………………………… 戻る ……
『2001/10月近況』
☆☆☆ 2001/10/24(水) ☆☆☆
KISAさんの10/24と、同じくうっちーさんの10/24に関連して。KISAさんの日記は私が掲示板へ書いた発言がベースになっていますので、一言コメントさせていただいても問題はないだろうと思います。
うっちーさんの主張である「同人を商業に持ち込む行為、およびそれを行う作家に対する否定的見解」自体は良くわかりますし、それをどうこう言うつもりもありません。ただしKISAさんの日記に対する反応という形ではあるものの、あくまでもそれをきっかけとして、こういった行為に対するご自分の一般的な考えを表明されているということは理解できるのですが、うっちーさんの記述を素直な文脈で読むと、うっちーさんが否定的としている行為その他に関してKISAさんが今日の日記で、肯定的あるいは擁護的な立場で記述したかのようにも受け取れました。これに関してその真意は、KISAさんご本人にしかわかり得ないことですし、周囲の人間がとやかく言うことでもないような気がしますが、おそらく誤解があるのではないかと思いましたので、全くの無関係ではない立場上、KISAさんが書きたかったこと?を推測しながら一言書かせていただきます。
おそらくKISAさんは、本当に単純な気持ちとして、好きな作家さんのひとりであるみやぞうさんの二次創作ペースが最近低下していることを残念に思う気持ちに端を発して、その理由が一次創作である『月陽炎』(すたじおみりす)の製作による多忙が理由と知って、純粋にそれなら仕方がないと思ったのでしょう。期待している作品を犠牲にして生み出される別な作品に対しての新たな期待というのでしょうか、純粋にそれが同人か商業かなどということを抜きにして、それだけの期待を抱いている、あるいはそれだけの作品だったら良いなあ、他のものを犠牲にしてまで打ち込むものであるならば、それだけの何かを見せてもらえるかもしれない、そういった想いの表明ではないかと思うのです。
うっちーさんの主張は無論よくわかることですが、KISAさん自身はそういった次元の話とは考えていないのではないかということです。そしてうっちーさん自身も、KISAさんのコメントはあくまでもきっかけに過ぎないのでしょう。ただその記述の仕方が、誤解を生むような表現だったのではないかと思えました。実際問題として今回の場合特に、みやぞうさんがそうだと決め付けているわけでもありませんが、いかようにも推測できてしまう、微妙な表現だったのではないかと思います。うっちーさんご自身はわかっていて書かれているのかもしれませんが、読んでいて少しドキリとさせられました。
月陽炎の話が出たので。美月に激萌えです。特にED「ずっと、いっしょ」の封神ぷち美月。かーいーです(笑)。
正直言って、このED、お話としては駄目駄目だと思います。九分九厘まで美しく展開しておきながら、最後の最後に激甘なことをやってしまっていますね。もちろん確信犯な訳でしょうが、せっかくあそこまでああいった形で引っ張ったのなら、物語的な美しさを選ぶのであれば、そのままの流れで行って欲しかったと思います。それはそれで切ないですけれど。でも……それをやらないで、あの激甘な終わり方をしてしまうあたり、むしろそこに私は好意を感じてしまいました。駄目駄目ですけれど、その駄目っぷりが愛しいとでも言うのでしょうか。もう、駄目で構いません。なんていったら言いのでしょうか、すごく幸せです。誉めているのか貶しているのかよくわかりませんが、あの終わり方が好きか嫌いかと聞かれたら、私は大好きです。
なお、OP(と主題歌の月陽炎)が結構いいですね。美月EDの蒼月歌も、お洒落な感じがよいです。お気に入り。まだ全部終わっていないので、これ以上はまだ何ともいえませんけれど。
※上記のED名を修正しました。もう1シーン先で、名前が変わっていることに後から気がつきました……。恥ずかしいです。
………………………………………………………………………………
☆☆☆ 2001/10/15(月) ☆☆☆
明日(正確には明後日)から知財研修のため、金曜の夜まで出張です。
最近の萌えキャラを整理。
レン(歌月十夜)・晴姫/子鹿(秋桜の空に)・彩子さん/悠歌さん(未来にキスを)・あおば(Trois)といったところ。このうち、子鹿と彩子さんは否攻略キャラですが。
個人的な好みからいえば、晴姫とあおばが好みです。あおばはがさつで凶暴、しかもそれがストレートな感情表現であって、ある種の愛情表現とも思え、ゲーム序盤から臆面もなく主人公を好きと言ってのけるところが良いです。胸がでかいというのは余計ですけれど(笑)。あと、口からりっぷるれーざーは、さすがにやはり悲しいかも。
晴姫はがさつで凶暴……同じじゃん。でもこの時点では主人公を好きという感情がなくてこそのものであって、気持ちを自覚してからは途端にしおらしくなるあたりが七瀬のコンパチとか言われる所以ですが、それもまた可愛くはあるのですけれど、このへんの比較論で、威勢の良いあおばの方が可愛いというか何と言うか。ただし晴姫は胸がないという別な魅力(笑)があります。
