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『永遠の世界について思うこと』
What I feel about his eternal.
皆さんこんにちは。
この文章では、永遠の世界がなぜ今(=作中の時系列における、浩平の高校生活2年の冬)になって浩平を連れ去ったのか、なぜ永遠の世界へと消えた浩平が現実の世界へと帰ってこれたのかについて考えてみたいと思います。他の執筆者の方々の文章(注:『ONE卒業文集』内の他の方が執筆された原稿を指す)と比べてしまうと、とても考察や論文といえるものではありませんが、これを読まれた皆さんが永遠の世界について考えるのに、少しでも参考になれば良いなぁ……と思いながら、思うことを書き連ねてみたいと思います。
さて……永遠の世界がいつ生まれたのかですが、これに関しては次のように考えています。
父を、母を、そしてついにはみさおまでも失い、絶望に打ちひしがれた幼い日の浩平は、いつしか現実の世界を拒絶して永遠の世界で生きることを望みました。そのきっかけを与えたものが本当に、幼い頃の瑞佳の言葉だったのかどうかは定かではありませんし、もはやそれは本質的な問題ですらありません。ですが確かに浩平の中ではひとつの盟約が交わされ、その結果として永遠の世界は、あの日の浩平の中に生まれたのだと思います。
こうして幼い頃の浩平の中に永遠の世界が生まれましたが、それはまだ浩平自身を飲み込むほどに巨大なものではなく、またすぐには顕在化することもなく、時をかけてゆっくりと……ゆっくりと、浩平の中で成長し続けていきました。きたるべき目覚めの日を、そのためのきっかけを待ちながら……。そうして永遠の世界は、幼い頃のあの日からずっと浩平の心と共にあり続けていたのでしょう。
間違った考え方だとは思いますが、『それ』がいつか失われてしまうものならば、初めから持たなければ、『それ』を失うことによって起こる哀しみもありません。本当は、失うことでとても哀しくなるほどに大切でかけがえのない『何か』を手にすることができないことこそが、たとえようもない哀しみだと私は思うのですが……。(注:このあたりは、AIRに通じるものがあると思います) しかし少なくとも、幼い頃の浩平が望んだ永遠の世界とはまさにそのような、失うものなど初めから存在しない、あまりにも空虚で何もない世界でした。永遠に傍にいてくれる、決して失われることのない存在、『キミ』(みずか)と呼ばれる少女だけが共にある……。
ですから、全てを失って悲しみに暮れる浩平の心の中で永遠の世界は成長を続けましたが、浩平があの日を境にして一度は全てを失ってしまったからこそ今に至るまで、盟約の象徴である長森瑞佳という少女を媒介にして、永遠の世界と現実の世界は微妙な同調性を保ちながら、並行存在し続けることができたのではないでしょうか。浩平が本当の幸せに気がつくその日まで、この世界で生きていくことの哀しみと幸せの意味を知ることになるその日まで、永遠の世界は浩平の中で眠り続けたのではないでしょうか。
そして浩平が、成長した今の自分(の持つ価値観)にとっての本当の幸せに気がついたとき、すなわち絆のもう一方の端を握るたったひとりの運命の女の子が浩平の前に現れたとき、かつてみさおを失うことで生じた悲劇と同様の『哀しみを繰り返させない』ために、浩平の中の永遠の世界は浩平をこの世界から連れ去るべく……盟約を今こそ果たすべく、現実化したのではないでしょうか。いつか失われる可能性がある幸せというもの……それを手にすることは、すなわちそれこそが哀しみへと通じるものだからです。
ですから、今までずっと浩平の中で眠り続けていた永遠の世界が、なぜ今になって現実のものとなったのかという問いかけに対しては、『失うべきものを与えない』ために、永遠の世界へ連れ去ってしまうことで、それを手にしてしまった時にいつか迎える哀しみを未然に回避する力が働いた、と考えることができると思います。
もちろんこれにはある種の矛盾が存在します。すなわち、完全攻略条件を満たしている場合を考えればわかるように、その場合の浩平にとっての絆の相手とはすでに、かつてのみさおに匹敵するほどの『失うことで哀しむべき対象』へと変化しているということです。いつかくるであろう哀しみを未然に回避するために、今のふたりの世界を隔絶することによって引き起こされる哀しみとは、結局のところ同じもののはずだからです。それではなぜ、このようなことになってしまったのでしょうか。
