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『あゆの3つのお願い』

 あゆの3つのお願いについて、少し思うことを書いてみます。

 あゆシナリオにおける感動的なシーン、あるいは印象的な台詞は何か?という問いかけに対して、一般的には別れのシーンでのあゆの最後のお願い 「…ボクのこと、忘れてください…」 がよく挙げられますね。確かにこの台詞は、あゆが自分の想いを偽ってまでも祐一の幸せを思えばこそのものであって、本当はあゆの本心からのものではないことがわかるからこそプレーヤーの胸を打ちます。私の場合、あゆが最後のお願いとしてこの台詞を言うであろうことが予測できてしまったので、むしろその後に続くあゆの台詞 「ボク…もうお願いなんてないもんっ」 の方が、より破壊的な威力を持っていましたが…。
 もちろんあゆにとっては3つ目のお願いが本当に存在しないわけではなくて、それはたとえ望んだとしても叶うことのないお願いだからこそ、そのあまりにも強すぎる想いの前では、もうこれ以上は何も望むことなどない…という、あゆの心の哀しさが見え隠れするように思うのです。そして…祐一と2人、共に未来を歩いて行くことができないのならば、自分のことは忘れて欲しい、と…。
 祐一の望みは『あゆと2人で幸せになること』であり、あゆの望みもまた『祐一と2人で幸せになること』です。しかしそれは叶うことのない望みであり、2人が共有する幸せな未来が存在しないのであれば、あゆにとってはもう…祐一の幸せだけが全てということになります。けれども祐一があゆとの未来を望む限り、祐一に本当の幸せが訪れることはありません。だから 「忘れて下さい…」 なのでしょう。あゆは自分のことを忘れてもらいたいからではなく、祐一に幸せになって欲しいから、本当は忘れて欲しくないけれど、祐一が幸せになるためにはあゆに関する思い出が邪魔になるから…だから『忘れて欲しい』と叫んでいます。あゆのその悲痛な想いがプレーヤーの心に届くからこそ…この台詞が感動的であり、このシーンに人気が集まる理由になるのでしょう。

 しかしこの場面と台詞は…確かにこれほど衝撃的であるために強烈に印象に残り易いのですが、あゆシナリオを再度見直しているうちに…ふと気が付いたのです。最後に残された3つ目のお願いがあまりにも印象的だったために、この最後のお願いばかりが注目されがちで、その陰に隠れて印象が薄くなってしまっていますが、本当に注目すべきは何だったのかということです。
 それは…さりげなく過ぎ去ってしまう1つのシーン、つまり『あゆの最初のお願い』の場面です。回想シーンにおけるあゆの最初のお願いは次のようなものでした。

     「ボクのこと忘れないでください」

     「冬休みが終わって、自分の街に帰ってしまっても、
      時々でいいですから、ボクのことを思い出してください」

     「そして…ああ、そういえば雪の街で変な女の子に会ったなぁって、
      それだけでもいいですから忘れないでください」

     「それが、ボクのひとつめのお願いです…」


 そしてそれに対して、祐一は答えます。

     「言っただろ? 俺にできることだったら、何でも叶えるって」

     「約束する。俺はあゆのことを忘れないし、絶対にこの街に帰ってくる」


 …そうです。全てはこの最初の約束から始って、そしてこの最初の約束へと回帰して行きます。あゆが一番最初に願った願い、あゆの本当の願い、そして…全ての願い。

     「ボクのこと忘れないでください」

 最初の願いと最後の願いは対称になっているのではなく、 「忘れてください…」 は 「忘れないでください」 という想いを言い換えたことであって、あゆの願いは最初も最後もなくて始めから 「忘れないでください」 だったのではなかったかと思うのです。考えてもみてください。先程も書きましたが、別れのシーンでのあゆは 「ボク…もうお願いなんてないもんっ」 とまで言い切っています。また7年前のあの日、あゆは 「ボクは、ふたつ叶えてもらったから、充分だよ」 と言っています。もちろん他にもお願いがなかったとは言いきれませんが、あゆにとって大切なことは一番最初に願ったこと 「ボクのこと忘れないでください」 であって、それ以外の願い事などは本当に些細なことだったのかもしれません。そしてあゆのその想いは…7年経った今でも変わっていないのだと思います。
 叶えられる数もその内容も限られた『願いごと』だからこそ、真っ先に一番大切なことをお願いしたあゆ。そしてそれは、あゆシナリオにおいて『全て』とも言えるほど重要なお願いでした。
 あゆが祐一に対して 「忘れてください…」 という最後のお願いを伝えた『あゆシナリオ』においてのみ、祐一はあゆに関する記憶を思い出の彼方へと追いやることなく正面から受けとめ、あゆが最後のお願いを祐一に伝えることのなかった『栞シナリオ』『名雪シナリオ』においては、あゆの思い出を記憶の彼方へと遠ざけてしまいました。
 だから…あゆシナリオにおける最後のお願いとは、最初のお願いへと回帰するものであって、全てはこの時点で約束されていたことだったのかもしれません。

     「ボクのこと忘れないでください」

     「約束する。俺はあゆのことを忘れないし、絶対にこの街に帰ってくる」


 『Kanonという作品』において、あの日から7年後の『今』の持つ役割とは、どのヒロインとの絆を確たるものとするかという『ゲームとしての機能』の1つに過ぎないのかもしれません。パラレルな『物語』として見た場合、未来の可能性(方向性)がすでにあの日に定まっていたとするならば…。あゆシナリオにおける奇跡はすでに、最初のお願いの時点で約束されていたことなのかもしれません。そしてその奇跡を未来へと運んできたのが、あの事故の日よりも以前に埋められた『タイムカプセル』だったのかもしれません。そう考えるとあゆと祐一の最初の願い事のシーンは、別れのシーンに匹敵する重みを持っているということが言えますね。

『以上』

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