいろな点で私はより安全性の高い方を選びます)。そしてもっともやさしい入門編からはじめるのが一番だと思います。いつも言うようですが、「習うよりも慣れろ」です。
 明日からそのHPセットアップの効用を少し述べてみたいと思います。どうも教師臭くて嫌だという方はしばらくは我慢してください。(どうせいつまでも続きませんので)

 ほんとうは先日のボクシングの亀田三兄弟のことを書こうと思ったのですが、機会を見つけてあらためて書きます。どうも「やらせ」「八百長」臭いのですが、「興業」は元々そういうものだ言われそうなので今回は止めておきます。

              5月 7日(日)

 長いと思ったGWも今日でお終い。朝から机の周辺の整理、部屋の掃除、そして授業の準備に明け暮れる。いつも整理・整頓、その日にできることはその日の内にと心がけて(?)いるつもりでもついつい溜まってしまうのが凡人である者の性(さが)、ものの本にはちゃんと「見た目より、パッと取りだせることがカギ」と書いてある。よく承知しています。「何がどこにあるか、的確に把握する習慣術」(三橋志津子『整理がうまい人の習慣術』河出夢新書)のトップにもそう書いてあったっけ?
 結局は夜になってどうやら格好がつく程度には、したがって一応机の上で物書きやら下調べができる程度には整理できたようです。問題はこれが何日持つかということでしょうね。片付けすぎてどこへしまったかを忘れてしまうという「恐ろしさ」も同居していてすこぶる居心地が悪いのはどうしたことか。それに整理しているうちに昔の写真などが出てきて今度はそちらの整理に時間が取られてしまうなんてこともしょっちゅうで、それで余計に時間がなくなってしまうのです。
 明日から夏休みまで(GWが終わったばかりなのに)一踏ん張りも二踏ん張りもしなければと、自分に気合いを入れています。そんなわけでHPの「新装開店」のつもりでしたが、その作業は夏までおわづけです。その代わりにこれまでの「業績・論文」のところのまちがいと最新のデータを補充しました。不悪。

              5月 6日(土)

 さわいの会の30周年の「つどい」の出席者から感動のメール、こつこつと続けてきた甲斐があったというものですね。嬉しいのは直接会のメンバーではない人から「勇気づけられました」というコメントです。「いいものはいい」、本物の目利きができる人たちが世の中には居るもんなんですね。満更でもない世の中!こちらも精一杯楽しみながらやらなくちゃあ。
 昨日に引き続きです。可憐な菫とレンゲつつじをお楽しみください。




              5月 5日(金)子どもの日

 5月5日朝7時の忍野の富士です。絵はがきを作ってみました。 

 

 案の定というか、昨日、忍野からHP更新を送ったのですが、画面は1日のままでした。ADSL回線で可能なはずなのですが、どうしたことか、技術的な事はさっぱり駄目なので夏までになんとかしなければならない。連休まで水開けが遅れたのですが、富士桜が残っており、レンゲツツジもピンクに近い色合いで精一杯咲いていました。スミレも。唐松は芽吹き初めて柔らく穏やかなひととききを過ごせましたが、世の中はまさに風雲急を告げており、あちこちのサイトやメールから情報を集めています。連休明けにはどんな状況になるのでしょうか?

              5月 1日(月)

 五月晴れの下に行われるメーデー、元々はアメリカではじまったもの。フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』によれば「労働者の日としてのメーデーは、1886年5月1日に合衆国カナダ職能労働組合連盟(後のアメリカ労働総同盟)が、シカゴを中心に8時間労働制を要求するデモンストレーションを行ったのが起源」とある。かって私が教員成り立ての頃は「労働者の祭典」ということで学校の先生たちも半日休暇をとって中央祭典によく出かけたものでした。今は教職員組合の組織率もかなり減ってしまったのと、いつしか職場の労働管理も行き届いて休暇も取り辛くなっているのでしょうか、それともまさか「教師=聖職」論で労働者の祭典には行けないなんてことはありませんよね。
 我が家の子どもたちはこの日ばかりは保育園を休んでメーデー会場に連れって行ったものですが、今はその反動でしょうか、こういうことにまったく無関心な様子です。「10年一昔」というのですからかれこれ4昔ということになります。大阪城公園や豊中・服部公園が会場だった気がします。東京では代々木公園だったか日比谷野外音楽堂だったか、清水谷公園だったか定かではありません。それだけ疎くなったということですね。定時制に勤めていた頃は生徒会主催でこの日の夜は記念の集会や映画会が開かれていました。教育基本法の「改正」案、国民投票法案、共謀罪法案など、憲法記念日だというのに憲法「改正」への動きが急を告げています。おかしな時代になったものです。

              4月30日(日)

 昨日の30周年の会は癒し系の、心温まる会でした。ふだんはお互いに忙しく顔を合わす機会が無く、ご無沙汰つづきにもかかわらず、こうして何年ぶりかで合ってもすぐに昔に戻って話がはずむというのもいい。それにさわいの会の内輪だけでなく、クラブネッツ、現代社会体育研究会、やろうその他のサークルの人たちともすぐにうち解けることのできる関係もいい。くわしい報告はいずれ会から何らかの形で出されるでしょう(?)
 第一部から第三部までが10年単位とはいえ報告内容が濃いので1時35分過ぎから始まって延々と5時10分を過ぎる。記念講演の講演の岸さんからは「さわいの会は時間にルーズな会で災いの会ではないか」と冒頭で指摘される程でした。まさに冷や汗ものでした。「情報交換」を兼ねた懇親会が始まったのが
7時に近くそれからは「中締め」後も延長延長で、さらに三次会は豊田駅傍のさくら水産4階で、プール管理で外に居た島崎さんたちも最後に合流、車さんはすっかり酔ってしまった様子で帰りの電車では岸さんの肩に寄りかかって寝てしまいました。これまたいい関係ですね。私の方は南武線最終、京王線も最終でどうにか飛田給まで無事到着、心地よい一日でした。みなさんありがとうございました。阿部さん、斉藤さん、ほんとうにお疲れさまでした。




              4月29日(土)

 「社会体育指導者研究会さわいの会」30周年おめでとう!
 思い起こせば1975年11月、故竹之下休蔵先生の住まいの後にできた「さわい」(沢飯)という讃岐うどんの洒落た店からスタートしたのが現在のこの会の言われなんですね。私も若かったがみんなも若かったのです。勢いで『体育科教育』に「社会体育実践の12ヶ月」の連載(なんと2年間)をやり、1980年には『社会体育のすすめ方』(総合労働研究所)、1988年には『必携地域スポーツ活動入門』(大修館書店)を出版しました。月1回というペースでの実践を持ち寄った例会、時に新年会や忘年会などの飲み会を入れながら、よくぞ続いたものです。最初の出版となった本の帯には竹之下休蔵先生、沢登貞行さん(元全国体指専務理事)、川本信正さん(スポーツ評論家)、伊東春雄さん(毎日新聞運動部)、それに全国体指連合会会長の本島寛さん、日体協国民スポーツ委員の笹原正三さんまでが推薦文を寄せていただいている。
  今考えればこれは凄いことだったのですね。

 今日、午後1時30分からひの社会教育センターでそのお祝いの集いがあります。第一部から第三部までがこれまでの30年を振り返ります。そして第四部では岸裕司(秋津コミュニティ)さんの記念講演とこれからを語り合います。お近くの方、お出かけください。  

              4月28日(金)

 昨日は書き込み途中で車(プリウス)の1年定期点検のためトヨタ府中店に、小金井街道と東八道路の交叉する傍のガストでモーニングセットを摂る。午後は久しぶりに深沢キャンパスへ、生涯スポーツ現場実習のオリエンテーションのためにKz学科長から是非出席して公共スポーツ行政部門の所を説明するようにとの指示、会場の741教室に行ってみると地域・社会貢献事業関係のところも合わせて説明するようにとのこと、学生の大半は昨年度の社会調査演習で三分の二が1年間つき合った連中なのでなんとなく安心感がある。
 5時から人事委員会、案の定というべきか、冒頭、Oc副学長から「教員の人事の審議には事務職は加わらない」とのこと、前回の教授会ですべての委員会に事務職も加わるということで名簿が発表された際に私が質問して従来の教授会規程との「大変化」(変質)を指摘したのだが、その直後、事務局長が飛んできて私に囁いたことの「結果」が今回の発言に繋がっているということであろう。私は一切コメントせず黙っていたが、他の委員はこのことの意味に気がついているのだろうか?
 今日の授業が終わればなんと9連休、実際には明治の授業が1日にあるので6連休だが、それでも何かまとまったことをしたいという思いと、忍野でのんびりしたいという思いとで揺れる。それに明日のさわいの会30周年事業、その他やらなくてはならないことは次々に出てくる。ユネスコ倶楽部の松浦さんの追悼スライドも準備しなければならない。さらに「指定管理者制度」に伴うモニタリング・第三者評価の事業化、7月の京都でのジェンダー学会でのシンポ準備等々、やれやれどうなることやら、これでは忍野でのんびりどころではないようですね。

