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◇『処女はお姉さまに恋してる』 SS - 01◇



 それは、月末に学院祭を控えた11月上旬の、とある日の出来事。
「ただいまなのですよ〜」
「ああ、奏。ちょうど良かったわ」
 いつものように奏が部活を終えて寮に帰って来ると、珍しい人からの応えがあった。
「由佳里ちゃん、もうお帰りだったのですか〜?」
「今日は生徒会の用事が早く終わったから。それと奏にも用事があったしね」
 一年生の時からの唯一の寮仲間、上岡由佳里。
 陸上部の部長にして、今年度の生徒会の会長職も勤める模範的最上級生。
 そして下級生からは絶大な支持を受けている、カリスマ的生徒――の片割れである。
 その多忙さ故に、この時間に寮に戻っていることは珍しい方だった。
「か、奏に用事、なのですか〜?」
 由佳里は食堂の椅子に腰掛けて、何やら良い香りの飲み物に口をつけていた。
 新しい調合のハーブティーでも試しているのかもしれない。
「そろそろ帰って来るかと思って。奏も飲むよね?」
「いただきますのですよ〜」
「じゃぁ、準備しておくから」
 由佳里が厨房に消えるのを見届けた奏は、一旦荷物を置きに自室へと戻って行った。

 今やエルダーとして、由佳里と共に双璧とも言えるカリスマ性を誇る奏。
 しかし一旦寮に戻って来ると、そこは心落ち着く懐かしい空間だからなのだろうか。
 寮で由佳里と二人きりの時だけは、二人が出逢ったあの頃のままの奏だった。
 無論それは由佳里の方とて同じことだった。
『学院皆の憧れの生徒会長さんのこんなお姿は、下級生には見せられないのですよ〜』
 ――これは、とある日の奏の言葉だったりする。
 由佳里自身、奏と二人の時だけは素のままの自分で居られることが嬉しくもあった。
 そんなちょっとした二面性が実は、由佳里ファンたちに『バレバレ』なのは公然の秘密。
 由佳里のファンにとっては、それもまたお姉さまの魅力だったりするのだが……。
 奏曰く、『ますます、まりやお姉さまに似てきたのですよ〜』とのことだったりもするのだ。



          §   §   §



「それで、由佳里ちゃんのご用事はなんなのですか〜?」
「それなんだけど……もうすぐ学院祭があるじゃない。その件で」
 奏にとって、学院祭は特に思い出深い行事だった。
 それは今の奏がある、原点となったイベントだから。
(お姉さまは、お元気にして居られるのでしょうか……)
 今はもうここには居ない、懐かしい人の横顔を思い浮かべる。
 奏にとってたった一人、お姉さまと呼ぶべき人。
 たくさんの物を与えてくれて、何より道を示してくれた人だった。
 ……そう言えば。
 そこまで回想したところで不意に気づく。
「え、由佳里ちゃんのご用事って、まさか……」
 由佳里は頷くと、改めて奏に向き直った。
「というわけで、生徒会主催の学院祭企画の件なんだけど」
 昨年度のエルダーは、生徒会主催の企画には担ぎ出されなかったので、忘れていた。
 けれども瑞穂お姉さまの代には、お姉さまはおろか会長さんまで出演したことを思い出す。
「ゆ、由佳里ちゃん、奏、奏、劇の掛け持ちなんて、とっても無理なのですよ〜!?」
 演劇部の部長にして、主演が決定している奏にとっては、無理からぬ話だった。
「そのことなのよねぇ。正直に言って、困っているのよ」

 由佳里の言った事を要約すると、次のようなことになる。

 エルダー人気の高い年の例に漏れず、奏を生徒会主催の劇の主役に推す声が多かったこと。
 但し今年は、奏が演劇部の公演で主役を張ることも知れ渡っていたこと。
 すなわち掛け持ちによる質の低下や、お姉さまの負担を危惧する声も多かったこと。
 それとは別に、生徒会長である由佳里の出演を熱烈に推す声が強かったこと。
 実際問題、奏が演劇部主演である今年に限れば、由佳里を主役に推す声の方が多いのだ。
 そして当然ながら、二人の競演を望む声が圧倒的に多かったこと。

「はぅ〜、それは困ってしまうのですよ〜」
 軽く溜息をつきながら答える。
「けれど、奏としては、ぜひぜひ由佳里ちゃんの舞台を見せていただきたいのですよ〜」
「私としては、出来れば避けたいところなんだけどなぁ」
「でもでも、由佳里ちゃんが主役だったら、きっと格好いいのですよ〜」

