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…雪。

雪が降っていた。

思い出の中と同じ…真っ白な、冷たい雪。

あの日と同じように…。

この街の何もかもを白く埋めてしまう…雪。

どんな想いさえ…どんな傷跡さえ、覆い隠してしまうかのように。

そうしていつか…雪溶けの頃には…哀しい傷跡は、癒されているのだろうか…。





  (この雪は、祐一が呼んだのかな)

  (あの日と同じだね…)


ふとそんなことを思う。
その人は、私の大切な人…だった。
けれど…今はもう、自分の気持ちがよく解らなくなってしまった。
でもあの頃の私は確かに…その人がこの街へとやってくるのを、いつも待ちわびていた。
そんなある時期が…私の少女時代には、まぎれもなく存在した。

  (けれど…あれからもう、7年も経っちゃったんだね…祐一)

あの雪の日。
私が祐一と会った、最後の日。
7年前の、全てを失ってしまったあの日。

あの日、祐一は『大切な人』を失った。

そして、私。
私も同じ。
祐一という『大切な人』を失ったのだ。
それとも、祐一を大切な人だと想う『気持ち』を失ってしまったのだろうか…。

いずれにしても…。
私たちは、あの同じ雪の日に…この白く彩られた街で…失恋をしたんだ。

大切な『初恋の想い出』と共に。

『初恋の人』を失ってしまった…。



それでもあの頃の私は、何かにすがるように…祐一との接点を持ち続けようとした。
何度も何度も…手紙を書いては、祐一の元へ送った。

  (でもね、祐一)

  (私の机の引き出しには、その何倍もの…出せなかった手紙が眠っているんだよ)


当時の私には、手紙を書くことが精一杯だった。
もう少しの勇気があれば、祐一の住む街へ会いに行くことも出来たはずだ。
電話をかけて…声を聞いて…他愛もない話に興じることだって無理じゃなかったと思う。
でも私は…祐一に拒絶されることが怖かった。
だから、手紙を書いた。
それが私に出来る限界だった。
手紙だったら…直接的に拒絶されることだけは避けられる。
例え返事が来なくたって、私からの手紙はちゃんと届いていると…。
祐一は、ちゃんと私の手紙を読んでくれていると…信じていられる。
ただ祐一は忙しいから、返事が書けないだけ。
それに祐一は…面倒くさがりだから…。
そんな風に、自分に信じ込ませることが出来る。
自分を騙し続けることができる。

そしてなによりも、直接会ってしまうと…。
あの日の話題を避けることなど、きっと出来はしないだろう。
何かの拍子に、言ってはならないことが口をついて出てしまうかもしれない。
きっと…想いが溢れ出してしまうから。
そしてそれだけで…その時こそ、全てが崩壊してしまう。

けれど手紙だったら…触れてはいけないことを、封じ込められる。
書かなければいいだけ。
だから…当時の私には…手紙を書くことが精一杯だった。

  (でもね、祐一)

  (本当は、ずっと祐一に会いたかったんだよ)

  (祐一の声が、聞きたかったんだよ)


…。

だから…。





待ち合わせの時間は、1時だった。
…いつもと同じ…昔と同じ、待ち合わせの場所。
祐一がこの街へ来るたびに、いつもそこを待ち合わせの場所にしていた。

そして、いつも私が待たされた…。

でも…そこは…祐一を待ち焦がれる少女の、期待に胸弾む思い出の場所から…。
哀しい思い出の場所へと、いつしか変わってしまった。

  (駅前のベンチへ来るのも…久しぶりだよ)

何かの事情でここへ来ることは、確かにあった。
けれど私は、明らかにこの場所を避けていた。
可能な限り、近寄らないようにしていた。

だから…出来ることなら、来たくはない場所だった。
まして、今そこで待っているのは、祐一なのだから。

足取りが、重くなる。
時間はもうすぐ、約束の1時だ。
でも、どうしても、前に進めない。

  (どんな顔をして祐一に会えばいいのか…わからないよ)