そう考えたとき思い当たることがあります。それは浩平自身の価値観の変化です。心の成長や人生経験の蓄積に伴って浩平自身の価値観自体が変化し、かつて永遠の世界を願ったときのそれとは相容れないものとなってしまったからでしょう。永遠の世界とは、全てに絶望し、これ以上の哀しみなど存在しないと思い込んだ幼い日の浩平自身の願いから生まれた世界でした。そこにあるものは当時の浩平の価値観そのままであり、時の流れの閉塞したその世界においては、現実世界の浩平の価値観とは同調することなく、一切の変化を受け入れないままに、あの日の想いを守り続けてきました。従って永遠の世界の原理においては、今の浩平の持つ価値観との共有点はありません。しかしながら確かにそれは、かつて願ったことで生まれたもうひとつの世界であり、その世界を根底から支える価値観であることは確かなのです。
永遠の世界が(浩平にとって)現実化する、すなわち浩平をこの世界から連れ去ってしまう条件はただひとつ、それは浩平が『いつかは失われてしまう大切な何か』を手に入れようとする『そのこと自体』であると私は考えます。そしてそのことが引鉄となって、永遠の世界の持つ不可避の力が発動するのではないでしょうか。永遠の世界の存在自体はすでに、幼い頃の浩平の中に生み出されていました。そうしてひとたび生み出されてしまった以上、永遠の世界は浩平の中で発動待ちの状態で、常に存在し続けていたのだと思います。爆弾のスイッチはすでに入っていて、後は条件を満たすだけだったのです。
人生経験を多く積み重ねれば、色々なことを見、聞き、知り、学び、感じることができます。一度はこの世界で生きていくことに絶望しても、いつかはまた別な形での幸せを見つけ出すこともあるでしょう。浩平自身もまたそのような道を辿りながら、この十年間を過ごしてきたはずです。そう考えると、いつどんな形で引鉄が引かれるのかはわかりませんが、それでもいつかは必ずその日がやってくることになります。とは言え、みさおを失ったことで永遠の世界を生み出してしまうほどに、浩平がみさおに対して抱いていた想いはあまりにも大きなものでした。従って見方を変えれば、それに匹敵するほどに大きな幸せでなければ、永遠の世界が現実のものとなる条件としては充分とは言えないと考えることもできると思います。青臭い表現をするならば、みさおの変わりとして全身全霊をかけて愛するべき対象、それ程の存在が浩平の前に現れることが最適な条件であり、すなわちヒロインとの心の交流から生まれる愛情とそこにある本当の幸せこそが、浩平を永遠の世界へと連れ去る条件として見た場合に適切だったと言えるのは、あまりにも皮肉と言えば皮肉な話であると思います。従ってヒロイン(たち)との出会いこそが、今になっての永遠の世界の急激な拡大と加速の原因だったとも考えることができると思います。この場合、瑞佳に関しては、盟約の相手から恋愛の対象へという劇的な転換が大きく影響しているものと考えます。
さて……続いて、なぜ永遠の世界へと消えた浩平が現実の世界へと帰ってこれたのか、浩平が戻ってきたあとの永遠の世界はどうなってしまうのかについて、考えてみたいと思います。
まず、浩平が戻ってきたあとの永遠の世界について考えてみます。
浩平が現実の世界へと戻ってこれるかどうかに関しては、浩平自身の心の問題だと思います。そして、浩平が現実の世界へと戻ってきたら永遠の世界はどうなるか……ではなく、永遠の世界を終わらせる、すなわち全てを清算することができたからこそ、浩平は現実の世界へと戻ってこれたのだと考えます。ですから浩平が帰ってきた時点で、『その』永遠の世界は消滅していると私は思います。おそらく、少しでも永遠の世界に対する依存心や未練が残っていれば、現実の世界へ戻ってくることはできないと考えるからです。
ただし、この『かつて願って生まれた永遠の世界』は消えてなくなるかもしれませんが、もし望みさえすれば、新たな永遠の世界を生み出すことは可能なのかもしれません。そしておそらくその場合には、今度こそは浩平を現実の世界に繋ぎとめるものは何もなく、永遠の世界を強く望んだその瞬間にその世界へと飲み込まれ、この世界からその存在は消えてしまうのではないかと思います。その場合、その世界で浩平を待っている者が誰なのか、あるいはその世界には誰も存在しないのか、もはやそれは私には知りえないことですが……。
ですから浩平は、二度と永遠の世界を求めることなどないような、そんな強さと深い絆を手にすることができたと私は信じたいと思います。
