解体


 いよいよ、解体工事が始まります。

 前日に、家の周りを清酒・塩・洗米で清めながら一周して、20数年間ありがとうと、感謝の気持ちを込めて別れを告げました。

 解体に先立ち、庭木の伐採です。出入りの植木屋さんに伐採をお願いし、もし、よそで使える木があるのなら、持っていって下さいとお願いしておきました。

 会社の帰りによると、全ての庭木が奇麗に伐採されたあとで、すべての木は清酒でお清めしながら切ったそうです。植木屋さんがなっていた柿の実を我々の為に切っておいてくれ、もう熟しすぎて食べられない状態でしたが、大切に家に持って帰りました。

 そして、いよいよ解体です。毎朝、会社に向かいながら家が壊されているのを見ると、切なくなり、特に自分の部屋が壊され一部残った壁にポスターがひらめいているのを見て、いろいろな想い出が頭の中をよぎって行きました。
 両親は悲しくなるという理由で一回も解体現場には顔を出しませんでした。また、記録の為に写真を残していた私も、解体中の家の写真はさすがに撮れませんでした。

懐かしい前の家です。
 およそ1週間で敷地は奇麗になりました、しかし、そこで、恐れていた問題が発生してしまいました。
 なんとお隣さんとの壁に亀裂が出来てしまったのです。ダイナミックかつ大胆に解体をしているのでちょっと予感はあったのですが・・・・。
 大至急、営業の伊藤さんに、解体業者から連絡を受けているか確認すると、何も連絡が無いということだったので、現場を確認して欲しいと依頼しました。
(これって、確認しなければ、闇に葬られていたのかしら?)
 良く確認すると、さらに、他の部分でも損傷箇所を発見し、塀を作り直す事になってしまいました。

 
地鎮祭
 
 整地が完了すると、いよいよ建設作業の始まりです。
 作業に先立って地鎮祭を執り行います。
 地鎮祭は作業の安全を祈るという意味もあり、工事担当者からも出来れば行って欲しいとリクエストを受けていたので、氏神様の「菅原神社」さんに連絡を取り、地鎮祭を行って貰うことになりました。
 メーカーさんは、「竹・砂・縄」という地鎮祭3点セット(?)を用意し、後の物は神社の方で用意して戴きました。

 地鎮祭当日は、晴天に恵まれ、両親・妻・伊藤さん・渡部さん・山本さん(○化成住宅設備)・そして私の6名が参加致しました。◯化成さんが富久娘というお目でたい名前のお酒を持ってきてくれました。
 敷地の真ん中にはすでに竹の柱にしめ縄が張られ、砂がきれいに盛られておりました。
 神主さんが到着すると祭壇・お供え物などが用意され、厳かな雰囲気で儀式が執り行われます。
 地鎮祭の祝詞の中で自分と父の名が読み上げられるとちょっとくすぐったい気持ちです。
 そして、クライマックスは施主と業者が砂山に鍬を入れます。
 まず父がちょっと砂山を崩し、続いて渡部さんが「えいえいえい」と声を出しながら砂山を崩しました。(やっぱりてなれているなー)

 神主さんが敷地の四隅を清めて地鎮祭は終わりです。(約1時間でした。)
 最後に、御神酒で乾杯ですが、緊張の為か父は注がれたらすぐに飲んでしまいました。(本人はちょっと照れていました。)

 なかなか、相場の判らないお礼ですが、我々は6万円(お供物代を含む)を包み、あとお車代で1万円を別に包みました。 (神主さんは「おめでとうございます」とお礼をおっしゃり、なるほどなーと思いました。)

 あと、工事店さんなどにも御祝儀を1枚程度包みました。

 

続くカモ知れない