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『あゆと祐一』
あゆの3つ目の願い…矛盾する2つの言葉。
「…ボクのこと、忘れてください…」
「もっと、祐一君と一緒にいたいよ…」
それはあゆシナリオにおいて最後の最後に描かれている、あゆの哀しいまでの想いです。でも本当は…7年前の『あの日』に、泣き崩れる祐一の腕の中に抱かれて、刹那…あゆが願った想いだったのではないでしょうか。
7年前のあの時、薄れていく意識の中であゆが望んだこと。本当は…いつまでもずっと祐一と一緒にいたいけれど、自分はこのまま死んでしまうのかもしれない。そう考えたとき、母親を失ったことで『残された者』の気持ちを痛いほど知ったあゆだから…だからこそ『忘れて欲しい』と願ったのではないでしょうか。なぜならば、祐一を悲しませたくはなかったから。もし自分の存在が失われていくのならば、祐一はきっと悲しむだろうから。
けれど…死にたくない。祐一に会えなくなるのは嫌だから。また祐一に会いたいから。そして今度こそ、ずっと祐一と一緒にいたいから…。だから本当は、忘れてなんか欲しくない。ずっと自分のことを覚えていて欲しい。そして…いつかこの雪の降る思い出の街に帰ってきて欲しい。元気にこの街で頑張っていれば、きっといつかまた祐一は会いに戻ってきてくれるから。だから…二度と祐一に会えなくなる、そんな哀しい現実なんて認めたくはない…。頑張って祐一を待ち続けている限り、たとえどんなに時間がかかったとしても、最後にはきっと祐一は会いに来てくれるから…。それが祐一との『約束』だから…。
祐一君が幸せでありますように。
だから…祐一君が心からそれを望んだとき、
祐一君のお願いをひとつだけ叶えてあげて下さい。
それがボクの最後のお願いです。
ボクにも祐一君との未来の可能性があるのなら、
ボクだって…祐一君とずっといつまでも一緒にいたいです。
でもきっとそれは、叶わないことだから…。
そしてボクが死んでしまったら、
きっと祐一君は、とても悲しむだろうから。
だから…ボクのことを忘れて欲しいです。
ボクのことを忘れて、他の誰かと幸せになって欲しいです。
でも本当はボクだって、祐一君と一緒にいたいです…。
忘れて欲しくなんかないです…。
だからもし祐一君と一緒にいることが、
そんな幸せな未来の可能性が、まだ残されているのなら…。
祐一君もそれを望んでくれるのなら…。
祐一君もボクのことを待ち続けてくれるのなら…。
ボクは祐一君と、ずっといつまでも一緒にいたいです…。
いつまでも…本当にいつまでも、祐一君と一緒にいたいです…。
それに対して祐一の方は、あゆは7年前のあの日の事故が元で死んでしまったと思っています。それは祐一の誤解であったわけですが、あるいはそうなるように、意図的に仕向けられたものだったのかもしれません。例えば祐一の両親の意志によって、幼い祐一の心をこれ以上傷つけないように真実が伏せられたのかもしれません。あゆにとっての最悪の事態こそ一時的には回避できたにせよ、容態の回復の見込みすら立たない当時の状況では(実際に意識が戻るまでに7年かかっているわけですから、妥当な診断結果だったのでしょう)、仮にこれから最悪の事態に至った場合を仮定してみると、祐一が真実を知っていた場合に受けるであろう精神的な打撃は想像もできません。一縷の可能性を見いだすことでかろうじて繋ぎ止められた幼い祐一の心は、その時こそ完全に崩壊しかねないと思うのです。
…何をどう考えてみたところで全ては推測にしかすぎませんが、隠された真実がどうであったにせよ、結果的には幼かった祐一はあゆのことを忘れることで、ようやく自分の本来の生活の中へと還ることができました。7年前の祐一にとっては、自分の心を守るためには『真実から目を背けること』『忘れてしまうこと』…それが精一杯だったのでしょうし、その気持ちは痛いほどによくわかります。そして幼い子供にそれ以上の精神的な強さを求めること自体が無理だと思います。
ただ…お話のテーマとして、祐一に対してどのような道を与えるかということとは全く話は別になります。それはあくまでも制作側におけるテーマの提示の問題であって、人の心の『弱さ』『脆さ』を描きながらも、同時に『強さ』『美しさ』を持って前を向きながら生きていくことがきっと可能であることを示そうとしている以上、祐一があゆシナリオ以外のお話で『真実から目を背けて逃げたまま生き続けること』は、正直に言って認めたくはないように思うからです。あゆに関する過去の精算なくして物語的な決着は語り得ないだろうと思います。