なお『ONE』の世界では、永遠の世界は……常に、人の心に寄り沿うようにして存在し続けている、ありふれた世界なのかもしれません。ただ……その世界へと通じる扉を見つけてしまうかどうか、それを開けてしまうかどうか、それをくぐり抜けてしまうかどうか……それだけのことなのかもしれません。それは誰にでも起こりうること、そんなものなのかもしれません。
これはよく言われていることかもしれませんが、『永遠の世界への消滅』は『心(精神)の死』の象徴的、あるいは比喩的な表現にしか過ぎず、それゆえに現実事象に敢えてわざわざ置き換えて、物理的な消滅の是非を議論することはもはや些末なことであり、本質的な問題ではないのかもしれません。
次に、永遠の世界へと消えた浩平が、なぜ現実の世界へと帰ってこれたのかについて考えてみます。そのためにはまず、どうして浩平が一度は永遠の世界へと行かなければならなかったのかについて考えてみます。
さて……結果的に帰ってくる、あるいは帰ってこないのいずれに関わらず、浩平が必ず一度は永遠の世界へ消えてしまうことに関して、様々な意見が出ているようです。その中でも否定的と思える意見として、次のようなものがあるようです。
《結局浩平は消えていなくなる最後の瞬間まで、心の奥底では永遠の世界を求めていた》
確かにそう考えることも可能だと思います。しかしそうすると浩平が消えていなくなる直前の最後の4ヶ月間は、何のために存在したのでしょうか。そう考えた時、やはり私には、消えていなくなる瞬間の浩平はすでに永遠の世界を求めてはいなかったように思えます。
ヒロイン(たち)との絆を深め、確実なものとすることができた最後の4ヶ月間。それは永遠の世界を否定するための、最終決断の期間だったのではないでしょうか。自分にとっての本当の幸せとは何なのか、本当の幸せとはどこにあるものなのか……そのことに気がついたとき、もはや永遠の世界など必要のないことを、浩平はすでに知っていたはずだと思います。だからこそ浩平は、自分自身をこの現実の世界へと繋ぎとめるべく抵抗したように私には思えるのです。
しかし現実には、浩平は終幕間際に永遠の世界へと消えていきます。ささいな抵抗など無意味なように、強制的かつ絶対的な力によって、永遠の世界は浩平を現実の世界から消し去ってしまいます。そのことにはいったいどんな意味があったのでしょうか。
私は思います。すでに求めていないはずの永遠の世界へと消えていなくなる浩平が描かれた意味は、自己(=浩平自身)の心の内面世界の投影であるところの『永遠の世界』、そして同様に自分自身の心(あるいは精神)を投影した擬似的人格と考えることも可能な存在である『キミ(みずか)』と直接対決をし、幼い日の幻想と価値観に支配されている古い自分(=キミ)を今の自分の価値観をもって説得することで、自分自身の納得のいく結論を導き出すこと、すなわち自己の心の内部に生み出した永遠の世界を自分自身の手で終わらせることが、大人になるための儀式(試練=心の成長)として要求されたのではないかと思います。
従って、かつて永遠の世界を願い心の中にそれを生み出してしまった浩平は、必然として永遠の世界へと行かねばならなかったのだと思います。そうして、閉じた世界の内部から全てを終わらせるために……。浩平は、永遠の世界……すなわち浩平自身の心の深奥に潜む、それ以上どこへも行くことのできない哀しみに満ちた世界、自分の心の最も深いところにある神聖な場所へと潜り、自己の幼く弱かった心や過去との決別をしなければならなかったのではないかと思います。
それゆえに、永遠の世界へ行かなくて済む方法はあったのかという問いに対する答えは……否と私は考えます。
これに関して、浩平自身の表層意識上で、決着をつけることに対してどれだけの自覚があったのかはわかりません。むしろ正直なところを言えば、表層意識的な部分では、そのことに無自覚であったようにも思えます。けれども、自分の幼く弱かった心に決着をつけるために永遠の世界へと消えたという考え方は、前向きにこの物語を解釈しようとした場合、ひとつの回答足りうるのではないかと私は思います。
最後に、ここまでの全体の繰り返しになりますが、もう一度まとめてみます。