              4月27日(木)

       
 昨日の早稲田での「社会教育方法論」の授業での私からの学生への問いかけは
 1.「つくられた自分」から「つくる自分」へ、という視点で見たとき、あなたは主人公(佐野由美さん)の生き方についてどのような感想・意見をもちましたか。
というのと、
 2.一昨年のイラクでの人質事件での「自己責任論」やイラク・マハムディヤでのフリージャーナリスト・橋田さん、小川さん襲撃事件に対しての小泉首相の「危険だから行くな!と言っていたのに」と言わんばかりのコメントもあります。これらの意見に対して佐野さんだったら(あるいは橋田・小川さんだったら)どう答えるのだろうか、と想像しながらあなた自身は「自己責任」についてどう考えますか。配付資料(新聞記事の切り抜きなど)も参考にあなた自身の考えをまとめてください。
というものでした。
 これに対して多くの学生の感想は「一枚の絵が世界を変える可能性を信じて」ネパールでボランティア教師を1年間やり、帰国する寸前に交通事故死した主人公・佐野由美さんの生き方に感動していました。しかし同時に「自分は佐野さんみたいには行動できない」という率直な意見を吐露する学生も多かったのです。例えば「私は今、普通に安穏とした生活を送っている。物質的に恵まれていると思う。生きる使命とかあまり考えたこともない。今日のこの映像を見てそういうものを持っている人たちがうらやましいと思った。私はこれからの人生、何を残していけるだろうか。自分自身これからどうやって生きていけばいいのか考えてしまった。私も佐野さんのように生きる意味を発見したいと思いました。」と前向きに考えた女子学生も居ます。
 一方で1.の問いには「僕はボランティアも興味ないけど外国には留学してみたい」とただ一行書き、2.の問いに「最もだと思います。国を出た時点で一人の日本人となるのだからよく考えて行動してもらいたかった。そうでなくともこの国は小さな(最小限の)犠牲を出して物事を解決するというのが苦手なのに、(犠牲を出さないように出さないようにと遠回りばっかりするので)国益を考えれば見殺しにするのが一番だったでしょう。」と答えた男子学生、冒頭の文章のところは、たぶん(小泉首相の発言は)と来るのでしょうね。
 また「小泉総理の意見に賛成とまではいかないが通じるものがある」とか、「危険と言われるイラクに入ったのもその人の責任だし、命を顧みずに仕事をすることはないと思う。しかも結果的に命を捨てて周りの人や日本に迷惑をかけてしまっている。子供ではないのだからやはりこれはその人の責任だと思う。」と言い切る学生も居る。そこには現在のマスコミを通じての巧みな世論操作(元々は日本の自衛隊が派遣されていなければ日本とイラクの関係は友好的であったし、それが石油輸入でも効果を発揮していたのにそのことには触れないで政府側の「自己責任」論調を「垂れ流す」だけでむしろ読売みたいに世論をその方向へ意図的に引っ張っていった)があったこともすでに忘れられて、学生の中に自分の意見のように入り込んでいる証拠ではなかろうか。(これから車検に行くので途中で切ります)

              4月25日(火)

 朝から変な天気だなぁと思っていたら、案の定、府中まで白洋舎にでかけている最中にやられた。雷と凄い雨、ところがなんて言うことはない、突如、陽が射して来ていつのまにか青空が見えてきた。でも変だ。NHKの解説委員をしている山本浩さんから携帯に突然電話、なんだろうと思ったら5月11日から始まる「2006世界女性スポーツ会議くまもと」について聞きたいことがあるという。2時に岸記念体育会館のスポーツマンクラブで待ち合わせ、取材を受ける。とくに「目玉」はないかということなので2点ばかりあげた。
 一つは、前回のカナダまでは政府主催という、どちらかと言えば上からの取り組みであったが、今回の熊本で初めて実行委員会主催、それにJOC、JWC、熊本県・市が共催に加わり、下からの取り組みとなる。これはある意味では政府主導から民間主導になったということだが、これまでの3回の世界女性スポーツ会議に比べて日本の政府あるいはスポーツ行政の女性スポーツに対する「後退」とまでは言わないまでも腰の引けた感じが否めない。保守層にある「ジェンダー攻撃」が執拗にしかけられていることとも無縁ではない。
 二つ目は、これまで男女の平等性の主張が国・スポーツ団体などに「要望」事項として提示するだけではなく具体的な数値目標を提示して実効化を迫らないと駄目な時期に来ているのではないか。例えばJOCをはじめとするスポーツ団体等の役員の30%を女性が占めるようにするとか、そういう具体的な目標を「宣言」なり「決議」の中に盛り込めるような議論が今回の熊本でどこまで期待できるか、ということだと伝えた。
 山本さんは結構鋭い質問をしかけてくる人で「なぜ、日本のスポーツ団体や学会に女性役員が少ないのか、その理由はどこにあるのか」と迫ってきた。くわしくは書けないが、ただですら役員ポストだけに固執する男性役員が圧倒する中で女性役員の占有枠を決めるなんて事にそうやすやすと同意するわけはないでしょう。そうなればはみ出してくる男性役員が出てくるわけで理由をつけて抵抗することになる。これだけスポーツの世界で女性選手が活躍しているにもかかわらず日本の競技団体における女性役員の比率は平均で2.9%(それもなぎなた連盟をふくめて)である。例えばJOC役員27名中小野清子さん(体操ではなくスポーツ芸術協会選出の副会長)、小谷実可子(水泳・シンクロ)、平松純子(スケート・フィギア)理事の3名に過ぎない。
 話は2016年のオリンピック日本招致問題にまで及んだ。幸いにクラブに居た伊藤ハムさんに声をかけて加勢してもらった。五輪のマークが5大陸を意味しているのならば未だオリンピックを開催していないアフリカ大陸あるいは南米大陸をどうするのか、日本は率先してこの大陸にオリンピック・ソリダリティのお金をつぎ込んででもオリンピック開催できるように声援を送る方が先ではないか、もしヒロシマをアピールしつつ「スポーツと平和」のテーマでオリンピック運動の発展をよびかけるのならば日本招致の大義もあるし可能性も出てくるが、ただ都市再開発をむき出しにするような開催誘致をしてどうして世界の支持を得られることができるだろうかという疑問を提示しておいた。
 少し夜には早いがと言いつつ、ハムさんと道玄坂のPANDAでビールに飲茶でおしゃべり、二次会は百軒店の「辛夷」というバー、昔、源さんや玉木さん、大野さんたちとスポーツマスコミ講座の後に流れてきて真夜中まで飲んで管をまいていた頃の話だ。店は相変わらずだったが、私たちが帰るまでお客は誰一人来ない。帰りは円山町のラブホテル街を抜けて井の頭線の神泉に出て明大前で乗換、無事にご帰館とあいなりました。こうしてみると一日おきの授業というのは意外といいのかもしれないと思った火曜日の一日でした。

              4月24日(月)

 昨日はまちがいなくウエイトリフティングの大会が磯子スポーツセンターでありました。先週ドジなことにまちがって出かけて泡食った感じでしたの慎重に確認して車で出かけました。中央道から新宿、芝、羽田を抜けて大黒埠頭から横浜、さらに三渓園傍を通って杉田出口へ、あっという間にと言っても1時間ぐらいで到着、すぐに全日本選抜学生大会女子の部が行われていました。最初の48Kg級でキャプテンの久保田さんが貴重な第一位(強豪の一人が作戦失敗でジャークで3回失敗し、得点0のため総合で久保田さんが優ったというわけ、こんなバカみたいなこともあるんですね)、後の3人もまあまあの成績、人気はなんと言っても53Kg級に出ている三宅宏美(法政大)選手、上のクラスにも負けないスナッチ76、ジャーク105でトータル181Kgであっさり優勝でした。北京オリンピックをめざしてがんばって欲しいものです。
 写真は優勝の久保田選手        三宅宏美選手