もちろんあゆシナリオ以外で受けた感動は純粋に好意を持って迎えることができますが、それとあゆに関する想いの精算とは話が異なるのです。個々のシナリオ内における各エピソードの感動の有無と、『Kanon』という作品全体として統合して解決すべき問題点とは話が異なるからです。従って、他の4人のヒロインたちのシナリオで受けた感動を否定するということではありません。ただし構造的にあゆシナリオ以外では、あゆに関する決着をつけるか、あゆの存在抜きに構築された物語でなければならないと思うのです。
それ故にあゆシナリオ以外でのあゆは…本当に7年前のあの日、祐一を待ち続ける純粋な想いだけをこの雪の降る街に残して、死んでしまったという事実が必要だったのではないかと思います。こう書くと誤解を招くかもしれませんので弁解しておきますが、私はあゆのことが大好きです。あゆが嫌いだからこんなことを書いているわけではありません。正直な気持ちを言えば、どんな形でもいいからあゆには生きていて欲しいと思いますし、だからこそあゆシナリオの最後では本気で泣けました。ただ…それはあくまでもあゆというキャラクターに対する感情論の問題であって、各シナリオにおける問題がどこから発生したのかという観点で考えてみた場合、未解決のままのあゆの存在と記憶が、あゆシナリオ以外での祐一の心の様相に対して大きく負の影響力を与えていると考えるからです。
麻枝さんの担当された舞と真琴シナリオに関しては、それでもあゆの存在自体を現在における共有コンポーネントにすぎないと見なして、7年前の事故の存在自体をパラレルな要素と考えることが可能ですが、久弥さんの担当されたあゆ・名雪・栞に関しては、明らかにあゆの存在自体が共通の過去として影を落としています。従って祐一との過去の思い出を共有しない栞シナリオに関しては、ラストの表現次第であゆを排除することも可能だとは思いますが、名雪シナリオに関しては、やはりあゆとの過去に正式な決着をつけるか、あゆの存在を排除した上での物語構造を取るべきだったと思うのです。
つまり、あゆが事故で死んでしまったか、助かったかの境界線において未来が確定するという意味です。実際には7年後の現在を舞台に私たちプレーヤーが物語の方向性を決定するわけですが、それ自体が既に予定調和として7年前に決定されていたという形で、あくまでも7年後の現在から見た『過去の改変もしくは決定』ではなく、7年前のあの日から今ここにある未来へとパラレルに時間軸が進むことによって成立する『過去の改変』ではない『パラレルな過去の存在』という形を取るべきだったと思うのです。だから…あゆは、死んでしまっていて、唯一あゆシナリオの場合のみ…そこには祐一の哀しい誤解が存在するという形での再会を描くのが良かったのではないかと思います。そうでなければ、全てを忘れてしまった祐一が許せないからです。7年間もの長い間、ずっと待ち続けたあゆがあまりにも可哀想だからです。
だから…あゆシナリオにおいては、7年前の幼かったあの日、これからを生きるために…、止めてしまった足を再び前に踏み出す力を一時的に得るために…、哀しみを振り切って前に歩き続けるために…、祐一は『あの日』のことを、それに正面から向き合うことのできる強さを身につけられるその日まで、待たせているだけなのだと…そう思いたいです。
7年前の祐一のおかれた状況に話を戻しますが、あゆの死という祐一の認識に関しては、それが誤解であったにせよ、あるいは上記の仮定のように本当にあゆが死んでしまっていたにせよ、幼い祐一はその『あゆの死』という受け入れがたい状況を前にして『こんな哀しい現実なんていらない』『こんなに哀しいのなら、いっそ全てを忘れたい』と願ったのだろうと思います。これ以上、哀しみで胸が潰れてしまわないように…。
夢見たことは幸せな未来。
いつかまた巡り来る再会の時。
叶えたかったのは、淡い初恋の想い。
でもその想いは、冬の空に舞い、白い雪に吸い込まれるように消えてしまいました。全ては失われてしまったのです。あの瞬間、全ての想いの行き場がなくなってしまったのです。
願った未来とその幸せを…現在と未来を共に見失ってしまった祐一。後に残されたのは、辛く哀しい過去の思い出と閉ざされた道だけでした。だから…閉ざされた道の代わりに未来へと続く哀しい1本の道を…心の痛みを避けて通る道を作り直すために、現実から逃げて…記憶をねじ曲げて、あゆの記憶を遠い日の幸せな初恋の思い出に変えました。それは切ないことかもしれませんが、美しい思い出に脚色されて、実らなかった淡い初恋の思い出として結果のみが符合する形に改竄され、その後に記憶の淵に封印されました。