ちなみに晴姫というネーミングは、主人公との比較なのでしょうか。主人公のデフォルトネームが靖臣であり、シナリオを進めるとわかる通り晴姫はもうひとりの靖臣であると言えるような気がしますから、発音からはわかりにくいですけれど、『青』『臣』という構造が名前の中に組み込まれていることは、決して偶然ではないのでしょう。他のキャラに関しては良くわかりませんけれど。
………………………………………………………………………………
☆☆☆ 2001/10/11(木) ☆☆☆
ビール転倒話。本質的に何をどう反応しても言い訳にしかならないですけれど、各所で取り上げてしまっているので本人としても最低限のコメントをする必要性が発生しました。とはいえ時間的につらいので、なるべく簡単に。
先に当事者としての状況を書いておくと、あくまでもこれは事後において気がついたことではありますが、ジョッキの滑り具合は尋常ではなく、濡れたガラスの表面に氷が浮いている状況で、普通にガラスの曲面部分を持てば間違いなくジョッキを挟み込むように持った指によって生じる荷重ベクトルの合成方向へ向けて、すなわち手首と反対側の向こう側へとジョッキが吹っ飛んでいくというくらいの感じでした。むろんそれほど滑るという前提で認識していれば問題はないのでしょうが、予想外の出来事だったということです。また取っ手を握れば回避できたというのは正しいですが、すぐ隣の席に動かすだけの状況で、取っ手を向こう向きに密集してジョッキを並べて置かれた状況で、わざわざ回転作業を行ってまで取っての向きを変えてからジョッキを握ろうとするほど気の回る人間がどれだけいるかということも、要素として挙げられます。もちろんこれに関しては、私にとっては非常に良い教訓となりましたけれど。事故に対する安全対策というものは、事後ならいくらでも出るものであり、またそれが実際的に有効活用し得るものであるかどうかというのは、安全対策上常に発生する問題ではあります。
さて、客観視点からすれば、各所の反応は至極当然です。理由はどうあれジョッキを倒した人間が悪いのであって、まずそれを謝るのが当然であり、まして店員を責めるなど言語道断です。そのくらいのことが判らないほど馬鹿なつもりはありません。しかし理解してほしい点が、ひとつだけあります。それは情報入力とそれに対する判断の構築のパターンの違いです。
客観視点からすれば『ジョッキを倒し、ビールをこぼした』という視覚情報の入力と、それに基ずく判断によって、倒した人間が悪いのだからそのことを謝るべきだとの結論に至るわけですが、こと当人に関してはやや事情が異なります。結果的にビールがこぼれたとか、店員がまだその場に残っているとかいう事象は、情報として入力されていない時点で、皮膚感覚からの情報入力に基ずく脊髄反射的な感覚で言葉が出ているという点に問題があります。つまり、氷で滑ることによってグラス自体が逃げていくという皮膚感覚が入力された時点で、そのあとジョッキが倒れようが、ビールがこぼれようがそんなことはもはや問題ではなく、『滑った』という手からの感覚の入力に基ずく反射としての『なぜにこんなに滑るのか?』という反射的な発言であって、もはやその時点で『なぜ滑るのか?』『この感覚は氷が表面を覆っていたからだ』『グラスが凍っていたらしい』といった方向へと、起きた状況を自己内部で整理する方向性での収拾的思考が行われた結果、『凍っていた』『これでは滑る』という自己完結的な発言に至ったと言えます。その間に客観的な判断として、その結果、ビールがこぼれたらしいという『むしろそちらの方が重要視すべきであった事態』が発生していたわけですが、それを当人が『理解』、すなわちにゅうりょくされた情報の意味を判断した時点では、手遅れだったわけです。視覚情報としてはビールがこぼれていく様が入力されていはいるのですが、処理が先送りになっているわけですね。まあ、事故を起こした当事者がパニックに陥っている状況と変わらないわけです。そして結果的には、それがまだ居合わせた店員に対する糾弾と取れる発言に相当したこととなったわけです。
何をどう書いたところで言い訳なので、あの場に居合わせた面々にどう思われようと構いませんし仕方がありませんが、結果的にはこちらも悪いと思っていて鬱が入っているので、事件とは無関係の記事閲覧者に、あれを居直り強盗的発想とかネタを優先するような思考の持ち主だと誤解されるような状況だけは避けたかったというのがこの文章の趣旨ではあります。優先すべき状況判断と情報入力速度に関する主観と客観の間での伝達速度の差によって、取るべき行動を誤ったということは理解して欲しいということです。すくなくとも、ネタでやれるほど、あるいは本気で店員を責められるほど恥知らずではないと自分では思っています。ただし行動にミスがあったことは認めますし、それが有罪であることも当然認めます。ゆえにかなり鬱な精神状況ではあったのです。
………………………………………………………………………………
☆☆☆ 2001/10/10(水) ☆☆☆