 昨日の選挙結果、例えば千葉7区補選、沖縄市長選、岩国市長選、いずれも与党の自公推薦候補が落選した。小泉劇場型政治の幕引きが始まる合図なら結構ですが、「熱しやすく、冷めやすい」世論の動向に来年の参院戦までどうか持続してください!と願わずにはおれません。

             4月23日(日)

 前宮城県知事浅野史郎さんの「なぜ警察と対峙したか~宮城県警・捜査報償費問題とメディア」は実にすっきりした、わかりやすい講演、これぞ講演の名人芸ともいえるような「話芸」で、しかも内容の深いものでした。なぜ、あえて「警察と対峙したか」という理由に浅野さんは「正義感とかそういうもんではない」、「ただ県民の納めた税金を預かって支出している責任者としての当然の義務」だとも言った。
 県警の不正(不法)支出を見破るきっかけは「ストーリーは嘘でも書けるが、エピソードは実体験しないと書けない」ということ、このエピソードのところで「どうもおかしい」ということが見えてきたという。躊躇する気分もあったけれどいずれ誰かが不正支出があったのに「なぜやらなかったのか」という時が来る、「逃げない、隠さない、誤魔化さない」と、決めて取り組んだ。「警察が不必要ということは誰も思っていない」「しっかりと治安を守って欲しい」「捜査員が誇りをもって仕事して欲しい」と、最後までその姿勢はぶれなかった。一気に話して厭きさせない話っぷりにも感銘、司会者の指定した終了時間にピッタリと終えるというのも芸の内だ。今年から慶應義塾大の総合政策科学部の教授に就任したそうです。きっと人気教授になるにちがない。
 後のシンポジゥムのパネリスト3人の話もよかった。高知新聞の竹内誠さんも県警の捜査報償費問題を扱ったのだが、最初はかなり一人で悩んだと正直に話されたのが先ず好感をもてた。彼を後押ししたのが上司の「ネタは記者がとったのではない。読者がとったネタ=読者の負託で記者は仕事をしているのだ」というアドバイス、素晴らしい上司がいるところには居るんですね。「ニュースを書く」のではなくて「ニュースで何を書くのかーー何が問題に横たわっているのか」が大事とも。彼も「県警に代わるものはない、治安をしっかりとやって欲しい」「捜査員が胸を張って仕事をしてもらいたい」と結んだ。
 北海道新聞の往住嘉文(とこすみよしふみ)さんは1971年の「沖縄返還協定」時にアメリカとの間で「密約」があったという「証言」を元外務省アメリカ局長吉野文六さんから引き出した「大スクープ」をとった話だが、これは自分だけで獲れたのではないと謙遜しきり、しかし執拗に取材を続ける姿勢はやはり本物の記者魂を見る思いがしました。大阪毎日放送の奥田信幸さんの「市職員カラ出張問題」も映像をまじえながわかりやすい取材談でした。いずれ「放送レポート」で特集が組まれると思うので後は省略します。
 最後の一言、竹内「怖がらないでください」
        往住「人に会い続けてください。それを定年退職まで続けてください」
       奥田「自分の素直な感情、おかしいものはおかしい、固定観念にとらわれず、外に       出て世間とズレをなくす」
 マスコミ人にもこういう人たちが居るんだということで勇気づけられた半日でした。懇親会では久しぶりに谷口源太郎さんにも会いました。
  浅野史郎さん                 谷口源太郎さん

              4月22日(土)

 昨日書きましたが、今何が「日本国」で起こっているのか?例の「きっこの部屋」でも取り上げていました。ご笑覧ください。「何かおかしいな、おかしいな」と思っているうちに状況はどんどん進んでいくということですね。こうなりゃ、ミニコミ、口コミ(日野佳恵子さんの一連の「クチコミュニティ」本を参照)で徹底して広めていくしかないでしょう。「燎原の火」の如くです。
 こういう状況の中で今日午後1時30分よりメディア総合研究所主催「放送レポート200号記念シンポジゥム・「官」の腐敗に迫る」があります。場所は四谷駅前、プラザエフ9F、基調講演・浅野史郎「なぜ警察と対峙したか~宮城県警・捜査報償費問題とメディア」他、くわしくはリンクしてご覧ください。
 本当は「トト(サッカーくじ)廃止か」(日刊ゲンダイ)のニュースにコメントしようと思っていたのですが、出かけますのでかんたんに。トトを運営している独立行政法人日本スポーツ振興センターに対してトトの販売委託先のりそな銀行が05年度までの未払い金224億円の内一部免除して144億円の支払い請求をしているというお話し。もし返済してくれなければ提訴するというのですから、所管の文科省もさぞかし頭を痛めていると思いきや、「未払い金は今年の売上から払えると聞いている」と呑気な解答、昨年度の売上が過去最低の149億円だったということはどこかにお忘れになっているのか、意図的にとぼけているのか、いずれにしても「スポーツが文化だ」というならギャンブルの上がり金をピンハネするようなやり方はやめて、スポーツの公益性・公共性をまともにアピールして国の予算でスポーツ振興費を確保するというのが筋というもの、りそな銀行も元々はスポーツ振興は口実でギャンブルの上前から利益を上げようとしていたのだから、どっちもどっちだね、と言いたい。いつまでも「スポーツを食い物にするのはいい加減にしろ!」と、久しぶりに爆弾炸裂といきたいところです。

              4月21日(金)

 トップに掲載しましたが、ハノイの学校経営を援助する日本側NPO(申請中)の方から是非にと依頼されたのが、「日本語教師」(当面は2名)の紹介・斡旋です。日本側は私の知人の元同僚という方(市職員として課長までやっていた方ですが、定年2年前に退職してベトナムとの文化・経済交流事業に着手)とお昼に会食しながら要請されました。来週、ベトナムに行って最終打ち合わせをしてくるということで急遽会うことになったのですが、私からは受け入れ条件として住宅・食事・医療の面をきちんとすること、渡航費用支給、給料等の条件を明確にすることを提示しました。知人も同席してこの受け入れ条件について明確に提示することを保障してくれましたので私としては年齢に関係なく、最低1年以上滞在して日本語教えてくださる方を公募します。周りの方(とくに学校中途退職者あるいは定年組)で是非薦めたいという方が居られたら是非ご紹介ください。

 余程腹に決めてかからないとこの世の中、何もかもが飲み込まれてしまいそうな「急展開」になってきました。教育基本法しかり共謀罪しかり、次々に悪法が出てきます。これもすべてが「小泉劇場型政治」で圧倒的与党(自民・公明)議席数のなせるわざでしょう。なりふり構わず9月の総裁選を待たずになんでもかんでもやっておこうという魂胆が見え見えであるにもかかわらず大マスコミが取り上げないという情けない状態です。先日の「自公合意」による教育基本法「改正」(案)についても地方新聞の論調と全国紙ではかなり違いがあります。
 大マスコミは自分たちが政府に近い分だけ与党寄りになっているということに気がついているのかついていないのか(実際には知らないんじゃなくて意図的に小泉支援なんですね)、不思議な「時代」になってきました。東京都教委の「職員会議での採決・挙手禁止」通達の意味っておわかりでしょうか?要するに学校も会社と同じようにトップダウンで管理運営されるべきで一人ひとりの教員の意見を吸い上げていく必要はないと言っているのと同じことなんですね。校長を中心に企画運営は決定されるものであって下々の者はそれにいちいち賛成するとかしないとかは問うてはいない、いかに従うかということを強要されているに過ぎないのです。これじゃ学校現場が白けてしまいます。いつしか「物言わぬ教師」たちになるのは目に見えてるでしょう。五十嵐仁さんの昨日のコメントをご覧ください。どこもかしこもそうかという状況なんでしょうね。
 それからここのところ小学生の登下校時の「異様な風景」ーー派手な赤とか緑などの色したユニフォームを着て、しかも襷がけまでして子どもたちを取り囲み「ガードしている」おじさん、おばさんたち、あんなに変な服着た大勢の大人たちに取り囲まれて、かえって中には萎縮したり、怖がったりする子どもなんて居ないのでしょうか?あの「異様な大人たち」はいかにも不審な輩から子どもたちを守ってやっているんだという気分なんでしょう、また多くはきっといいことしてやっているという思いの「善意な人たち」なんでしょうね、きっと。でもちょっとはずれて見ているとよくわかるんだけれど、あれはかなり「異様な風景」ですよ。もしあれを「通常」「普通」だと思っている人はもうかなり「尋常ではない」状態です。
 ここまで来ると1930年代(昭和5年から15年)を超えている状況かもしれません。「いつか来た道」を歩み始めていると思えば歴史は繰り返されるということになりますが、みなさんはどのようにとらえておられるのでしょうか?「私は貝になりたい」という映画(元はテレビドラマ、1958年作)がフランキー堺の主役で大昔にありました(最近、またリバイバルでリメイク版もオリジナル版も放映されるようです)が、「物言えなくなった」人間は実に弱いもんだということを先ず自覚しなければなりません。それでもやはり「貝になりたい」ですか?

