「…よかったな、愛さん…」 「うちが、こんなんゆーんはヘンやけど…。耕介くんのコト、よろしくなー」 「……うん……」 「…そやけど…ちょーっと…、いや、かなり残念なコトが…」 「うちは、ちょっぴりお部屋で泣かなあかん」 「…ゆうひちゃん…?」 「…好きやった」 「…じつは、結構…本気で…」 「そやけど…もう、しゃーないから…」 「…ゆうひ…ちゃん…?」 「…好きやった…」 「愛さんのコト」 「………」 「……?」 「愛さんは、うちがオヨメにもらいたかったんやー!」 「いまからでも遅ない、うちと一緒に逃げよう!」 「……あは」 「あはは」 「ほんまやでー!」      ◇ ◇ ◇ 「うがぁーっ、もう、やーかーまーしーいー!」  原稿に向かい合ったまま、真雪は頭を掻き毟って雄叫びを上げる。 「こっちはそれどころじゃねーって、マジで」  ペンを放り投げて、椅子ごと身を回転させる。 「ったく、やってらんねーっつーの」 「……お姉ちゃん」  相変わらず手伝いに借り出された知佳が、思わず苦笑する。 「まぁ、今日くらいは仕方がないよ」  そこで、少し寂しそうな表情を浮かべる。  「だって、ゆうひちゃん……」  ゆっくりと、視線をゆうひの部屋の方へと向ける。  そのまま言葉が途切れた。 「……あれ? あははー」  思わず、知佳が袖口で目元を拭う。  そんな妹の様子に、先刻の勢いなど霧散したかのように、改めて表情を変える真雪。 「……知佳」  神妙な、それでいて慈愛に満ちたとでも言うかの表情。  そんな姉に、言い訳をするかのように。 「あ、わたしは大丈夫。だって、お兄ちゃんはお兄ちゃんだから」  慌てて、否定するように両手を振って誤魔化す知佳。 「でも……ゆうひちゃんは……」      ◇ ◇ ◇  涙で染みになった枕に何度も顔を押し付けながら、独り呟く。 「うちな、ホンマに耕介くんのこと……好きやった……」 「ホンマに、ホンマやで……」 「でも、愛さんのことも大好きで、それもホンマのことなんよ」 「だから……耕介くんが、愛さんと結ばれたゆーんなら、うちはふたりを祝福できる……」 「けどな、うちには……ゆうひさんにはな、もうちょっぴりだけ、時間が必要なんや」 「愛さん、耕介くん、……今日だけ、堪忍な……」  そして繰り返し繰り返し、同じことを自分自身に言い聞かせて、そして、泣く。  声を殺さずに、泣く。  ……こんな時に、防音壁仕様の自分の部屋に、ちょっぴり感謝しながら。      ◇ ◇ ◇ 「あーっ、たく……あのお天気娘は、いつまでもメソメソと」  呆れたと言うより、酸いも甘いも経験した大人の余裕といった感じで紡ぎ出された台詞。  知佳は姉のそんな台詞に、さり気ない優しさを感じた。 「けど、冗談抜きでそろそろ落ち着いてもらわないと、仕事にならねー」  ゆうひの部屋は確かに、防音仕様となっている。  けど、ゆうひのあの声量でワンワン泣かれて、筒抜けにならないわけがない。  何と言っても結局の所、基本構造はごく普通の寮なのだ。  そもそもこの寮内で、プライベートなどと言うものは、ない。  やがて真雪の方から、やれやれといった感じで切り出す。 「……知佳、今日は本格的に作業を進めなきゃならないから、食料と画材の買出し頼む」 「あと、追加の作業員も確保」  そして、顎でゆうひの部屋のほうを指す。 「……あ、そうだね」 「ん。連れ回して……すっきりしたら、詫び入れさせに連れて来い。こき使ったる」  そこまで言うと、再び背中を向けて作業に戻る真雪。  その姉の言葉通り、部屋を出ようとした知佳に、背中を向けたまま。 「ゆっくりしてきていーから。あと、顔洗ってから出かけるんだぞ」      ◇ ◇ ◇  知佳とゆうひが出て行って10分後。 「はーっ……」  大きく溜息を一つ。 「あたしも泣きたいよ」  やけくそのように呟いて、改めて原稿に視線を向ける。 「ったく、今時、漫画でもやらねーようなネタだっつーの」  タバコを1本取り出して、咥える。  火を点けて、煙を一息分、大きく長く吐き出す。 「……バカ耕介」  昇る紫煙を眺めながら。 「……愛のこと、頼んだかんなー」  そしてまだ吸える煙草の火を揉み消すと、おもむろに立ち上がる。 「こんなの、あたしのキャラじゃねーし」 「ちょっくら、バ神咲でもからかってくっか」  薫も耕介のことは、憎からず思っていたはずである。  ちょっとばかし薫をからかって、打ち合って、身体を動かせばお互いすっきりするだろうと思う。  あいつらは、大事な友人で、妹で、弟で、そして愛すべき家族なんだから。  恋人とか、そんな関係だけが、かけがえのないものなわけではない。 「むかつくから、いつかネタに使ってやっか……」      ◇ ◇ ◇  そして今日もさざなみ寮は、騒がしくも、平和である。