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『2002/2月近況』

☆☆☆ 2002/2/11(月) ☆☆☆

 『腐り姫』(LIARSOFT)終了。システムがシステムなので、思ったより時間をとられてしまいました。連休丸つぶれ。と言っても、寝て過ごしていた時間が大きいという話もありますが……。
 終ってみた感想としては、なかなかの良作。画面(背景……というか風景画と立ち絵)の使い方が上手く、音楽もこれまたいい感じで、組み合わせての演出効果はなかなかのものでした。ストーリーに関しては、『インモラル・ホラーアドベンチャー』とありますが、インモラルはともかくとしてホラーに関しては、民間伝承オカルト系かと思って読み進めたのですが、どちらかというと終ってみたらSF系という感じで意外といえば意外。ただし良い意味で裏切られた……というのではなく、もっとストレートでもよかったんじゃないかという感じですが。なお迂闊に『SF系』などという言葉を使うとあらゆる方面からツッコミが入りそうですが、つっこまれても反応できませんので無視してやってください。
 音楽の技術的な良し悪しはわかりませんが、主観の問題として良いと思えるかどうかという意味で、私は非常に良かったと思います。それ以上の難しいことはわかりません。特に好きな曲は以下の通りですが、他の曲もなかなかに良いです。個人的には、『腐り姫』は曲だけでも推奨可です。

  【翠の森 / 腐り姫の伝説 / 樹里のテェマ / 夢のきざはし / リフレェン】

 システム面に関しては、やや不満を感じました。システムといってもゲームの進行制御構造のことではありません。プレイ環境のことです。実質的にセーブ・ロードが通用しないので、その時点でのシステム進行状態を一緒に保存できないのなら、セーブ100箇所は無駄に思えました。結局フォルダーの中を覗いて、システム管理セーブデータごと退避させることになってしまうので。あと一度行き着くところまで行ってしまうと『記憶を消す』(初期化)をしなければならないのですが、この際にこれまでに見たシーンとCGだけは残せます。しかしどうせならば既読履歴も残して欲しかったです。
 『腐り姫』は閉じた4日間を何度も周回するゲームですが、実際にはゲーム内時間が閉じているだけで、ゲーム内状況は周回ごとに少しずつ変化していくため、閉じた時間系からの脱出を目的として脱出方法を探す『ゲーム』ではなく、閉じた時間系から脱出する過程と結末の『物語』を楽しむ作品かと思います。従ってシステム的には周回ごとに微妙に異なる『繰り返される4日間』が直列配置されているため、(ゲーム進行上の)同じ場所を繰り返す(同じシーンを何度も読む)わけではありません。そのために1巡する(周回を繰り返し、それ以上先へ進めなくなって記憶を消す)までの間、既読スキップが活用されることは滅多にありません。セーブ・ロードを用いればある程度は活用が可能ですが、先ほども書いたようにこのゲームでは実質的にセーブ・ロードがあまり意味を成しません。進行状態(選んだ選択肢によるその先の進行)がシステムに反映されて次の周回に入ると、ロードし直しても基本的にやり直しがきかなくなるからです。従って2巡目以降に既読スキップが活用できれば御の字だったのですが、記憶を消すと既読履歴も消滅してしまうため事実上無意味です。しかも文字通りスキップで、早送りではないですし。まあ、それはそれで非常に便利ではあるのですが、いわゆる早送り形式の既読スキップも別途欲しかったです。Ctrlで飛ばすと、既読・未読お構いなしですから。
 直列形式で形式周回するシステムであり、パズル的性格面でのゲーム性は低いと思いますし、記憶を消すを選ばない限りは仕切り直しができません。ですからPrismaticallization(=P17n)とは似ているようでいて別物かと思います。選択肢の選び方によってその後の行動(展開)が変わるというよりは、次の周回の内容が変化する(ことがある)場合が多いあたりは似ていると思いますが、能動的に『解く』ことをPLに投げかけているP17nとは異なり、何を選んだところで収束点に向かって次のシーンのどれかが配置されるあたり、明らかに異なると思います。もちろん通常の選択肢よろしく、選択がすぐさま直後の展開に影響することも多いですし。
 どちらかと言えば『歌月十夜』に似ているのかもしれませんが、なんにしても、出現する選択肢を適当に選んでいれば進行し、システム的には一方通行的にどこかには辿り着きますから、物語を楽しむ方向性でシステムを強化した形式かと思います。ただし全てのシーンとCGを回収、あるいは最低でもトゥルーEDを見ようと思うならば、それなりに選択肢を組み合わせなければなりませんが……。