              4月20日(木)

 昨日は早稲田(教育学部)の授業2コマを終えて、お昼は来週の「懇親会」会場の下見を兼ねて神保町・ランチョンで食事、その後すぐに地下鉄を乗り継ぎ、大石正己さんの「パリ生活5年」展を見に銀座・美術家連盟画廊まで行ってきました。大石さんは定年まで都立高校で保健体育教師をやっておられたのですが、剣道をやる傍ら油絵を描き始め、馬の絵でいくつかの賞を取られました。縁あって私がパリ在住の武道家時津さんを紹介、それが2000年だったのですから当初の1、2年という滞在予定というのが昨年まで実に5年間の滞仏、余程パリの生活が気に入ったということでしょうね。またこの8、9月にパリに行かれるとか、まったく羨ましい限りです。
       個展は22日(土)まで、銀座3-10-19(TEL3542-2581)

 夕方から新宿・ルノアールハルク横店で第1回の日本スポーツ社会学会広報委員会、決めることを決めてやっと8時に府中市スポーツ振興計画策定協議会のOBG会に駆けつける。久しぶりだが、3人の女性組、それに東芝ラグビー部のGMに就任したTdさん、医者のTkさんはじめ常連のHm、Um、Tm校長(他区へ転出、残念!)、それにYm課長、Mfさん(係長に昇格)と大勢集まり、「スポーツ振興計画実施案」を見守るためにNPOを立ち上げようと気勢を挙げる。二次会はこれまた久しぶりに「リンリン」、地元で飲むと安心するせいか、ピッチも上がります。

              4月18日(火)

 山笑う。子規の句に「故郷やどちらを見ても山笑ふ」がありました。いつも健志台キャンパスに向かう途中、読売ランドの坂道の両側の山には辛夷の白い花から山桜に変わったと思っていたのですが、今日あらためてゆっくりと見直しました。すでに樹々の芽吹きによって彩りがすっかりと変わっています。きっとこういうのを「山笑う」というのだなと思って1枚撮ってみました。黄砂のせいでしょうか、空の色がちょっと映えませんが--------。
        

 夕方から豊田駅近くの(財)社会教育協会で懇談会、Km理事長の元気の良さが目立つひとときでした。年末緊急カンパも600万円を越して新しいセンターに変わりつつあるということは以前に書きましたが、具体的にトイレのペンキ塗り、庭木の剪定もボランティアの協力を得て終了、その他研修室等のテーブル、椅子の入れ替え等も検討中とか、さらに新規事業として「介護予防実践運動指導員養成講座」なども5月より開始、37年間の実践のつみかさねを「ブックレット」にして出版しよう、めざすは40周年までに10冊という宿題まで決まりました。前向きに考えられるようになったことが一番の効果でしょう。これまでは「お金が無い」「人が居ない」からと、「できない」理由を挙げることだらけだったのですから一大進歩というべきでしょうね。これでもっともっと変わっていくことでしょう。
 豊田駅傍の啓文堂書店で小熊英二『日本という国』(理論社、2006年3月刊)を見つけました。この著者は『単一民族神話の起源ーー<日本人>の自画像』(サントリー学芸賞受賞)以来、注目していましたが、例の分厚い本(『<民主>と<愛国>ーー戦後日本の公共性』新曜社)を出す人でとても読み切れないと敬遠気味だったのですが、これは小学生か中学生に読ませるような書きっぷりで近代日本のはじまりである明治から戦後の歴史まで、とてもわかりやすい、読みやすい文章で書かれています。「ぼくらの住んでいるこの国は----これからどうすればいいんだろう?」これならだれでも最後まで読み切れること請け合いです。ヤングアダルト新書とありますから、今時のヤングアダルトというのは岩波新書でもなく同じくジュニア新書でもなく「この」レベルなんだということを再確認しました。コミックで育った世代なんですかね。早速、私も読み始めます。

              4月17日(月)

 今週で新学期が始まって2週目を迎えます。ようやく授業のペースというか、今年度の雰囲気(毎年学生集団の構成によって授業のやりやすい、やりにくい、という微妙な変化があります)のイメージがつかめつつあります。先週に書いたのですが、今日の午前中の授業が1時限が男女混合、2限目が女子学生(数人再履修、もしくは科目等履修生の男子学生が居ますが)なんです。結構私語があるのですが、私を「乗せてくれる」というか、「ノリ」のいい連中が前に陣取っていて私の問いかけに一々反応してくれるのでおもしろいのです。問題はそうなると後ろの席に居る連中がどう思っているのかです。話が大阪とか、広島とか私の関係のあった地域の話になると途端にノリのいい連中から「反応」があり、ついローカルな話題になり、これに着いて来れない連中が出てくると話は厄介になります。要はさじ加減なんですね。飲み込まれず、ほどほどに乗っていく、スタンスが大事なんでしょうか?学生諸君からの「突っ込み」というか、「隠れた声」が聞いてみたいものです。
 昨日は地元で「たまりばユネスコ倶楽部」の総会、近年になく総勢18名の参加でした。人数が多いと活気が出てくるものなんですね。なんといってもこの日の最高の話題の主は、総会後の茶話会での85歳のYnさんでした。85歳といっても元気矍鑠(かくしゃく)、頭脳明晰、その彼女曰く、「私は国際交流サロンで日本語を教えるボランティアをやってるんだけれど、これだけじゃ暇なので介護センターにボランティアに行っているのよ。私より若い人の世話をすることがあるんですよね。ハハハハ」だって。この方は戦前にキリスト系の女学校で英語を習っていたとかで、戦後すぐに進駐軍(この言葉も若い人にはわからないんでしょうね。日本を占領していたアメリカ軍などを指す)の将校クラスの秘書をしていたんだそうですが、その後も外資系の会社で定年まで働き、今に至っているとか。メールは英語でやりとりしておられるのですが、その理由が「私は英語しかできませんので」と平然とのたまうのです。一同、唖然として「一度でもいいからそんなこと行ってみたいわ」という声があちこちから聞こえてきました。この元気のいいお婆ちゃん(失礼!)にすっかり飲まれてしまいました。
 ふだんあまり話さない人や初めての参加者に一言というわけで、ある女性会員は「この会の年間予算は30数万円って大したことないのに、みんなの話は世界相手のでっかい話ばっかりなんでびっくりしました」と発言、参加者一同、これまた大爆笑。今までまったく気にもしないで話していたのだけれど、ユネスコ自由大学を設立しようとか、世界平和がどうのこうの、カンボジャの寺子屋運動の支援がどのこうのと、確かに話はグローバルですね。これって足下を見ろ!ということでしょうか?
 グローバルの話が出たついでだけれど、イタリアの総選挙結果についてイタリアの友人からメールが来ました。関心のある方はどうぞ。それに先週13日に書き込みしたことだけれど、世界の動きは加藤哲郎さんが最新のアップ(4月15日)で次のように書いています。「ヨーロッパでは、イタリアの総選挙で久しぶりの左派連合の勝利、フランスでは、全土300万人のデモに囲まれて、遂に政府はCPE(初期雇用契約)導入を撤回しました。「アメリカの裏庭」中南米の動きは、もっと重要で歴史的です。2003年1月ブラジルでルーラ労働党政権誕生、03年5月アルゼンチンで生活重視のキルチネル政権誕生、03年8月パラグアイで清新政治を提唱するドゥワルテ政権誕生、04年5月パナマで自主外交を唱えるトリホス大統領勝利、04年10月ウルグアイで革新統一「拡大戦線」のバスケナス大統領、05年12月ボリビアで先住民出身のモラーレス大統領勝利し、今年06年1月にはチリで初の女性大統領ミチェル・バチェレが選ばれ、閣僚の半数が女性になりました。現在進行中のペルーの大統領選挙も左派が優勢で、もしこれが勝利すると、アメリカがこの4半世紀、新自由主義グローバリゼーションの実験場としてきた中南米の主要国が、軒並みアメリカの思う通りに動かなくなります。アメリカ国内に広がる中南米出身ヒスパニック系市民による移民規制法案反対の動き、4月10日には全米50都市でベトナム戦争以来という大規模な街頭デモに発展してきました。アメリカ国内経済の最下層で、すでになくてはならない存在になった「不法移民」の人々、表庭と裏庭からの「ヒスパニック・パワー」が、地球の裏側のイラク、イランの帰趨をも、大きく揺るがすかもしれません。」まさに「世界は動いている」ということでしょうか。くわしくは加藤哲郎さんのHPにアクセス(トップ頁、左)してください。

