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『2002/8月近況』
☆☆☆ 2002/8/19(月) ☆☆☆
◇夏休み◇
夏休みに入る前が慌しかったので、更新しないでいるうちに終わってしまいました。夏コミに参加された方々、オフでお会いすることの出来た方々、皆々様お疲れ様でした。楽しく過ごすことが出来ました。
夏コミ関連のオフ会などの様子は、各位(例えばこちら)の詳細なレポートに譲るとして割愛(笑)。
私は、9日まで仕事をした後に都合上一旦実家へ移動し、10日の午前中に上京してオフ会と夏コミ3日目に参加、その後に松本の友人の所へ遊びに行ってから帰省、日曜日までごろごろという生活でした。それ以上は特に書くこともないですかね。ゲームも全く出来ませんでした。
◇よろしくお伝えください◇
まほさろさんが、しのぶさん主宰のオフ会に行かれるとのことでしたので、しのぶさんによろしくお伝えくださいとお願いしたところ(ネタではなく、私的にはマジ)、よろしく伝わったようで(まほさろさんが、それをネタとして伝えた可能性もありますが)なによりです。もっとも、なんとなく意味不明な挨拶になってしまったのが、我ながら間抜けでしたが。
正直な所、web上で知り合った方々のうち、知り合ってから実際に会うまでの期間が短かったONE卒関係の方々を別にすると、それ以前の時点から(一方的に)知っていて心惹かれていたにも関わらずお会いすることが出来ずにいたお二方、雪駄さんとしのぶさんが、お会いしてみたいと思っていた方の双璧でしたので(雪駄さんとはお会いできました)、そういう想いもあっての『よろしくお伝えください』だったのですが、やはり自分でご挨拶する機会が持てればなぁと思ったり。
ちなみに『ONE卒以前から』と『雪駄さんとしのぶさん』というキーワードから簡単にわかると思いますが、私がONEのレビューを求めてwebを歩いた結果抱いた憧れのようなもの、というので正解です。
◇サンデーサイレンス◇
蹄葉炎の報道に、かなりショック。結局の所、もはやサンデーが好きとか嫌いとかの次元じゃなくて、サンデーの存在感はそれほどのものだったことを改めて認識させられました。もっとも、こうなる可能性は考えていましたが、改めて現実を突きつけられたことによる衝撃の大きさに動揺した風味。
◇とらいあんぐるハート・2(DVD EDITION)◇ 【進捗その他】
現在、以下の順番で終了しています。
リスティ → ゆうひ → 薫 → 十六夜 → 瞳 → 知佳 → 真雪 → ななか → みなみ、まで。
jesちんからは『人外萌え』とか言われていますが(笑)、そういう意味でも十六夜さんは最初から警戒していたのですが、やっぱり(お話が)好きですね。あと、キャラ的にはゆうひです。
十六夜さん(シナリオ)に関しては、IDさんから教えていただいた、とあるSSを読んで、IDさん・雪駄さんと少し話をしたのですが、結局私にとっての十六夜さんシナリオ(だけ)は、とらハ2帰属(=耕介にとってのヒロインのシナリオ)という分類ではなく、十六夜さんにとっての耕介シナリオなんだな、ということを再認識。そういう意味ではやはり、このシナリオは路線違いなんだと思われます。そして私は、そういう話が好きなものだから仕方がないわけで。
隠蔽した隠れキャラに関して。つい先日『あんなこと』を近況に書いたばかりだというのに、こういうことをされると嬉しくなってしまいます。そういうわけで、私のとらハ2評価は急上昇しました。シリーズ物として、非常に満足感を感じます。ただこれが、当初から意図的に構成されたものであったなら素晴らしかったのですが、IDさん曰く『後付け設定がとらハは多いです』とのことで、少し残念。とは言え、後付けかどうかは瑣末なことで、シリーズ続編として出す以上はやるべきことをやってくれた(設定の読み替えであったとしても)点を評価したいです。前回書いた『PLの関与していない系における、作中キャラの生活感』が、別な形でうまく感じられたと思いました。
なお残りの美緒と愛に関しては、一息入れて(他のゲームを遊んで)からの予定で、しばらく小休止です。見たいものは、あらかた見てしまった感がありますので。
◇ほしのこえ・小説版◇
複雑な心境。結末を読んで、安堵したのもまた事実。それは多分、嬉しいことなんだと思います。でも……知りたくなかった、いや、知る必要のなかったことだと思いました。故に知ってしまった結末に安堵を覚えた自分が少し嫌い。物語自体には組み込まれたくなかった内容です。設定として、それを明かすか隠すかとはまた別次元のお話。
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☆☆☆ 2002/8/1(木) ☆☆☆
◇バリウム◇
明日は、年1回の成人病検診です。バリウム飲んできます。
◇とらいあんぐるハート・1 / 2(DVD EDITION)◇ 【プレイ雑感】
とらハ1を終わって、とらハ2を少しプレイしました。kasumisan#を突発的に始めてしまったので一時中断していますが、取り敢えず1部を薫で終了し、2部を薫〜ゆうひメインで夏くらいまでプレイしたところです。従って、まだクリアどころか個別ルートにすら入っていません。しかし現時点で感じることがあったので、現時点での印象を優先して取り敢えず雑感を記述してみます。今も書いたように未クリアですから、実際には間違ったことを書いてしまっているかもしれませんが、その場合には御容赦を。