 トゥルーエンド『リフレーン』に関して。以下隠蔽。
 おそらく『リフレーン』がトゥルーED扱いだと思いますが、実際問題として五樹の言うようなことが可能かどうかを別にすれば、こういう終わり方は好きです。でも結局これって、あの終わり方からすると『五樹=健昭』で『蔵女=朱音』としてやり直しているような気がするのですが、もしそうならば自ら閉じた系を生み出してしまっていることにならないのでしょうか。朱音の、樹里の狂気の原因はこのあたりにあるということなのでしょうか。良くわからないので、そのうちあちこち巡回してみようと思います。

 『腐り姫』、楽しませてもらいました。久しぶりに萌え抜きで堪能した作品です。まあ最後の方だけは、ちょっとだけ蔵女萌えっぽい気もしなくはなかったりしますが、そうは言っても『萌え〜』と叫ぶような作品ではないですね、やはり。あくまでも私としてはですが。

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☆☆☆ 2002/2/5(火) ☆☆☆

 『人形師の夜 (6)』(橘裕・白泉社)購入。良い。

 KISAさんからのご指摘の通りで、『名詞+する』と書いてしまうとなんだか『動詞化できてしまう気がする、正しくない曖昧日本語表現』をした私の間違いです。が、LIFO則を踏まえた用法である点はだいじょーぶです。なので、沈めば沈むほど、上に積まれるゲームが多くなればなるほど、処理される確率は天文学的に低くなるんですよね(笑)。
 ちなみにこの考え方を容認した場合、私はゲームを積んでおける箱を4つ所持していると考えます。1つ目は、買ったゲームの汎用的な保管箱であり、未開封状態のゲームが放置(笑)されている場所です。いわゆる積ゲーとは、個人的にはこれのことを示します。運良くこの状態から処理されたゲームは、開封されてインストールされ、スタンバイ状態へと移行します。このスタンバイ状態のゲームの保管箱が2つ目です。ここでもLIFO則が働きますので、新たにスタンバイ状態のゲームが増えると、それ以前のゲームは処理が後に回されるわけです。そうは言っても1つ目の箱の積ゲーよりは数が少ない上に、ここに積まれたゲームはそれなりの確率で処理されていくため、運がよければ陽の目を見ます。それと比べて1つ目の箱の場合、上に2個も積まれよう物ならばもはや、陽の目を見ることはないと考えた方がいいでしょう。
 3つ目と4つ目の箱は、プレイ中のゲームが入る箱です。違いは、3つ目の箱にはプレイを開始したゲームを積んで入れるため、ここには多量のゲームが積まれます。ここには時間をかけてプレイしても良い、至急性のない(言い換えれば求心力の低い)ゲームが積まれていくことになります。大抵の場合、ここに積まれたゲームはシナリオの1つや2つは終了していますが、そのまま底の方に沈んでしまうと、未コンプリートに終わることが多いです。ただし特例として、まれに強権が発動されて処理順を無視したサルベージが行われることもないわけではありません。その場合には4つ目の箱に移行することになります。この箱も原則的にはLIFO則に支配されていますから、またーりと上から順に処理されるのを待つ(あるいはそのまま朽ち果てていく)か、まれに先に書いたような特例で、飛び級で4つ目の箱に移されるのを待つことになります。
 4つ目の箱には、原則として1つのゲームしか入りません。これは至急性を要する(求心力の高い)ゲームが入る箱であり、速やかに処理されます。処理が終わると新しいゲームがこの箱に入れられますが、それは必ずしもその時点での3つ目の箱の一番上のゲームであるとは限りません。どちらかというと、新作であることが多いです。この箱自体には1つのゲームしか入りませんからLIFO則は無関係ですが、代わりに、ゲームをプレイしてみた結果如何によっては降格される(3つ目の箱に戻して積み直す)場合があります。
 完全に処理の終了したゲームは、そのゲームをプレイしたという履歴を残して箱から削除されますが、状況に応じていつでも再プレイされます。この再プレイに関しては、これら4つの箱の積ゲーおよびそこに働くLIFO則とは無関係に行われます。
 もちろんこれらのこととは全く別に、アンインストールされてエイエソ逝きになるゲームも当然ながら存在します。
 ……というようなことを意識的に行っているわけではありませんが、おそらくそれに近いことを無意識に行っていると自分では思っています。各箱間にはそれなりのエネルギー準位が設定されているため、相当量の活性化エネルギーが要求されます。大抵の場合には『萌え力』でクリアされますが、触媒作用(皆様からの興味深い推奨や、世間一般の評判など)によってクリアされることも多いです。