              4月16日(日)

 昨日は朝ウエイトリフティング部学生の応援に京急で品川から横浜、上大岡過ぎて杉田で下車、すでに試合ははじまっているという、はやる気持ちで磯子スポーツセンターの飛び込んだのはいいが、どこにも学生の姿が見えない。2階に上がってみても違う。これは一体どういうことだと受付で尋ねる。えっ、試合は来週の土曜日(トホトホ)、1週間間違ってたんです。これだから歳は取りたくないんです(勝手に自分が早とちりしただけ)。
 しょうがないのでバッグに入れていた『サッカーで燃える国野球で儲ける国ーースポーツ文化の経済史』(ステファン・シマスキー、アンドリュー・ジンバリスト著、ダイヤモンド社)を取り出し、新杉田駅傍のドトールで遅いブランチを食べながら時間つぶしで読み始める。いやあ、怪我の功名というか、これが結構おもしろくて読ませるんですね。3月12日付日本経済新聞の書評では原田宗彦さん(昨年に大阪体大から早稲田へ)が、「それを読みこなすには、論文を読むような根気が必要だ」と書いていたので早くに買ってはいたのですが、しばらくそのままにしていたのです。もっと早くに読めば良かったと損したような、でも今日は得をしたような気分です。

 午後1時、新高輪プリンスホテル白鳳の間で大阪府立池田高校同窓会承風会関東支部総会と「同窓の集い」、時間前に着くとすでに元同僚だった後平先生が鹿児島から参加、数学の先輩三浦(文)先生、それに私より少し後に母校に着任した国語の小川修一先生、私と入れ替わりで愛媛大に出られた国語の名物先生の土田先生などの顔がそろっていた。それぞれに教え子たちが離さず、二次会、三次会のからおけまで私もおつき合い、家に戻ったのはやはり11時過ぎでした。

小川先生、三浦文先生、後平先生     20期生とカラオケでご機嫌の後平先生
「青春」よいつまでも!



              4月15日(土)

 神田神保町の上海朝市、古川・鄭先生の昇格祝いと中野助手の就職祝いのささやかな「宴」でした。依田先生、亀山先生、お世話様でした。

         
         上海朝市の北京ダッグ、おいしかった!

 これから磯子スポーツセンターへ(ウエイトリフティング全日本学生選抜の応援、午後は新高輪プリンスホテルで関東承風会(大阪府立池田高校同窓会)に教え子たちの顔を見に行きます。遠く鹿児島からも懐かしい同僚も駆けつけますので行かざるを得ないでしょう。私が大学を出てすぐに赴任した高校なんです。まさに「青春」時代のほろ苦い思い出がいっぱいなんです。
          
              4月14日(金)

         
           射干(しゃが、著莪とも書く)
          ・文目(あやめ)科、学名 Iris japonica
          ・別名 胡蝶花
          ・花言葉 「 反抗、忍耐」

 我が家の庭では今しゃがが咲き誇っています。たぶん自生のものだと思うのですが、香りはあまりないようです(もっとも私の鼻は相当に利かないのでほんとうのところはわかりませんが)。実に素朴でそのシンプルさに惹かれます。 昨日はしっかりと休養してお昼過ぎから自転車で府中までお茶屋さん、本屋さん回り。そこで見つけた本は速水敏彦『他人を見下す若者たち』(講談社新書)です。サブタイトル風のブックカバーの帯には「自分以外はバカ」の時代!とあります。「若者の感情とやる気が変化している!」そして表裏に3コマ、4コマ漫画(石原まこちん)が出ています。装幀が凝っているんですね。
 曰く、「自分に甘く、他人に厳しい」
    「努力せずに成果が欲しい」
    「すぐにいらつき、キレる」
    「無気力、鬱になりやすい」
    「『悪い』と思っても謝らない」
 こういう若者を相手にどんな希望を、どんな夢、未来を語り合えるというのだろうか。書いてあることは若者たちの生態の一面を示すものですべてではないだろうと思いたいのですが、現実にはいろいろなタイプの学生・若者が居りますよね。一筋縄ではいかないと認識しつつ、それで我々大人はどうするんだという問いはつねにつきまといます。まあ、あわてず授業の進行に合わせるつもりで連休明けぐらいまでに読み終わってから対応を考えてみようと思う。(ここまでは早めに書きおいていたのです) 
 今日は健志台キャンパスで社会調査演習の初めての授業、社会体育学科の必修科目なのでいきおい力も入ります。自分のクラスの学生もいるはずですね。どんな出会いになるのか、ちょっとスリリリングな、楽しみな「間」です。夜は二人の「昇格祝い」と一人の「就職祝い」で神保町・上海朝市を予約しました。おいしい北京ダッグを紹興酒と一緒に食したいものです。できればスナップも掲載してちょっぴり雰囲気を味わってもらいましょう。乞う、ご期待!

              4月13日(木)

 昨日は早稲田の初めての授業を終えて深沢へ。何故かというと今年度初めての教授会があったからです。学長がこれまでと違って初めて議長で会議を進めるというのでそれがどんなものかと興味津々だったのですが、まあ、「無難」に行っていると最初はそう思えたのです。でもやはりというべきでしょうか、「審議事項」になると「賛成の方は挙手で」、「絶対多数と認めます」と提案者のご本人がそう言うのですから雰囲気は変わりますよね。当然ですが、反対意見は言いにくいということでしょうか。
 それにしてもすべての委員会に事務方が委員に入って来るというのは教授会の性格が変わったということでしょう。人事委員会にまで2人の事務方が従来の所管課の職員による幹事ではなく委員として加わるということは大学の研究・教育の人事に教員と事務職とが協力しあうという「新しい形」になるのか、それとも-------。すでに事務職は法人(理事会)との相互交流が今年度から活発になったことで、将来的には理事会なり法人なりの「意図的」な職員配置によっては教授会介入の突破口になる危険性も無きにしもあらずと思うのですが、知ってか知らずか、誰も私の意見に同意する声はありませんでした(教授会が終わったすぐ後で事務局長が耳元で運用について考えますからと囁きに来ましたが、事の重要性を承知しているのは彼だけということなんでしょうか)。
 「活私開公」(「私という個人一人ひとりを活かしながら、人々(民)の公共性を開花させて、さらには政府の公を開いていく」というような生き方)という言葉を初めて知りました。「滅私奉公」でもなく「滅公奉私」でもない、新しい表現です。提案者の山脇直司氏(『公共哲学とは何か』ちくま新書の著者、東大教授)は、上に加えて「一人ひとりを力づけ(エンパワーし)ながら、人々が創り出したり支え合ったりする公共世界を生き生きとしたものにし、それを力として。政府や官僚を動かしたり開いていくような社会観やライフスタイルこそ、これからの日本で必要とされるものだ」と講演で話しています。(講演録
 イタリアの総選挙は予想通り大接戦の末、僅差で中道左派連合が上下院ともに勝ちました。確定は現政権側が票の数え直しを求めていますのでもうしばらくかかります。フランスでは300万人のデモ、アメリカでは350万人、その他ドイツでもイギリスでもデモは起こっています。アジアではフィリピン、タイその他で、南米ではペルーでもチリでも民主化が進んでいます。いずれ日本でもというわけにはなかなかいかないのは何故でしょうか?これが問題ですね。