KISAさんとこじまにさんの茜論争。仕方がないので一言ざっくりと。50%はKISAさんの主張でOKなのですが、個人的にはそれだけでは足りません。物語の流れが遙に収束しているから、1章に限っては茜ではなく遙を選ぶというのは当然としても、それ以上に重要な要素があるのです。1章の茜は、あくまでも『お姉ちゃんのお兄ちゃん』として孝之を見ているのであって、すなわちPLの立場からしても『遙の妹』でしかないわけです。しかし2章の茜は違います。明らかに『愛すべき対象としての男性であるところの孝之』としてこちらを見ていますから。ただしそこにあるのは鬱積し、屈折した、愛情表現の裏返しとしての憎しみと恨みを孝之と水月にぶつけて来る茜であって、その言動から痛いほどに茜の気持ちがPLに伝わってくるのです。もちろん当事者であるがゆえに『愚鈍にして視野狭窄』な孝之くんは、茜の気持ちには何も気がついていませんけれど。そんな茜を『孝之として』ではなく『PLであるところの私』が救ってあげたいと思うところから、茜に対する萌えが発生するわけであって、それは1章における無邪気で幼い茜に遡及して適用されるものではない感情なのです。従って、1章と2章における茜はそれぞれ私的には別人であり、区別する必要がありますし、また両方の茜に同時に萌える必然性もありません。
なおこの考え方は、他の理由によって茜に萌えること、および萌えている方々を否定するものではありませんから、その場合には単に考え方が相容れないというに過ぎません。従って厳密に言えば、こじまにさんとKISAさん、さらには私の萌え方の差ということになり、この論争に明快な結論が出ることもないといえるでしょう。むしろいつの間にか、そこまで無条件に茜に萌えているこじまにさんが素晴らしいという話もあります(笑)。茜派筆頭生ですね(爆)。
ちなみに私の場合、萌えは茜ですけれど、遙に対する気持ちは見守る愛なので(笑)、お間違えのないよ〜に。従って水月シナリオでの遙が重要だったりするというのはそのへんに理由があります。私(孝之)が遙と結ばれるかどうかということ自体は、全く問題が別次元だということで。少なくとも2章における前提を踏襲するならば、どんなに遙を愛していても、遙と結ばれる選択を選ぶことはできないし、かといって遙のことはどうでも良いということではありません。ああいった形ではない3年間の果てに遙と結ばれることを望んでいたけれど、それは叶わぬ夢だったということで、遙と結ばれる未来の可能性は根本的な次元ですでに消失しているということに過ぎません。遙と結ばれる物語は、私にとってはこの前提によって紡がれる物語における因果関係にあるものではないということです。なお同様な理由で、孝之が茜と結ばれるという物語も本質的には考えられないものであるということは記述しておきます。あれはあくまでも『孝之』がではなく、『PLであるところの私』が茜を救いたいという我侭に起因するものであるに過ぎません。
なお私は、あゆシナリオなどの遙事件に直接的な関係を持たないサブキャラたちに関しては、2章と時間軸を同一にとって平行展開する形で表現した、3章という認識をしています。1章、2章という背景設定の先にあるものとして、『辛い過去を背負った主人公』を巡る普通のギャルゲーに見えるということです。キミエソの世界の主導的な流れではなく、キミエソという過去を背負った孝之というキャラの新たな恋愛ドラマという認識ですね。そういう目で見た場合のあゆというキャラクターの魅力は捨てがたく、キミエソという世界のもつ流れによってかなり損をしていますが、そういった影響力を抜きで語れば最も魅力的なキャラといえたかもしれません。
………………………………………………………………………………
☆☆☆ 2001/10/4(木) ☆☆☆
KISAさんの10/4より。
『さっくりとネタばればっか書いてんじゃねぇ、ちっとは気を使え!』というお叱りと解釈することも可能ですが(笑)、素直に誉められたと受け取っておきます。
お嬢に関してもう少し書いてみたくなったのですが、気の利いたことが書けそうにないのでやめ。代わりに、オフで会うことになるであろう人物に被害が及ぶ可能性がありますので注意しましょう(笑)。
なおC.Fさんのお勧めゲームに関しては、私の場合は、C.Fさんとは物の見方や考え方、解釈の仕方などが全然違うはずなのに、その作品において心に引っかかってくる部分、というか着目して見てしまう部分(お互いに見ているもの)は同じような傾向があるため、おねグラ内部においても、C.Fさんのお勧めに関しては参考にさせていただいています。私とKISAさんの嗜好も似通っている点が多いことを考えると、あるいはKISAさんとC.Fさんにも同様なことが言えるのかもしれません。
ということで、KISAさんの次のゲームは『果てしなく青い、この空の下で…。』(TOPCAT)でしょう。いや、マジで。
なお、章間の係わり合いへの不満という点では、私は『銀色』(ねこねこソフト)が不満だったかな。……そうそう、完全版をやらねば。どのへんがどう変わっていることやら。なお3章の夕奈に関してひとこと。姉に夕奈とつけるあたりですでに、作中における扱いが事前に判るよなあと思ったりするのですが、それだけに誘導されるように破滅していく夕奈が不憫に思えます。
………………………………………………………………………………
『以上』
………………………… 戻る ……