 『ねがぽじ』(ACTIVE)の話。まずはしのぶさんへ。このこと了解です。余計な反応をしてしまったようで申し訳なく思います。読みが甘かったです。
 で、確かに結局のところ『ねがぽじ』は、『まひるありき』にして『まひるが全て』な作品だと思います。物語があってまひる(たち)が居るのではなく、まひるという個性が描かれていることによって当然のようにそこには物語が生まれているということを感じました。どこまでも、徹底的に、まひるを描くことによって成立する、まひるが生み出す物語が『ねがぽじ』であるのかなぁ……と。てゆーか、物語を感じるというのが正しいのかなぁ。そしてこの場合、物語の有無自体は全く問題ではなく、その主体たるまひるが居ればそれで充分だというか……。
 それと私にとっては、『ねがぽじ with ねがぽじファンディスク』みたいなものでして、一連の流れの中で連続してプレイしています。ファンディスクの発売に間に合うように、それはもう一生懸命にねがぽじ本体をプレイしましたから(笑)。ですからことさら『ねがぽじファンディスク』単体を取り上げることを意識しなかったわけですが、プレイ終了していますのでだいじょーぶですー。
 とは言えそういう問題ではなく、これはそのことを明言しなかった私のミスです。そしてわざわざのお心遣い、ありがとうございます。
 それでですが、しのぶさんの仰る通りで、まひる全開というかなんというか(笑)。これはどちらかというと『まひるファンディスク』というべきですね。少なくとも私は、まひるの入浴シーンに関して、これのどこがどーゆー風に男なのかと小1時間は問い詰めたい(爆)。

 自分で買いに行く暇がなさそうなので、メッセ通販で『腐り姫』(LIARSOFT)を申し込みました。メッセは申し込みのタイミングがシビアな上に、入金期間もシビアではありますが、サラリーマンの強い味方『ATMによる窓口業務時間外の銀行振込』が可能なのが良いです。19:00までだったらなんとか、仕事を終えて銀行に行けるので。……で、銀行のATMに辿り着いたのですが。

『現在、ATMによるUFJ銀行へのお振込みはご利用になれません。窓口へお申し付けください』

マジですか〜〜!? てゆーか、つかえねーよ、東邦銀行(笑)。あとUFJ銀行も(爆)。

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☆☆☆ 2002/2/3(日) ☆☆☆

 まずはうっちーさん、お誕生日おめでとうございます。……私の誕生日も二月なのですが、実のところそれ故に個人的には、二月は毎年のように『虚しさ倍増キャンペーン月間』だったりしますが(爆)。
 イリヤに関してはしばらくお待ちを。イリヤに限ったことではなく、小説ってどうしても(心理的に)読めない時期があって、ここ最近はほとんど何も読んでなかったのですが、次に読むのはイリヤにします。でも近日中という以外、いつになるかはちょっと謎。ちなみに一月に入ってから読んだのは、時間を潰さねばならない状況が発生した時に読んだ『missing (3)』だけだという話が……。はい、十冊以上積まれています。ぶ厚いのも、何冊か込みで(爆)。