おそらく誰の思い出の中にも、もう2度と会うことはない…けれど哀しみの記憶ではない、思い出の人がいるのではないかと思います。それは実際のところ、私たちの記憶の中で美化されているかもしれません。祐一の場合は記憶の改竄と言う形になりましたが、思い出を美化し、さらにその思い出すらをも忘却の彼方へと押しやることで、あの遠い日の祐一はやっともう一度、前に向かって歩き出すことができたんだと思います。
だから…ほんとうはあゆが生きているはずのあゆシナリオの場合においても、心を閉ざしてあゆのことを忘れようと願ったあの日の祐一にとっては、もはやどんな言葉でさえも、心には届かなかったのではないでしょうか。
『あゆはまだ、生きているよ…』
違う、あゆは死んでしまったんだ…。
ぼくの目の前で、死んでしまったんだ…。
…いやそれも違う、それは美しい初恋の思い出だよ…。
実らなかった…ぼくの初恋の思い出…。
大好きだった…雪の街で出会ったあの子…。
遠い…遠い街での、刹那の邂逅…。
そしてぼくたちは…それぞれの道へと還っていくんだ…。
決して交わることのない、それぞれの未来へと…。
刹那の出逢い。遠い遠い、雪の街での白と夕焼け色の思い出。ほんの一時過ごした白く霞む街での、淡雪のような記憶。そしてやがて思い出は色褪せて…遠い記憶の奥底へと沈んでいく…。本当の心の奥底の痛みから目を背けるために…。哀しい現実を思い出さないために…。
あゆシナリオ以外では、あゆが『本当に』死んでしまったとすることによって、祐一はその心の痛みから逃れる方法として過去に目を背け、記憶を書き換えるという哀しい選択を選んだと考えることもでき、その場合は納得できるように思います。それは…その時点では『逃げ』なのかもしれません。でも…7年前の冬の日、母親を失ったあゆの前に支えとなる祐一が現れたように、7年後の現在、哀しい思い出に彩られたこの街で祐一の心の支えとなる女性との出逢いが生まれ、そして…祐一の心の中の痛みと哀しい記憶はいつか…彼の中で昇華されるものと信じたいからです。
あゆを失った時点での幼い祐一は、その哀しみがあまりにも大きすぎてひとりで立つことなどできなかったのでしょう。けれど時は流れ…祐一の前には、あゆに代わって別な少女が現れました。人は…支えてくれる人がいれば、共に支えあえる人がいれば、たとえ心の痛みそれ自体は一生消えることはなかったとしても…それは哀しい色の思い出として生涯心に刻み込まれるものかもしれないけれど、そんな切ない邂逅の記憶を胸に抱きながらも新しい未来に生きることはできると思うのです。あゆが本当に死んでしまっていればこそ、祐一はいつか自分の本当の記憶と過去の痛みに正面から向き合ってくれると思いたいのです。いつかその辛さに耐えられるだけの強さを身につけたときに…。お互いに支えあえる、本当に大切な人を見つけたときに…。私はそう信じたいのです。そうでなければ…あゆがもし生きているのならば…祐一の行為は、認めたくはないからです。人は心の弱い生き物ですから、それを認めたくはないと言うのは傲慢な発言かもしれません。ただ…作品として世に生み出す以上、何らかのテーマを持って描くべきことは当然のことであって、『Kanon』の場合には『弱い心』を描くことが目的ではなく、『強くなれる心』を描くことが目的だと感じるからこその発言です。
だから…もしあゆシナリオ以外であゆが生きていて意識が戻っていたならば…、そしてもし祐一が、過去の心の痛みと対峙したならば…。そのときのふたりには、救いがないと思うのです。かと言って、祐一が心の痛みから一生目をそらし続け、正面から向き合うことがないのだとすれば…。
そこにもまた救いがないと感じられるからです。
『MOON.』のラスト間際に、由依と晴香の会話シーンがあります。ここには詳しくは書けませんが、はっきり言って泣けました。そしてあの会話に込められた想いは…『ONE』にも『Kanon』にも受け継がれていることだと思うのです。
だからきっと、今はまだそのときではないのかもしれませんが、祐一はいつか必ず心の奥底の痛みと正面から向き合ってくれると信じています。あゆに関する本当の記憶を…その痛みを…心の一部に受け入れてくれることを信じています。そう思うからこそ、それは哀しすぎることですが、あゆはあの日…死んでしまっていたという事実が必要だったのではないかと思うのです。
そしてそう思うからこそ、あゆシナリオの場合、祐一の誤解から生まれた間違った過去の記憶と対峙することで…他の4人のシナリオの場合とは異なり、そこには救いが生まれるのだと思うのです。哀しい過去の記憶と…痛いほどの真実と…哀しみと向き合うことによって。