永遠の世界はすでに、あの日の浩平の心の中で生み出されていました。盟約はすでに、あの日の浩平の心の中で交わされていました。そう……それはすでに、あの哀しみと絶望に包まれた日から現在に至るまでずっと、浩平の心の中に共に存在し続けたのです。哀しい現実から逃避し、苦しい過去を忘れることを願い、本当の幸せとは、生きるということは何かということを見失ってしまったあの日から、浩平の心の中にずっと一緒に。現在の浩平がそれを望んでいるか否かではなく、現在の浩平を形成する心の一部分として、欠くべからざる要素として、永遠の世界は浩平の心の中に存在したのだと思います。ですから浩平は、『自らの手』で……『自らの心』で、全てを終わらせなければならなかったのだと思います。
人と人とはお互いに支え合い、助け合って生きていくことができます。けれど……他人の背中をそっと後押しすることはできても、前へ進むためのささやかな勇気を分け与えることはできても、自分自身の心の中のことに完全な決着をつけられるのは、自分自身の力だけです。
つまり……私が言いたいことは、浩平は正面から永遠の世界(と、それが象徴する過去)を受け止め、終わらせなければならなかったのではないかということです。それは永遠の世界の存在意義を象徴する擬似人格である『キミ』に、今の浩平にとっての本当の幸せとは何かを伝え、説得し、納得させることで果たせるのではないでしょうか。繰り返しになりますが、ここで重要だと思うことは、『キミ』という存在は永遠の世界の住人であり、すなわち彼女は浩平の心の中の存在であるということです(私はそう考えます)。神や精霊、妖精などの、神格(に類するもの)を持つ存在ではないと私は思います。(これに関しては様々な異説があるのを承知の上で、私個人の意見としてはこのように考える……という趣旨で書かせていただきます)
ここで考えなければならないのは、『キミ』とは何者なのかということです。すでに何度も書き記してきましたが、その姿や、かつて盟約を交わした時の記憶などが象徴するように、ある側面としては『長森瑞佳の投影』であり、同時にまたこの世界に混在する様々な情報を整理して考えれば、幼くして亡くした最愛の妹、浩平の哀しみの元凶としての存在である『折原みさおの投影』であるとも言えます。そしてそれらの情報はどこから導き出されたものかということを考えてみた場合、おわかりのように、それは浩平自身の記憶と感情から構築されたものであって、浩平自身の心が生み出した影としての『長森瑞佳』であり『折原みさお』であって、そしてその『誰ですらもない』擬似人格だと私は考えます。従って最終的な結論を言えば、『キミ』とは浩平自身の心を投影した存在であり、すなわちそれは、あの幼い日、哀しみに押し潰された『浩平の心の影』であると思います。
わかりにくくなるので、以後は『キミ』を『こうへい(平仮名表記)』と書くことにします。
永遠の世界に依然として囚われ続けている、あの日生み出された、そしてあの日に浩平自身から乖離した『影』である『こうへい』と向かい合い、これを説得すること、すなわち……
《本当の幸せとは何かを自らに知らしめること、自ら納得すること、それを自覚すること》
《過去を正面から見つめた上で本当の意味で過去と決別し、自立すること、前を向いて生きること》
《自らの心を見つめ直し、全てを清算して新しい未来を切り開くこと、自分の足で歩き始めること》
……これが永遠の世界の内部において、消えて行った浩平に要求されたことなのだと私は思います。そうすることで初めて『こうへい』と『浩平』は重なり合い、今ここに生きている『折原浩平』として、現実の世界へと帰ってくることが可能になるのではないかと思います。
これが、一度は永遠の世界へと消え、そして回帰した一連の事件の真相だと私は考えます。
浩平は、自らの心の奥底を見つめ直すために一度は自分自身の精神世界へと消え、そしてヒロインとの絆を辿って再びこの現実の世界へと、光り輝く世界へと帰ってきたのだと私は思います。
従って、永遠の世界における『キミ』と『浩平』の会話(問答)は、自らの心の奥底を省みた浩平自身の、心の内部における自問自答形式による、哀しみと痛みに満ちた過去との決別(清算)行為であったと私は思っています。
以上、長々とわけのわからないことを書き綴ってきましたが、もちろんこの考え方にもおかしなところはあると思います。ただ私としては、浩平が一度は永遠の世界へと消えた事実を前向きに解釈したいと思い、このように考えました。もし同じように前向きな解釈をされる方がおられて、私のこの考え方が何らかの参考になるようならば、非常に嬉しく思います。それではこのへんで終わらせていただきます。お付き合いありがとうございました。またどこかでお会いしましょう。
『以上』
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