 愛も変わらず(って誤変換がなんだか気に入ってしまった)『ねがぽじ』(ACTIVE)の話。しのぶさんからの反応があって、非常に嬉しい今現在の心境。で、この機に便乗して私の感じ方を。他人のコメントを踏み台にしないと物を書けないというのは恥ずかしいことですが……。不愉快に思われたならすみません。
 しのぶさんは『“まひるを中心にして香澄や美奈萌や透がいる”というよりも“香澄や美奈萌や透の環の中にまひるがいる”と言った方がしっくり来るように感じます』あるいは『例えば“まひるから見た香澄”ではなくて“香澄からみたまひる”だと思うのです』とコメントされています。これに関しては、私もそんな風に思います。ただしここで言う『まひるを中心にして』というキーワードに関しては、幾つかの受け取り方があると思います。まひるを主役、あるいはPCとして考えるかどうかという意味での『中心』であるならば、しのぶさんのコメント通りだと思うのですが、物語の『場の中心』(PLの立ち位置ではなく、何処・あるいは誰を中心として物語の流れが生じているかということ)がどこにあるのかという意味で捉えた場合、私にとってはやはり『まひるを中心にして』成立していると思っています。そしてその場合において、PLはその中心にはいません。まひるという太陽に求心力を求めて巡る惑星のような存在が透であり、香澄であり、美奈萌であり(あるいは小鈴であり)、そしてPLであると思っています。同じ輪の中に皆がいて、まひるもいる。確かにそうなのですけれど、それでもまひるという太陽を抜きにしては成立しない恒星系だと思うのです。そして一旦成立してしまえば、まひるも、他の皆も、PLも、全部ひっくるめてひとつの輪の中にあるのではないかと思います。PL自身が、その輪の中心に立つことは決してないという事実を踏まえて。ですから、まひるを巡る惑星の立場からまひるという太陽を見つめるという点において、PLの立場は透や香澄と同等であって、故に彼らの視点を共有する形でまひるを見つめるという代入が成立するのではないかと思います。
 ですから再度しのぶさんの記述を引用させていただくと、『香澄や美奈萌や透の視点を通して、まひるという女の子に繰り返し出会い、彼女がどんなに素敵な―ほとんど天使と言っても過言ではない―女の子であるかを繰り返し確認するのです』に関してはその通りだと思います。ただその時その時の物語における視点は彼ら(透や香澄たち)の上にあるのですけれど、作品全体を通して纏めてみると、彼らの視点という様々な切り口を通して(それこそ切り口は無限大に存在する)まひるという同じ主体を語ると同時に、PL自体はその場には存在してはいないけれど、彼らと同じようにまひるを受け入れた者たちの一人としてのクラスメート、すなわち彼らの輪の中の一人という、実際には作中には存在しない仮想の人物とも言える位置にあるのではないかと感じました。
 そう考えたとき、ふと思い出すことがありました。『ねがぽじ』は、作中には存在しないけれども、まひるを受け入れた『仮想のクラスメート』としてPLを位置付け、主体としてまひるを描いた物語だと考えると、これと同様に作中には存在しない『仮想の家族の一員』としてPLを位置付け、主体として高屋敷家という家族を描いた物語『家族計画』(D.O.)と似たものを感じさせられます。主体として描かれているものは全く違いますけれども。そう考えたとき、面白いタイミングでこの二作品をプレイしたものだと思いました。

 なんだか、今日もまたしても暴走風味?

 そうそう、まほさろさんの注目ゲーム(購入決定済)の中の『ONE2 〜永遠の約束〜』(Base Son)に関して。やけに『ネタとして!』という部分を強調されていますが、『ONE2』を購入・プレイするのがそんなに恥ずかしいですか?(爆) いや、マジで。確かに『あの作品』の続編という前提自体がトンデモではありますが、どうせそういう意味からすれば、作品の出来不出来の如何によらず純然たる後継作品でなど有り得ないわけですし、それは誰もが良く知っていて期待などしていないであろうことは周知の事実ですから、そこまで構えなくてもいいでしょう(笑)。ちなみに私の場合、ONEの続編だからではなく、純粋に作品自体に興味があるので買いますよ(これは確定で、おそらく買いに行くのが面倒なので通販予約します)。それほど期待していないのも事実ではあります(すなわち、前評判の不明瞭な一般の作品と同レベルの扱い)が、興味を惹かれているのもまた事実ですから。……もっとも実際にプレイしたら、『こんな永遠』なんていらなかったんだ、とか叫んでそうな気もしますが(笑)。

 で、今月は積ゲー強化月間ということで(笑)。T3と僕夏、こと『TALK to TALK』(Clear)と『僕と、僕らの夏』(Light)のスタックに積みました。そして今現在プレイ開始したのはなぜか、『Hello Again』(ACTIVE)だったりします(笑)。さらに、相変わらず 転倒デモ 店頭デモに弱い私は、2/8発売予定の『腐り姫』(LIARSOFT)に転倒しましたので、これもスタックに積む予定。

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『以上』

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