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『2004/03月近況』
☆☆☆ 2004/03/20(土) ☆☆☆
◇Remember11◇
『Remember11』(PS2、KID)プレイ開始。
トビリンさいこう。いや、マジで。……バカ女がなまじ高度な演算能力と豊富な知識を武器に、自らの我侭を通すとこうなるという、信じられないサンプル(ぉ。しかも何のかの言っても本当は弱い女性だから……などということが言い訳として成立しそうなために、なおのことトンデモナイ。こっちの邪魔と迷惑にさえならなければ何をしても良いから、知らないところでやって下さいよ。ホント。まぁ、極限状態に置かれて理性と尊厳を保ち続けろ、とは口が裂けてもいえませんが、いくらゲームだからって、そのトンデモナイ行動の結果、パーティー全体があぼーんな状態になれば、嫌でも憎しみが芽生えますって(爆)。最近では、Fateの慎二にも相当に腹が立ちましたが、慎二の場合はどう見ても、作品内でその行為に対する責任をとらされる(お仕置きを受ける)ことが明白な立居振舞だったので、放って置いても自滅するか、そのうち直接対決することもあるだろうということで無視することで我慢も出来ましたが(笑)。
ただ、トビリンに限らず、こころんもアレですね。前半は結構気に入ってたのですが、結局のところは、バカ女と莫迦な女の宝具の撃ち合いということで(ぉぉぉ。
◇Remember11中間覚書◇
Remember11プレイ途中の推測覚書。大外れかもしれないし、多少は掠ってるかもしれないし。少なくともプレイ途中なわけですから、まだ見ぬ謎・まだ見ぬ情報もあるわけで。今現在、プレイしながら漠然と考えている核心部分周辺の推測ということになります。
以下、プレイ進捗度『ココロ編終了』まで。ネタバレ注意、念のため光学迷彩。E17のネタバレや特殊用語(【用語】表記)も含まれますので注意。
ココロ編エピローグから判断して、HAL18便乗客のうち行方不明者は、最終的に3名(こころ・鈴・聖司)。そして後日、腐乱死体として発見された身元の特定が出来ない遺体が3体。遺体の損傷具合と発見場所、避難小屋に残された痕跡から推測し、雪崩に巻き込まれたと仮定して、雪崩の発生した日時が2011/1/17の6:53であること。つまり、マイナス3プラス3=プラスマイナスゼロ、ではないのですよね。あくまでも、行方不明者が3名という事実、身元のわからない遺体が3体という事実、そこからの推測でしかない。(まぁ、BADENDの存在を見る限りにおいては、必ずしもノットイコールではなく、イコールではない可能性がある、ということになる) さてそうなると、こころたちが実際どうなって、今どうしているのかを確定することは出来ないわけです。誰も見ていないのだから。ということで、必殺【BW】の出番ということなのでしょうか。そもそも雪山という設定自体、当初から疑いを抱いていたのですが(例えば【RSD】による擬似表現とか)、エピローグで雪山(朱倉岳)ではなかったことを考えると、ある種の可能性はありますね。で、あの雪崩の起きる瞬間(避難小屋時間で1/17の6:53)までは少なくとも、BWの観測している避難小屋は、本物の避難小屋と偽の避難小屋の両天秤だったと思うわけです。本物の避難小屋なら2011、偽の避難小屋なら2012の1/17以降、になるのでしょうか。すなわちこうなります。こころ達が雪崩に巻き込まれ、3人が行方不明となり、ゆにだけが救助され、その後身元不明の遺体が3体見つかった後の世界が悟の世界(スフィア)。そしてその後、こころ達3人を救出するために、BW発現実験を行い、『こころ達3人の肉体が避難小屋で7日間を生き延び、かつ雪崩に巻き込まれずに済んだ世界を観測する』ことによって、その世界を固定化し、かつその『擬似的な雪山世界を後日再現する』ことにより、肉体を伴ったこころ達本体を擬似雪山に『召喚する』ことが、その目的だったのではないかと。そうすると、こころ達が雪山で時間を共にしたゆにが、避難小屋の場所を知っていてこころ達を導いたり、予言めいた言動を行ったり、未来の日付の新聞が雪山にあったり、ラジオやゆにの額の傷跡のことも説明がつきます。だって、全て『過去のもの』ですから。しかしBWにとってはそれは確認できない事項であり、同時に1/17の6:53における行動が制御できなければ、擬似世界であるはずの雪山は真の過去世界として観測され、こころ達は『史実通り』に雪崩に巻き込まれて遭難し、半年後に腐乱死体として発見されることになるわけです。ただこの段階では、スフィアそのものの役割や犬伏景子の役割など、未知の要因が多数存在しますので、上記の推測がどこまで当てはまるのかは全く不明ですけれど。つか、こんなものじゃない、まだまだ何かがあるはずだ(期待)。