              4月11日(火)

 新年度がはじまって初めての何にもない日、と言っても始まったのは昨日からだったのですからたった一日過ぎただけです。それでも気分はずいぶん長い間待っていたような感じです。どうしてでしょうね。今年は授業があるのは月、水、金と一日おきなので結局は今日は一日中授業の資料づくりに終わりました。年々少しずつ内容を変えていくこと、資料も新しいものに改良していくことが最低の義務だと思うわけで、やりはじめるとあれもこれも使いたくなるので困ります。
 普段から新聞の切り抜きをしているのがこういう時に役に立ちます。また印刷・配布の都合で1週間前にレジュメと資料等を用意して担当の方に印刷をお願いしておくこと、こうすれば授業当日あわてなくても済むというものです。学生に「遅れるな、寝てはいけない、私語を交わしてはいけない」と、きびしく要求している手前、こちらが遅れたり、準備不足だと洒落にならないでしょう。こうしてこれまで「休講なし」「遅刻無し」で来たのだから、残りすべてをこの調子でと昨日「決意」したのですから、体に気をつけてとにかく元気でいこうと、自分に自分を言い聞かせて奮い立たせる「歳」なんですね。よくあるでしょう。本人は気がついていないかもしれませんが、座っている姿勢から立ち上がるときに自然に「よいしょ」と声をかけている「あれ」なんですね。
 私自身はかなり前からこの「よいしょ」に気づいていました。これをやらないと力が入らないのです。もちろんこの声は自分に言い聞かせつつ、立ち上がるきっかけと同時に自分のエンジンの回転を上げているのでしょう。そうしないと何事も前へ進まない感じなのです。
 ところでイタリアの友人からかなり前から総選挙予想を送ってくれていたのですが、いよいよ今日中に結果が出てきます。只今大接戦、得票率でも0コンマいくつかの差、議席数も数議席の差でベルルスコーニー率いる与党と野党(中道左派連合)が競り合っています。今日はこれでしばらくは眠れそうにありません。

              4月10日(月)

 今日から2006年度の授業が始まります。定年まで後4年、気を引き締めて早めに家を出ます。無遅刻、無休講(教育実習巡回指導と学会大会を除いて)の記録を最後までというのが秘かに自分の記録としている課題です。
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 久しぶりに横浜キャンパス(健志台)で朝9時から2コマ、そして夕方は明治大学和泉校舎で1コマ、それぞれにオリエンテーションを中心にやったのですが、マイクの調子もプロジェクターの調子もすべてうまくいかず一苦労しました。午前中はまったく予想に反して女子学生が多い。また明大はどういう風の吹き回しか110名と、これまたかなり多い。一体全体どうなっているんだろう。配付資料の印刷枚数予測が狂ってしまい、2回も増す刷りに走る。

 ところで先日(4月3日)の日誌で三好達治の「甃(いし)のうえ」の詩を載せましたが、その後にルイ・アラゴンの「ストラスブール大学の歌」の一節を紹介しました。その時にリンクを貼った頁の主がなんと訳詞者の大島博光さんのご子息の朋光さんだったのです。そこには次のように書かれていました。
 「私は大島博光の息子です。父はアラゴンやエリュアールなど現代フランスの詩人たち
 の詩を中心に訳詩をしてきました。私は詩の世界からは遠い人間ですが、父の文章の仕
 事を手伝ったおりなどに詩にふれて、詩の持つ力・感動を感じることがありました。父
 の作品を読みながら紹介します。詩の力を共感していただけたらと思います。大島朋光 」

 そして「ゲストブック」がありましたのでうれしくなり、私も書き込みをしました。そしたらまさかと思いましたが、朋光さんから返事のコメントをいただきました。こういう風にインターネットというのはまだ会ったことがない方と、ある日突然にまるで昔からの知己のように「やりとり」ができるものなのですね。これもおもしろい「発見」でした。同様に、先日、私の名前を検索にかけてみたら、まったく知らない方やすでに卒業してかなり経つ元プロレスラーの教え子のHPに私のことが書かれていたり、思いがけないことがいくつか見つかり驚いています。
 こういうことが起こりうるというのも「いい意味でも悪い意味」でもIT時代なんでしょう。ちなみにグーグルで検索をかけたら「森川貞夫」が585件、「国民スポーツ研究所」が113件、ついでにヤフーでは「森川貞夫」は338件、「国民スポーツ研究所」はなんと606,000件(これには国民、スポーツ、研究所がキーワードになってしまうので)でした。私がすでに忘れてしまっている署名などもあり、これはきっとどこかで「思想調査」に使われているなぁというのを実感しました。これは使いようによっては便利だが、同時に恐ろしい時代になったということでもあります。先日のパーティで会った時に「中年の星」の山本博さんから○○問題と○○問題には注意した方がいいと具体的に指摘されたばかりでしたのでやはりそうかとあらためて思った次第です。

              4月 9日(日)

 

 桜もそろそろ終わりでしょうね。ウオーキングの折に少し足を伸ばして是政橋の先まで行って富士山の見える撮影ポイント(というほどでもないですが)を探してみました。富士山と桜を組み合わせて「桜の枝越しに富士を見る」というテーマだったのですが、どうも思うような所がありませんでした。というわけで右上の写真も多摩川の河原に降りて撮ったものです。そして下の写真は広島の実家の前の小川の土手に毎年見事な花を咲かせる桜です。桜を見るたびに思い出します。何かの記念に両親が家族6人分を植えたのですが、1本は枯れて残ったのは5本、居ながらにして花見ができると父母が自慢していたものです。今はすでに父も亡く、母はすっかり惚けてしまって養老施設に。主の居ないこの桜、今年も見事な花を咲かせているのでしょうか。
 桜花の散り際の良さが日本人の心情に合うのでしょう。少し感傷的な気分になります。「思い出」と共に元気な時の父母を記録に残したくてアップしました。不悪。

              4月 8日(土)

 下の数字、ちょっとショックですよね。医者と弁護士は日本では飽和状態みたいな「はなし」でしたよね。それで医学部や法科大学院があわてているって話聞いたことありませんか?確かに医師にしても弁護士にしても都会に集中していて過疎地では不在というか、不足していることは事実だけど、OECD加盟国中最低クラスと言うのはショックですね。それにしても絶対数も不足しているというのはどういうことなんでしょうか?どなたか解説してくれませんか。

「世界で医療スタッフ不足、日本の医師数は63位

 【ジュネーブ=渡辺覚】世界保健機関(WHO)は7日に公表した2006年版の世界保健報告で、世界で約430万人の医療スタッフが不足しているとの推計を発表した。
 医療スタッフの員数・配置問題に焦点を当てた今年の報告は、エイズの感染拡大が続くマラウイやタンザニアで、人口1000人当たりの医師数が0・02人と、アフリカ諸国でスタッフ不足が極めて深刻だと指摘。
 アフリカで教育を受けた医師の4人に1人が経済協力開発機構(OECD)加盟の先進30か国で働く「頭脳流出」の現状にも懸念を表明、各国に人材育成と医療環境の整備を提言している。
 一方、日本は平均寿命で82歳の世界最長寿国の座を堅持しながら、1000人当たりの医師数は1・98人と、192か国中、63位の中位水準にとどまった。
 1位サンマリノの47・35人には遠く及ばず、OECD加盟国の中では最低クラス。同様に看護師は27位、歯科医師は同28位と、世界のトップ水準には達していない。」(2006年4月7日10時50分  読売新聞)
 土曜の朝は久しぶりに時間が持てたのでネットサーフィンやらを楽しむ。「きっこブログ」でこれまた久しぶりの「きっこ爆弾」炸裂、コイズミの後をねらう民主党も小沢でどうなりますか、政局も目が離せない今日この頃ですね。午後からはスポーツ法学会理事会、ADR研究会、夜は同僚の昇格祝いに新宿・センチュリーハイアットホテルと、きっと今日も午前様かな?!
 やはり、二次会はマリセリーノでした。「中年の星」の山本博さんはサービス精神旺盛なんだから。マルセの女性軍団に請われて「記念写真」、いつのまにかAsさんも入っていました。