 そんな感じで30分ほど脱線しつつ、何気に盛り上がってしまう二人。
 むろん、それは何の解決にもならない現実逃避だったりする。

「そんなわけで生徒会としては、可能な限り演劇部と協力して、何とか期待に応えたいのよ」
「……困ってしまったのですよ〜」
 奏としても、掛け持ちは正直辛いものがある。
 しかし由佳里との競演を望む声には、エルダーとして応えたいと思う。
 何より、尊敬する二人のお姉さまが、二年前にその勤めをしっかり果たしているのだから。
「では、由佳里ちゃんが演劇部の劇に客演するというのは……」
「それも考えたわ。でもそれだと、生徒会主催にはならないし」
 そこまで言った時、二人同時に『閃いた!』という顔でお互いを見合わせる。

「そうよ!」「そうなのですよ〜!?」



          §   §   §



 翌日、生徒会室前の廊下の掲示板に、それが掲示された。
 その内容が伝わるや否や、学院中が沸き返る。



               『告 知』

   1. 本年度学院祭における生徒会主催企画は、演劇部との共同開催とする。
   2. 企画内容は、本年度エルダー及び生徒会長両名の主演による劇とする。
   3. 公演時間は、生徒会及び演劇部の所定の時間とし、再演を含む午前午後二回とする。
   4. 予算は、演劇部及び生徒会予算のうち学院祭生徒会主催企画枠内から捻出する。
   5. 事前準備及び公演に要する事務的な処理及び宣伝は、生徒会役員がこれを執行する。
   6. 以上に関し、不明点或いは異議のある個人もしくは各部は、生徒会へ申し立てること。

                    生徒会会長 上岡 由佳里
                    演劇部部長 周防院 奏




 公正さという観点から言えば、本来なら生徒会と特定の部活動の共同企画には問題がある。
 しかし現実問題、ほぼ全校生徒の総意として、二人の主演が実現したことになる。
 そこに異を唱える生徒は皆無であり、むしろ歓喜をもって迎えられた。
 むろん、各運動部から絶大な信頼を寄せられている由佳里の根回しがあったこと。
 同様に、各文化部からの信頼の篤い奏による『お願い』が功を奏したこと。
 その二つが物を言ったのは間違いない。
 何よりも生徒全員が、この二人の『お姉さま』が大好きなのだから……。



          §   §   §



 ――そしてその後のお話。



     親愛なるお姉さまへ

   お忙しいこととは思いますが、お変わりありませんでしょうか?
   さて、先日の学院祭で上演した劇の写真をプリントした絵葉書をお送りします。
   見て頂けなかったのは残念ですが、由佳里ちゃんには良かったのかもしれません。
   だって、由佳里ちゃんたら……(書くと怒られるので、これ以上は書きません)
   劇が終わった後の打ち上げで、だいぶ悔しがっていました。
   でも由佳里ちゃんらしいミスで、むしろさらに人気が上がったように思えるのですよ〜!?
   奏も、あの頃の瑞穂お姉さまに少しでも近づけているのかな、と思って日々頑張っています。
   近いうちにまた、お逢い出来る日を楽しみにしています。
   それではごきげんよう、お姉さま。
                         お姉さまの妹   周防院 奏




 瑞穂が葉書を裏返すと……。
 およそ、エルダーだった人物とは思えないような笑い声が、思わず口元から零れ落ちた。

「……由佳里ちゃん……」

 さしもの瑞穂も、その写真には苦笑を禁じえなかったようである。



 たった10ヶ月の短い学園生活。
 けれどもそれが瑞穂に残した、大切な絆の数々。
 そして光り輝く思い出たち。
 想いは受け継がれ、時は前へ向かって過ぎてゆく。

 ふと、眩しい日差しに手を翳して、あの空の下でそれぞれの道を行く仲間たちのことを思う。

 まりやにも、紫苑にも、貴子にも。
 あるいは圭や、美智子や、君枝たちにも。
 ひょっとしたら、空の上に居るだろう一子の元にも。

 この絵葉書は――そこに込められた想いは、届いているかもしれない。

 あの頃から、結局切ることが出来ずにいる髪を優しく撫でるように、風が通り過ぎていく。

 確かにあの日々は、そこにあって、瑞穂の心の中に何かを残してくれた。

「みんな、頑張ってるんだね。……僕も、頑張らなくちゃ」



 そんな、少しだけ人恋しくなるような、晩秋から初冬にかけた、とある暖かな日の出来事――。