コラム&コラム

ひさびさ現代史の授業 隆広 2007.01.27
  原爆が広島になぜ投下されたのかに関する授業記録・計画をへえっというところでよく見ます。
歴史的な位置づけは、アメリカがソ連に対して優位な立場に立つため説です。
私と似た位置づけなんですが、取り上げているところはM図書のシリーズです。『社会科教材の論点・争点と授業づくり』のうちなんと2冊で取り上げています。(9巻『国民的アイデンティティをめぐる…』、10巻『戦争と平和をめぐる…』どちらも2006年)。いつの間にそれほどポピュラーな教材になったのか?

 実は、TOSSの向山洋一(教育法則化運動)や小林よしのり(マンガ家)も原爆投下をそういった位置づけで取り上げている。こうなるとどう考えたらいいのだろうか。
さて、原爆投下理由の授業です。私は、この問題の背景は、「原爆投下を批判する」=「日本民族」ナショナリズム というつながりで見ています。この角度からだと原爆問題とアジアにおける平和や連帯の課題を繋げることは困難です。

 実は教科書問題でアジアにおける平和や連帯の課題に応える取り組みとして日中韓3国共通歴史教材『未来をひらく歴史』がつくられました。2005年5月に第1版、2006年7月に第2版が出版されました。第1版の口絵7ページに原爆に関して気になる記述がありました

  『未来をひらく歴史』(高文研)口絵7ページには原爆ドームの写真があります。第1版の説明文は「
15年にわたる日本のアジア太平洋戦争は、広島、長崎への原爆投下によって終わった。」です。この歴史記述は「戦争を終わらせるために原爆は投下された」という原爆投下理由の判断を内にふくんでいます。2005年にこの本が出版されたとき、その記述にそれなりに大きなショックを受けたことが忘れられません。

 韓国や中国で、原爆投下は必要だったという歴史的判断がある程度社会的に力があるということは知っていました。しかし『未来をひらく歴史』は、日本の教科書問題をきっかけに、日本・韓国・中国の市民(?)が連帯しそれなりにていねいに創り上げてきた成果だと思っていたので、今まで以上に歴史認識の「民族」間の壁をぶ厚く感じたわけです。

 実は、長いこと「核兵器廃絶の願いがなぜストレートにアジアの人たちに伝わらないのか」のテーマにこだわっています。伝わらないという事実の背景にある歴史認識が「原爆投下は必要だった(戦争を終わらせるために原爆は投下された)」論だと考えています。
 いろいろていねいな思考を積み重ねるべきですが、私がよって立つところは「戦争を否定する社会を創ろう」という主張(?)にある。単純に主張するべきかどうかは置いておいて。だから、「原爆投下は必要だった」論は、私を支えている歴史認識(?)にとっては、とてもつらいものなのです。

第2版は…。
 約1年後、2006年7月に出版された第2版では修正されていました。「1945年8月6日、アメリカ軍が投下した、1発の原子爆弾で廃墟と化した広島市街。」やはり、日本、中国、韓国から集まった研究者、教育者、市民のなかで論議になっていたことがうかがわれます。私としては、説明文としてはよい方向に変わったと考えます。

さて、話しは戻って。
 「ヒロシマの思想」というときに「報復から平和へ」(ちょっと語句が違うような…)と語られます。そんなに簡単ではないと思いますが…。でも「原爆投下は必要だった」論は、報復の感情をふくみ、または、軍事力による暴力的な解決を容認する思想(?)を感じさせます。
 たとえば、日本や、中国や、韓国そして北朝鮮の人間のなかに、報復の感情を良しとし、または、軍事力による暴力的な解決を容認する思想を認めるものが多いと仮定したとき、
「原爆投下は必要だった」論は、説得力を持ち、核兵器廃絶のとりくみへの共感は生まれにくいことになります。


 「原爆投下は必要だった」論がなぜ存在し、現在でも力をふるうのか、それを変えていくには何が必要か、ずっと考えています。

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