―原爆で死んだ級友たちとともにいま考えたいこと―
『広島第二県女二年西組―原爆で死んだ級友たち―』の著者
関千枝子さんに聞く
―過去・現在・未来―
1945年8月6日の広島。9000名もの子どもたちの動員学徒としての被爆死を見つめ、2004年の広島。私たちは再び子どもたちに未来への希望を語りたい。
※広島平和記念資料館にて企画展「動員学徒―失われた子どもたちの明日―」開催中
日時 2004年11月20日(土) 午後1時30分〜4時
場所 国立広島原爆死没者追悼平和祈念館
研修室(100名)
広島市中区中島町1番6号 Tel 082-543-6271
(平和公園内)※広島平和記念資料館と間違えないように
資料代 500円
主催 広島県歴史教育者協議会(連絡先 gure2525hotmail.com)
後援 広島市
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関 千枝子さん 経歴 毎日新聞記者を経て、現在全国婦人新聞勤務 関 千枝子さんの著書 |
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| リンク 靖国神社参拝違憲訴訟 今 被爆体験を語ると言うこと 真の国際貢献 |
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![]() 私の自分史めいた書き方ですが、「教育基本法」見直しの報に怒り、教育の混乱は「戦後教育」が悪かったのではなく、それを歪めてきたものにあるという思いで書きました。 |
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「 もちろん私たちばお国のため゙と信じ、炎天下、夏休みも日曜も返上して懸命に働いた.。友は自らを゙小さな兵隊゙とよび、「君が代」を歌い、゙天皇陛下がいらっしゃるから敗けない゙と信じて死んだ。しかし、私たちの世代の゙少国民゙は、軍国少女(少年)になるべく、日夜教育されていたのである.。私たちのクラスの大部分は昭和六年か七年の生まれである。六年ば満州事変゙の起きた年。つまり、生まれてから平和な日を一日も知らない世代である。私自身、゙聖戦゙を信じて疑わなかった。 |
| 『広島第二県女二年西組―原爆で死んだ級友たち―』 ちくま文庫 1988年(もとは1985年)の紹介 |
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広島第二県女二年西組は爆心地から1キロの雑魚場町で建物疎開の作業中被爆する。生徒たちはわけがわからぬまま教師に引率されて、死の町と化した広島を歩く。38人の生徒と3人の教師はその後二週間のうちに亡くなる。生き残ったのは一人だった。本書は、その日学校を休んだため助かった作者が級友たちの死を克明に追った記録である。 |