           

               4月 7日(金)

 今日は朝から月曜日からの授業開始に必要なレジュメと資料の作成、さらに人事委員会・地域・社会貢献推進委員会の「引き継ぎ」のための文書を副学長宛に作成、また東京柔道整復専門学校のシラバス作成・送付と目一杯仕事、とくに月曜日の授業は日体の「スポーツ社会学」、明治大学の「スポーツと社会」と、双方似ているようで微妙に違う。かたや体育専門、かたや商学部の教養科目ということで使う資料にも工夫が必要である。明治の方は和泉から駿河台へと発展(学年も1、2年生から3、4年生へ)させるためには「スポーツビジネス」や「スポーツと企業」などの関係、あるいはメディア・リテラシーなどもこれからもっともっと必要になると思われる。
 午後3時30分飛田給発の電車で麹町に新しい事務所を開いたOt君に会いに出かけた。日本テレビの裏手と言っても市ヶ谷よりで地下鉄・JRなど6路線が来ていて非常に便利なマンションのワンフロアを義弟と折半で借りたという。しめて月50万円の家賃とか、保証金はきっとすごいんだろうなぁと他人事ながら気になる。公務員を辞めて自分で事業を立ち上げたのだからこれまた教え子ながら見上げたものだ。ちょっとやそっとではこんな真似は出来ない。以前に大学で会ったときベンツに乗って来たので「大丈夫かい?」と声をかけたことがあったが、彼曰く、「ビジネスで企業の上の人と会うときにこういう車に乗っていないと信用されないんですよ」という答え、その時、ビジネスの世界は私たちの「常識」の世界とはちがうのだと思い知らされたのではあったが-----。。
 今日あらためて彼の事務所(広い部屋に間仕切りして互いに仕事ぶりが分かる部屋、打ち合わせ用の小会議室が2つ、後は義弟の会社の部屋とNPOの事務所用部屋)を見て、さらにいくつかの「仕事」の提案、今年採用した7人の人材(こうした人件費もふくめて月300万円は稼ぐ必要があるという)の起用ぶりなど、すっかり起業家の仲間入りしたのだとあらためて実感。
 私への要望は指定管理者制度が導入されたところでのいくつかのモニタリングの仕事をできないかということだった。国民スポーツ研究所の事業拡大だと思えばいいわけだが、そのためには「定款」も少し変えなくてはならない。しかもこれは私一人でやるのではなく、定年を迎える何人かの人の新たな仕事、若い人、OBGの雇用促進なども考えてみる必要があろう。まあ、時間をかけて検討するに越したことはない。定年後の仕事の仕方のことも自分一人の問題としてではなく、研究所の事業拡大にとってどうなのかもふくめて考えてみることで今日は引き上げた。
 大学と地域と民間(産業)との連係プレーも出てこよう。内閣官房の「地域再生本部」のネットワークづくりともどこかで連動している気がする。

                4月 6日(木)

 昨日の懐石料理の写真はあれ、なあに?て言われて、たまたま前菜に出た右上のは「のれそれ」(穴子の稚魚?)、左は蟹と山芋の酢の物だったかな(?)、それに空豆(天豆と書いてありましたが)、牛蒡を巻いたもの、それに実は右下にもう一品あったのですが、食べちゃいました。この後もいろいろと出たのですが一晩寝るとみな忘れました。
 うれしい「ニュース」は卒業生の佐々木計三君が(財)日本青年館の常務理事になったことです。彼は私が初めて大学に勤めた頃に学友会総務委員長をやっていたと記憶しているのですが、卒業と同時にお兄さんがかつて秋田県出身で日本青年団協議会の事務局長をやっていた関係から彼もそのまま日青協事務局に入り、長い間、社会部長などをやって原水禁大会や北方領土問題、中国に植樹する運動などに取り組み、全国の青年団の活動や平和の運動に貢献していたのです。その後、日青協を「卒業」し、青年館に勤務していたのですが、そこでもウイーンとの音楽交流やさまざまな事業を手がけ、活躍していたのをよく見てきました。
 かねがね彼のように力量もあり、実務能力もある人を大学にも迎えたいと思っていたのですが、いつもその話になると話を逸らしていました。おそらく今のような仕事が回ってくることを予想していたのかもしれません。公益法人の整理統合でたいへんな時期だけれども彼なら見事それをはねのけて財団をしっかりとした組織に発展させることができるものと期待しています。
 久しぶりにひの社会教育センターに(財)社会教育協会の理事会議事録の署名・捺印に行ってきましたが、トイレなどがきれいになっていたのと中の事務局の部屋がきちんと整理整頓されていたのには驚きました。年末カンパのせいでしょうか、職員の表情も明るく、みんなやる気を出している感じで気持ちがとてもよかった。これで利用者も増えて事業が改善されていくといいのですが、どうでしょうか。会議室では広報編集委員会をやっていました。宮本さんを除いてはみんな若い人たちばっかりだったのでこれまた驚きでした。やはり何かが変わりはじめているんだと思う。

 というわけで、やはり「春ですね」。
              
               4月 5日(水)

 この雨で桜も終わりかとちょっと淋しい感じです。夕方からJOAの観桜会ということで国立駅集合、その後一橋大前の学園通りから西国立までのコースだったのですが、私は直接懇親会場の「無門庵」に南武線経由で直行しました。西国立駅と言えば東京女子体育大のあるところで改札口のところに「祝ご入学」の横断幕、小さく西国立駅職員一同とあったのでなるほど「民営化」すると旧国鉄時代とはこんなところで違いが出るのかと「感心」した次第です。でも営業とかサービスというのはこういう形になるものばかりなんでしょうか。以前よりも駅周辺にお店、それも食べ物やさんが多いのに驚きました。体育大生はどこもよく食べるということなんでしょうね。
 改札口を出てすぐ線路沿い左の踏切を渡って立川病院の塀越しに見える桜が冷たい雨に濡れながら最後の花見をさせてくれている感じでした。無門庵というのは戦前からあった様子ですが、栞によると「軍都」(立川周辺は陸軍だけでなく飛行場もあったとか?)で名物旅館とよばれた「ホテル無門庵」として開業していたそうだ。昭和62年に一旦閉じてその後懐石料理のお店として復活開業とのこと、少し時間があったのでギャラリーで作陶展を覗いてみた。新作花器や抹茶茶碗、カップなどが展示即売中であった。

       

 「神風ビール」という地場ビールを飲ませるところが入り口にあったが、今日はあいにくお休みとかで、お店の中で最初に注文したのはフルーティな味のものでした。ビールは1杯だけにしてあとは麦焼酎のお湯割り、もっぱらHtドクターの話に集中、お医者さんの世界もいろいろあるらしく、まあ差し障りのないところでそうですかと感心して聞いているしかないでしょう。でもサービス精神旺盛な方で座を盛り上げてもらって感謝々々。食事の後は出てすぐの「蔵バー」でバーボンのロックとコーヒー、紅茶組とで談笑のお時間、いい気分で電車に乗ったらえらい災難、京王線が自動車との衝突事故のため上下線ともにストップ、待たせること1時間、特急が調布駅まで各駅で動くというのであわてて各駅から特急に乗り換え、どうにか飛田給駅までたどりついたというわけです。
 
               4月 4日(火)

 朝から新年度の準備と気分転換のため部屋の整理と本棚づくり、結構疲れます。
 本頁トップに掲げましたが、かねてより脱稿していた「記憶の場ーーイタリア人とイタリア・スポーツ」掲載の『日伊文化研究』第44号と「別刷」が50部ほど届きました。これは私には珍しくどちらかといえば「エッセイ」風のものです。元々これは『日伊文化研究』編集部の依頼と指示により、とくにノラ・ピエール編『記憶の場ーーフランス国民意識の文化=社会史』(全3卷、岩波書店、2002年)を意識して書いたものです(私の場合には日本語版第3卷のジョルジュ・ヴィガレロ「ツール・ド・フランス」ですが、もちろん、ボリュームも質もそれにはほど遠いものであることはいうまでもありませんが)。
 どちらかといえばこれまで史料実証主義的立場で歴史的なものを扱ってきた私にはノラたちの、いわゆるアナール学派の「物語的な(エッセイ風の)叙述スタイル」にはどうもなじめないなぁ、という違和感が最後まで拭いきれず、そのまま疑問をもち続けながらも締めきりに間に合わせなければという思いで12月に脱稿して原稿と写真数葉を送ってありました。
 依頼原稿なのでまさか「審査」があるとも知らずに送付したのですが(最終判断は確かに編集者に委ねた感じではありましたが)、その後音沙汰もないのでその原稿のことはすっかり忘れていました。ちょうどその頃に日伊協会の担当の方からメールで「編集委員会では論文が採択されました」と連絡を受けたときはおどろくのなんのって、ほんとうにびっくり、まるで「闇討ち」じゃないかと思いましたが、もし採択されていなかったらどうしてたでしょうか、ほんとうに冷や汗ものです。まあ幸か不幸か採択されて活字になったというわけです。
 したがって私にとっては「初めて」の「エッセイ」風の歴史ものということになります。この点も合わせてもしご批判・ご意見をお聞かせくださる方がいらっしゃれば幸いです。関心のある方、どうか送り先をメールででもお知らせください。