この種の多くのギャルゲーでは、プレーヤーキャラクター(PC)が何らかの直接的な関与を行っている時にだけ、ヒロイン(を取り巻く世界の時間)が生きて動いているという感じを受けます。そして逆に、PCが関与していない系(PCを通して直接観察していない系)では、世界が停滞しているというか、ヒロインが生きていないというか、そんな風な印象を強く受けます。PCの存在と行動がイベントスイッチになって、自動的に活動を開始し、また停止する自動人形と言い換えてもいいのかもしれません。あるいは、PCというギアを入れ換えることによって駆動し、あるいは停止する複数並行した動力伝達系(個々のヒロインを取り巻く世界)とでも言えばよいでしょうか。
その点とらハ2では、ヒロインそれぞれを取り巻く世界に動的な流れを強く感じさせられます。それは、さざなみ寮という舞台設定によって上手く演出されているのだろうと思います。
とらハ1の場合、都築さんが好き勝手をやる上で、学園という舞台設定は微妙に中途半端だった様に思えました。学園という足枷さえなければ、いっそ思い切りはじけてしまった作品ということで気にならなかったであろうものが、学園という最低限の括りをしてしまったことで、妙にイロモノ的に見えてしまったことがあります。また生活空間そのものを学園に設定したことで、上記の様にヒロインを取り巻く時間の流れに微妙な停滞感が発生してしまったこともあります。これは特に、イベントを進行させない限り後日でも同じ内容のイベントを見ることができるシステムになっている点(例えば、いづみの鉄棒修練とか)によって、強く補強されてしまっています。しかも学園という空間は、学年や所属が異なり、かつ交友関係の限定されるヒロイン同士の遭遇頻度を考えると、充分すぎるくらいに広すぎると思いました。これは何もとらハ1に限ったことではなく、多くのこの手のギャルゲーの抱える欠点でもあり、その点からするととらハ1は、まだしもヒロイン同士の横の連携が強い分だけ、好感が持てるとは思います。
その点でとらハ2は、日常生活基盤を寮というある種の限定された広さを持つ空間に設定することで、登場ヒロインの数に見合った尺の広さの舞台を設定することができ、ヒロイン同士の遭遇頻度を上げるための高い密度を得ることができた様に思います。また、社会的生活基盤(ヒロインそれぞれで異なる学園や修学段階、職業や部活動)を寮外に置くことによって、寮に不在時のヒロインの時間の流れと生活感が、その活動行為を連想させることによって感じられること、また社会基盤が異なるにも関わらずそれを寮外に設定することにより、寮という日常生活空間において異なる社会的立場のキャラが混在できること、それらのキャラクターが寮という共通の生活基盤で結び付くことによって、PC不在の環境下での横の連携が強く意識できること、そういった部分のバランスが上手く取れていると思いました。
そういう意味でとらハ1は、学園と言う『日常基盤=社会基盤』を最小公倍数的尺度としてその中で好き勝手やろうとしたところ、好き勝手をやるには学園という舞台は狭く、しかしヒロイン同士を連携させるには広すぎるという、『帯に短し襷に長し』的な状態だったのかなと思いました。その点とらハ2は、日常基盤というさざなみ寮のみを最大公約数的に設定し、社会基盤はあくまでも寮の外に置いての好き勝手が、上手く功を奏しているのではないかと思います。
◇Wing & Wind◇ 【補足】
しのぶさんの伏字部分への反応が、嬉しかったりします。
ただ先日の記述の仕方だと、表現的に誤解を招いているかもしれませんので、微妙に補足。
作中で、具体的に『紗夜さんの、前の男性』の話があるわけではありません。あくまでも、今の紗夜さんを見ていて、そして紗夜さんが初めてではないという事実から推測……というか、想いを馳せてのことです。従って、W2の内容を具体的に知らなくても問題はありませんし、実際伝わっているので問題はないと思いますが、念のためその旨記述しておきます。
で、ついでにもう少し、紗夜さんについて思うことを。
具体的な台詞回しとかは忘れてしまった事と、現時点で手元でデータの確認ができないので、あくまでも『こんな風な内容のことが書いてあった』あるいは『それを読んでこう感じた』ことをメインに進めていきます。
紗夜さんは、およそ600年生きてきたわけですが、その間には多くの辛いことに逢ってきたはずです。特に最初の数十年は座敷牢に幽閉されたりしていますし、人間というものに対して絶望的な感情を持ってしまったとしても不思議はなかったかもしれません。また自分自身は歳をとることも死ぬこともないわけですから、誰かと心を通わせあったとしても取り残される別れが待っています。だから他人と係わり合いを持つことに絶望してしまっても不思議はなかったかもしれません。けれども紗夜さんは、そうはなりませんでした。たとえその先にどんなことが待っていようとも、他人と関わること、誰かを愛し心を通わせ合うことに絶望せず、そしていつかは時の輪の中に戻れることを信じて、後ろを振り返らずに未来を見続けながら、この600年を生きてきました。そしてきっぱりと言います。辛いことも沢山あったけれど、それ以上に楽しいことがあったと。そしてこれからもそうに決まっていると。頑張って前を向いて生き続けているからこそ、受け止めることのできるものがあるのだと。だから私は、そんな紗夜さんにメロメロなのです。
そして、そんな風に生きてきた紗夜さんと、過去に心を通わせあってきた男性たちの存在に思いを馳せるとき、そんな紗夜さんと想い想われたことに羨ましさを感じると共に、そんな彼らの存在が支えになってこそ、今ここでこうして笑っている紗夜さんがあるのだと思うと、感慨深いものを感じずにはいられないのです。
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『以上』
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