うーむ、こういう推測は外れていると非常に恥ずかしいのですが、自己満足の為に考えを纏めておくのは楽しいことです。書くという行動が、一番考えを整理しやすいですし。
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☆☆☆ 2004/03/18(木) ☆☆☆
◇Fate/stay night◇
ということで表題の通り、ちまちまと『Fate/stay night』(Win、TYPE-MOON)進行中。先月末くらいから少しずつ進めてはいたのですが、作品自体が長いことと纏まったプレイ時間をとっていなかったこと、その他予期せぬ要因があって、当初の目標であった3/18(本日)までにはコンプリート出来ずに、凛まで終了という状態です。3/18が目標だったのは、『Remember11』(PS2、KID)プレイ予定のためです。
結局のところは、Fateプレイ開始当初から凛ばっかり見ていた立場として(ぉ、凛まで終わったので取り敢えず保留にしてRemember11に行っても良いかな、と思っています。と言うか、3/15(日)の時点で凛の序盤〜中盤までしか終わっていなかったので、実の所そのまま保留にするかとも考えたのですが、アーチャーの真名に気が付いてしまったので、心理的にここで中断できなくなってしまったので、平日に無理して3/18までに凛を終わらせた、というのが正しいのですが。
アーチャーの真名に関しては、気が付いたのが八日目夕方(一成の件で凛に電話をするシーン)になってからだったので、もう少し早く気が付いても良かったと少し残念。でもこの設定自体は『うむ!』という感じで、凛が一世一代の大ポカ(と本人は思っている)でセイバーの召喚を逃している以上、引き当てるべくして引き当てる最強のカードがこれ以外あってはなるものか、という感じで非常に良し、です。満足。
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☆☆☆ 2004/03/15(月) ☆☆☆
◇ぷち復活◇
9ヶ月放置状態からのぷち復活(継続できないと思われるため)、ということでお久しぶりです。取り敢えず今回の趣旨は、生存報告ということになるかと思います。
実のところ、このまま更新しないで消失するとか、或いは何気に1年振りの日付でこっそり復活するとかそんなことも考えたのですが、身辺で起きた一件がきっかけで、取り敢えず生存報告だけはしておこうと思いました。こういう事がきっかけになるというのも情けない話ですが、色々と考えさせられたので。
何があったかに関しては、KISAさんの日記(この辺とかこの辺など)を参照していただいた方が判り易いと思いますので割愛します。それに今更、私の口から不特定 多数 少数に向けて発することでもないと思いますので。
ただ、そんなこともあってか、一応なんとかやっております、とだけはこの場でお伝えします。
◇灰羽連盟◇
取り敢えず、TV放映版全13話を完走しました。それ以外(アニメを鑑賞して得られる以外)の情報は、本やWEBなどを含めて一切取得していませんので、以下の文章はアニメを(一回だけ)観て私がこう感じた……という以上の何物でもありませんし、実際にたいした事を書いているわけでもありませんので、そういう前提でお付き合い下さい。(ただし繰り返して観る予定)
そんなわけで、目の肥えた方には色々と映って見えたのかもしれませんが、個人的には非常に満足で、最終話のレキ(の想い)がほとんど全てということになります。(あとは、ラッカの台詞) そして実際問題として、客観評価をするならやや評価を下げることになるのかもしれませんが、主観評価としては『A+』といったところですし、私はレビュアーではありませんので、他人がどう見るかは気にはなりますが、それで内部評価が下がることはないですし、厳しく評価するつもりもありません。ピンポイントでツボを押されてしまいました。この作品は所有欲を刺激されるレベルで、かつ正当な対価を支払っても良いと感じられましたので、DVD(全5巻)とサントラを購入しました。ただしこの所有欲は見方を変えれば、どうしようもなく内部ポテンシャルが低下したときのエネルギー源として活用したいから手元に置いておきたいとでも言うような、ある種危険な領域の所有欲と言える気がしないでもないです。