駅の近くをうろうろしながら、しかしどうしても待ち合わせ場所へ行くことができない。
心が…締め付けられる様に痛む。

  (ごめんね、祐一)

  (でも私、どうしても…怖いんだよ)






     私は、来ることのない祐一を待って、独りベンチに腰掛けていた。
     けれど…どんなに待っても、祐一は来なかった。
     雪が体に降り積もって…寒くって、冷たくって…。
     それでも…心の中のほうが、ずっとずっと凍えていたから…。
     だから、どんなに寒くたって平気だった。
     祐一が来てくれれば…。
     それだけで、全てが報われるから。
     だから私は、その場から一歩も動くことが出来ないでいた。
     けれど本当は…祐一が来ることはないと、知っていたんだ…。

     そして…。

       『寒いわね』

     ………。

       『はい。温まるわよ』

     ……。

       『隣、いいかしら?』

     …。

     手の中の缶コーヒーから、温もりが伝わってくる。
     でもそれ以上に…。

     私の背中にまわされたお母さんの手が暖かかった。
     人の温もりが、こんなに暖かいものだったということを、初めて知った。

     私の隣に腰掛けたお母さんは…何も言わずにただ、私のことを抱き寄せるだけだ。
     そして、そっと私の頭を…髪を優しく撫でてくれる。

     その手はとても冷たくて…。

     この雪の降る中を…私のことを、ずっと探し歩いてくれたのだろう。
     そして今は、何も聞かずに…ただ、隣にいてくれる。
     ただそれだけのことが、嬉しくて。
     自分が悲しくて。

     いつしか、大粒の涙で…お母さんの胸を濡らしていた。
     お母さんの胸に顔を埋めて泣いていた。

       『お母さん…私…振られちゃった…』

     私は、お母さんの胸で泣きつづけた。

     …その後のことは、もう、よく覚えてはいない。

     でもその日から『お母さん』は、私にとって、以前にも増して特別な存在となった…。






おもわず、ベンチに腰掛ける祐一の姿が目に入る。

いつの間にか…。
あの日のことをぼんやりと思い返しているうちに、結局ここまで来てしまった。
でも、これ以上は進めない…。
心が、どうしようもなく痛い。
じっと、懐かしい人の姿を見つめるだけ。
雪の帽子をかぶった、その人を。
ぼんやりと、遠くから。

おそらく…約束の時間はもう、過ぎている。
もう、2時を過ぎた頃だろうか。
でもその人は、雪に包まれながら、じっと私のことを待っている。
私のことを信じて…。

その姿は…。

おもわず、あの日の自分の姿がかぶる。
あそこには、あの日の自分がいる…。

  (そうか…そうなんだね…)

  (ごめんね、祐一)

  (でも、今だけ…勇気を出すよ)

  (だから…私のこと…)


そして…。
待ち合わせの場所へと向かう。
一歩ずつ、ゆっくりと。

それでもまだ、怖い。
ここから逃げ出したくなる。

  (やっぱりだめなのかな?…祐一…)

その時、ふとある物が目に入った。

  (そっか、お母さん…ここで…)

  (お母さん、勇気を貸してもらうよ)






これで準備は整った。
手の中の温もりが、私を勇気付けてくれる。
これが冷たくなってしまったら…全てが終わり。
そんな予感がする。
失われた7年間を取り戻す勇気は、2度と出せないだろうと思う。

だから、これを持って…祐一の元へ行こう。

『遅れたお詫びだよ』って。

『再会のお祝い』だよって。

そう言って、熱すぎるくらいのこれを渡そう。
この熱さは、7年分の私の想い。
あの日届けられなかった、私の想い。
それを、祐一に渡そう
そして、もう一度ここから…。

…初めからやり直そう。

…7年という時間を取り戻すために…。



そして…ここから『物語』は、はじまる…。

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