祐一の前に現れた『羽根あゆ』とは、2人のあの日の想いと願い、そして今ここにいる2人の想いと願いが交錯して生まれた存在だったのではないでしょうか。祐一の願った姿…渡せなかったはずの赤いカチューシャをして会いに来るあゆ。元気で、明るくて、ちっちゃくて、可愛いくて、変な女の子で、思い出の中の女の子そのままのあゆ。でも…あの日の出来事を否定する、2人の哀しい想いが生み出したあゆ。その哀しいまでの想いが、あの日の2人の記憶を封じ込めているのだと思うのです。
あゆの捜し物…それはきっと、その2人の哀しい記憶と思い出のことでしょう。『幸せなときには、見つからなくてもいい』もの。でも…かけがえのない大切なもの。2人の共有する思い出。…それは幸せの欠片。本当は忘れ去ってしまうことなど許されない、切なく、哀しく、そして痛い、決して消えてしまうことのないほどに、心に深く刻み込まれた痕跡。
だからあゆは、あれほどまでに必死で探し求めるのでしょう。…祐一と再会してしまったから。哀しい記憶が今のあゆにはないからこそ、無意識のうちにどうしても思い出したくて…。祐一に自分のことを、思い出して欲しくて…。
捜し物が見つかったとき、あゆは祐一の前から消えていきます。(このシチュエーションは、あゆシナリオ以外の場合で生じるイベントですね) 自分は『本当の自分』ではない、『2人』の願った想いが生み出した幻であることに気づいてしまったから。自分という存在はすでにこの世界から失われてしまっているのだから。これ以上この世界には、居続けてはならない存在だから。その哀しい事実を、思い出してしまったから。そして、あゆシナリオ以外のルートが確定した時点で、そのときの祐一の想いは、祐一にとっての幸せな未来は、あゆと共にある道ではなくなってしまっているから…。祐一のあゆに対する想いが過去のものとして清算され、忘れることではなく向き合うことで、心の片隅に輝いていた大切な思い出として整理されようとしているから。あの遠い日、この街に残してきた初恋の少女『あゆ』への想いが今、淡雪のように溶けて消えてしまおうとしているから。それゆえに今ここに存在する『羽根あゆ』を、これ以上支え続けることが出来なくなってしまうから。だから…もはやあゆ自身の想いだけでは、この世界に留まり続けることはできないから…。違う道を歩き始めた祐一のこれからの幸せのために、最後に残されたたったひとつの『奇跡』を起こし、幻のあゆは消えていくのだと思います。
祐一君が幸せでありますように。
だから…祐一君が心からそれを望んだとき、
祐一君のお願いをひとつだけ叶えてあげて下さい。
それがボクの最後のお願いです。
ボクにも祐一君との未来の可能性があるのなら、
ボクだって…祐一君とずっといつまでも一緒にいたいです。
でもきっとそれは、叶わないことだから…。
そしてボクが死んでしまったら、
きっと祐一君は、とても悲しむだろうから。
だから…ボクのことを忘れて欲しいです。
ボクのことを忘れて、他の誰かと幸せになって欲しいです。
でも本当はボクだって、祐一君と一緒にいたいです…。
忘れて欲しくなんかないです…。
だからもし祐一君と一緒にいることが、
そんな幸せな未来の可能性が、まだ残されているのなら…。
祐一君もそれを望んでくれるのなら…。
祐一君もボクのことを待ち続けてくれるのなら…。
ボクは祐一君と、ずっといつまでも一緒にいたいです…。
いつまでも…本当にいつまでも、祐一君と一緒にいたいです…。
そして…祐一があゆと共にあることを願ったその時は…。
あの日願った未来。奇跡に導かれて再会し、哀しい別れと共に願った未来。2人の約束。
そして…再会の時…。望んでやまなかった未来…。
だから思うのです。あゆシナリオにおいては、あゆが生きていたことや、あゆの意識が戻ったことばかりが奇跡なのではなく…あの日の2人の想いが遂げられたこと、そのことこそが愛の奇跡だと…。
この雪の降る街で再会した女の子。
少しだけ変わった性格の…でも心惹かれた女の子。
今はもう遠いあの日と同じ気持ちに素直に還ることができた…
真っ白い思い出の中からそのまま抜け出してきたようなの女の子。
本当は会えるはずのない…記憶の中でだけ生き続けているはずの女の子。
あるはずのない再会…。
起こるはずのない奇跡…。
けれど…奇跡以外のなにものでもない邂逅…。
遠いあの日…既に起きていた一つの奇跡…。
だから…今はさよならだけど、永遠のさよならじゃない…。
いつかまた巡り合うその時を信じて…。
そう信じて…。
そして…。
『以上』
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