               4月 3日(月)

       

        甃(いし)のうえ   三好達治

   あわれ花びらながれ
   おみなごに花びらながれ
   おみなごしめやかに語らひあゆみ
   うららかの跫音(あしおと)空にながれ
   おりふしに瞳をあげて
   翳(かげ)りなきみ寺の春をすぎゆくなり
   み寺の甍(いらか)みどりにうるほい
   廂々(ひさしひさし)に風鐸(ふうたく)のすがたしづかなれば
   ひとりなる
   わが身の影をあゆまする甃(いし)のうえ
                 
            (詩集『測量船』より)

 春、4月になるといつも思い出すのは、高校に入学して初めての国語の授業で担当の大西先生が上の詩を朗々と読み上げてくれたことです(確か三省堂の教科書だったと思うのですが、----)。何しろそれまでは私立工業高校の併設中学校で男の子ばかりのクラスだったのですから、公立の普通高校でしかも男女共学のクラスの雰囲気にも驚いたのですが、こんな凄い先生(大西先生は広島大学出身で後にどこかの大学に移られたと風のたよりに聞いています。一度お会いしたい恩師のお一人です)に習うことが出来るということで胸ときめかした「青春」時代が私にもあったのです。もう50年も昔になりますか、今日は大学の入学式でしたが、学長の式辞も書いたものを読み上げるせいか、あまり人の心に届かない言葉の響きでした。その理由をしきりに考えてみたのですが、先ず読み方に癖があって難ありというか、すっと気持ちが伝わって来ないのです。その理由はよくわかりません。気持ちの問題なんでしょうか?
 いつか書いたことがありますが、ルイ・アラゴンの詩を初心を忘れないためにもう一度書き留めておきます。
  教えるとは、未来を共に語ること
  学ぶとは、誠実(まこと)を胸に刻むこと

         ルイ・アラゴン(「フランスの起床ラッパ」ストラスブール大学の歌より)

                     4月 2日(日)

 今日は朝9時から研究会、昨日のつづきです。午前中は「第1部 社会教育と現代的課題ーー島田修一氏との対話ーー」、なんと長野県・喬木村時代の島田さんが公民舘主事として地域に這い回っている(?)姿がビデオで紹介された。東京大学教育学部(宮原誠一研究室)を出たばかりの島田さんが何故、喬木村の公民館に赴いたかその理由が後の解説で理解できた。篤農家や地域産業の担い手形成に貢献した定時制高校喬木分校廃校による農産教育の拠点として「青年学級」の再興のためであったという。ここで学んだ住民が後に水利権(総合開発計画による)収奪に反対して地方自治体運動を起こし、村政に大きな影響力を発揮したことへの「報復」として島田さんへの「配置替え」、これに対して村人がこぞって反対し復帰を勝ち取る運動へと発展させた。このことを通して島田さんは公務労働とは何か、社会教育労働とは何かを学んだという。
 彼の理論が「筋金入り」だということはこういう若い日々の社会教育実践・経験を十分に栄養素として自分のものにし、現実の課題に鋭く問うていくだけでなく、徹底して「現場の苦しさや小さな光を励ましつづけた民衆の側の研究者」(金田光正)であり続けてきたという、研究者としての揺るぎない姿勢によるものではないかと考える。現場からは富士見市の金田氏、若手研究者からは柴田憲司氏、中堅研究者からは辻浩氏から報告と質問がいくつか提出されたが、この点の論議はいずれ何らかの「報告書」の形でまとめられるはずなので省略します。
 午後は「第2部 地域・自治体をつくる社会教育」として福島県飯伊舘村と長野県栄村の調査報告に基づく出版企画の準備を兼ねて細山、山本、辻、島田、藤井氏等からの報告と討論、もうこの辺で昨晩の酒のせいか、頭が朦朧としてきて眠気を振り払うのに精一杯だった。「地域循環型経済」も「自立の村づくり」も傑出した首長、社会教育主事等が抜けた後にどうなっていくのか、「人づくり」は宮原誠一さんの「全成人の全面学習」(?)、島田さんの「ふだんの自己発達を問う」(教育主体)というときの「自分の器の大きさ」によるから、「何から学ぶかを広くとらえる」→「多角的な政治主体にも転化していく」、したがって「器づくり」(あらゆる問題への姿勢と力量)が課題ということになるのであろうか。
 島田さんの補足でおやっと思ったのは「お前とは考えが違うけれど-----」と、意見が交換できる関係は法解釈学による法制論ではなく、「みんながなるほど思う」ように法社会学的にとらえるというくだりであった。住民・市民との間に日常的に働く「関係のあり方」として示唆的であったのですがねぇ。いずれにしてもたくさんのことが交わされて何が大事だったか焦点がぼやけないようにしたい。
 帰りの電車の中で隣り合わせになった男性が時折、大声でわめくのに、何が不満なのか、誰に叫んでいるのか、どうりで周りの席が三つも空いていたのですわったのだが、その男が降りるまで不気味で気持ちが悪いのこの上なかった。辺見庸の『自分自身への審問』の最終章を読み終えたのだが、頭にはあまり残っていない感じだ。途中、「病むべく創られながら、健やかにと命じられて----」(フルク・グレヴィル)と「物言うな、/かさねてきた徒労のかずをかぞえるな」(中村稔)というセリフはいつまでも印象に残っている。何故だろう?

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 昨日、多摩川沿いの桜は5分咲きぐらいでしょうか、朝のウオーキングの際に目についたのはお花見の場所取り用のブルーシートがすでにひいてあったことです。日曜日は雨が降るかも知れないという天気予報のせいなんでしょう。こちらはお花見どころではなく、生涯学習・社会教育研究所の総会があるので早めに家を出て、NTV傍の喫茶店でNs氏と会う。総会後の懇親会、二次会はおきまりのマルセリーノと、結局、家には午前様と相成りました。
  
 

                     4月 1日(土)

 新しい年度のはじまりです。それにふさわしい「トピックス」をお伝えできれば幸いですが、以前にも書いたように「自然体」で行きたいと思います。 
 昨晩はマルセリーノの「仲間」のAsさんに誘われて、西国分寺の「花子茶屋」(お蕎麦屋さんですが、酒の肴に凝る主人と女将さんの料理がなんともいえず、杯を進めるのです)で「宴」に参加しました。相客の人たちもみんな九州に縁のある人たちで、最後は一緒にテーブルを囲んで看板までお店を占領した感じでした。それでAsさんに「一体、今日のこの「宴」はなんなの?」と訊いたら、まぁなんと、学生時代の寮(Nt鉱業の子弟たのための東京学生寮)の住人の同窓会なんだそうです。私はそれも知らずに「いいから、いいから」という言葉に乗ってしまったというわけなんですね。
 手ぶらでっと言うわけにはいかないのですが、それでカメラマンに早変わり、記念写真を撮りましたのでその雰囲気を味わってください。最後は名物の手打ち蕎麦だけでなく、ついにはAsさんが調理場に入って女将さんと「特製うどん」まで出してもらい、またまた満腹状態でご帰還。この下が女将、袖をまくっているのがご主人(なんと新井英一のコンサートを泉ホールで主催するほどの大ファンだとか、ここでも私と趣味が一致、恐るべし、御縁!)



「花子茶屋」(国分寺市日吉町3-2-6 国分寺五小隣り Tel:042-323-8412)