内容に関しては、あの最後が安直な救済と見る向きもあるでしょうが、私はあれで良いと思っています。レキは、ただ、気付きさえすればよかった。自分に差し出されている、その手に。それを、呼びさえすればよかった。ただそれだけのことであり、故にあの最後は必然で、それが安直に見えるとしても、『その安直に見えることでさえ、レキにとってはどれほどのことであったのか』に帰結するかと思われます。ただ一言、『助けて』と叫ぶこと。ただそれだけのことすら出来なかったからこそ、レキは一度は自分を捨てたのであり、もう一度機会を与えられてすら、あそこまで追い込まれてしまった。それがどんなに簡単なことに見えたとしても、それが出来ないからこそ、です。だから最終話に関しては、『レキが助けを呼ぶことができたこと』、それが全てであって、そのあとレキがラッカに助けられ、良き灰羽として巣立つことが出来たことは、必然であり、そこから逆説的にある意味どうでも良いこととも言える気がします。
ただここで重要なことは、レキは確かにラッカが差し出した手に気付くことが出来、ラッカを信じることが出来たからこそ助けを呼ぶことが出来、救済されたわけですが、それは無償・無条件で差し伸べられた手だったわけではなく、正にレキ自身の優しさ故だったということ、その一点かと思います。作中のモノローグとして話師が語る通り、確かに事の始まりとしてレキがどのような想いで行動を始めたのかはともかくとして、それがレキという人物の本質となったこと、すなわち本物となったこと。それが全てであり、結果、自らを助けることとなった。だからそれは、どんなに安直に見えても、奇跡のように見えても、そうではないと私は思うわけです。そしてその想いは、レキからラッカへと受け継がれました。そのことが、嬉しく思えるのです。
というわけで、(今の段階では)私は自分を捨てようとは思いませんから、そういう意味ではレキとは致命的に違うわけですが、それ以外の点において非常に感情移入できる部分が多く、だからこそレキが救われたことを嬉しく思うわけですが、同時にそんな作品を外から取り込むことで自身のバランスを保っているのだろうか、そうすることで自身の安定を保持し続けているのだろうか、などと考えてしまったりもします。やはり私は『助けを呼ぶことの出来ないタイプのキャラ』が好みで、そのキャラが幸せになっていくようなお話を嗜好するようですね。この辺の所、ある種の危うさを感じなくもないですが、まだまだ何とかやっていけてるかなぁ、などとも思ったりはしますけれど。
余談そのいち。黒髪ロング年長者キャラの代表的な属性の一種なんでしょうかね(ぉ。>他人を信じることが怖くて、自分が無価値であることに耐えられなくて、助けを呼ぶことすら出来ずに抱え込む結果、情に篤く激しい気性を持ちながら、その実誰よりも弱く孤高を保とうとする、でも他人とは距離をおきながら、しかし決して他人から離れては生きていけないような寂しさを抱えるタイプ。
余談そのに。観始めた当初は、灰羽たちは皆、自ら命を絶った(心優しく傷つきやすい)子供たちなのかと思いましたが、そうでもないのかなと。もう少し定義を拡大して、天寿を全うしなかった(出来なかった)というところまでがその範疇に含まれるのかな、とか考えたりします。年少組などは、いわゆる幼児虐待の犠牲者とかだったり、ヒカリなんかは夜に交通事故にでもあったとか、そんな過去設定だったりするのかな、とか考えたりしています。
余談そのさん。過去を誰も知らない、本当の名前を誰も知らないあの街の姿。WEBの自分をふと思い返してみたりとか。
余談そのよん。そんなわけで、感情移入してしまうレキはまた別次元の話として、それ以外のキャラではやはりラッカ。というか、レキに感情移入しながら観ていれば当然かとも思われますけど。そんなわけで、ラッカの台詞『私が、レキを救う、鳥になるんだ』が好きです。
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『以上』
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